266 続・事件調査 (1)

 俺とハルカはラファンを出発したその日のうちに、ピニングに帰り着いていた。

 だがそこで待っていたのは、一向に進んでいない事件の調査状況だった。

 無理をするなと言った手前、非難するにはあたらないのだが、『ナツキとユキがいるし、もしかしたら概ね解決してたりして』という、俺の甘い予想はあっさりと覆された。

 一応、明日からの方針は決めているようだが、俺とハルカも、『別の目線で見れば何か気付くことがあるかも』と、二人して集まっている資料に目を通していた。

 その間、ナツキたちは、俺たちがお土産に持ち帰ってきたディンドルを食べて一息ついている。

 ちなみにメアリとミーティアは、渡したディンドルを持ってイリアス様の部屋に行ってしまったのだが……仲良くなっているようで何よりである。

「ふぅ。とりあえず読み終わったけど……ナオは?」

「俺も。ちょっと行方不明が多いのが予想外? 少なくとも犯人の予想はできないな、俺には」

 それこそ名探偵ばりに推理が得意な人なら、何か思いつくのかもしれないが、推理小説すら推理せずに読む俺にはまったく不可能である。

 そもそも、本格的な推理小説であれば必要な情報がきちんと記述されているのだろうが、これはただの捜査資料。

 どの程度必要な情報が含まれているのかすら判らない。

 いや、そもそも起こったことを列挙しているだけで、犯人に繋がりそうな情報は、ほぼ無いようにも思える。

「私も犯人は判らないけど……これを見て、気にならない?」

 ハルカが一枚の紙を取り出し、その一部を指でなぞる。

 それを全員で覗き込み、ユキがその部分を読み上げた。

「えっと、『死因となる外傷が無い』?」

 ケルグの住人がピニングで死体で見つかった、最初の事件。

 資料の中では、毒殺じゃないかと結論づけられていた件である。

「そう。何か思い出さない? 具体的には一年ほど前」

 ハルカの言葉に俺たちは考え込んだが、トーヤが何か思いついたのか顔を上げる。

「……【スキル強奪】! いやでも、死んだのは二〇歳ぐらい……あ、外見や年齢を弄ってるかもしれねぇよな」

「いやいや、それ以前に、この人ってケルグに知り合いがいたんだろ? そりゃ、数ヶ月で行商人になって取引先を作った可能性もあるけど」

 その人たちに領兵が話を聞いている上に、彼女自身、“住人証”という物を持っていたと書いてある。

 聞いてみれば、それは税金を納めている住人が発行してもらえる物のようで、クラスメイトが発行を受けたと考えるのは、ちょっと厳しい。

 そんな風にトーヤの言葉を否定したのみで、特に意見も出せない俺に対し、ナツキは別のことを思いついたらしく、両手をポンと合わせた。

「あ、なるほど。逆なんですね。クラスメイトが死んだのではなく、クラスメイトが死因になった、と?」

「そう。私たちが転移してきた時と同時期に『原因不明の死人が出た』と聞いて、何となく『クラスメイトかな』と思ってたけど、確認はしてないのよね。あの頃は余裕、無かったから」

