336 岩山の中へ (7)

 ハルカの言葉がフラグになったわけではないだろうが、インパクト・ハンマーの一撃で斃せないゴーレムが出現し始めたのは、それから数日後のことだった。

 ゴーレムの種類は変わっていないのだが、それでも斃せなくなった原因は、おそらく巨大化。

 下るにつれて広くなる通路は、当初の二人並んで歩けるかどうかという幅から、十分な戦闘スペースが確保できるまでに広がっていた。

 それに合わせるようにゴーレムのサイズも拡大を続け……最初の難敵は、ストーン・ゴーレムだった。

 身長はトーヤの二倍近く、胴体や腕などもかなり太く、これまでの敵とは大きく異なっていた。

 ただ、大きくなって重量が増したからか、動きは少し遅くなっていたのだが、逆に一撃の威力は大幅アップ。

 動く度に足音が響くその重量感は、言うまでもないだろう。

 万が一踏み潰されてしまえば、たぶん命はないし、腕がかすっただけでもかなり危うい。

 そんな腕をかいくぐり、トーヤが胴体に一撃を加えたのだが、胴体の厚みが影響しているのか、魔石の部分まで衝撃波が浸透せず、まったく問題とせずに動いている。

 いや、『まったく』とはいえないか。

 石の強度自体は上がっていないのか、トーヤが殴りつけた部分に関しては、罅が入って欠けているのだから。

「トーヤ! 魔石の真上の位置、胴体の中心部分を狙って!」

「――っ! 了解!」

 あっさりと斃して来たとは言っても、俺たちもゴーレムを侮っているわけではない。

 斃した後の死体(?)は、きちんと解析し、構造を確認している。

 詳細に調べていたのは最初だけではあったが、それでも魔石がどこにあり、どんな風に砕けているかなどは理解しているため、魔石のある場所はトーヤも把握している。

 ハルカの言葉を聞いたトーヤはすぐに理解し、その場所を狙ってインパクト・ハンマーを振るう。

 ガツン、と響く鈍い音。

 と、同時に振り上げていたゴーレムの腕から力が抜け、そのままズズンッと地面に落下した。

「斃せたか……」

 ゴーレムの魔石は、ゴーレムの胴体の中心、それのやや背中寄りに存在する。

 なので、衝撃波を的確に浸透させようとするならば、背中側から胴体の中心を撃ち抜くのが最も効率的である。

 今回トーヤは、前から叩いているので、これを背後から叩くようにすれば、もう少し大きくなっても対処できるだろう。

 飽くまでも、今はまだ、であるが。

「ちょっと、危なくなってきたわね。きちんと狙えば、まだ斃せるみたいだけど……」

 渋い顔をするハルカに、ユキとナツキも頷く。

「ストーンなら普通の戦槌でもまだ壊せるけど、これがアイアンになると、ちょっと不安だよね」

「私たち、ダメージには寄与してませんからね」

「いや、注意を引いてくれるだけでも、オレは戦いやすいぞ?」

 トーヤはそう言うが、複数のゴーレムが出現した場合、俺たちの役割は、完全にトーヤが来るまでの時間稼ぎ。

 関節を狙って崩すことも試しているのだが、トーヤサイズのストーン・ゴーレムまでならともかく、アイアン・ゴーレムや先ほど斃したサイズのゴーレムになると、ほぼ無理である。

 いや、一時間とか掛けて削り続ければ何とかなるかもしれないが、ボス戦ならまだしも、普通のモブ相手にそんなに時間が掛かるのは、ちょっと問題だろう。

 言うなれば、適正レベル外、である。

「……一度戻って、もう少しお金を掛けても、特化武器を用意するべきかしら?」

「大きめの戦槌を属性鋼あたりで作ってもらえば、それなりに戦える……でしょうか」

 ハルカとナツキの提案に、ユキは腕組みをして唸る。

「いや~、どうかなぁ? メアリはできると思うけど、あたしやナツキ、ナオは微妙、ハルカとミーティアは難しいよね?」

「柄を長くして、カウンターウェイトを付ければ何とかなるかもしれないけど……かなりの訓練は必要そうよね」

「すでにそれ、戦槌じゃねぇしな」

「だな。どちらかといえば、棍棒に近いよな」

 戦槌の扱いは、なかなかに難しい。

 一撃だけならまだしも、二撃、三撃と隙を見せないように攻撃を続けようと思うと、よほどの訓練と筋力が必要になる。

 俺たちが多少なりとも攻撃ができるのは、動きが遅いゴーレムだからこそである。

「打撃力を補うなら、連接棍棒が良いかもしれません。……そういえば、日本にも乳切木とかありましたね」

「なんだそれ?」

 思い出したように言うナツキの言葉に、俺は首を捻る。

 どこかで聞いたような気もするが、まったく絵が思い浮かばない。

「ナオくんに解りやすく言うなら……柄が長いフレイルでしょうか?」

「なるほど、理解した」

 棒の先に鎖と錘が付いている武器なわけね。

 今持っているフレイルよりも柄が長い分、遠心力で威力がアップするだろうが、その反面、素早い攻撃が難しいというデメリットもありそうだ。

 それでも現状の攻撃が効かない以上、何らかの方法で威力のアップを図る必要があるし、ハルカたち筋力の少ないメンバーが、同じだけの時間、訓練をするのであれば、戦槌より効果的かもしれない。

