384 お仕事のお誘い (1)

「しかし、フレディとサイラスは大丈夫なのか? 何日も俺たちに付き合っているが」

「うっ。実は俺、そろそろヤバいっす。ハルカさんのおかげで、治療費とかの余計な出費はないっすけど……」

「生活費も必要だものな」

 怪我をしないように注意して訓練している俺たちではあったが、さすがに毎日長時間やっていれば、骨折まではいかずとも、酷い打ち身などはどうしても発生する。

 俺とトーヤは宿に戻れば綺麗さっぱり治してもらえるが、サイラスとフレディはそういうわけにはいかない。

 だが俺としても、さすがに放置するのはどうかと思い、フレディたちが酷い怪我をした場合は宿まで連れて行って、ハルカに治してもらっていたのだ。

 それ以降、何故かフレディはハルカ『さん』呼び。

 俺やトーヤは呼び捨てなのに。

 いや、別に『さん』を付けてくれというわけではないのだが。

「俺の方は問題ねぇぜ? 半ば、引退したようなもんだしな」

「そうなのか? 支部長の護衛とかやってただろ?」

「それも含め、今の仕事はギルドの使いっ走りみたいな感じだからな。それがなけりゃ、結構暇なんだよ。俺もこの年まで働いて、それなりに蓄えはできたからな」

「へぇ、つまりサイラスは、勝ち組の冒険者か」

 少し面白そうに言ったトーヤに、サイラスは苦笑して手を振った。

「そんな良いもんじゃねぇよ。まぁ、自分で言うのも何だが、引き際を間違えねぇ程度には賢明だったって程度のことだろ」

 それでも、大半の冒険者が引退前に命を落とすことを考えれば、蓄えを作って半引退状態にまで持って行けたサイラスは、彼の言う通り賢明であり、そして実力があったということなのだろう。

「ついでに言うと、今も半分仕事みたいなもんだしな」

「ん? 仕事……? 俺たちと訓練するのが、か?」

「それもあるが、どっちかっつーと、お前たちの技量を測るのが、だな」

「……なんだそりゃ? なんか不穏じゃね?」

 トーヤが眉をひそめ、ややキツい視線でサイラスを睨んだが、サイラスの方は軽く苦笑して言葉を続けた。

「そう尖んじゃねぇよ。お前らが暇そうと聞いたからな。実力に問題がなさそうなら、一緒に仕事でもどうかと思ったんだよ」

「へぇ、なるほど。それで、話に聞いただけじゃなく、自分で確認してみたってか?」

「そういうこった。それに実力があっても、一緒に仕事をするなら相性もあるからな」

 そういえばサイラスは、俺たちが戦う場面を直接は見たことがなかったんだよな。

 サトミーを捕まえてきたところと、俺たちの実績についてはギルド経由で聞いていたのだろうが、一緒に仕事をするならそれらを鵜呑みにせずに慎重になるのも頷ける。

 そして、そんな慎重さがあるからこそ、今まで生き残ってこられたのだろう。

 いきなり野良パーティーを組むとか、現実の命が懸かった状況では怖すぎるもんな。

「それで、オレたちは合格だったのか?」

「合格も合格。言うまでもねぇよ。それからフレディ、せっかくだからお前も一緒にどうだ? ギルドからの直接依頼だから、報酬は悪くねぇぞ?」

「サイラスさんに誘われるなら、断るわけないっす!」

「おう、そうか。トーヤ、お前らはどうだ?」

「どうだ、つっても、内容も聞かずに答えられねぇよ。なぁ?」

 俺の方を向いて確認するトーヤに、俺もまた頷く。

「そうだな。危険性を考慮した上で仕事を請ける。当然だよな」

 フレディはサイラスを信頼しているのかもしれないが、俺たちがサイラスとまともに関わったのはこの数日間のみ。

 信用できる人物だとは思うが、信頼できるほどには互いのことに詳しくない。

「ま、そうだよな。これは、俺がここしばらく、この町を離れていたことにも関係するんだが、ちょっと問題が起こってな――」

 そう前置きをして、サイラスは話し始めた。


 ここケルグの町の近くには、二本の川が流れている。

 東にあるのが、サールスタットからミジャーラへと流れる比較的大きなノーリア川。

 西に流れるのが、ラファンのずっと西、俺たちの“避暑のダンジョン”よりも更に西を源流にするというペトラス川である。

 もっとも『近く』とは言っても、ケルグからノーリア川までの距離は、ラファンからサールスタットまでの距離までよりも遠いし、それよりかは幾分近いペトラス川の方も、ケルグから直接望めるほどには近くない。

