338 ガーゴイル (2)

 迎えた翌朝、ガーゴイル戦を控えた俺たちではあったが、行動は普段と変わらなかった。

 マジックバッグから取り出した美味しい朝食をしっかりと食べ、しばらく腹を落ち着かせてから軽い体操と模擬戦を行って身体をほぐす。

 多少の緊張感は漂っているが、危なければ逃げれば良いという気楽さもあり、悲壮感などはまったくない。

「……さて、そろそろ良いか?」

「私は問題ないわ。むしろ、トーヤの体調が一番影響しそうだけど……」

「オレも問題ないぞ。万全といっても過言ではない! 朝食も美味かったしな」

「美味しいご飯が常に食べられるのは大きいよね。これと寝台がなければ、一ヶ月間も冒険できないよ、あたしのメンタルだと」

「それに加えて、『隔離領域アイソレーション・フィールド』や『暖房ワームス』の存在も忘れちゃいかんだろう。快適な野営のためには。ナオとユキには感謝だな」

「おう、存分に感謝してくれて良いぞ」

 過ごしやすい季節なら『聖域サンクチュアリ』だけでも十分なのだが、この洞窟内は少々気温が低い。

 戦闘時や上り下りの多い活動時などにはちょうど良い感じの気温なのだが、じっと座って動かない時や、睡眠を取るには少し肌寒いのだ。

 魔道具のテントに入ってしまえば、寝る方は問題ないのだが、見張りはそうはいかない。

 なので、そちらの対処は『隔離領域』と『暖房』で行っていた。

 さすがは魔法。便利である。

 だが、これらが最も効果を発揮するのは夏場だろう。

 寒い方なら多く着込めば寝られるが、暑い方は魔法を使わなければどうしようもないし、寝られなければ体力も消耗し、長期間の遠征は難しい。

 まぁ、俺たちの場合、暑い時期にはダンジョンに避難していたので、暑い中で野営する機会はなかったわけだが。

 ここは“避暑のダンジョン”故に。

「メアリちゃんとミーティアちゃんも大丈夫ですか? ――では、お願いします」

 メアリたちが頷くのを見て、ナツキは俺とユキの方に視線を向けた。

 その視線を受け、俺とユキが扉の前に立ち、トーヤが扉に手をかける。

 ハルカたちは扉横の壁際で待機。

 万が一、扉が吹っ飛んだとしても被害が出ない位置である。

 攻撃の目標は俺が左の壁際、ユキが右の壁際。

 室内があの時のままであれば、そこに二体ずつのガーゴイルがいるはずである。

 扉のすぐ傍にいるはずのガーゴイルを狙わないのは、魔法の発動から着弾までの距離が短すぎて、扉を閉めるだけの時間が確保できるか判らないため。

「カウントしますね。五、四、三――」

 ナツキのカウントダウンに合わせ、魔法を準備、発動直前にまで持っていく。

「二、一、ゼロ!」

 ナツキの『ゼロ』と同時に、トーヤが扉を開ける。

 即座に俺とユキは中を確認、ガーゴイルに向かって『爆炎エクスプロージョン』を放った。

 そしてすぐさま扉を閉めるトーヤと、扉の前から待避する俺とユキ。

 扉を閉めたトーヤも、すぐにそこから離れて、耳を押さえる。


 ドゴゴーーン!!!


