332 岩山の中へ (3)
「ふぅ……。どうした、ハルカ?」
「そろそろ休まないと、ってこともあるけど、坂の傾斜が続いているのが気になって。これって、上からゴーレムが来たら、危ないわよね」
今のところ一本道で、遭遇するロック・ゴーレムは全部斃しているが、脇道などがあれば、上側から襲ってくる危険性もあるわけで。
ダンジョンということも考えれば、唐突に魔物が湧き出ることすらも考慮すべきだろう。
「……それが攻撃かどうかは措いておいて、あのサイズの岩の塊が転がってきたら、大怪我するよな」
現在の坂の斜度を喩えるならば、車椅子用のスロープよりは明らかに急、って感じだろうか?
トーヤがロック・ゴーレムを斃した際には、下方向にゴロゴロと数メートル、転がる程度には傾斜している。
「大きいのが増えてきたの! ちょっと重いの……」
斃した後の後片付けを率先してやっているミーティアはそんな風に言うが、実際には『ちょっと』どころではない。
今後の移動の際に邪魔になることも考え、斃したロック・ゴーレムは毎回きちんと、道の脇に避けているのだが、中には一人で運ぶのが厳しいサイズの岩もある。
これまでで一番大きかったのは、身長が二・五メートルほどもあるロック・ゴーレムで、当然、その部品となっている岩は大きくて、重い。
というか、大きすぎて邪魔だったので、土魔法での処理が必要になった。
「もう一つの問題は、平地がないところよね。坂になったところで寝るのは……」
「身体に良くないですね。疲れが取れません」
「たぶん、野営の期間は長くなるもんねぇ。寝台の調整機能を使っても……無理かな? この傾斜だと」
「無理……いや、傾斜に対して横方向に並べればいけるか? 寝返りを打って寝台から落ちたら、そのまま転がって行きかねないが」
「いや、落ちないだろ、普通」
俺たちの折りたたみ型寝台、枠に布を張ったような形になっているので、寝ると少し沈み込む。
この状態で枠を乗り越えて落ちるって、かなり寝相が悪くないと無理である。
「でも、ミーティアは落ちたこと、あるよな?」
「あ、あれは仕方ないの! ご飯が逃げ出したの!」
「最近はお腹いっぱい、食べているでしょうに、この子は……」
トーヤの指摘に、ミーティアが顔を赤くして反論し、メアリが困ったように苦笑する。
俺は知らなかったが、落ちた経験があったらしい。夢を見て。
ミーティアの場合、体重が軽いので、沈み込みが少ないという点も影響しているのかもしれないが、俺も子供の頃は寝相が悪かったのであんまり笑えない。
「取りあえず、置いてみましょうか、寝台。斜めになるようなら、考えないといけないし」
「だな」
物は試しと、一つ取りだして置いてみれば、トーヤの言った通り、坂の傾斜に対して直角に置けば足の調整で何とか水平にすることができた。
寝てみても、違和感はない。
ついでに、地面の上にも寝てみたが、想像以上に斜面というのはキツい。
少しならともかく、この状態で何日も寝るとか……うん、寝台があって良かった。
「大丈夫そうですね」
「うん。いざとなったら、魔法で対処できなくはないけど、面倒だしね」
「ダンジョンですからね」
これが外なら、土魔法で地面を水平にしてしまえば良いのだが、ここはダンジョン、地面を削っても、しばらくすれば修復されてしまう。
寝ている間に元に戻り、寝台から転がり落ちるとか、最悪である。
ただし、ダンジョンを『削る』のはダメでも、『上に置くこと』は問題ないので、魔法で作りだしたブロックを置いて水平にする、などは可能。
まぁ、そんな面倒なことをしなくても、マジックバッグの中にある適当な物を寝台の足の下に敷けば済む話なのだが。
「じゃあ、ここで野営にしましょ。時間的にもちょうど良いし、そろそろお腹も空いてきたしね」
「はい。ではせっかくですし、ミーティアちゃんが頑張って回収してくれたロック・シェルを食べてみますか?」
