265 事件調査 (4)

「あぁ、その件ですか。それでしたら、あちらに貼ってある物ですね。成果報酬ですから、特に手続きは不要ですよ」

 翌日、ギルドに訪れたナツキたちに受付嬢が示したのは、掲示板の一角に貼られた一枚の依頼票だった。

 そこには行方不明になっている娘の名前や特徴、最後に目撃された場所などが書かれている。

 報酬額は、無事に見つけた場合で金貨一〇〇枚。

 ランク制限が無い依頼としては、なかなかに高額と言えるだろう。

「成果報酬、ですか?」

「はい。あれは『どこそこに行って探してきてくれ』みたいな依頼じゃないので、どこかのパーティーが独占してしまうと、時間が掛かりすぎて手遅れ、ということもあり得ますから。一種の懸賞金みたいな物でしょうか。まぁ、逆に、熱心に探してくれるパーティーがいなくて……という場合もあるわけですけど、それは依頼人次第ですね」

 他のパーティーに先を越されないように熱心に探すか、それとも何かのついでに見つかれば良いか、程度の関心しか持たれないか。

 それは運と状況次第だろうが、この依頼が出されたのは行方不明になった数日後。

 既に二ヶ月ほどは経っているわけで、少なくとも今のところ、良い結果には繋がっていないようだ。

「一応、似顔絵も預かっていますが、見ますか?」

「はい、お願いします」

「えーっと……こちらですね」

 そう言って受付嬢が出してきた似顔絵は、技術的にはやや拙いものの、普通に写実的な物であった。

 木炭画だろうか。単色で描かれ、写真のようにとはいかないが、十分に特徴を掴む事はできる。

「結構、可愛い娘だな」

「えぇ。ご近所でも評判の看板娘だったみたいですね。顔をご存じの方も多いので、もっと早く見つかるかと思っていたんですが……」

 両親の店で店番をしている事も多かったため、顔見知りが多く、目撃証言はそれなりに集まったものの、どこで消えたかなど、決定的な情報は無いらしい。

 もっとも、仮に有力な情報を掴んでいる冒険者がいるとしても、それを受付嬢に話すはずもない。

 依頼者からすれば情報を共有して早く解決して欲しいのだろうが、そんな事をしてしまえば、他の冒険者に抜け駆けされるかもしれない。

 そう思えば秘密にするのは、ある意味当然である。

 日本の警察の懸賞金のように、情報の有用さによって分配でもすれば別なのだろうが、ギルドがよほど上手く取り仕切らないと難しいだろう。

「とりあえず、写しましょうか」

「ナツキ、できるのか?」

「似顔絵を上手く描くような技量は無いですが模写ならなんとか。美術的素養は無くても、丁寧に作業すればそれなりにできる事ですし」

「とか言って、ナツキって普通に絵、上手いよね? 中学の時、なんかの賞を取ってなかった?」

「賞と言っても、誇れるような物じゃないですよ。絵を習ったことがあるから、他の人より少し技術があっただけです」

 ナツキの言うとおり、彼女の取った賞は中学生向けの簡単なコンクールだったので、決して芸術家として優れているとかいう類いの物ではないのだが、それでも彼女の腕が一般人より上である事は間違いない。

