335 岩山の中へ (6)

「トーヤ! 動きが速いぞ!」

「おう! くっ、腕が邪魔だ!」

 伸ばされた腕に、トーヤがハンマーを叩きつけた。

 グワァァァン!

「ひ、響くの!」

 これまで以上に大きく響いた音に、ミーティアが頭を押さえる。

「チッ! 僅かにヘコんだだけかよっ!」

 これまでとは勝手の違う敵に、トーヤは舌打ちをして一歩引き、改めてインパクト・ハンマーを構えた。


 ガーネットの原石が見つかって数日。

 ゴーレムを駆逐しつつ、これまでとは目の輝きが変わった女性陣に引っ張られるように、より精力的にマップを埋め始めた俺たちは、更にいくつかの“石”を手に入れていた。

 トーヤの【鑑定】で宝石の原石と解るのは僅かで、それ以外は本当に石にしか見えないのだが、当然それらもキープ。マジックバッグへと収められている。

 出てくる敵に変化はなかったので、苦労することなく探索は進められていたのだが、そんな中、ついに新たな敵が出現。

 それが現在、トーヤが相手にしている敵、アイアン・ゴーレムである。

 ロック、ストーンと動きが速くなっていたが、今回出てきたアイアン・ゴーレムは、それにも増して素早くなっていた。

 トーヤが繰り出した最初の一撃では胴体を狙うことができず、腕を殴ることになったことからも、その速度の差が解ろうものだろう。

 強度もストーンとは段違いなようで、インパクト・ハンマーで腕を叩いても、罅が入ることもなく、ただ大きく音を響かせるに留まっている。

 トーヤが吐き捨てたように、叩いた場所が多少凹んだようにも見えるが、与えられたダメージはそれだけ。

 アイアン・ゴーレムの動きに変化はなく、代わりに地面に叩きつけられた腕は岩を砕き、その破片を周囲に飛び散らせている。

「トーヤさん! 私が注意を引くので、胴体に攻撃を!」

「おう!」

 もっとも、素早いといっても『ゴーレムとしては』であり、これまで戦ってきた敵と比べればそこまで速いわけでもない。

 巨大な鉄塊が振り回される様は恐怖感を煽るが、当たりさえしなければ、その威力のある攻撃も意味はない。

 メアリが挑発してアイアン・ゴーレムの注意を引いたところでトーヤが素早く飛び込み、胴体へ一撃。

 金属同士がぶつかる甲高い音を響かせると同時に、手足のパーツがガコン、ガコンと分離して地面へと転がった。

「おぉ……当たりさえすればやっぱり一撃なのか、アイアン・ゴーレムも」

 あまりのあっけなさに、攻撃した方のトーヤも、少々釈然としない表情を浮かべ、転がった鉄の塊を蹴り――ゴン。

「痛っ!?」

「バカ……。鉄の塊よ? 重いに決まってるでしょ」

 つま先を押さえて飛び上がったトーヤに、ハルカがため息を吐きつつ『小治癒ライト・キュアー』をかけてやれば、トーヤは少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「うっ、いや、そうなんだけどよ……」

 滑らかに動いていても、相手は鉄の塊。

 金床を蹴るような物である。

 俺も転がっているゴーレムの破片を、槍でカンカンと叩いてみるが、返ってくるのはかなり硬い手応え。

 どう見ても金属で、俺の槍が突き刺さるような感じではない。

「こりゃ、俺たちの武器だとまったく役に立ちそうにないよな。戦槌を使っても、斃せるかどうか……」

「はい。私の戦槌だと、尖った方で叩いてもちょっと凹むだけです。――関節を狙えば何とかなるでしょうか?」

 メアリもゴツゴツと転がった鉄塊を叩きながら、小首を傾げる。

 力のあるメアリが戦槌を使ってそれなのだから、それ以外の俺たちは言うまでもないだろう。

「鉄が切れるような武器があれば良いんだが、無理だよなぁ……」

「いや、それがナオ、あるみたいだぞ、鉄が切れる武器」

「え、マジで?」

「あぁ。ミスリルを混ぜて作った武器に魔力を纏わせる、所謂“魔法剣”ならって話だが」

 いつぞや話に出た魔法剣、それはそれなりの武器があってこそ可能な話だったようで、逆に言えばそれなりの武器があれば、ちょっと信じられないようなことも可能になるらしい。

「つっても、頑張れば何とか入手できるレベルの武器だと、せいぜい厚さ一センチの鉄板が切れる程度らしいけどな。当然、きちんと鍛えた剣をスッパリと切断できたりはしない」

「微妙に現実的!?」

 鉄を切れるのは十分に凄いが、切れるレベルが微妙にショボい。

 鍛えた鉄――つまり、鋼とかがダメならば、当然白鉄などの鉄はダメだろうし、属性鋼もダメだろう。

 いや、鉄を切れる時点で、凄いは凄いんだけどな?