ナツキの提案に、ミーティアが諸手を挙げて顔を輝かせる。
「賛成! 楽しみなの! ナツキお姉ちゃん、美味しく料理して欲しいの!」
「はい、任せてください。今回は、アワビと同じように料理してみましょうか」
平然と答えたナツキに、ハルカとユキが『むぅ』と口元を曲げた。
「アワビ……私には無理な料理ね」
「あたしも同じく。そんな高級食材、料理する機会なんてなかったもん」
「ふふっ、別に難しいことはないですよ。まずは――」
ナツキ謹製のロック・シェルのバター焼き(バターは、ストライク・オックスのミルクから作った自家製)はとても美味しかった。
貝の強い旨味とアワビのような歯応えがありながら、それでいて硬すぎない。
程よい厚さでスライスしてあることも影響しているのだろうが、とても食べやすい。
「これは、予想以上に美味しいわね」
「うん。これはもう、アワビだよね。あたし、食べた経験、ほとんどないけど!」
「オイオイ。まぁ、オレも同じだけどな」
「明日からのやる気が、漲ってくるの!」
「これが貝ですか。贅沢品です……」
そしてそれは、俺以外も同じ感想だったようで、皿に山盛りだったロック・シェルのバター焼きは、みるみるうちに消化されつつある。
「これだけ美味しいと、お刺身で食べられないのが勿体ないよね!」
「新鮮さはこの上ないんだけど、鑑定結果がねぇ……」
残念そうなユキとハルカだが、そんな二人を見たナツキは、微妙な表情になって首を振った。
「えっと、アワビのお刺身って、そんなに美味しくないですよ?」
「そうなの?」
「はい。歯応えは良いんですが……。もちろん、好みはあると思いますけど、私としては加熱してある方が、ずっと美味しいと思います」
「そっかぁ……トーヤで実験しようかと思ったんだけど。取りやめかぁ」
「オレかよ!? 嫌だぞ、オレは。ナツキが『そんなに美味しくない』と言う食べ物で、腹を壊すのは」
「仕方ないじゃん。回復要員のナツキを除けば、トーヤが一番頑丈なんだから」
「頑丈だから、取りあえず試そうとするのは止めてくれ!」
うん、同意。
この世界、トーヤの残機はゼロなんだから。
「しかしトーヤ。逆にナツキが『すっごく美味しい』と言う食べ物なら、実験台になるのか?」
「美味い物のためには、それも
チャレンジャー過ぎる。
いくらトーヤが頑丈だとしても。
……まぁ、フグを安全に食べられるように努力した人とかいることを考えれば、そんな生き方もありっちゃあ、ありなのかもしれないが。
「ちなみにナツキ、これをアワビと比べると?」
「良いアワビと同等以上の味、でしょうね。バターが美味しいことも影響しているとは思いますが、ロック・シェル自体も美味しいです」
やっぱ美味しいのか。
庶民の俺には判定できないが、ナツキがそう言うなら高級食材に分類しても間違いはないだろう。
贅沢を言えば、これにちょろっと醤油を垂らせればもっと美味くなりそうなのだが……それは家に帰ってからのお楽しみにしておこう。
次に帰る頃には、仕込んで置いた醤油ができているかも、とナツキが言っていたし。
本当は、きちんと面倒を見ないといけないらしいのだが、冒険者としての仕事もある以上、そこは仕方ないだろう。
もし、この地域の人の味覚に合うようなら、酒造りの傍ら、醤油と味噌造りも事業化する余地があるかもしれない。
酒蔵の経営を安定させるため、事業の多角化は必須――を建前に、俺たちの手間を減らすために。どうこう言っても、俺たちって、町にいないことが多いからなぁ。
「でも、これで明日以降もロック・ゴーレムばかりが出てきたとしても、気力が保てるわね。このロック・シェルのおかげで」
そんなハルカの言葉に、俺たちは全員揃って深く頷いた。
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