 確かにあの頃は、その日の宿代――いや、その話を聞いた登録に行った時なんて、まともな武器すら買えていなかった。

 トーヤも“木剣”という名の木の棒で戦っていたんだよなぁ。

 誰が死んだのか、なんて二の次、三の次。

 まずは自分たちが生き残ることが優先だった。

「え~~っと……確か、『ギルドで二人、それ以外でも数人』って話だったか? 良く覚えてないけど」

 一年も前の事、しかもこの一年は、俺の人生に於いて最もイベント盛りだくさんだっただけに、随分と昔の事のように感じる。

 そして当然のように、細かい事なんて覚えていない。

「ディオラさんに聞いたのは、そんな感じだったはず……。あ、でも、オレたちと同年代って話だったよな? 『健康ですか?』と聞かれた覚えがあるぞ?」

「うん。でもラファンの町って、私たちと同年代、多いでしょ? ルーキーが多い街だから」

 何歳までを同年代と言うかだが、やや広めに範囲を取れば、ラファンの冒険者の三人に二人ぐらいは『オレたちと同年代』と言えるかもしれない。

「暗殺系のスキルを取ったヤツがいる? いや、もしかすると、闇系の魔法か? 即死魔法とかあったりする?」

「闇系の魔法は私も良く知らないのよね。魔道書も見たこと無いし……。でも、否定はできないわね」

 水系などの魔道書が、比較的簡単に手に入った事とは対照的に、一度も見たことが無い闇系の魔道書。

 普及していないのには“闇”というイメージが影響しているのかもしれないが、あまり人聞きが良くない魔法が多いことも確か。

 詳細は知らないが、麻痺、混乱、誘眠などがある事ぐらいは聞いたことがある。

 もちろん、使い方次第なのだろうが、人から依頼を請けて活動する冒険者や国に仕える魔法使いなどにはパブリックイメージも重要である。

 普通に考えて、『闇魔法が使えます』と言うよりも、『光魔法が使えます』と言った方が、人気は出るだろう。

「けどさ、仮に即死魔法が使えたとして、街中で使うか? クラスメイトにそんなサイコがいるとは思えねぇんだけど? ……あ、いや、襲われたとかならあり得るのか?」

 トーヤが首を右に捻りながらそんな疑問を呈しつつ、今度は左に捻って自己解答する。

「少なくともギルドの死亡例は、トラブルになって、って感じじゃなかったけどな。使えるから使ってみた? さすがにそれは無さそうに思うが……」

 魔物相手に魔法の実験をしたのなら普通だと思うが、人間相手にそれをやるのはさすがにあり得ない気がする。

 犯罪者相手なら……いや、町に来た初日にそれは難しいか?

「私からすると【スキル強奪】を使う事も大概だと思いますけど。殺していないだけで、かなり悪質ですよね?」

「うん。スレスレだよねー。未必の故意? 冒険者からスキルを奪って、相手が気付かずに仕事に行けば死ぬ危険性が高いもん」

「生活面も合わせて考えたら、似たようなものよね」

 確かに。突然会社をクビになるよりも酷い。

 失業保険も無いし、ギリギリの生活をしている人も多いのだから、突然自分が身に付けていた技術が無くなれば、飢えて死にかねない。

 もっとも、【スキル強奪】に関しては、成功する確率の方が低いだろうが。

「あと、必ずしも魔法とは限らないわよね。それに故意に殺したとも。何らかのスキル、それの使用方法を誤って殺してしまった、とか」

「……そういえば、魔法を暴発させて死んだ奴もいたな」

「外傷無く人を殺せるスキル……どんな物があったでしょうか?」

 そう言ってナツキが考え込み、俺もまた、ゲームや小説などを思い出してみる。

 即死魔法以外だと……毒、窒息、変わったところでは、サイコキネシスで内部から心臓や脳を破壊とか?

 他には、アンデッド――レイスなんかのドレインタッチとか。

「……いや、さすがにレイスに転生するような変な奴はいないよな」

「レイス?」

「ほら、ドレインってあるだろ? レベルが下がったり、HPが減ったり、ゲームによって違うけど」

 俺の呟きに、トーヤが反応したので、俺が考えていたことを口にする。

 この世界にもそんな魔物いるんだろうか?

 ――いや、いたな、アンデッド。

 ゴーストやレイスも魔物事典に載ってたわ。

 レベルが下がるかは知らないが、触られたら体力が奪われ、最悪、衰弱して死ぬ、って書いてあったわ。

「さすがにレイスはねーだろ。それ、転生と言うよりも、転死って感じだし。――ノーライフキングとか、それぐらい凄いアンデッドなら、血迷う奴はいるかもしれねぇけど」

 転死。

 新しい言葉である。

 どうでも良いことではあるが、種族が変わっている俺たちは転生なのだろうか、転移なのだろうか?

 ……親がいないから、転移で良いのか?

 つまり、トーヤ風に言うなら、レイスになるのは転移死?

 うん、更に意味解らなくなった。

 ホント、どうでも良いことだが。

 しかし、ノーライフキングか。

 少し憧れないでも無いが――。

「少なくとも俺のリストには載ってなかったな、ノーライフキング。仮に転生できるにしても、絶対ポイント足りない」

 普通の種族で20ポイント、特殊なバンパイアハーフが……50ポイントだったか?

 俺のイメージするノーライフキングの強さだと、絶対無理。

「あ、そういえば、バンパイアって種族もあったよね? あれで……あ、ダメか。吸血したら痕が残るよね」

 それに、血が無くなっているかどうかぐらい判るから、死因が不明なんて……いや、判るのか?

 失血死すると血色は良く無さそうだが、そもそも死体って血色悪いしな。

 う~む……まぁ、ユキの言う『吸血痕が残りそうだから』は、調べれば判るだろう。

 バンパイアが消えたとなれば、やはり特殊スキル――。

「……いえ、ユキの言葉が正解かもしれません」

「え? あたし? バンパイア?」

 真面目な表情で言ったナツキに、むしろユキの方が意外そうな表情を浮かべた。

「はい。確かバンパイアの能力に、【エナジードレイン】があったような気がします。もちろん、【エナジードレイン】のスキルだけをもらった誰か、という可能性もありますが」

