371 海辺にて (2)
「――しかし、本当に何も出てこないな」
話をしながらも、砂浜に引き続き、波打ち際でも木剣で水をバシャバシャやっていたマークスさんが、諦めたように立ち上がる。
「……えっと、もしかして、魔物をおびき寄せようとしていました?」
「おびき寄せるってほどじゃないが、以前はこうやっていたら、ハンマー・クラブなんかが寄ってきたんだが……あれも美味いんだよなぁ」
さりげなく食い気優先だな、マークスさん!
俺も、蟹は食いたいけど!
「トーヤが両手を広げたぐらいある巨大な蟹でな、特徴は……ミーティアの半分ぐらいある、右腕の巨大なハサミだ」
「とんでもないデカさだな、おい!」
「その代わり、左のハサミは俺の腕ぐらいしかないし、右腕のハサミも、実際に挟む部分は、こんぐらいだな」
そう言いながら、マークスさんは人差し指と親指を広げて、パクパクと動かす。
そんな小さいはさみでも、挟まれれば鉄の剣をへし折るらしいが、通常はその巨大なハサミで叩きつけて攻撃する。
まともに食らえば、簡単にミンチにされかねないほど強力だが、慣れれば案外簡単に斃せる――らしい。マークスさんレベルなら。
「このハサミがな、美味いんだ。焚き火に丸ごと放り込んでな、焼き上がったところで金槌で殻を叩き割り、身を取り出して食えば、酒が進むこと、進むこと!」
マークスさんはそのときのことを思い出したのか、少しだらしなく口元を緩める。
「へぇ、それはちょっと興味あるわ。ちなみに、他の部分は?」
「他の足もそれなりに美味い。だが、胴体はダメだな。食う場所がない。いや、毒はないみたいだが、美味くもないから、誰も食わねぇな」
「残念、蟹味噌はなしなのね。ちなみに、他にどんな物がいます?」
「俺もあんまり知らないが、岩場にビッグ・オイスターとかいたな」
岩場にいる大きな牡蠣――。
「それって、魔物じゃなくて、ただの海産物なんじゃ……?」
「いやいや、魔物だぞ? 魔石があるからな。地味に危険だし」
基本的には牡蠣なのだが、大きさは五〇センチほどもあり、かなり巧妙に岩に擬態しているため、かなり注意しなければ気付かない。
暢気に岩場を歩いていたら、足下のビッグ・オイスターが唐突に口を開けて、岩場に転がされるか、海に落とされるか。
更には殻を閉じる力もかなり強く、普通の人が腕を挟まれたら、ちぎれてしまいかねないほどに凶悪らしい。
当然、その殻の大きさに合わせて身も大きいのだが……。
「牡蠣って、大きくなったら不味そうじゃないか?」
「だよな? 一口で食べるからまぁまぁ美味いけど……単純に巨大化したら、食えたもんじゃないよな?」
内臓部分とか、絶対マズい――とまでは言い切らないが、俺は食いたくない。
そもそも俺、そんなに牡蠣、好きじゃないし。
「さすがに普通の牡蠣と同じ食い方はしないぞ? 煮込んでソースを作ったり、内臓部分を取り除いた貝柱や
「貝柱……そういえば、牡蠣って案外貝柱が大きかったよね? 美味しいのかな?」
ホタテの貝柱を思い出したのか、興味深そうなユキに、ナツキも頷く。
「美味しいかもしれませんね。それだけ強力に挟むとなると、貝柱もかなり太いでしょうし」
「私は、ソースが気になるかな? それって、手に入りますか?」
「でかい町に行けば売っていると思うが……というか、お前ら、牡蠣を食ったことあるんだな? この辺じゃ乾物でもほとんど手に入らないのに」
「私とミーはありません。ね?」
「うん。牡蠣って、初めて聞いたの」
訝しげなマークスさんの視線を受け、俺たちは図らずも視線を交わし合う。
海のないこの国では、生牡蠣はもちろん、加熱用の牡蠣だって手に入らない。
手に入るのは、せいぜい元の形が判らないような乾物ぐらい。
そんな国にいて、牡蠣についてあれこれ語れる俺たちは、普通に考えて、少し変なのだが……。
「ふーむ……まぁ、細かいことは詮索しないさ。ウチのギルドに利益をもたらしてくれりゃ、それで良い。新人にしては腕が立ちすぎることといい、何かあるんだろうさ」
「そう言って頂けると助かります」
「犯罪を行わない限りそれが許されるのが、冒険者ギルドだからな。――さて、取りあえず確認は終わったが、魔物の姿がない。できればもう少し探索したいんだが、構わないか?」
「はい、もちろん。私たちも、海の魔物との戦闘経験があるマークスさんと共に戦えるのは、ありがたいですから」
ギルド職員としての使命感か、それとも戦いへの物足りなさか、はたまた期待していた海産物が手に入っていないことに対する不満か。
ハルカが即座に頷けば、マークスさんはニヤリと、男臭い笑みを浮かべたのだった。
◇ ◇ ◇
砂浜から離れ、次に俺たちがやってきたのは波の打ち寄せる岩場だった。
