251 貴族の婚礼 (4)

 翌日からのほぼ丸二日間、俺とハルカは詰め込み教育という物を経験する事になった。

 イリアス様と共に、アーリンさんの指導の下、貴族の付き合いに関する作法をあれやこれ。

 ……うん、面倒くさい。

 年上の人には敬語を使っておけば良いよな、ぐらいの高校生だった俺には、ちょい辛い。

 しかし、何度も言うようだが、目の前で一〇歳に満たない女の子が頑張ってるんだよなぁ。

 ある意味、一番のプレッシャーである。

 そして、慣れていないのはハルカも同じはずなのだが、一度言われればきっちり熟してしまうのが、ハルカクオリティー。

 まぁ、あれだ。

 出発前の授業、単なる授業参観気分だった俺と、メモまで取ってマジメに勉強していたハルカ、その心構えの違いというヤツだろう。


 さて、そんな風に苦労している俺を尻目に、トーヤたち残りのパーティーメンバーは、普通に休日を満喫していた。

 初日は少し遅くまでベッドから出てこなかったナツキたちも、その翌日はいつも通りの時間帯に起き出して、俺たちを残して朝市に繰り出し、昼食もどこかで美味しい物を食べてきたらしい。

 対して俺たちの昼は、ケトラさんが持ってきてくれた少し簡素な物。

 先日食べたオタルカに比べると少々落ちる味なのだが、同じ物をイリアス様も食べているとなれば、文句も言えない。

 俺はただ、ナツキたちの『いろんな食材を買い込んできたので、楽しみにしていてください』という言葉を信じるのみ。

 家に帰ったら、きっとカレーを食べさせてくれるはず。きっと。

 俺は信じているぞ、ナツキとユキ。


    ◇    ◇    ◇


 ほぼ一年ぶりの、『させられる勉強』が終わり、ついに婚礼の本番を迎えていた。

 魔法の勉強なんかはマジメにやってたんだが、あれは『できなければ死ぬかも』という切迫感とか、明日のおまんまのために必要という現実的な目的があったからなぁ。

 それに対し、今回の勉強は少々学習効率は悪かったような気もするが、アーリンさんには何とか及第点を貰えたので、きっとなんとか乗り切れる……と良いな?

 特急で作ってもらった礼服の方は、きちんと昨日の夜に届けられた。

 試着してみた感じ、思ったよりも着心地が良く、着るのを手伝ってもらったケトラさんにも『お似合いですよ』と言われたので、たぶん悪くないのだろう。

 ちなみに、ハルカのドレスはまだ見ていないのだが……どんなのにしたんだろうか?

 正直、少し楽しみである。

「ナオ、準備できた?」

 早々に着替え終わり、俺がソファーに座って待っていると、仕切りの向こうからハルカが歩み出てきた。

「おぉ……」

 素材は恐らく絹だろう。

 薄いブルーの、光沢感のある生地。

 俺は詳しくないのでよく判らないが、俺がドレスと聞いて最初にイメージするような形――後でハルカに聞いたのだが、Aラインというタイプらしい――で、腰には俺と同じ飾り布が巻かれ、スカートは足首ぐらいまで延びている。

