391 お仕事完了 (2)
「え、ホントに!? どこで売ってたの? 私でも買える値段?」
「売ってません。私たちで作りました」
「あんたら、好き勝手やりすぎぃ! でも羨ましい!! ちょうだい!」
うがーと頭を抱え、だが即座に『くれ』と手を出すヤスエ。
多少の葛藤など、醤油の前では何の価値もないのだろう。
そんなヤスエを見て、ユキは悪戯っぽく笑う。
「むふふー、欲しいの? お醤油。この欲しがりさんめ!」
「良いじゃない、ちょうだいよ。料理をするようになって思ったけど、あっちの料理って、醤油使いすぎ。大抵の物に入ってない?」
「日本の料理だとそうなりますよね。まだそんなにたくさんは作ってないので、お店で使うような量は渡せませんが、家で使う分ぐらいなら」
「それで全然構わない! ありがと。ナツキは優しいわね、ユキと違って」
嬉しそうにお礼を口にしたヤスエが、ユキに含みのある視線を向けた。
対して、それを向けられたユキの方は、『ぶぅ』と不満げに口を尖らせる。
「なによー、あたしだって別にあげないとは言ってないじゃん。でも、お醤油造りにはかなり苦労してるんだよ? この辺りじゃ手に入らない原料を買い集めなきゃダメだし、酵母の抽出も難しい。それから仕込んで、かき混ぜて。すっごく大変だったんだから――ナツキが」
「あんたじゃないのかっ! あー、でも、簡単に作れたりはしないわよね。改めてありがとう、ナツキ」
「いえいえ、みんなの協力があってこそですから。もちろんユキも」
「さすがナツキ、解ってる。感謝しろよー、ヤスエ」
「感謝はする。でもユキ、あんたは自重しろ」
「はいはーい。――さて、せっかくだから、これ、料理してみよっか。ミーティアも待ちきれない様子だし?」
「むむ、ミーはちゃんと待てるの。おとなしく待ってるの」
不満げに頬を膨らませつつ、そう言ったミーティアではあるが、その手はお腹を押さえているし、俺たちが話している間、ミーティアのお腹が小さく鳴っていたのも、聞き逃してはいない。
時間的にも、そろそろ夕食の時間だし、それも仕方がないことではあるのだが。
「ていうか、オレも腹減った。メシにしようぜ」
「そうね。それに、これが美味しいかどうか、知っておくのも重要だし。今後どう処理するかにも関わるから。あんまり美味しくなかったら……」
「なかったら?」
「ヤスエ、いる?」
「美味しくないならいらないわよっ!?」
即座にそう返したヤスエだったが、すぐに思い直したように、言葉を続ける。
「あ、でも、ギルドで売れる程度には食べられるのよね? それなら、お店で出すには十分かも……。タダとは言わない。安く売って」
「美味しくてもそれは構わないわよ。どうせ私たちだけで食べきれる量じゃないし。まずは、切り身を蒲焼き風に焼いてみましょうか」
「ですね。鰻のタレはありますから」
「……なんであるのよ?」
「普通の鰻もいますから。最近捕りに行っていないので、作ってはみたものの、あんまり出番がなかったんですよね」
「何度も言うけど、格差が酷い!? ――それって、美味しかった?」
「天然物ですからね。美味しかったですよ。さすがに、向こうで食べた良いお店の物に比べると劣りましたが。山椒もありませんし」
「くっ。臆面もなく!」
しれっと答えるナツキに、歯噛みするヤスエ。
でもまぁ、ナツキが行くようなお店なら、そりゃ美味いだろう。金持ちだったし。
「まぁまぁ。こうして食べられるんだから良いじゃない」
「これ、私の知ってる鰻と違う!」
そう言いながら、ヤスエがビシリと指さす鰻は、確かに鰻には見えない。
俺たちも色々慣れてはきたが、普通に見れば得体の知れない何かである。
さすがにハルカもそれは否定できなかったのか、一瞬沈黙し、少し視線をそらせて言葉を続けた。
「……食べてみてから考えましょ。美味しいかもしれないし」
「だよね。食べず嫌いはダメだよね。ということで、切り分けようか」
まずは食べてみなければ始まらないと、ユキが率先して解体を始めたのだが――。
「小骨が多いね? さすがは鰻」
刃を通す度にガリガリと、
「小骨と言えば、小骨なんでしょうが、このサイズの魚となるとかなり太いですね。今回は抜いておきましょう」
ユキが一人前サイズに切り分けた身から、ナツキとハルカ、そしてヤスエが、特製の骨抜きを使って一本ずつ小骨を取り除いていく。
ちなみにこの骨抜き、ナツキの要望でトミーが特別に作った物。
ラファンでは需要がないので、市販はされていない。
「これ、お店で出すときにはできないわ。時間かかりすぎ」
