244 クレヴィリー (3)
宿に戻ってみると、帰ってきたのは俺たちが最後だったようだ。
部屋の中で各々がベッドに寝っ転がったり、椅子に座ったりして自由に寛ぎ、メアリとミーティアなどは、杏飴のような物を美味しそうに食べている。
「おかえりなさい」
最初に俺たちに声を掛けてきたのは、ベッドの上に座っていたハルカ。
暇だったのか、その膝の上には本が一冊置かれている。
「ただいま。ちょっと遅かったか?」
「いいえ、私たちもそんなに変わらないから」
「そか。それじゃ早速だが……、何か面白い物とかあったか?」
「おっきな鳥がいたの!」
俺の問いに即座に答えたのはミーティア。
杏飴を持った手で、『こんなに!』と両手を広げたものだから、メアリに慌てて飴を取り上げられている。
ミーティアの言う事を信じるなら、ダチョウぐらいの大きさはありそうだが、子供の言う事。
一緒にいたハルカに視線をやると、ハルカもまた頷く。
「身体の大きさはミーティアよりも大きくて、羽を広げれば、私が両手を広げるよりも大きいんじゃないかしら?」
「それはまた……デカいな? 大鷲以上か?」
「大鷲は羽を広げると二メートル以上あるらしいですよ? 私も近くで見た事は無いですが、身体の大きさはミーティアよりは小さいはずですし、ハルカの見た鳥はもっと大きいかもしれないですね」
北海道辺りに行けば、大鷲も観察できるらしい。
大鷲ほどは大きくない鷹でも、近くで見るとかなりの迫力があるので、大鷲ぐらいの鳥が近くを飛んでいたら、かなり怖いかもしれない。
「その鳥は、
「へぇ。伝書鳩みたいだな」
「鳩よりは賢いみたいで、指定された二点間をきちんと往復できるみたいだけどね」
「あぁ、巣に帰るだけじゃないのか。偉いな」
伝書鳩の場合、片道は籠に入れて運ぶ必要があるからな。
「ちなみに、たまに荷物を落として、事故が起きるらしいわ」
「危なっ! 結ぶとかできないのかよ」
輸送経路の大半の場所は人が住んでいない場所なので、運悪く人にぶち当たる、なんて事故はほぼ起きないようだが、荷物が無くなる事故は時々、建物が壊れる事故は稀に存在するらしい。
輸送する荷物は足で掴んで運ぶようなので、足に紐で結んでおけば、と思ったのだが、そうすると上手く飛び立てないんだとか。
一度飛び立った後、荷物を掴んで飛んで行くらしい。
「乗って飛んだりは、できないんだろうなぁ」
「ミーティアでも無理でしょうね。赤ん坊ぐらいなら掴んで飛べそうだけど」
「巨大な鳥に乗って世界旅行、なんて事はできないのか、ファンタジーなのに」
モフモフの羽毛に埋もれながら、空を飛べるなら最高なんだが。
そんな俺の希望に、ユキたちは苦笑を浮かべる。
「いや、自分たちが暮らしている場所を
「普通の貴族では持てないレベルだからね。国軍とか、国有数の大貴族とか、そのぐらいじゃないと」
当然と言えば当然だが、馬ですら大量の餌を必要とするのに、人間を乗せて飛ぶような生物が食べる餌の量は、かなりの物だろう。
それでも、飛竜は一応魔物分類なため、体格からすれば少ないらしいが、そもそも飼える場所が無いので無意味な話である。
「え~、じゃあ、オレたちが乗る機会とかねぇの? オレもちょっと空、飛んでみたかったのに」
「んー、飛ぶだけなら、風魔法でなんとか? 着地はできないけど」
「ダメじゃん!」
ユキの言葉に、トーヤが即座にツッコミ。
トーヤなら落ちても大丈夫な身体に鍛え上げる事はできるかもしれないが、それでは『飛ぶ』と言うより、『吹き飛ばされる』である。
「あとは、『
これ、魔道書に依れば、ちょっとした谷とか、落とし穴を渡ったりするのに使う魔法で、自由に空を歩き回る、みたいな魔法では無いらしい。
不可能ではないようだが、上方向に上がって行くには魔力も多く必要になり、『空の散歩を楽しむぜ!』なんて事は非現実的である。
ちなみに俺たちの中には、まともに使える人はまだいない。
一歩目で落ちる。
「空送鳥の他は……昼食が美味しかったわね」
「あ、それはオレも! 店の数が多いから、結構迷ったけど、アタリだったな!」
少し考えていったハルカの言葉に、トーヤも笑顔で頷き同意する。
「屋台の料理も美味しかったです。種類も豊富でしたし」
「飴、買って貰ったの!」
俺たちは屋台を見かけなかったが、ハルカたちが行った方向、そこにあった広場には多くの屋台が軒を並べていたらしい。
杏飴が――正確に杏ではないようだが――街角の屋台で売っている。
その事が既にこの町の繁栄具合を示しているようにも思える。