それに深い意味はなく、『砂浜で出てこないのなら、岩場になら魔物がいるかも』という単純なもの。
「今度はいると良いんだが……おっ! やったな! ビッグ・オイスターだ。ダンジョンのくせに、魔物が存在しない海かと焦ったぜ」
岩場を指さし、嬉しそうに言うマークスさんに、俺たちは『魔物が出て喜ぶのもなんだかなぁ』と、少し微妙な表情になる。
「それは良かった、というべき、なのか……?」
「魔物がいなけりゃ金にならないだろ? そりゃまぁ、塩の採取だけを考えるならいない方が楽だが、実際に採取することになるかは判らないからな」
ダンジョンの所有者として考えるなら、収益源の多様化は喜ぶべきことだろ、ということらしい。
まぁ、俺たちも美味いものが食べられるようになるのなら、文句はないのだが。
――危険性が、そこまで高くなければ。
「ここにいるの? 全然判らないの」
不思議そうに、マークスさんが指さした岩に手を伸ばしかけたミーティアの手を、俺は慌てて掴んで止める。
「ミーティア、挟まれたら危ない、って言っていただろ?」
「はっ!? そうだったの! 危なかったの!」
俺が注意すれば、ミーティアが目を見開いて、慌てたように俺の後ろに回る。
「見ても判らないんだが、判断するのはそう難しくない。こうやって……」
マークスさんが剣を引き抜き、岩の上にポンと置くと同時に、その岩の表面が凄い勢いで弾け飛んだ。
いや、正確に言うなら、その表面に張り付いていたビッグ・オイスターの殻が勢い良く開き、マークスさんの持っていた剣を撥ね上げたのだが、その速度は正に爆発したかのよう。
その直後、再び殻は勢い良く閉じられたのだが、マークスさんが素早く剣を挟み込んだことで、『ガキンッ!!』と激しい音を立てて、中途半端な位置で止まる。
「と、まぁ、こんな感じに。そっちの三人ぐらいなら、上に載っていても空中に撥ね飛ばすぐらいの力はあるから、気を付けろよ?」
そう言いながらマークスさんが示すのは、ユキ、メアリ、ミーティアの三人。
先ほどの速度からしても、その言葉に嘘はないのだろう。
それ以外のメンバーであっても転倒することは確実で、決して気は抜けない。
「見ての通り、閉じる力もかなり強い。さすがに、金属の剣を曲げたりするほどじゃないがな」
先ほどからビッグ・オイスターは、ガリガリと音を立てながら殻を閉じようとしているのだが、さすがはミスリルの剣。その表面に傷を付けることすらできず、逆に殻の方が削れていっている。
「斃し方はどうすれば?」
ハルカがそう尋ねると、マークスさんは軽く頷いて腰の短剣を引き抜く。
「この状態になれば簡単だな。魔石を抉り出しても良いし、適当に斬りつけても斃せる。ま、食うことを考えれば多少気を付けた方が良いが」
そう説明をしながら、手にした短剣を上の殻の内側に滑らせ手早く貝柱と分離。そのまま殻を取り外すと、巨大な牡蠣の身の中に手を突っ込んで、小さな魔石をほじくり出した。
「これで終わり。簡単だろ? あ、お前たちなら大丈夫だと思うが、一応言っておくと、一般人は注意が必要だぞ? たまに海水を吹きかけてくるんだが、子供なら吹っ飛ぶぐらいの威力はあるからな?」
ここに来られるような冒険者であればそれで怪我することはないようだが、地上の海岸の場合、冒険者以外でも普通に近づける。
そのため、まれに子供が骨折するような事故も起きているらしい。
「なるほどなぁ。しかし、でかい貝柱だな、これ」
マークスさんが切り分けたビッグ・オイスターの貝柱を見て、トーヤが少し呆れたような声を漏らすが、それも仕方ないだろう。
今回斃したビッグ・オイスターの殻のサイズは、幅三〇センチ、長さ六〇センチほどだったのだが、その中で貝柱は直径二〇センチを超えるほども占めている。
殻を開く速度、そして挟み込む力の強さを考えれば、これぐらいは必要なのかもしれないが、俺の知る牡蠣よりも、明らかに貝柱の占める面積が大きい。
「はっきり言って、ビッグ・オイスターはこれがメインだからな。この貝柱を殻に置いてな、炭火の上に並べてちょっと海水を掛けてやれば、それだけで美味いんだ! ジュウジュウという音と共に立ち上る香りだけで、酒が飲めるほどにな!」
うわっ、聞くだけで唾が出てくる。
醤油とかかけたら、更に美味そう。
「それは……興味あるわね。お酒はともかく」
「た、食べてみたいの!」
「うんうん! 凄く美味しそう! 身もプリプリだし」
「だろ? つーことで、取ろうぜ!」
そう言って、グッと親指を突き出したマークスさんに反対する者は、誰もいなかった。
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