 その裾付近には、派手にならない程度に細かな刺繍が施されていて、光の加減で見える陰影がシンプルなドレスのアクセントとなっている。

 肩の露出は無く、袖は七分袖、首元はVネックでそこには高そうなネックレスが光っていた。

「そのネックレスは?」

「あ、これ? 借りたの。さすがにアクセサリー無しはダメってことだから」

「確かに、首元に何も無いのも寂しいか。刺繍もされているみたいだが、そんな時間、良くあったよな……」

「さすがに二日でドレスを一から縫うなんて無理だからね。基本的には作ってあるパーツを縫い合わせる感じなのよ。スカートの裾の部分は調整もあまり必要ないでしょ?」

 体型に合わせて細かな調節が必要な上半身に対し、スカートの部分はそこまで細かな調整が必要ない。

 そのため、大急ぎでドレスが必要になった場合などに備え、事前に刺繍を施したパーツが確保されているらしい。

 もちろん、本当に高級なドレスであれば、きちんと仕立てた上で刺繍を行うらしいが、短時間でそれをやるのはさすがに無理である。

「で、どう? 何か言う事は?」

「あ、ああ。うん、似合ってる。き、綺麗だぞ?」

 胸を張ってそう言うハルカに、俺は慣れない賛辞をなんとか口にする。

 ――いや、幼馴染み相手に、綺麗と言うとか、めっちゃ恥ずかしいんだけど。

「そ、そう? あ、ありがと……」

 俺が『似合っている』だけではなく、『綺麗』とまで口にしたからか、ハルカの方も恥ずかしくなったのか、戸惑ったように頬を染めて、視線を逸らせた。

 だが実際、ハルカのドレス姿は綺麗だった。

 普段は結んだり、編んだりしている長いブロンドを今日はほどき、ドレスを纏ってスラリと立っている姿は、俺の贔屓目とかそんな物を横に置いたとしても、美しいと言わざるを得ない。

 さすがエルフ。

 写真に撮って額に入れ、飾っておきたいぐらいである。

 そんな俺の視線にさすがに恥ずかしくなったのか、ハルカは顔を背けたまま、話を逸らす。

「ほ、本当は飾り布に合わせて、ドレスの色を変えようかという話もあったんだけど、さすがに時間が無かったし、かなり白に近いブルーだから、そんなにおかしくないでしょ?」

「あ、あぁ、うん、そうだな。悪くないぞ」

 飾り布がアクセントカラーになっている俺に対し、ハルカの方は同系色でのコーディネートって感じだが、ハルカの言うとおりドレス自体の色が薄いため、濃いめのブルーである飾り布は十分に印象的である。

「ふふ、お二人とも良くお似合いですよ。お二人が並んで立っていて、声を掛けてくるような貴族はまずいないでしょうね」

 イリアス様――ずっと年下の子供に微笑ましそうに言われ、俺たちは思わず顔を見合わせ、苦笑を零す。

「イリアス様もとても可愛いですよ。ドレス、良くお似合いです」

「ありがとうございます。私はもう少し大人っぽいドレスでも良いと思っているんですけど……」

 ハルカの言葉に少しだけ不満そうなイリアス様ではあったが、そのドレスは間違いなくイリアス様に似合っていた。

 ハルカのドレスに比べて、スカートの丈が膝の少し下ぐらいまでと短く、横にふわりと広がっている。

 確かに大人っぽさは無いかもしれないが、イリアス様の年齢を考えれば下手に大人っぽい格好をするより、こちらの方が印象は良いんじゃないだろうか。

「さて、皆様、準備はよろしいですか? 馬車の準備ができました」

「あ、はい。俺たちは大丈夫です」

 俺たちを呼びに来たのはケトラさん。

 今日、会場入りするのは、イリアス様と俺、ハルカの三人なのだが、アーリンさんとケトラさんの二人は会場近くで待機するため、そしてエカートたち護衛兵の一部は、馬車を管理するために同行する事になっている。

 何時間も馬車を守って立っているとか、キツいよなぁ、とか思わなくも無かったのだが、よく考えてみれば、俺たちの方は気が抜けない状況でずっと立ったまま、面倒くさい貴族の相手もしなければいけない。