「じゃあ、このアイアン・ゴーレムならどうかな?」

「あー、これなら……同じ場所を何度も攻撃して、ちょっとずつ削っていって、やっと切り落とせるって感じじゃないか?」

 ユキの問いに、トーヤは自前の武器でガリガリとアイアン・ゴーレムの死体(?)を削り、その強度を確認して答えた。

「なるほどね。そうなると、そのインパクト・ハンマーの有用性が凄いわね」

「まったくだ。こっちに来て初めて、『チート装備を手に入れた!』って感じだよな」

「ゴーレム特化の、メタ装備って感じだけどな」

 他の敵に効かないとは思わないが、たぶん、自前の武器の方が使いやすい。

 ロック・シェルなどにも使えるが、あっちなら普通の戦槌でも問題なく斃せる。

「本来は、苦労してゴーレムを排除し、ガーゴイルを斃した上で手に入れる装備、のはずですからね……」

「ショートカットしたもんな、俺たち」

 ちょっとズルしている気分である。

 まぁ、フェアプレイ精神なんかより、身の安全である。

 俺たちにとっては、『遊びプレイ』じゃなくて『現実リアル』だし。

「あそこから落下して生き延び、その上で鉄砲水からも生き延びているんだから、ナツキとナオの努力の成果、で良いじゃない」

「あれは殺意、高かったよな。……落下中にフライング・ガーが飛んでこなかったことだけが唯一の救いか」

 魔法で速度を落とすだけで精一杯だったのだ。

 あれで落下中の攻撃まで追加されたら、たぶん俺とナツキはこの場にいない。

「第一、そのハンマーだけでは対応できない敵、出てくると思うわよ?」

「そこまでヌルくはないか」

「たぶんね。だから油断はせず、注意は怠らないように」

「おう! けど、やっと金になるゴーレムが出てきたな」

「あ、やっぱりアイアン・ゴーレムは売れるんだ?」

「ああ。くず鉄と同じ値段でな!」

 嬉しそうなドヤ顔のトーヤだが、聞かされたユキの方は微妙な表情である。

「へぇ、それは凄い?」

「いや、言っとくけど、鉄って結構高いからな!? 高炉で大量生産している世界と一緒にするなよ? ……そりゃ、属性鋼なんかとは桁が違うけどよ」

「間怠っこしい! トーヤ、金額を言え、金額を!」

 鍛冶を齧っているトーヤとは違い、俺たちは鉄を扱う機会なんてないのだ。

 武器は買っているが、単なる鉄製の武器なんてずいぶんとご無沙汰だし、加工品の武器と素材としての鉄を同列に並べられるはずもない。

 だからこそ、ズバリ『いくらで売れるのか』と言って欲しかったのだが、トーヤは少し困ったような表情になると、その場にしゃがみ込み、カリカリと地面に数式を書き始めた。

「金額……? えっとだな、縦横がこれぐらいで、鉄の比重と……このサイズなら、たぶん、二百万レア以上?」

「――っ!! 回収するの!」

「ミ、ミー、私も手伝うわ」

 即座に動いたのはミーティアで、それに続いたのがメアリ。

 転がっている手足の部品を、うんしょ、うんしょと転がして、広げたマジックバッグに放り込んでいくミーティアと、巨大な胴体をズリズリと引きずるメアリ。

 たぶん、手足でも百キロ以上、胴体などトンを超えていそうだが、それでも動かせるとか、とんでもない幼女たちである。

「そ、想像以上に儲かるんだね……?」

「おう。――持ち帰ることができればな」

「あ、そっか。普通、持てないよね、そんなには。……これ、私たちのマジックバッグでも、限界が来るんじゃ? これからも出てきたら」

 全員でメアリたちを手伝いつつ、アイアン・ゴーレムの残骸を回収するのだが、さすがは鉄の塊、滅茶苦茶重い。

 一番大きな胴体部分など、メアリ、トーヤ、俺、それにナツキが力を合わせても、持ち上げることすらできないほどである。

「こ、これは、その可能性、あるな。俺たちのマジックバッグ、重量を数百分の一にするだけで、ゼロにするわけじゃないし」

 胴体をなんとかマジックバッグに落とし込み、俺もユキの言葉に同意する。

 しかも、その数百分の一というのも、大まかな計測による予測に過ぎない。

 だって、一〇キロのおもりを入れても、変化量が数十グラムあるか、ないかだぜ?

 ナツキが【薬学】に使っている秤ならかなり精密に計れるが、そんな物にマジックバッグは載せられないし、穀物なんかをキロ単位で量る秤だと細かな値が判らない。

 マジックバッグ自体の重さも考えると計測が非常に面倒な上に、実用上は知る必要もなかったので、実際のところは不明である。

「そこは……まぁ、持てる範囲で持ち帰るしかないでしょ」

「ですね。こればっかりは、マジックバッグの数が多くても意味がないですし」

「……あぁ、そうか、そうなるのか」

 重量の軽減幅は、どのマジックバッグもほぼ同じ。

 分散して入れたところで、俺たちの人数が変わらなければ、持てる総重量が増えるわけではない。

「むー、そうなったらお金、勿体ないの。ミーは頑張るの!」

「えぇ、無理しない範囲でお願いね」

「お金よりも、怪我しないことが重要ですからね」

 マジックバッグが通用しない初めての事態に、ちょっぴり戦慄しつつ、俺たちは更に奥へと足を進めるのだった。

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