239 遭遇 (1)

「『風壁ウォール・オブ・ウィンド』!」

 ハルカが魔法を使うのとほぼ同時に、飛んできた矢がそれによって逸らされる。

 俺たちが馬車からやや離れ、先を歩いていたからか、馬車の方に飛んだ矢は無い。

 それを確認し、俺たちからも三本の『火矢ファイア・アロー』が飛ぶが――。

「……マジか」

 別々の目標へと飛んだ『火矢ファイア・アロー』、そのいずれも標的に当たる事は無く、空しく地面へと突き刺さった。

 いや、正確に言うなら、狙いは正確だったのだが、すべて避けられてしまったのだ。

 人間と魔物は違うとは言え、それなりに自信がある魔法だけに、ちょっとショックである。

「トーヤ! 油断するな。かなりの手練れかもしれない」

「当然!」

 森から飛び出してきたのは、事前に【索敵】で把握していた五人。

 覆面をした男たちは、何か口上を述べるわけでも無く、俺たちの方へ三人、後ろの馬車の方へ二人が向かう。

 ――コイツら、本当に盗賊か?

 以前討伐した、冒険者崩れに比べ、明らかに動きが統率されている。

 だが、相手が盗賊だろうが、そうでなかろうが、やるべき事が変わるわけではない。

 俺たちの方へ来た三人のうち、二人をトーヤとナツキが受け持ち、もう一人はユキとハルカが二人で対応。

 後ろに向かった二人は――。

「ニコラス以下六名、三人ずつで当たれ!」

「「「了解!」」」

 エカートの声と、それに応える領兵の声。

 三対一であれば問題は無さそうだが、残念ながら領兵はあまり強くない。

 念のため、俺は後ろへと援護に向かおうとしたのだが――。

「すまん! ナオ、こっちの援護を頼む!」

 俺に向かってそう声を上げたのはトーヤ。

 彼の前にいたのはトーヤと同じぐらいの体格の男。

 少し肉厚なショート・ソードを扱い、サジウス相手でも余裕があったトーヤを、半ば翻弄している。

「何者だ!」

 答えは期待していないが、多少でも気が引ければと放った言葉。

 それと同時に槍も突き込むが、当然ながら相手は沈黙を保ったまま、俺の槍をあっさりといなす。

「おい、トーヤ、強くね?」

「強いな。技術では、完全に負けてる。力と速度でなんとか、だな」

 獣人故に人間に比べて秀でた膂力と素早さ。

 更にそれを魔力で強化したトーヤと渡り合うあたり、かなりヤバい。

 チラリとナツキとハルカたちの方へ目を向ければ、そちらはこの男ほどの強さでは無いのか、若干苦戦している様子はあれど、ギリギリという感じでは無い。

 そして馬車の方はと言えば、三対一が四対一に変わっていたが、誰か戦線を離脱した様子も無く、何とか抑えられているようだ。

 俺たちが相手にしている男も、俺とトーヤの二人で対応していれば、抑える事はできそうだが、誰かが離脱するとちょっとヤバいか。

 一応、隊長であるエカートと一人の領兵、それにメアリたちが残っているが、【索敵】に反応は無いとは言え、万が一、別働隊がいたりすればイリアス様が危ない。

 俺はやや大きく槍を振り、男を後退させると同時にトーヤの後ろに下がり、ハルカたちに聞こえるように声を上げる。

「二番、三本!!」

「「はい!」」

 ――三、二、一、今!

「「「『火矢ファイア・アロー』!」」」

 なんとかの一つ覚えみたいだが、単体攻撃の場合、やはりこれが一番効率が良いのだ。

 特に人間相手の場合、少しでも怪我を負わせる事ができれば、それだけで有利になる。

 痛みがあれば動きが鈍るし、仮に希少な治癒魔法使いが敵にいたとしても、即座に治せるわけも無く、一時的にでも戦線離脱させる事ができれば、均衡が傾く。

 三本の『火矢』で狙うのは、ナツキが相手をしている敵。

 戦いながら放ったユキとハルカの魔法はやや狙いも甘く、威力、速度共に乏しいが、それで良い。

 本命は、一時的にでもトーヤに敵を任せられる俺。

 ナツキに邪魔をされつつ、ハルカとユキの『火矢』を、一つは躱し、一つは切り払った(!)敵に対し、速度の違う俺の『火矢』が迫る。

 それもまた対処しようとした男だったが、さすがにナツキと戦っている状態でそこまでやるのは無理があったらしい。

 何とか身をよじったものの、『火矢』はその左足の根元に突き刺さり、そこから先が千切れ飛ぶ。

 瞬間、バランスを崩した男に、ナツキからの追撃が行われたが、男は思い切りよく手に持っていた剣から手を離すと、地面に屈み込むように手を突き、残った足と手の力で大きく後方へと飛び下がった。

「……うわーぉ」

 思わず声が漏れてしまう。

 焼き切った状態になっているため、激しく吹き出るほどには出血していないが、それでもドバドバと言いたくなるほどには、血が流れ出しているのだ。

 その状態であの動きとか、シャレになってない。

 と言うか、オークの頭ぐらいなら簡単に吹き飛ばす威力を込めた『火矢』なのだ。

 それを喰らって片足だけとか……どういうこと?