 部屋の中から激しい爆音が響くと同時に、扉が大きく振動する。

 その振動が収まるか収まらないかの段階で、トーヤが扉に手をかけると中に飛び込んだ。

 そしてすぐに聞こえてくる衝撃音。

 俺たちも慌てて後に続くと、扉の傍にいたガーゴイルを、トーヤがインパクト・ハンマーで殴り飛ばしたところだった。

「二体落ちてます! あと二体も、損傷あり!」

 思ったよりも効果はあったらしい。

 ナツキの言葉通り、二体は完全に胴体が破壊され、台座と共に崩壊していた。

 一応、胴体を狙ったのだが、狙い通りに当てることができたらしい。

 逆側の壁際にも、もう一体が崩れているところを見れば、ユキの方も問題なく命中させたのだろう。

 更に損傷のある二体のうち一体は、半身がほぼ破損して片腕と片翼が失われ、地面の上でもがいているような状態。

 もう一体の方は威力が足りなかったのか、左腕こそ半ばまででなくなっていたが、翼や足、胴体に傷はなく、宙に浮いている。

「メアリ! 左側を斃せ!」

「はい!」

 損傷の多い方にメアリを向かわせ、もう片方にはハルカたち。

 俺とナツキは中央奥で羽ばたいている、無傷に見えるガーゴイルへと向かう。

「ナツキ、時間稼ぎ優先で」

「はい。トーヤくんに期待しましょう」

 このボス部屋は、ガーゴイルが飛べるようにか、かなり天井が高い。

 前回のことを考えると、上空からの急降下しての攻撃はかなり威力が高そうだった。

 あれを受け止めるなんて俺たちにはあり得ないことだし、あの速度で突っ込んでくる石の塊に槍や長刀を振るえば、武器の破損か、それとも腕の破損か。

 捻挫で済めばまだマシ、下手すれば骨折だろう。

 背後からはガッキン、ガッキンと硬質な音が響いてくるが、あれはトーヤだからできることなのだ。

「ナオくん、基本的には私が対応しますので、魔法など、撃ってみてはどうでしょう?」

「なるほど、それもありだな」

 俺たちの様子をうかがうように、空中でホバリングするガーゴイルに対し、ナツキが一歩前に出て、俺が一歩引く。

 使うならば、やはり得意魔法か。

 相手が飛んでいることを考えれば、間違いなく当てられるのは『火矢ファイア・アロー』だろう。

 『爆炎エクスプロージョン』にかなりの魔力を注ぎ込んだが、まだ問題はない。

 俺は即座に『火矢』をガーゴイルに向かって放ち、その腕に焦げ跡を付ける。

「――って、焦げ跡だけかよっ!」

 ダメージはないのか、ダメージは!

 一応、避けようとした素振りは見せたから、ノーダメージではない、と思いたい。

「でも、魔法が気に入らないのは間違いないみたいですよっ!」

「だと、良いんだがな!」

 ガーゴイルは僅かに上昇すると、足から急降下。

 それをナツキがひらりと躱すと、そのまま地面に激突。

 鋭い足の爪で地面をガリガリと削り、再び飛び上がる。

 その背中にナツキの薙刀が振るわれたが、ガキンという硬い音が響くのみで、あまりダメージは与えられていそうにない。

 降下速度はなかなかに速いが、その途中で大きく方向を変えるのは難しいようで、相手が一体であれば十分に回避可能。

 その代わり、あまり大きく避けてしまえば、上空に逃げられる前に攻撃を加えることも難しいのだが。

 紙一重で避ける……のは危険だろう。

 相手には足だけではなく、鋭い爪の生えた腕もある。

 ナツキの攻撃も効かないようだし……まぁ、たぶんナツキも、薙刀を壊さないように手加減しているとは思うのだが。

 『火矢』が効かないとなると、他の魔法を使うしかないのだが、何か良い魔法はあるだろうか?

 『爆炎』なら効くことは証明されているが、あんな魔法を上空にいるガーゴイルにぶつけたら、飛び散る破片で俺たち全員に大ダメージである。

 ここは当初の予定通り、時間稼ぎに徹するべきか?

 周囲の状況を見て判断すべき、とチラリと視線を向けてみれば――。

「お、斃してる」

 まともに動けないガーゴイルなど、メアリの敵ではなかったのだろう。

 僅かな時間で破壊してしまったようで、彼女の姿はハルカたちの隣にあった。

 片腕のないガーゴイルに、ハルカたちは三人。

 上手くすれば破壊も可能な組み合わせだろう。

 ここは無理せず、魔法をぶつけながら時間を稼ぐべきだろうか?

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