「連接棍棒の利点は、攻撃の衝撃が跳ね返ってこないことですよね。アイアン・ゴーレムを戦槌で叩くと、手が痺れますから」

「はい。砕けるストーン・ゴーレムはまだ良いんですが……ちょっと手が痛いです」

 メアリも同意するように頷き、ちょっと眉を寄せて手をにぎにぎしている。

 トーヤに次いで戦槌を使っているのがメアリだからなぁ。

 衝撃吸収手袋とか作ってあげるべきかもしれない。

 でも、他の冒険者って、どうやってゴーレムを斃しているんだろうか?

 この世界のゴーレムは、一文字削るだけで斃せるほど都合良くはないのだが……。

「けどよ、エルフ的には鈍器を扱えるようになるよりも、むしろ魔法で対処できるようになるべきじゃねぇの?」

「魔法……ね。ナオ、どう思う?」

「一応、硬い敵対策で『爆炎エクスプロージョン』は練習してきたわけだが……ゴーレムが爆散したら、俺たちも危なくないか?」

 上手いこと、ピンポイントで膝だけを爆破するとかできれば別だが、練度の低い俺にはまだまだ難しいだろう。

 下手に爆砕して、石の破片が周囲に飛び散ったら、大惨事である。

「……ナオだけが背後に回って、背中を爆破するってのはどうよ?」

「それなら正面側には被害がないかもしれないが、俺は?」

「耐える!」

「無茶言うな!? トーヤとは違うんだぞ、俺は!」

 断言したトーヤに、俺は即座にツッコミを入れる。

 小さな盾すら持たない俺がそんなことをすれば、確実に怪我をするぞ?

「まぁ、『爆炎エクスプロージョン』はある程度の距離が取れる状況や、身を隠せる状況で試してみるとして、接近戦で使えそうなのは……『火矢ファイア・アロー』でアイアン・ゴーレムを熔かすのは、無理よね?」

「……死ぬほど撃ちまくればナントカなるかもな。かなり厳しいと思うけど」

 つか、たぶん無理……だと思う。

 今度、アイアン・ゴーレムを斃したら、死体で実験してみるのも手だとは思うが。

「うーん、魔法で対処ということなら、あたしとしては『落とし穴ピットフォール』で動きを制限して、全員でボコる方がまだマシじゃないかと」

「あとは地道に、『石弾ストーン・ミサイル』でもぶつけるか、だな」

「そのあたりが妥当かしらね。無理して味方に被害が出たら本末転倒だし」

 奥の手としては『空間分断プレーン・シフト』もあるのだが、よほどでなければ、戦闘中にこの魔法を使うのは避けたい。

 発動までに時間が掛かるし、万が一、座標設定がズレて味方を輪切りにしてしまったら……本気で洒落にならない。

 魔法にミスがなくても、躓いて転けるとか、敵の攻撃が当たってしまうとか、ちょっとした事故で味方が設定範囲に入ってしまうことも考えられるのだから。

「ま、斃せなくなるまでは進めば良いんじゃね? まだオレのチート武器は有効だし、背中側からきっちり魔石の位置を狙えば、もうちょいパワーアップした敵が出てきても対処できるだろ」

「うん。せっかく見つかる“石”も、ちょっと大きくなってる感じだしね」

「あぁ、それは確かにな。何の宝石か、いや、本当に宝石なのか判らない物が大半だけどな」

 ユキの言う通り、下りて行くにつれて宝箱から出てくる“石”の大きさは、少しずつ大きくなっていた。

 もちろん、その大きさが単純に高い価値に繋がるとはいえないが、期待感を持ってしまうのは仕方のないところだろう。

「う~ん、その感情が判断ミスに繋がりそうな気もするけど……そうね、トーヤが無理と思うまでは進みましょうか」

「おう! 判断はオレに任せてくれ。宝石でオレは揺らいだりしないからな!」

 トーヤがそう言って笑みを浮かべ、ぐっと拳を握る。

 確かにトーヤは、宝石にあまり興味を持っていない。

 そのことは間違いない。

 だがしかし、彼の懐事情を考えると微妙に不安もあるのだが……うん、俺も気を付けておこう。

 そう、『まだ行ける』は『もう危ない』の気概でな。

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