372 海辺にて (3)
観察だけで、岩とビッグ・オイスターを見極めることは非常に難しい。
基本的には、マークスさんがやったように殻をコンコンと叩けば口を開けるのでそれで判断ができるのだが、すべてのビッグ・オイスターが反応するとは限らないところが少し厄介である。
単なる岩と判断して足を載せた途端、口を開き、岩場に転倒、そこにいた別のビッグ・オイスターにやられるという事故も時折発生するのだとか。
もっとも俺たちの場合、【索敵】にきっちりと反応があるので、まったく問題はない。
二人でペアになって、ビッグ・オイスターを探索。
見つけたら叩いて口を開けさせ、両手剣や鉄棒など、丈夫な武器を突っ込んでつっかえ棒にし、もう一人が素早く貝柱を切り離す。
これはもう、討伐というより採取である。
ちなみにもっと簡単にできないかと、トーヤがインパクト・ハンマーを使って殻の上から攻撃してみたのだが、中身がグチャグチャのメチャメチャ。とても食べる気にはなれない代物になってしまったので、一回で封印と相成った。
そして、地道に作業を続けること小一時間。
ミーティアと組んでいたマークスが手を止め、俺たちに声を掛けた。
「そろそろ必要量は確保できたか? 俺は早速、新鮮なうちに食いたいんだが、どうだ?」
「賛成! 浜焼きだね!」
「ミーも! ミーも食べてみたいの! よく判らないけど、マークスおじちゃんの説明、美味しそうだったの!」
「わ、私も興味、あります」
即座に賛成するユキとミーティア、それに控えめながら手を上げるメアリ。
新鮮さだけならマジックバッグでどうとでもなるが、浜で焼く海産物が美味そうというのは、俺たちも賛同するところ。
「それじゃ、早速――」
岩場から砂浜へと移動を開始した俺たちだったが、その直後、叫び声が上がった。
「のわぁぁ~!」
微妙に間抜けな声に振り返れば、そこには岩場で蹈鞴を踏んでいるトーヤがいた。
見ればその両足に何かが絡みつき、彼の動きを制限している。
それはヌメヌメと動き、トーヤの身体を這い上がって――。
「蛸か!?」
茶色っぽい色と、太い触手のような物で一瞬、それが何か判らなかったが、海面から這い上がってきた胴体と触手に付いた吸盤が見えて、その正体が判明した。
「トーヤ、気を抜きすぎ!」
「反応はあっても、牡蠣かと思ったんだよぉぉ!」
ハルカの呆れたような声に、トーヤが言い訳を叫ぶ。
なるほど、そんな盲点があったか。
蛸の擬態の巧みさはテレビなんかでも見たことがあるし、ぱっと見では気付かないのも必然。【索敵】で足下に敵の反応があってもビッグ・オイスターと思っていれば、『足さえ載せなければ良い』と意識も逸れるか。
って、そんなこと言ってる場合じゃない!
「トーヤ、振りほどけないのか?」
「無理! つーか、顔を守るので精一杯!」
最初、下半身に絡みついていた蛸はジュルジュルと這い上がり、今はトーヤの顔の辺りまで足を伸ばしている。
トーヤの腰の少し下に絡みついた蛸の胴体部分は、直径一メートルほどはあるだろうか。
そこから生えている足の付け根部分はトーヤの腕よりも太く、長さも二メートルは超えているだろう。
それが八本、トーヤの身体に巻き付いているのだから、なんというか――。
「こういうのは、女性陣の役目だろぉぉぉぉ!」
「トーヤ、サイテー」
「トーヤくん、それはどうかと思います」
「トーヤお兄ちゃん……」
「トーヤさん……」
トーヤ、ハルカ以外の全員からフルボッコである。
そして、唯一何も言わなかったハルカも、トーヤに向けるのは冷たい視線。
まぁ、正直俺も『トーヤが絡みつかれるとか、誰得!?』と思ったりはしたのだが、現実の蛸の魔物は、サービスシーンとか言っていられるような柔なものじゃない。
トーヤの身体能力だから対抗できているが、ユキあたりなら、全身の骨がバキバキになっていたかもしれないし、吸盤だって結構シャレにならない。
鎖帷子や革鎧をどうにかできるほどじゃないが、顔などの露出している部分、素肌に直接張り付かれたから、かなり危険だろう。
ただしトーヤの着ているのは柔軟性のある防具、かなり締め付けられているのか、トーヤですら顔とかちょっと赤くなっている。
まぁ、即座に命の危険はなさそうだから、俺たちもそんな観察をする余裕があるのだが。
「マークス! 助けてくれ!」
「あー、すまんな、トーヤ。俺、女性の扱いに関しては専門外なんだ」
「そっちじゃねぇぇ! この蛸! そんなジョークに付き合うほど、余裕ないんだけど!?」
