246 クレヴィリー (5)

「で、このお米? を買ってきたと」

「あぁ。見た目は米っぽいだろ。……大きさ以外」

 四種類の米を手のひらに乗せて、懐疑的な視線を向けているハルカに主張する俺。

「こんなお米は見た事、無いですね。一応、ハトムギやジュズダマもイネ科ですから、大きい物があっても、そうおかしくは無いですが……」

「ハトムギって、はと麦茶のハトムギだよな? そういえば見た事ねぇや」

「ウチはハトムギの混ざった麦茶を飲んでたが、パックに入ってたのは細かかったけど……デカいのか?」

「ええ。かなり大粒ですね。ジュズダマはその名前の通り、数珠玉みたいな大きさです。食べる人は……滅多にいないでしょうが」

 俺は名前ぐらいしか聞いた事無いが、数珠みたいに糸を通して遊んだり、お手玉を作ったりするとか何とか。

 うん、俺には縁の無い遊びである。

 さすが旧家のお嬢、遊びの内容が古くさ――いや、古式ゆかしい。

「でも、籾殻の付き方はお米だよね。麦とはちょっと違うよ? 中身も……お米みたいだし。あ、でも、大粒なのは、白っぽいから餅米っぽい?」

「……あぁ、そういえばそれっぽいな。餅にするなら、粒が大きくても問題ないな」

 さっき見た時には思いつかなかったが、確かに白い粒は餅米にも似ている。

「いえ、大粒だと浸水と蒸す作業が大変そうなんですが……砕いてからやれば大丈夫でしょうか?」

「中粒はちょっと変わってるわね……」

 丁寧に籾殻を剥き、ぬかの部分も削り取ったハルカが、白米を光にかざし、そんな事を言う。

 俺もハルカの肩口からそれを覗き込んでみると、半透明の中に白い部分が見える。

「ハルカ、私にも見せてください。……これは、ちょっと酒米さかまいに似ていますね」

「酒米って、日本酒を造る時に使うお米だよね? 小粒なのは普通だから、大きくなるにつれて、中心部から白くなるのかな?」

「いや、別の品種だから関係なくね?」

 ユキの予想をトーヤが首を振ってあっさりと否定する。

 だが確かに、単に収穫時期が違うとかではなく、これらの米は明らかな別品種である。

「そこは、進化というか、変異の過程というか、そんな感じ? 判らないけど」

 なるほど。元々は大きい品種で、矮化して小粒なのが生まれたという可能性もあるな。

 そんな風に比較的真剣に議論している俺たちを見て、メアリが不思議そうに首をかしげる。

「あの、先ほどから皆さんが言っているお米? ですか? それ、私は見た事無いんですが、美味しいんですか?」

「美味しい――」

「美味しいのです!?」

 俺が言いかけた言葉を食うように、目を輝かせるミーティアだったが、すぐに付け加えた俺の言葉で、一気に曇る。

「と、良いな、と思ってる」

「なんだ……なの」

 やっぱり食には貪欲なミーティアである。

 だが、俺たちが美味いと思っても、ミーティアやメアリの口に合うかは別問題なんだよな。

 ご飯の匂いがダメ、って人もいるみたいだし。

「まぁ、そんなわけで、美味ければ追加で買い込みたいと思ってたんだが、よく考えたら、このままじゃ食えないよな」

「籾摺り機も精米機も無いからね。……作る?」

 なんとも微妙な表情で、ハルカがそんな提案をする。

「いや、作るっても、道具、持ってきてねぇだろ? 家ならオレも、多少の部品ぐらいは作れるが……そもそも、どういう仕組みなんだ?」

「昔は木の臼を使っていたみたいですね」

「あ、それはテレビで見た事ある」

 アイドル(?)が農業をするあれ。

 だが、ここで木の臼を作るのは無理だろう。

 ラファンなら、シモンさんにでも頼めば、すぐに作ってくれそうだが。

「いえ、もし私たちが作るなら、ゴムローラー式でしょう。この粒の大きさの差を考えると、調整できる方が良いでしょうし」

「ゴムローラー……擦り合わせて皮を剥ぐのか。結構単純だな?」

 違う速度で回転するゴムローラーの間に米を通して、摩擦で皮を剥ぐ仕組みらしい。

 ギヤを調整すれば回転速度の差は作れるだろうし、構造的には難しくなさそうなので、比較的簡単に手回し式の籾摺り機とか作れそうな感じがする……ラファンなら。

「問題は今どうするか、だろ。手作業で剥くのは……厳しいか?」

「おいおい、どんだけだよ」

 試しに一粒、二粒剥く程度ならともかく、まともに味見できる量……いや、調理できる量を確保しようとすると、めちゃめちゃ大変である。

 大粒、中粒までは何とか頑張れても、小粒はなかなかに精神がやられそうである。

 それに、籾殻を取り除いた後は、糠も取り除かないといけない。

 適当な器に入れて、ひたすら棒で突くんだっけ?