 そして、今回問題が起こっているのは近い方、西側のペトラス川の方である。

 ケルグ周辺で行われている農業の一部に、このペトラス川から引かれた疏水が使われているのだが、これのメンテナンスを行っていた人から、『ペトラス川に何か巨大な生物がいる』という報告があったのだ。

 未確認情報ではあったが、この世界、普通に魔物が存在するわけで、『どうせ見間違い』とか安易な判断はできない。

 今の季節はちょうど春。

 万が一、疏水が破壊されるようなことになれば、農業に多大な影響が出る。

 すぐにこの町の代官から冒険者ギルドに依頼が行き、先行調査としてサイラスが派遣されたのだった。


「それで、何か見つかったのか?」

「確実じゃねぇが、それっぽい物はな」

「ん? 確実じゃないってことは、見てはいないのか?」

「影だけだな。川の中を泳ぐ、なんかでけぇもんがいたのは見たぞ?」

「なんだ。ちゃんと確認しろよ」

 トーヤはヤレヤレと肩をすくめて首を振るが、そんなことを言われたサイラスの方は、かなり真剣な表情でその考えを否定する。

「バカ言うな! 下手に近付いて襲われたらどうすんだ。俺一人のときに」

「そうっすよね。目的は調査なんすから」

「冗談だ。さすがに、一人でそこまでやるべきだとは思ってねぇよ。帰ってこられなきゃ、意味ねぇしな」

「だろ? できる冒険者に必要なのは、慎重さなんだよ」

「だろうな。――しかし、正体不明の生物か……」

 むむむ、と真剣な表情で悩み始めるトーヤ。

 何を言うのかと、全員の視線が集中したが――。

「ペトラス川のUMAならペトシーか、ペトちゃんか」

 トーヤの口から出たのは、そんなどうでも良いことだった。

 同郷クラスメイトにしか理解できないその言葉に、サイラスは呆れたような表情で眉を上げる。

「何だそりゃ?」

「いや、その巨大生物に名前を付けるべきかと思ってな」

「……好きにしてくれ。まぁ、報告書に名前は必要だし、お前が付けたいのなら、任せるわ」

 サイラスはため息をついてエールに手を伸ばしたが、トーヤの方は再び「むむむっ」と唸って、俺の方に視線を向けた。

 仕方なしに俺もちょっと考える。

「――川だし、どちらかと言えばペトちゃんじゃないか?」

「いや、その命名規則は可愛くないと適用されなくないか?」

「なるほど。一理ある。じゃあ、ペトシーか?」

「湖じゃないのが気になるところだが……。しかし、前から思ってたんだが『シー』って何なんだ?」

「たぶん愛称なんかに付ける接尾語だな。ネス湖の後に付けるから『シー』であって、本来は『ie』だから、ペトラス川に適用するなら、本来、『ペティー』か『ペトラシー』になるんじゃないか」

「なるほど、じゃあ――」

「ペティーは良くないの。きっと、そんなに可愛くないの」

 トーヤが『どちらにするか』と言う前に、真剣な表情のミーティアから陳情が入った。

 ならばと、メアリの方にも視線を向けてみれば、メアリはあっさりと答えを出す。

「ナオさんたちの言っていることはよく理解できませんが、ペトラシーも言いにくいですし、ペトシーで良いんじゃ? ……あんまり頑張って名前を付けて愛着が湧くと、斃しにくくなりますし」

 おそらく、愛着が湧くような外見はしていないと思う。

 だがまぁ、言いにくいというメアリの意見には同意できる。

「よし、じゃあそれを採用。その正体不明生物は、ペトシーで。で、サイラス。ペトシーの討伐依頼へのお誘いってことで良いのか?」

 正直、俺もどうでも良いと思っていたので、サックリとメアリの案を採用し、サイラスを見れば、既に何杯目かのエールを空けていたサイラスは、少し赤くなった目でこちらを振り返った。

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