「余裕ありそうな発言だったが……? ちなみに、そっちもすまん。お前ごと叩き潰して良いなら別だが、そういう繊細な作業は得意じゃないんだ、俺」
「マジかよぉぉぉ! いや、マジで抜けられねぇんだけど!? ヘルプ! ヘルプ~~! 本気でヤバいから! 謝るから!」
ちょっと暢気に見ていたが、蛸の胴体が胸の辺りまで這い上がり、本当にそろそろ危ない感じ。
トーヤだって、顔を覆われてしまえば本当に命に関わる。
「しゃーないね。ねぇ、トーヤ。あたし、ハルカ、ナツキ、そしてナオ。誰が良い?」
ヤレヤレと首を振りながら、指を四本立てたユキに、トーヤは即座に答える。
「ナツキ!」
「一切迷わなかったね。そいじゃ、ナツキお願い」
「解りました。ナオくん、ちょっと槍を貸してください。蛸の急所は……ここ、ですね!」
効果は劇的だった。
俺から槍を受け取ったナツキが、素早くそれを蛸の目の間に突き込むと、その体色が一気に白っぽくなり、身体の動きが止まる。
同時に締め付ける力もなくなったのか、即座にトーヤが蛸を剥ぎ取り、それを忌々しげに岩場に叩きつけた。
「魔物でも、急所に違いはなかったみたいですね」
「助かった、ナツキ。あ~、気持ち悪ぃ……。ヒデェ目に遭った」
「トーヤお兄ちゃん、ベトベト、ぬとぬとなの……」
「それに、ちょっと臭いも……」
鼻の良いミーティア、メアリから距離を取られ、トーヤが肩を落とす。
「あぁ、このまま海に飛び込みたいぐらいだが……誰か、『
「はいはい。『浄化』。今度は足下に気を付けて、歩くのよ?」
「りょーかーい。はぁ……」
トーヤは疲れたように足下に手を伸ばすと、先ほど叩きつけた蛸の死体を引きずって移動、今度は無事に砂浜まで辿り着き、よっと飛び降りた。
「蛸が手に入ったのは少し嬉しいけどよー、マークスさん、これってなんていう魔物なんだ?」
海の魔物が載っている魔物事典を読んでいないためか、【鑑定】スキルでは判別できなかったらしく、トーヤがそう訊ねるが、マークスさんはあっさりと首を振った。
「いや、俺は知らんぞ?」
「え?」
「言っておくが、俺の知っている魔物なんて、海の近くで活動していた僅かな期間で遭遇した少数だけだ。一応、その頃には魔物事典にも目を通していたが、そんなに覚えてねぇよ」
マークスさんが現役を引退したのはずいぶん前のことで、他の国で活動していたのは更にそのかなり前。
戦ったことのない魔物について覚えていないのも、必然だろう。
「そもそも、その蛸が魔物かどうかも判らないしな。ま、ダンジョンで出てきたことを考えれば魔物だと思うし、魔石の有無を確認すれば判ることだが」
「だよな? えっと、魔石は……これ、か?」
巨大な蛸の胴体をトーヤがグニグニと探り、その一箇所にナイフを突き立てて、そこからピンポン球ほどの魔石をえぐり出す。
トーヤはそれを海水で綺麗に洗い、自分の手のひらの上に載せて俺たちに見せた。
「へぇ、綺麗な魔石……薄いブルーに輝いて」
「本当……初めて、だよね? こんな色の魔石」
蛸の外見からは想像も付かないほど綺麗なそれに、ハルカたちは感心したような声を漏らして、揃って顔を近づけた。
「海の魔石はこんな色が多いぞ? 陸の魔物も、強くなると綺麗な色になることが多いが」
「そうなのですか? 知りませんでした」
これまで斃した魔物の大半は、黒っぽい魔石を持つことが多く、見方によっては黒曜石みたいで綺麗ではあったのだが、鮮やかさは一切なかった。
これぐらい綺麗な魔石なら、装飾品なんかとしても、一定の価値がありそうだが……。
「ちなみに、色は値段に一切影響しない。少なくとも、ギルドが買い取る場合には」
「あ、そうなんですね」
「魔石は実用品だからな。魔石を装飾品に使うなんて奇特なヤツはいないだろ? それなら、魔石を売って宝石を買う方がよっぽど良い」
「……そんなものか。まぁ、綺麗といえばガラス玉だって綺麗だしな」
この世界、錬金術があるせいか、ガラスの加工技術も案外発達している。
工業製品ではないので決して安価とは言えないのだが、宝飾品として使えるぐらいに綺麗なガラス玉を作ることはできる。
それでも普通の宝石と比べるとずっと安いので、残念ながら多少綺麗な魔石であっても、稀少性がなければ価格は高くならないということなのだろう。
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