385 お仕事のお誘い (2)

「お、名前は決め終わったか?」

「あぁ、一応、ペトシーと呼ぶことになった。で、このペトシーを討伐すると?」

「そういうことだな。どうだ? お前たちからすれば、大して高い報酬じゃねぇかもしれねぇが、少なくともギルドの掲示板にあるような依頼よりは多いぞ?」

「俺としては、暇してるから構わないと思うが……」

 ここからペトラス川までは半日もかからない距離だけに、仮に解決まで日数が掛かったとしても、この町から通えば良いだけ。

 今の俺たちの状況でも、気軽に請けられる依頼ではある。

 訓練続きでちょっとリフレッシュしたいと思っていたところだし、サイラスの話は渡りに船……いや、もしかすると、これはサイラスの計略か? ここ数日、朝から晩まで訓練に付き合っていたのは。

 まぁ、俺たちに不利益があるわけじゃないので、別に構わないのだが……。

「別に良いんじゃね? 手に負えそうになければ、逃げることになるとは思うけどよ」

「ミーはペトシーをちょっと見てみたいの」

 面白そうなトーヤとミーティアに比べ、メアリは少し浮かない顔で、不安を口にした。

「私は……少し不安です。泳げないので……。戦えるかどうか」

「あー、それがあったか。俺も泳げはするが、水中での戦闘は未経験だな」

 ダンジョンでは濁流から生還したが、あの時は戦闘行為がなかったし、『水中呼吸ブレス・ウォーター』も使えはするが、それで戦えるかどうかは別問題。

 水中で水生生物、しかも巨大な未確認生物(魔物の可能性高し)と戦うのは、どう考えても不利である。

 水中にいる敵相手には、俺が得意とする火魔法は効果が薄そうだし、水上から槍で戦えるかは川の水深と相手の大きさ次第。

 グレート・サラマンダーぐらいなら軽く斃せるが、さすがにあの程度の物なら、ギルドに依頼が出たりはしないだろう。

「そのへん、どうなんだ? サイラス」

「俺だって、川に入って戦ったりしねぇよ。俺に秘策がある。任せな!」

 どこまで信用して良いのかやや不安だが、サイラスは自信ありげに、胸をドンと叩いたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「それで、サイラス。これが秘策なのか?」

「おう! なかなか良いだろ? お前たちと訓練してる間に作らせたんだぜ?」

 サイラスから話を聞いた翌日、ハルカから『気を付けて行ってらっしゃい』と送り出された俺たちは、サイラスが黒い影を目撃したペトラス川の川岸を訪れていた。

 そこでサイラスから秘策として見せられたのは……丈夫なワイヤーと巨大な釣り針。

 それが三セット。

 これで未確認生物を陸に引っ張り上げようというのだろう。

「さすがっす! サイラスさん!」

 太鼓持ちは諸手を挙げているが、そう簡単にいくものだろうか?

 俺は首を捻ってメアリたちを振り返る。

「どう、思う?」

「水の中から引き摺り出すという意味では、間違っていないと思いますが……」

「お魚さん、そんな簡単には釣れないの。人生、甘くないの」

 言葉を濁すメアリと、その幼さに似合わぬ哀愁を漂わせ、口を尖らせるミーティア。

 二人はノーリア川上流という大甘な釣り場や、戸板を背負って崖を降りるだけで取り放題なフライング・ガーを経験しているはずだが、どこか別の場所で魚釣りに挑戦してみたのだろうか?

 メアリたちだけで行ける場所なんて、限られるだろうしなぁ。

 また連れて行ってやるのも良いかもしれない。

 フライング・ガーが大量に手に入った関係で、最近、川魚や蟹の補給に行っていなかったし。

「さすがにそのワイヤーは目立ちすぎじゃね? オレも詳しくねぇけど、魚って結構目が良いんじゃねぇのか?」

「魚かどうかは判らないが、バレそうな気はするな」

「仕方ねぇじゃねぇか。俺が見た影の大きさからして、普通の釣り糸じゃ絶対無理。確実に切られる」

「それはそうだろうが……そもそも生態も判らないのに、何を餌におびき寄せるつもりだ? 巨大ミミズでもぶっ刺すのか?」

 釣り針の大きさから、使える餌も限られる。

 生態が不明なペトシーなのに、それが食いつく餌を都合良く用意できる物だろうか?