 受付嬢から似顔絵を借りたナツキは、テーブルに座ってそれを横に置き、写し取っていくのだが、その出来はなかなかの物。

 後ろから覗き込んでいるトーヤも、感心したように「ほぉー」と声を漏らす。

「慣れればできますよ、このぐらい。枠線を描いてあたりを取っておけば、バランスが滅茶苦茶になる事も無いですからね」

「でも、ナツキ、枠線描いてないよな?」

「そこは慣れですね。元の絵に描くわけにもいきませんし。透明なシートでもあれば良いんですけど……」

 元々そこまで描き込まれた絵でなかったこともあり、ナツキはそんな話をしながらも、一時間もしないうちに写し終えてしまう。

 その出来ではなかなかの物で、かなり正確に模写しながらも、微妙な修正も加えられており、絵としての出来を言うなら、ナツキの描いた絵の方が上である。

「ちょっと不自然なところを直してみたんですが……誰か本人を知っている人に見せて、意見を聞いてみたいところです」

 借りていた絵を受付嬢に返却し、自身の描いた絵をめつすがめつしていたナツキだったが、本人を見たことが無い彼女では似ているのかどうかの判断はできない。

「一度、本人を知っている方に、確認に行ってみましょうか?」

「それも悪くない――」

「おい、お前たち。そいつを探すつもりなのか?」

 ナツキの提案に、トーヤが頷こうとした時、その言葉を遮るように声を掛ける男がいた。

 振り返ったナツキたちの視線の先にいたのは、中年過ぎのやや冴えない男。

 実際の年齢はそこまで行っていないだろうに、無精髭とまるで人生に疲れたような表情が原因で老けて見える。

「はい、そうですが、あなたは?」

「止めときな。そいつはオレの獲物だ」

 男はナツキの問いに答えることはせず、そんな事を言って鼻で笑うが、そんな彼の反応にも、ナツキは特に気にした様子は見せずに言葉を返す。

「私たちは領主様から依頼を受けていますからね。はいそうですか、と止めるわけにはいきませんね」

「……ちっ。今更関わったところで手遅れだ。邪魔すんじゃねぇぞ」

 ナツキの言葉に、男は苦虫をかみつぶしたような表情を見せたが、領主から依頼を受けているという言葉のせいだろう。

 舌打ちをして捨て台詞を残すと、そのまま足早に冒険者ギルドの建物を出て行った。

「彼、ずっと調査してたのかな? 解決できそうだから、横取りされないように牽制した? ――そのあたりどうかな? 受付のお姉さん」

「う~ん、それなら良いんですが、あの人、一月ひとつきぐらい前にも似たようなこと言ってましたよ?」

 男の背中を見送り、そんな事を言って受付嬢に話を振ったユキに対し、受付嬢が返したのは苦笑。

「じゃあ、あんまり目処が立ってない? あたしたちとしては、金貨一〇〇枚に固執するわけじゃないから、彼が解決してくれるなら、それはそれで問題ないんだけど……」

「調査しているのは間違いないみたいですけどね」

「恐らく、それだけ長期にわたって継続しているという事は、多少は手がかりがあるんだと思いますが……。何にも見つからなければ、手を引いているはずですよね」

 依頼が出されてから二ヶ月。

 最初こそ、何組かのパーティーが興味を示し、似顔絵を確認する人も多くいたのだが、そのほとんどはある程度の日数が経過した後は、別の依頼を受けたりして真面目に調査している様子は無くなったらしい。

 その点、件の男は、二ヶ月経った現在でもナツキに忠告をするぐらいには、依頼に関心を持っているわけで、なんの進展も無ければ手を引いているはず、というナツキの予測はそう外れてはいないだろう。