「そうね。身も少し柔らかいから扱いが難しそうだし……つみれとか、練り物にでもした方が良いんじゃない? それなら骨抜きが適当でも、一気に作れるでしょ?」
「いや、叩くのも、擂り身にするのも大変じゃない。私、すり鉢なんて見たことないわよ?」
「あ、ミンサーがありますよ?」
「はいはい。どうせそれも、あんたたちが作ったんでしょ?」
「いえ、協力はしてますが、作ったのはトミー君です。ラファンに行けば、買えます」
「トミーって、若林だっけ? アイツも頑張ってるのね。でも、ラファンまで買いに行くのは大変だし、この魚のためだけに買うのは……どうやって出すかは、また考えるわ」
「いえ、どうせ私たちがいる間しか売れないのですから、貸しますよ? 持ってきてますから」
「あー、そっか、そうだよね。いなくなったら、ペトシーの切り身を持っていても腐らせるだけだもんね。その時はお願いするわ」
そんな雑談しながらでも、【調理】スキル持ちが四人も集まればその手際は見事なもので、程なくテーブルの上には、蒲焼き風ペトシー、ムニエル風ペトシー、ペトシーの塩焼き、ペトシーのつみれ汁、ペトシーの蒲鉾が並んだ。
それらを一つずつ食べていく俺たち。
ハルカたちが作っただけあって、いずれも美味しい。
だが、蒲焼きを口にしたヤスエは、少し釈然としない表情で首を捻る。
「……美味しいは美味しいけど、なんか違うわね」
「皮がないからでしょう。鰻の蒲焼きは皮の歯応えと香ばしさも含めての美味しさだと思いますよ?」
「あぁ、そっか。皮なんてゴムみたいでイマイチ、とか思っていたけど、あれにも意味があったのか」
「いえ、それはヤスエさんの食べた鰻の調理が悪かったのかと」
「すみませんね! 私が食べられる鰻なんて、所詮スーパーで売ってる輸入物だけですよ!」
「私たちだって、そんなものよ。でも、案外、臭いが気にならないわね。泥抜きなんてしてないだろうし、もうちょっと気になるかと思ったんだけど」
そういうハルカの食べているのは、塩焼き。
シンプルな料理だけに、臭みなどは一番判りやすい料理だろう。
俺も食べてみたのだが、普通に食べられたものの、かなり淡泊で、可もなく不可もなし。他の料理の方が美味かった。
「もう少し臭うかと思ったんだが……上流に人が住んでいないからか」
ペトラス川の上流は、避暑のダンジョンよりも更に西。
町などは一切なく、生活排水などが流れ込む余地もない。
もっとも、サールスタット以北のノーリア川周辺にも町はなかったが、それでもあの町で食べた魚は泥臭かったので、地質も影響しているのかもしれない。
「泥抜きができたら、もっと美味しくなりそうだけど――」
「いや、ペトシーを生け捕りにして泥抜きとか、不可能だからな? オレ、めっちゃドロドロになったからな?」
「あれは捕まえられません……」
「ナオお兄ちゃんがいなかったら、きっと斃せなかったの」
「不可能じゃないだろうが、魔法が欲しいのは確かだな。そもそも、捕まえられても、泥抜きをする場所がない」
普通の鰻は綺麗な水を入れた桶で泥抜きをしているが、ペトシーが入るような桶は当然用意できないし、仮にプールのような物が用意できたとしても、その中でペトシーがじっとしているはずもない。
普通に水から上がって攻撃を仕掛けてきたのだから。
「解ってるわよ。泥臭いようなら調理法を考えないと、と思ってただけだから。でもこれなら、小骨にさえ気を付ければ、どんな料理にも使えそうね」
「そうね。これなら、十分に売れる。いえ、値段次第ではむしろ目玉になるかもしれないわ。――子育てって、きっとお金がかかるのよね」
ヤスエがそんな言葉を付け加え、ちろりとハルカを窺えば、ハルカは苦笑して肩をすくめた。
「はいはい。ご祝儀代わりに、安くしてあげるわよ。ナオたちも良いわよね? 全部は売らないから」
「構わないぞ。一切れでも、俺たちだけなら飽きるほど食べられるし」
「オレも。肉の方が好きだからな」
「ミーも構わないの。ミーはどっちかというと、フライング・ガーの方が好きなの」
「私も構いません。私たちの分は全部で一六切れもあります。ナオさんの言う通り、一切れでも残れば十分かと」
「や、さすがにウチのお店の規模じゃ、出産までにそんなに売れないから。でも、ありがとう。感謝するわ」
「そう思うなら、元気な子を産み、育てること。私たちはそのために来たんだから」
「もちろん。言われるまでもないわ!」
ヤスエはそう応え、芯の強さと幸せを感じさせるような表情で笑った。
そして、そんな話をしてからさほど間を置くことなく、その日が訪れる。
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