「……いや、さすがに【エナジードレイン】のスキルだけを希望するのは、特殊すぎるだろ」

 アドヴァストリス様故に、希望すれば付けてくれたかもしれないが、【エナジードレイン】のような特殊なスキル、5ポイントや10ポイントなんて事は無いだろう。

 あの状態でそんなスキルを選ぶなんて、【エナジードレイン】に対してよほど特殊な思い入れでも無い限り、非合理すぎる。

「バンパイアかぁ。響きは格好いいんだよな。ちなみに、必要ポイントは?」

 トーヤの問いに、ナツキは少し考えて答える。

「確か、130か150か、そのぐらいだったかと。かなり曖昧ですが」

「高っ! めっちゃ、高っ! オレだと、全部注ぎ込んでも取れないじゃん!」

 俺でもギリギリって感じである。

 いくらナツキでも、一年前の記憶では、あまり正確な値は期待できない気もするが、それでも100を超えているのは間違いないだろう。

 クラスメイトの中で選択可能な人がどの程度いたのかは不明だが、逆に言えば、バンパイアを選んだのであれば、他のスキルはあまり持って無いと期待できる。

「私もエルフを選んだ後は、種族に関してはよく見てないんだけど……どんな能力があるの?」

「正直、私もあまり良くは覚えていないんですが……一般的なバンパイアのイメージだったと思いますよ。吸血、霧化、蝙蝠化、魅了……そんな感じでしょうか。逆に弱点は、日光の他は、アンデッドと同様の“聖”に関する攻撃だけですね」

「十字架や杭、ニンニクは関係無しか?」

 トーヤの問いに、ナツキは少し考えて首を振る。

「特に書いてなかったですね……たぶん」

「流水が苦手とか、招かれないと家には入れないとかは?」

「それも無かったと思いますよ。ですが、とんでもない不死性があるとも書いてなかったですね」

「弱点の少ないバンパイアとか……厄介だな」

 日光が弱点なのは少しの安心材料だが、それがどの程度なのかという問題はある。

 当たっただけで消滅するのか、火傷するような感じなのか、それとも能力に制限がある程度の弱点なのか。

 130ポイントそこそこで吸血、霧化、蝙蝠化、魅了のスキルがあるなら弱点も大きそうに思えるが……いや、吸血は弱点に分類されるのか?

 バンパイアハーフの場合は、弱点に近かったよな……。

「ですが、とんでもない不死性があるとも書いてなかったですよ? あと、吸血で眷属を増やす、なんて事も書いてなかったですね」

「灰になっても復活するとかは?」

「それも無かったですね。たぶん、普通に斃せるんじゃないですか? そこまで強いなら、もっとポイントが必要だと思いますし」

 思ったよりも大したこと無さそうなのは、ちょっと朗報。

「……そうよね。【不老不死】とか願ったクラスメイトとかいそうな気もするけど、200ポイントあった私でも表示されてなかったし」

 ナツキの言葉に、ハルカは少しホッとしたように頷くが、すぐに顔を曇らせた。

「でも、【魅了】は少し困るわね。さすがに無制限に魅了できるとは思えないけど」

「制限はあるだろ。無ければとんでもないチートになるし」

 魔物や盗賊に出会っても、魅了してしまえば同士打ちなりなんなりやりたい放題。

 それこそ、認識される前に遠距離から狙撃するぐらいしか対処方法が無くなる。

 そんな能力を、アドヴァストリス様が与えるとは思えない。

「どの程度の制限かだよなぁ。滅茶苦茶やってないって事は、それなりに厳しいんじゃね? できてもやってないって可能性もあるけどよ」

「判らないけど、『祝福ブレス』で防げるかしら?」

「使っておく意味はある、だろうな」

 魅了も状態異常と考えれば、危険性を下げる効果はあるはず。

 本当は関わらないのが一番なんだが、既に依頼を請けてるし、放置しておくのも、それはそれで怖い。

 万が一、ネーナス子爵が魅了などされてしまえば、俺たちの安全にも関わってくるだけに。

 そして俺たちは、更にいくつかの懸念材料なども挙げつつ話し合いを行い、もし対峙する場合には、魅了対策にあまり多くの人は連れて行かない事や、体調が悪い場合や、疲れている場合には参加しない事などを決める。

 他にも、気休め的に神殿に行って祈ってみるとか、事前に『精神回復リカバー・メンタル・ストレングス』、『病気抵抗レジスト・ディジーズ』、『聖なる武器ホーリー・ウェポン』なども使っておく事や、相手が霧化や蝙蝠化を使ってきた場合の戦術なども細かく決めたのだが――。

「まぁ、色々考察しても、クラスメイト、関係なかったって結果もあり得るけどね~」

 その最後に、ユキがボソリと、そんな事を口にした。

 色々、台無しである。

 しかし、転ばぬ先の杖。備えあれば憂いなし。

 俺はこれが無駄にならないと信じている――いや、違う。

 無駄になった方が良いんだよな、本当は。

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