 どちらにしても大変そうだ。

「あの良かったら、私とミーでやりますけど? そう言った作業は子供の仕事ですし」

「うん。頑張るの!」

「いや、それは……」

 食べ物だからか、少し張り切った様子を見せるミーティア。

 子供の内職としては、ありと言えばありなのかもしれないが、自分たちがやりたくない事をやらせるのはなんだか気が引ける。

「まぁ、あれだ。一種類ずつ一膳分ぐらいなら、七人でやれば何とかなるだろ。うん」

 なので俺がそう提案すると、ハルカもまた同意するように頷く。

「そうね。大粒なら……三〇〇粒もあれば十分よね。あとは、倍々で考えれば、トータルで三千三百粒? ……止めようかしら?」

 小粒が二種類に、中粒、大粒が一種類。

 実際に計算してみて嫌になったのか、ハルカがいきなり掌を反す。

「いや、七人でやれば一人約五〇〇粒。一粒一〇秒で剥けば――一時間半か。止めるか?」

 俺もなんだか嫌になってきた。

 そこまで高価な物でもないし、不味くても良いから大量に買い込んでおいて、ラファンに戻ってから考える方がマシかもしれない。

「いやいや、それぐらい頑張ろうよ! 一時間半ぐらい、おしゃべりしながら作業したらすぐだって!」

「……そんなもんか?」

「そんなもの、そんなもの! こういうのはやってみたら大した事なかったりするんだよ!」

「まぁ……ユキがそう言うなら」

 そんなわけで、四種類の米をそれぞれ茶碗一杯分ぐらいとりわけ、ひたすら剥き続ける俺たち。

 途中で朝食を挟みながら作業を続け、結果的には実作業時間は一時間あまりで処理を終えたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「思ったよりも、楽だったな?」

「そうね。案外、皮が剥がれやすいというか……」

「両手に挟んで揉めば、ある程度は剥がれる感じだったよね」

 そう。ユキが途中でそれに気付いた後は、作業効率も若干アップし、最終的には各種二膳分ぐらいは皮を剥く事になったのだ。

 それでも当初予想した時間よりは短くて済んでいる。

「次は、精米……糠取りですね。これは、ザルで良いでしょうか」

「ザル? 棒で突くわけじゃないのか?」

「棒で突いても良いですが、時間も掛かりますし、粒が大きいので砕けそうですから。金属製のザルに米を入れ、金網に擦り付けるようにすれば……なんとか?」

 何が良いのかなんてよく判らないので、一先ずはナツキの提案を受け入れ、精米作業を始める。

 ザルが二つしか無いので、交代でひたすらザリザリと。

 力を入れすぎれば米が割れるので少し難しいが、きちんと糠が下に落ちているのは見えるので、方向性としては間違ってはいないのだろう。

 これに必要とした時間は二時間ほど。

 地味に時間が掛かっている。

 だが、その甲斐もあって、俺たちは白米を手に入れる事に成功した。

 ……俺の知る白米よりも粒が大きいし、随分と米ぬかにまみれているが。

「なかなかに長い道のりだったな……」

「手作業でやる物じゃないわね。昔の人、尊敬するわ……」

 籾殻の除去は、さすがに手作業ではないだろうが、必要な労力の多さはかなりのものだろう。

 正直、食べるために必要なエネルギーと、食べる事で得られるエネルギー、割が合うのか、とか思ってしまう。

 俺たちの祖先はそれで生きていたのだから、問題は無いのだろうが……。

「けど、ついに食べられるんだな!」

「あ、いえ、浸水が必要ですよ?」

 嬉しそうに言ったトーヤにナツキが冷や水を浴びせ、トーヤの肩がガクリと落ちる。

「普通のお米ならそこまで時間は掛かりませんが、このサイズだと……」

「マジか……」

 あー、浸水な。うん、知ってる。

 『これを使えば、短時間でご飯が炊けます!』とか書いてある便利グッズ、大抵はしれっと『炊く前に数十分浸水してください』とか書いてあるんだよな。

 もちろん、その時間はパッケージに書いてる炊飯時間には含まれてない。

 更には、『そのまま数十分蒸らします』とか。

 『全然短時間じゃないじゃん!』とツッコまずにはいられない。

 それならば普通の炊飯器で炊くさ!

「圧力鍋があれば、多少はマシかもしれないけど、普通のお鍋で炊くなら、やっぱり浸水は必要よね。どれぐらい掛かるかしら?」

「サイズが全然違うからねぇ。同じ速度で吸水すると考えたなら、中心部までの距離に比例するのかな? うーん、最低でも四、五倍?」

「大豆だと、一晩ほどは浸水させますが……」

「大豆ほどには必要ないと思うけど……大粒のは、三時間ぐらい浸けておく?」

 ユキの言い分は妥当だとは思うが、それを聞いてトーヤが叫んだのも、また仕方ないだろう。

「長ぇ! ハルカ、浸水魔法とか無理?」

「いきなり言われてできるわけないでしょ。そんな魔法、手持ちの魔道書には載ってないし。……作れないとは言わないけど」

「過去の魔法使い、サボるなよ!」

「いや、そもそも魔法使いってある種、エリートだからね? わざわざ自分で料理なんてしないと思うわよ?」

 あったら便利、みたいな魔法は俺たちも色々思いつくのだが、それらはいわゆる下働きとして便利な魔法なのだ。

 そんな作業をする人は魔法を使えないし、魔法が使えるのであれば別の仕事に就ける。

 つまり、そんな魔法を研究する人がいない。

 もしかすると趣味的に開発した人はいたかもしれないが、メジャーになるわけも無く、俺たちの手持ちの魔道書には載っていない。

 インターネットでもあれば、『僕の開発した便利な魔法wiki』で情報共有されたかもしれないが、残念ながらそんな便利な情報共有手段なんて、無いからなぁ。

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