「私の方では、薬の材料となる物がたくさん売っていました。ラファンでは手に入らないので、かなりの量、買い込んでしまいました」
「あ、それは同感。あたしの方は錬金術だけど。ハルカと相談して買おうかな、とは思ってる」
「オレはミスリルを見つけたぞ。全く手が出なかったけどよ」
「ほう、ミスリル」
「今買わないと無くなるとか、必要ならお金も貸すとか色々言われたんだけどよ――」
「さすがに私が止めました。そもそも指の先ほどの量でしたし」
基本的に、純ミスリルの武器なんて物は(金額的に)あり得ないのだが、さすがに指の先ほどのミスリルでは、ショート・ソードを作るにしても微妙すぎる量らしい。
「冷静に考えれば、最低でも一割は混ぜるべき、って話だからな。思わずセールストークに乗せられるところだったぜ」
「いや、止められる前に気付けよっ!」
『ふぃ~』とわざとらしく汗を拭くトーヤに、思わず突っ込む。
そもそもお前、娼館にお金を注ぎ込んで、あんまり余裕無いだろうに。
武士の情けでハルカたちの前では口にしないけどさ!
「総じて言えば、間違いなく豊か、なのよね、この町」
「はい。競争社会……ある意味、資本主義にも似ています。だからこそ料理も美味しいし、商品も多く、栄えている」
「問題は、セーフティーネットが無い事だよね~」
「領主自体は特段悪い事はしてねぇみたいなんだよなぁ……税金が高い事は確かみたいだが、そんなに評判も悪くねぇし」
トーヤは町の人に多少話を聞いてみたらしく、複雑そうな表情を浮かべてため息をつく。
「スラムで話を聞けば、全く逆の評価になるんでしょうけど……」
「能力のある人は暮らしやすい、と。弱者救済が無いのが行政の不作為と言うべきかは難しいな、この世界の場合は。こりゃ、国王がどうにかするとかは無理だわ」
確実に領地は発展しているわけで、『きちんと統治できてないから領地没収』なんてできるはずもない。
「周囲の領地が受け入れる、っていうのも難しいでしょうね。言い方は悪いけど、質の良い人材がダイアス男爵領に残り、質の悪い人材が周囲に流出する訳だから」
「素直には受け入れられないよなぁ」
地球の難民問題と同じ。
生産性の無い人員が大量に入ってくれば、現在の領民にしわ寄せが来る。
それでもなお受け入れるようであれば、それはそれで為政者としてどうなのか、という話になるだろう。
「普通、こんな風に『余った』人って、どうするのかな?」
「地球の歴史から言えば、戦争で『消費』したり、無謀な開拓に駆り出したり、そんな感じよね。……私たちからすれば戦争は嫌だけど、スラムの人たちからすれば、戦争の方がまだマシなのかもね。食べる事はできるし、活躍できれば先が開けるかもしれないんだから」
なかなかにやるせないが、現実はそんな物なのかもしれない。
◇ ◇ ◇
今回の護衛依頼、その間に必要となる宿と食事は、ネーナス子爵家から提供される事になっているのだが、クレヴィリー滞在期間に関しては、残念ながら朝夕の食事のみとなっている。
これは宿が昼食を提供していないからなのだが、予想以上に町の食堂が美味い事を知った今となっては、これもまた悪くない。
そしてまた逆に、貴族御用達のこの宿、そこで提供される食事にも期待感が湧き上がってくる。
まさか護衛の俺たちに、イリアス様と同じ料理は提供されないだろうが、不味い物が出てくる事もまたないだろう。
部屋に戻ってきて、互いの見聞きした物を話し合ってしばらく。
部屋の扉がノックされ、料理が運び込まれてきた。
泊まり客の客層が客層だけに、宿泊客同士のトラブルを避けるためか、この宿に食堂は無く、すべて部屋食なのだ。
俺たちからしても気兼ねする必要が一切無いため、これは非常にありがたいシステムである。
そして、きちんと食事が取れるように、少し小さいながらも、全員が座れるテーブルも用意されているのだから行き届いている。
そのテーブルの上に並んだのは、白パンとスープ、それに飲み物としてワイン。
そして――。
「メインは……魚、ね」
「魚……ト、トラウマが……」
ユキとナツキの表情が引きつる。
ここクレヴィリーは、サールスタットの下流に位置する。
その事を考えれば、ユキたちの表情も仕方の無いところだろう。
「でも、匂いは良いぞ? 泥臭い感じは無い。むしろ……なんつーか、ちょっと甘いような……?」
トーヤと違い、俺の鼻には甘い匂いは感じられないが、見た目は悪くない。
ムニエルと言うべきか、フライと言うべきか。
二〇センチぐらいの丸身の魚。
素揚げとは違うが、フライや天ぷらのように衣が付いているわけではなく……近いのは竜田揚げだろうか?
