331 岩山の中へ (2)

 侵入した通路の狭さに辟易した俺たちではあったが、入口から一分も歩けば道はかなり広がり、二人が並んで歩ける程度にはなっていた。

 それでも長物を振り回すのは厳しいので、隊列はトーヤとメアリが先頭、俺とナツキが後に続く形となっている。

 もっとも、今のところは敵に遭遇してはいないのだが。

 ――ロック・シェルを除いて。

 コイツに関しては、あれから二匹ほど発見していた。

 一匹はただの岩のような顔をして地面にゴロリと、もう一匹は天井の隙間にきっちりとまり込み、ほぼ見分けが付かないような状態で。

 どちらもインパクト・ハンマーであっさりと斃せたのだが、脅威という点で見れば、頭上にいるロック・シェルはちょっと危ない。

 外殻はほぼ岩なわけで、そんなのが突然頭の上に落ちてきたら、良くて大怪我、下手をすれば死ぬ。

 もっとも、岩から剥がれたロック・シェルなんて、ただの雑魚なので、相手からしてもほぼ自爆攻撃にも等しいとは思うのだが。

 たぶん、一度ひっくり返ってしまったら、自力では復帰すらできない。

 トーヤとナツキに聞いても、ロック・シェルが頭上から降ってきたという事例は本に載っていなかったようなので、おそらくは大丈夫だろう。

 そして更に歩き続け、斃したロック・シェルの数が四匹になった頃、平坦だった道は少しずつ下りへと変わり、通路の高さと横幅も次第に広がり始めた。

 これなら、ある程度余裕を持って武器が扱える。

 それを待っていたかのように、【索敵】に反応があった。

「ロック・シェル以外の敵だ。移動はあまり速くないが、近づいてくる」

「やっとまともな敵か……いや、別に喜ぶことじゃねぇけど」

 動かない物を叩きつぶす作業は嫌だったのか、どこかホッとしたようにトーヤが言葉を漏らす。

 でも解る。ロック・シェル、安全は安全なんだが、無抵抗の生き物を殺しているみたいで、気分は良くないよな。――『みたい』じゃなくて、事実そうなんだが。

「トーヤ、たぶん初めての敵だから、油断はしないようにね?」

「勿論だ!」

 力強く頷き、持っていたハンマーを地面に置こうとしたトーヤだったが、ハルカの先行させた『ライト』に浮かび上がった敵を見て、その動きを止めた。

「ロック・ゴーレムかよ!」

 現れたのは、トーヤよりも少し大きいぐらいの、岩でできたゴーレムが一体。

 サイズがそこまで大きくないので、威圧感は少ないが、その代わりというべきか、動きはそれなりに速い。

 光に反応したのか、ガン、ガン、ガンと騒々しい足音を立てながら、こちらに向かって走ってくるのだが、一応、“走っている”と認識できるぐらいの速度は出ている。

 動きとしては二足歩行のロボットに近いのだが、ロボットのような動きの不自然さはあまりない。

「う~む、なんで動いているんだ、あれは」

「え? 魔力じゃないんですか?」

 やや現実感のない光景に思わず漏らした俺の言葉を聞き、メアリが不思議そうにこちらを振り返った。

「……あぁ、そうだよな、魔力だよな」

 理屈では理解しているのだが、現実に岩が滑らかに動いているのを見ると、なんとも言えない。関節とか、そのへん、どうなっているのかと。

 苦笑を浮かべているナツキやハルカたちも、たぶん同意見。

 このあたり、魔法があって当然と思っているメアリたちと、俺たちとの感覚の違いかもしれない。

「トーヤ、あれは任せて良いか?」

「しかないだろ! とりゃっ!」

 だいぶ近づいてきたロック・ゴーレムに向かって、改めてインパクト・ハンマーを構えたトーヤが、素早く飛び込む。

 その動きに呼応するように、ロック・ゴーレムも腕を振り上げるが、トーヤはその横を駆け抜けるように、その胴体へ向かってハンマーを振るった。


 ガゴンッ!