「えっと……あの人って、一人? パーティーとか組んでない?」

「はい。グッズさんは、単独です。そもそも普段は日雇いの仕事がメインですし、依頼も簡単な物しか請けません」

 ユキの問いに、ぺろりと個人情報を喋る受付嬢。

 そこに躊躇は全くない。

 それは、ナツキの言葉で、彼女たちが領主の依頼を請けて動いている事が判っていることも理由の一つだが、彼女たちのランクもまた関係している。

 ピニングに於いては、高ランクに分類されるナツキたち。

 訪れる機会は少なくとも、それ以上に高ランクの冒険者が少ないが故に、受付嬢であれば当然記憶している。

 木っ端冒険者と高ランク、しかも領主の覚えもめでたいとなれば、組織としてどちらを優先するか、自明である。

「なら、報酬は要らないから、と言って、協力を要請するのはどうかな? えっと、グッズさん? 彼も戦力的には不足してるだろうし」

「あぁ、良いんじゃね? そもそも普段戦ってない冒険者。誘拐犯を見つけても、戦闘になったらヤバいだろ」

 ユキの提案に即座に賛成したのはトーヤである。

 報酬をもらえないのはちょっと残念という気持ちはあるのだが、それも一向に捜査が進んでいないという現実の前では、些細な物である。

 彼からすれば、こんな面倒くさいことをやるよりも、ダンジョンで魔物を狩って売る方がよっぽど気楽なのだから。

「よろしいのですか? 情報を聞き出すだけなら、領兵の方でも連れてこられれば、グッズさんも話すと思いますが。彼も領主様に逆らうつもりは無いでしょうし」

 なかなかにキツいことを言う受付嬢だが、ユキとナツキはそれに対して苦笑を浮かべると、首を振った。

「あー、それはさすがに可哀想じゃん? あたしたちも冒険者だし、権力を使ってどうこう、ってのは」

「そうですね。穏便に行きましょう。グッズさんは冒険者ギルドに頻繁に来られるんですか?」

「はい。ほぼ毎日、少なくとも数日に一度は顔を見せていますね。聞き込みとかをしているみたいです」

「解りました。では、また明日にでも来て、お話しすることにします。色々ありがとうございました」

「いえ。頑張ってください。私たちもこの町に住んでいる以上、他人事では無いので」

「はい。微力を尽くしますね」


 ギルドを後にしたナツキたちは、その後、似顔絵の娘の家族――ではなく、その家の周辺の人に対して、ナツキの写した似顔絵を見せて、きちんと似ているかの確認を行った。

 家族に見せなかったのは、もちろん、その心情を慮ってのことである。

 ちなみに、似顔絵を見せた相手の反応はいずれも、『凄く似ている。間違えようが無い』というものであったため、ナツキたちは問題ないと判断。

 だいぶ日も落ちてきたこともあり、その日の調査はそこで終え、領主の館へと戻ったのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ナツキたちから半ば逃げるように冒険者ギルドから出てきた男は、路地裏をかなりの早足で歩き、ある場所へと向かっていた。

 その表情には苛立ちと焦燥が浮かび、歩みにも余裕が感じられない。

「クソッ! 今頃やって来て、領主の権力なんか振りかざしやがって!」

 ナツキからすれば事実を話しただけで、全く権力を振りかざしたつもりなど無かったわけだが、男の受けた印象は違った。

 実際、領主の命令で『知っている情報をすべて話せ』と言われてしまえば、男の立場からすれば黙っていることはできない。

 もちろん、嘘をついたり、情報を隠すことはできるだろうが、それをしてしまえば後から依頼を達成して報酬を受け取ることもできなくなる。

 事件の調査をしているのであれば、その事を領主に知られないなんて都合の良いことはないだろうし、そうなれば男が話した情報と、その行動との齟齬が問題になる。

「冗談じゃねぇ。こっちは二ヶ月近く時間を掛けてんだぞ? 今更報酬をふいにされてたまるかよ!」

 彼が足を止めたのは、とある路地裏。

 脇の建物の壁に背中を預け、そこから表通りを窺う男。

 そんな彼が視線を向ける先には、周りに比べれば少し大きめの、一軒の民家があった。

 周囲が大人の身長よりも少し高い壁で囲まれ、庭もある建物。

 家からして、一般庶民より裕福な事は間違いないが、門の隙間から見えるその庭はやや手入れが行き届いておらず、専門の職人を雇うほどの余裕は無いことが見て取れる。

 男はそのまま家の監視を続けていたが、なんの動きも無いままに日が落ち始め、その日最後の鐘の音が町に響く。

「今日も動きは無しか……。クソッタレが!」

 忌々しげに地面に唾を吐き捨てると、男は口元に手をやり、イライラと指先を動かす。

「もう少し情報を集めるつもりだったが……やるしかねぇか」

 男はそう言うと一旦その場を離れ、しばらくして戻ってきた時には頭に布を巻き付けて、その顔を隠していた。

 そして、辺りが完全に暗くなるのを待ち、周囲に人影が無いのを確認。

 音を立てないよう、慎重にその家の塀を乗り越えた。

 そして、何らかの道具を使って裏口の扉をこじ開けると、家の中へとその姿を消したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る