 だが、片足を無くし、武器も手放したとなれば、さすがにナツキに対抗する事は無理だろう。

 ――これで勝てる。

 そう思ったのが悪かったのか、良かったのか。

 トーヤと戦っていた男の判断は迅速だった。

 トーヤを押し返すようにして距離を空けると、懐から取り出した笛を「ピィィィィ!」と吹き鳴らした。

 それと同時に走り出し、同様に離脱した、ハルカたちが相手をしていた男と共に、足を無くした男の両腕を持って担ぎ上げ、森の中へと撤退していく。

 そして後方、馬車の方で戦っていた男たちも、笛の音を聞くと同時に森の中へと姿を隠していた。

 やろうと思えば、その背中に向かって魔法で追い打ちを掛ける事はできたのだろうが……正直俺は、彼らが見せた想像以上の強さに動揺していた。

 下手に追い打ちを掛けて、命を捨てて掛かってこられたら?

 俺たちが無事でいられるとは限らない。

 それに、目的は敵の殲滅では無く、イリアス様の護衛なのだ。

 追い払うだけでも十分に役目は果たしている。

 敢えてリスクを取る理由も無い。

「はぁぁぁ……。お疲れ。怪我は無いか?」

 俺が大きく息を吐いてトーヤに声を掛けると、トーヤもまた息を吐き、額の汗を拭った。

「何とかな。正直、かなりヤバかったが……ただ、相手もある程度の安全マージンを取って戦っているように感じたな」

 トーヤのその言葉に、近づいてきていたユキもまた頷く。

「それはあたしも思ったかも。少しこちらに踏み込めば攻撃が当たりそうな時でも、無理をせず、一歩引くというか……」

「是が非でも斃そうという感じじゃなかったですね。捨て身で来られたら、正直、かなり危なかったと思いますから、助かった部分もありますが」

「その代わり、見事に逃がしちゃったわけだけど」

「それは別に構わないだろ。今回の仕事は、盗賊の討伐じゃない。そもそも、盗賊っぽく無かったよな。――エカート、そっちはどうだ?」

 話をしながら馬車の方に向かい、隊員をまとめていたエカートに声を掛けると、彼はこちらを振り返り、やや厳しい表情ながらも、少しホッとしたように頷く。

「こちらも大きな問題はない。四対一という、ちょっと情けない状況だったが」

「馬車はきっちり守っているんだ。上出来だろ」

 戦闘が落ち着いたのが判ったからか、馬車の窓からこちらを覗くイリアス様の顔が見えるが、その馬車には戦闘で出来たような傷は一つも無かった。

「怪我した人は? いないの?」

「二名ほど、軽く切られただけだな。戦闘に支障があるほどではない」

「そう。でも一応治しておきましょ」

「そうか? すまない。おい」

「「はっ! 恐れ入ります!」」

 ハルカの申し出にエカートが声を掛けると、二人の隊員が進み出て、ビシリと敬礼。

 見れば腕と足に、創傷があるが、出血量も多くなく、さほど深い傷では無い。

「このくらいなら問題ないわね。『小治癒ライト・キュアー』」

 あっさりと傷口が塞がり、血も止まる。

「「ありがとうございます!」」

 あの程度の傷であれば、俺たちのような鎖帷子を着込んでいれば怪我しなかったような気もするが、財政的に厳しいネーナス子爵家では、兵士一人一人に鎖帷子を支給するほどの予算は無いのだろう。

 属性鋼ではなく、白鉄を使った物でも、下手をすれば乗用車一台分ぐらいの値段がするわけだし。

 ちなみに、領兵の俺たちに対するやや硬い態度は、五日間の訓練で、俺たちが半ば教官のような事をしていた事と無関係では無いだろう。

 平時では結構普通に話しているんだが、今は任務中という意識の方が強いのかもしれない。

「そういえば、『火矢ファイア・アロー』を切り払った奴もいたんだよな……」

「そうね。普通に考えれば、属性鋼以上の武器を持っていたって事になるわけだけど」

「あ、落としていった剣、一応拾っておきましたよ」

 ナツキがそう言って差し出したのは、俺たちと対峙していた男が持っていた剣と同じようなショート・ソード。

 それをトーヤが受け取り、じっと見つめる。

「これは……火の属性鋼だな。明らかに、単なる盗賊が持つには分不相応だろ」

「行動もな。結局、一切喋る事すら無く、鮮やかに引いていったわけだが……エカート、どう思う?」

 『金を出せ!』とか『ぶっ殺す!』とか、典型的盗賊台詞どころか、仲間内ですら声を掛け合う事無く戦闘が始まり、そして笛を合図に鮮やかに撤退。

 もしあれが盗賊だというのであれば、よほど訓練された盗賊だろうし、当然名も知られている可能性が高い。

 と言うか、あのレベルの盗賊に普通にエンカウントするようであれば、正直、冒険者を続ける自信が無くなるし、街から出るのが怖すぎる。

 そんな事もあってエカートに話を振ったのだが、彼は困ったように首を振る。

「すまん、そのへんは俺の管轄外だ。イリアス様、よろしいですか?」

「えぇ。出ても良いですか?」

「少なくとも、感知できる範囲には敵対反応はありません」

 俺がそう答えると、まずアーリンさんとケトラさんが馬車から出て、続いてイリアス様、メアリ、ミーティアが出てきた。

「ふぅ。まさか盗賊に襲撃されるとは思いませんでした。あまり商人が通る場所でも無いのですが……。我が領としては残念な事ですが」

 長時間馬車に乗っているのはやはり疲れるらしく、少しホッとしたように息をついたイリアス様は、困ったように辺りを見回す。

「それなのですが……いくつか怪しい部分がありまして」

 実際、先ほど俺たちが穴を補修しなければ馬車が通れなかった様に、馬車の行き来はあまりないのであろう。

 その事からも、ここに普通の盗賊が待ち構えているというのは、少々不可解である。

 俺たちが感じた不審な点を順に挙げて説明していくと、イリアス様、そしてアーリンさんとケトラさんも深刻そうな表情で考え込んだ。

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