 鈍く激しい音が周囲に反響し、その耳障りな音にミーティアが顔を顰め、耳を伏せた。

 これ、戦闘が長引くと、なかなかに迷惑な――。

「……あれ?」

 そう言葉を漏らしたのは、ユキだったが、おそらくその心情は全員が同じだっただろう。

 トーヤが攻撃したのは一回だけだったのに、それだけでロック・ゴーレムは動きを止めていたのだ。

 背後に回ったトーヤも、手を振り上げた状態のまま動かないロック・ゴーレムに戸惑ったように、一度攻撃の手を止めたが、再度ハンマーを構えると、背後から軽く背中を殴った。

 そして、それで終わりだった。

 バラバラと関節で分割されたロック・ゴーレムが、音を立ててその場に崩れ落ちる。

「……一撃? こんなものなの? ロック・ゴーレムって」

「いや、普通は身体の半分程度を破壊するか、中にある魔石を破壊しなけりゃ斃せないはずだが……」

 トーヤの攻撃は、僅か一撃で胴体部分に罅を入れていたが、それだけである。

 どう見ても、『身体の半分を破壊』という状態ではない。

「つまり、魔石が破壊されたのか?」

「でしょうね。見てみましょうか」

 ナツキがロッククライミングに使うピッケルなどの道具を取り出し、地面に転がったロック・ゴーレムの胴体部分を破壊し始める。

 その作業は、なかなかにスムーズ。

 一応ロック・ゴーレムも魔物分類なのだが、これって【解体】スキルの恩恵、あるのだろうか? 見た目的にはほぼ石工みたいな感じなのだが。

「……ありました。割れてますね。いえ、粉砕されていますね」

「たぶん、インパクト・ハンマーのおかげね。衝撃波を浸透させる効果は伊達じゃない、と」

「みたいだな。ちなみに、ロック・ゴーレムの剥ぎ取り部分って……」

「魔石だけだな。で、魔石はそれ、と」

 トーヤが指さすのは、ナツキの手のひらの上に乗った、粉々になった魔石のなれの果て。

 これでは売れやしない。

「でもさ、普通に戦っても、魔石って壊れる……というか、壊さないと斃すの、大変なんだよね? この岩の塊を半分以上壊さないとダメなんだから」

「そうなりますね。他にお金になる部分は……極々稀に、この岩の中に鉱石が含まれることもあるそうですが、確率が極小すぎて、ほぼ誰も探さないレベルらしいです」

 そのへんの岩を掘り返して、価値ある物が見つかるのと同じぐらいの確率で、見つかるらしい。

 うん、それって、ほぼゼロだよな?

 そして、敢えてロック・ゴーレムの残骸を掘り起こす理由、ないよな?

「武器は消耗するのに、お金にならない。厄介な敵ね。……トーヤに頑張ってもらいましょ」

「あ、疲れたら、私、代わりますので」

 トーヤに配慮してか、すぐに手を挙げたメアリだったが、トーヤは礼を言いつつも首を振る。

「あんがと。だが、一撃だからなぁ。よほど多く出てこなければ、疲れもしないかもな」

「食べられないロック・ゴーレムなんて、出てこなくて良いの。ロック・シェルの方が嬉しいの」

 ミーティアは不満そうに、地面に転がったロック・ゴーレムの死体(?)を通路の脇に放り投げて、積んでいく。

 俺たちもそれを手伝い、通路をクリアにしてから探索を再開。

 その後もポツポツとロック・ゴーレムに遭遇するが、いずれもトーヤが一撃で斃し、これまた同様に収入もゼロ。

 たまに見つかるロック・シェルが僅かばかりの収入源である。

 力加減さえ間違わなければ、こっちの魔石は回収できるし、食べられる身も得られるので、まだマシである。

 思った以上にしょっぱい成果に、ミーティアも不満顔で『外の方が美味しいの』と呟いているが、それはおそらく二重の意味で、であろう。

 だが変化がないわけではなく、下り坂は次第に急になり、ゴーレムもたまに二体同時に出現し始めた。

 トーヤとメアリのおかげで苦戦はしなかったが、斃しても何のメリットもない状態は、徒労感が激しく、やがてハルカが声を上げ、トーヤを呼び止めた。

「トーヤ、少し待ってくれる?」

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