 そう思って尋ねた俺に対し、サイラスは得意げに笑った。

「それについては問題ない。農民の目撃情報がある」

「あんのかよっ!?」

 思わずトーヤが突っ込んだが、サイラスの方は大して気にした様子もなく、軽く謝る。

「ん? 伝えてなかったか? すまん、すまん。それによるとだな、『川の中から突然、黒い影が現れ、川辺で水を飲んでいた猪を一瞬で水中へと引き摺り込んだ』らしい。どんな生き物かは解らなかったようだが」

「……どれぐらいの猪なんだ?」

「ちょいパニックになった農民の証言だからなぁ。正確性は不明だが、ミーティアぐらいの大きさはあったらしい」

「子供一人丸呑みか……。話半分としても、結構、シャレにならねぇな」

「ミー、あまり川には近付かないようにね?」

「解ったの。ミーは食べる方なの。食べられる方になるつもりはないの」

「俺も注意はしておくが……その方が良いだろうな」

 今のところ、川の中に影は見えないし、【索敵】にも反応はないが、トレントのように非常に気付きにくい敵もいるので、絶対的に信頼するわけにはいかない。

「フレディ、お前も気を付けないといけねぇな?」

「俺っすか!? 確かに、そこまで差はないっすけど……」

 少し揶揄うようにそんなことをトーヤが言えば、フレディは自分を指さし、どこか釈然としないように首を捻る。

 ミーティアと一緒にされるのは、と思いつつも、体格差が少ないのは間違いなく、否定できるだけの根拠もないと言ったところか。

 もっとも、それを言ったら、メアリもそちら側になるのだが。

「まぁ、ペトシーの実態は判ってないんだ。俺たちだって、下手に近付かない方が良いだろうな」

「だからこその、俺の秘策だぜ? 水から引っ張り出せば怖くねぇ。つーことで、まずは餌探し、頑張ろうぜ!」


 ペトシー捕獲作戦に向けて、俺たちが準備した餌は、兎、鳥、猪の三種類だった。

 ――などと、簡単に言っているが、ここまでは紆余曲折があり、実はあれから一日経っていたりする。

 ラファンの北の森ぐらい、他の人がほとんど入らない獲物が濃い森ならともかく、ここはラファンよりも人口の多いケルグのすぐ近く。

 あそこの森に比べて危険度も低く、猟師による狩りも行われており、俺たちの【索敵】スキルを以てしても、あっさりと餌を捕まえるというわけにはいかず、結局一日目は餌の確保だけで終わり、今日、再度赴くことになったのだ。

 それらの餌を針に引っ掛け――いや、逆か。餌に針を引っ掛けて、十数メートルの間隔を空けて川の中に放り込む。

 普通の釣りであれば、ワイヤーの一端を手で保持するところだろうが、相手は巨大な生物、トーヤやサイラスでも引き摺り込まれる危険性は否定できない。

 そのため、ワイヤーは近くの木にしっかりと巻き付け、固定している。

 釣りと言うには何だか雑。

 どちらかと言えば、罠だろうか?

「しかし、これで上手いこと掛かってくれるのか?」

「大丈夫じゃねぇ? お前たちのおかげで、餌も新鮮だし」

「でも……何だか、勿体ないの……」

 ミーティアが川の中で漂う肉たちを見て、少し悲しそうな表情を浮かべる。

 狩ってきたのはタスク・ボアーではなく、普通の猪だったのだが、いつも以上に苦労した狩りのせいか、惜しく思ってしまうのも理解できる。

 肉の味自体は、タスク・ボアーの方が美味いらしいのだが。

 サイラスも、ミーティアに言われて今更惜しくなったのか、猪に視線が固定されている。

「うーむ、贅沢に一匹丸ごとじゃなく、切り身にするか?」

「それで掛からなかったら意味ねぇだろ? それに、血抜きもしてない猪なんか、大して美味くねぇと思うぞ? 肉ならオレが提供してやるから、我慢しろ」

「お、マジで? するする。いやー、ランク六の冒険者が食ってる肉とか、興味あるな!」

「サイラス、お前もランク六だろうが」

「俺のは名ばかりだから」

「俺もご相伴に与れるっすか!?」

「お前だけ仲間はずれとか、しねぇよ。ただし、焼くための薪は集めてきてくれ。オレたちは準備をするから」

「行ってくるっす!」

「ミーも!」

 そんなわけで、すぐに掛かるはずもないと焚き火の準備を始めた俺たちだったが――。

「あの~、あれって、引いていませんか?」

 そろそろ火を付けようかとしていたその時、遠慮がちにメアリが指さしたのは、川上にセットしていた猪を付けた罠。

 ワイヤーを縛り付けていた木が、明らかに撓ってミシミシと音を立てていた。


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おかげさまで、四巻の発売が決定しました。(新米錬金術師の方も)


詳細は、近況ノートの方をご覧ください。

よろしくお願いします。

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