「とりあえず食べてみましょうか。無理そうなら、マジックバッグに食べる物はあるから」
「そう、ですね。はい。お昼の事を考えればきっと……」
全員で席に着き、喫食。
ここは一つ、魚にトライしてみるか。
パリッとした魚の皮をナイフで切り分けると、ふわりと甘いような香ばしいような、不思議な匂いが漂う。
俺の乏しい語彙力では表現しにくいが、敢えて近い物を挙げるとすれば、シナモンに少し似ているだろうか?
「これは……ヒバーチに少し似てますね」
「……なんだそれ?」
俺と同じように、最初に魚に手を出したナツキの口から出たのは、初めて聞く名前。
「沖縄の香辛料です。そこまでメジャーじゃないですが、香りは良いんですよね。味の方は……んっ!」
切り分けた魚を口にしたナツキが、言葉に詰まる。
「か、辛いの!」
声を上げたのはミーティア。
慌てたようにテーブルのカップを掴もうとしたミーティアだったが、隣に座っていたハルカが、素早くその手からワインの入ったカップを遠ざけ、代わりに水を入れたコップを手渡した。
ミーティアはすぐにその水を飲み干してしまったが、それでもなお辛いのか、舌を出してハーハーと息を吐いている。
そして俺も、ほぼ同時に口に含んでいたのだが……確かにちょい辛い。
匂いからは辛いなんて想像していなかっただけに、余計にびっくりする。
辛いと言っても唐辛子的な辛さではなく、山椒みたいな辛さ。ヒリヒリする。
「ちょっと慣れない味ですが、不味くはない、ですね」
「うん。食べられる……いや、美味しい、かも? 辛いけど。ミーティアはパンに挟んで食べたらどうかな? 無理そうなら、他の物を出してあげるから」
「うん、やってみるの……」
「メアリは大丈夫?」
「ちょっと辛いですが……なんとか」
メアリの方も、ハルカが用意した水を飲みつつ、魚とパンを一緒に食べている。
食べられてはいるが、メアリもまだ子供という事を考えると、この辛みはちょっとキツいかもしれない。
「味は悪くねぇけど、なんか、匂いとミスマッチだよなぁ」
「同感。脳が混乱する。えーっと、ヒバーチ? それもやっぱ辛いのか?」
「いえ、島胡椒とか呼ばれたりするみたいですが、そんな辛みは無いですよ?」
「そもそも、この匂いと辛みの原因が同じ香辛料とも限らないけどね」
「それもそうか。唐辛子と一緒にシナモンを放り込む事だってできるわけだし」
ハルカの言葉に、トーヤが納得したように頷くが――。
「聞くだけで不味そうな料理だな、それ」
「シナモン自体は甘くないけど、イメージとしては甘いお菓子のイメージだもんね、シナモンって」
「ヒバーチみたいな匂いじゃなく、山椒のような匂いなら、もっと美味しく食べられそうですね」
「あぁ、山椒は魚に合いそうだよな。ウナギに使うし」
もしこの町で山椒が売っているのなら、是非買って帰りたいところ。
ウナギの蒲焼きを一段階上に引き上げてくれるから。
「調理方法は、小麦粉だけまぶして揚げてるのかしら? バターとは違う、別の油で油を掛けながら焼いた、そんな感じかな?」
「ムニエルほどのしつこさは無いですね。切り身ではない分、こちらの方が食べやすいです」
一番の懸案事項、魚が問題ないと判れば、あとは気軽に食事は進んだ。
スープはややあっさり風味。
油を使った魚料理の後で飲めば口がすっきりとするし、パンも柔らかくて食べやすい。
ワインは渋みも強く、そんなに美味いとも思わなかったが、出てきた以上は(ミーティアとメアリ以外)全部飲み干した。
アルコール成分はあまり含まれていないのか、誰も酔っ払う事も無かったのだが、ミーティアたちの分も含めて飲み干したハルカだけは、長い耳の先がちょっと赤くなって少し陽気になっていたので、実は酔っていたのかもしれない。
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