 周りに美味しい食べ物や飲み物は並んでいるかもしれないが、それらをのんびりと味わえるとはとても思えず、ただの生殺し。

 うん、俺たちの方が可哀想である。


 準備を整えてイリアス様の部屋から出ると、そこにはなぜかナツキたちが勢揃いしていた。

 いや、なぜか、でもないか。

 ドレスの事は女性陣の間で楽しげに話していたから、それを見るために来たのだろう。

「わぁ……ゴメン、正直予想以上。尊い!!」

「はい。ハルカ、凄く似合っていますよ。ナオくんも」

 現れたハルカを見て、ユキは一瞬言葉を失い、感動したように声を上げた。

 ナツキもまた、笑顔でハルカを褒め、そのついでに俺も褒めてくれる。

「ハルカお姉ちゃん、お姫様みたいなの!」

「はい、凄く綺麗です!」

 その姿は年少組にも好評だったようだが、それにちょっと不満そうな表情をしたのが一緒に出てきたイリアス様である。

「ミーティア、メアリ、私には?」

「イリアス様も可愛いの」

「はい。とても良くお似合いですよ、イリアス様」

「ありがとう。嬉しいです」

 ちょっと言わせたような感じはあったが、それでもイリアス様的には満足だったらしく、笑顔を浮かべている。

 それに実際可愛いので、問題は無いだろう。

「ナオもそんな格好をすると、貴公子みたいに見えるな。黙って立っていれば」

「トーヤ、それは俺が口が悪いと?」

 茶化すように言ったトーヤに、俺がチクリと言い返すと、返ってきたのはあっさりとした、そして本質を突いた言葉だった。

「いや、立ち居振る舞い? お前、全然気が利かないじゃん。ほら、今も貴公子なら、ハルカのエスコートぐらいするんじゃねぇの?」

「うぐっ!」

 全く否定できない。

 外見だけ整えただけで、中身は全く変わってないのだから。

「あら、エスコートしてくれるの?」

「あ、いや……アーリンさん、普通はどうなんでしょう?」

 ニコリと笑うハルカから顔を逸らし、アーリンさんに話を振る。

 判らない事は素直に聞く。

 所詮、庶民の俺は無理をしない。

「そうですね……今はべつに構いませんが、会場に入れば、ハルカさんがナオさんの腕に、軽く手を添えるぐらいはしても良いかもしれませんね」

「こんな感じかしら?」

「……お~、なんか悔しいけど、すっごくお似合いだね」

「外見的には、十分に絵画になりそうですよ。さすがエルフです」

 俺の側に立ち、腕にそっと手を置いたハルカと俺のペアを見て、ウンウンと頷くユキと、サラリとトーヤの言い分を肯定しているナツキ。

 もちろん、解っているので、俺は沈黙を守るのみ。

「こんなの見ちゃうと、あたしもドレス、作りたくなるなぁ。……ちなみに、アーリンさん、これっていかほど?」

「えっと、お二人合わせて、これぐらいですね。急いでもらいましたし」

「「「ぶっ!」」」

 アーリンさんがサラリと指で示した金額に、思わず吹き出すユキ以下数名。

 その額は、普通に家が建つ金額であった。

 平然としているのはハルカとナツキだけで、メアリとミーティアなど、そそくさと俺たちから距離を取っている。

 万が一、汚したりしたら怖いという事なのだろうが、着ている俺の方がもっと怖い。

 しかもこの後、立食パーティーなんだぜ?

 食わなくても、料理や飲み物は手に取らないとダメなんだぜ?

 マジかよ。

「あははは……。うん、必要になるまでは良いかな?」

「その方が良いでしょう。サイズが変わって着られなくなると無駄ですから」

 引きつったような笑みで首を振るユキに、アーリンさんも同意するように頷く。

 端々から貧乏そうな事を感じさせるネーナス子爵家だが、ホント、必要となれば金を惜しまないよな。

 そして、それだけの金を使う権限を与えられているアーリンさん、実はかなりスゴイのではないだろうか?

 俺からすれば、多少の面目を保つために使うには、ちょっと大きすぎる額に思えるのだが……それが必要な状況、という判断なんだろうなぁ。

 で、俺たちにはその額に見合った働きが期待されている、と。

 うん、知らない方が良かったかもしれない。

 緊張するじゃないか。

「ま、まぁ、ナオ、頑張って。気楽に……は、無理かもしれないけど」

 ポンポンと俺の肩を叩こうとした手を、途中で引っ込めつつ、ユキが引きつった笑みで激励してくれた。

「堂々と胸を張っていれば、何とかなるものです。コツはゆったりと動き、ゆっくりと話す事ですね。焦らなければ何とかなります」

「美味い物食ってこい!」

「「がんばってください|(なの)!」」

 トーヤ、それは俺の緊張を解そうというジョークだよな?

 そして、ナツキ、実用的なアドバイスありがとう。

 俺は緊張で硬くなった身体を解すように、大きく息を吐くと、何やらニヤニヤと笑っているエカートが待つ馬車へと、足を進めたのだった。

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