S018 トーヤの日常 (2)
今日ハルカたちは、アエラさんのところにお菓子作りに出かけていった。
先日、アエラさんのお店でやっていた料理談義。その流れで、アエラさんから料理を教えてもらう代わりに、ハルカたちもまた、生クリームを使ったお菓子を教えることになったらしい。
さっぱり話を聞いていなかったので、どういう流れかはよく解らなかったが。
そして、オレとナオは当然のように留守番。
料理なんかできないし、あのおしゃべりの渦に入っていくのもキツい。
更に、最初はメアリとミーティアも留守番の予定で、ユキなんかはオレに対して、「メアリたちとデートにでも行ってきたら?」などと寝ぼけたことを言ってきたのだが、2人の意識は明らかにお菓子作りに向いていた。
なので、やや強引に女性陣とセットにして送り出してやった。
ついて行けば、たくさんお菓子、食えるだろうしな。
あいつら(若干、ナオもか?)、どうもオレとメアリたちを引っ付けようとしている気配があるんだが……いくら何でも無理だろ?
どっちも結婚相手じゃなく、妹枠。
日本と同じ年齢の数え方をするなら、メアリですら7、8歳。小学校の低学年から中学年程度。
ランドセルを背負って通っている様な年齢なのだ。
さすがにそういう対象としては見れねぇって。
高校生が小学生に恋愛感情とか、完璧にロリコンの烙印が押される。
オレ的には『No、ロリータ、No、タッチ』だ。
ミーティアなんぞ、下手すりゃ幼稚園児。幼女だぜ?
こっちは完全に事案だろ?
この時期の好き嫌いなんて、恋愛感情以前の問題だ。
尤も、そんな年齢の子供に戦わせてるって思えば、微妙に罪悪感も涌くんだが、まぁ、本人が望んでるからなぁ、それは。
正直、あいつらが引っ付けたがってるのは、自分たちがナオに手を出しづらいからじゃねぇかと思うんだが……別に気にしなくて良いんだけどな。
さすがにギシアンが聞こえてきたら気まずいし、そこだけは注意して欲しいが……。
風魔法あたりに、防音魔法とかねぇのかな?
第一、オレは別に焦ってねぇし、30までに結婚できれば良いって感じなのだから。
――その頃なら、メアリも二十歳超えか。
それなら、まぁ……?
もしかして、本気でその時のために、布石を打っておけってつもりなのか?
デートとか言うのも、一緒に遊びに行って仲良くなれ、的な?
まぁ、考えてみればナオとハルカもそんな感じだしなぁ。
家も隣同士だったし。
あいつらの場合、年齢差は無いが、地味に一途ではあるよな。
◇ ◇ ◇
「ナオ、どっか遊びに行かね?」
「どっかってどこだよ」
女性陣を追いだした後、せっかくの休暇だからと声を掛けたオレに、ナオが返したのはある意味当然の言葉だった。
遊べるような場所、無いからな。
今は、釣りって気分でもないな。正直、あれって作業だし。
その他となると……。
「あ~~、風俗とか?」
何となく、ポロリと言ったオレの言葉に、ナオが目を剥く。
「ちょ、おまっ! 行ったのか?」
「まぁ、その、うん」
「行くなって言われてただろうが。知らねぇぞ? 病気になっても。ハルカに泣きつくことになっても、フォローしないからな?」
「それは大丈夫、だと思う。高かったし?」
大丈夫だとは思うが、万が一の場合のフォローは期待したいぞ?
ナオがいれば、ハルカがブチ切れることは避けられそうだし。
逆にナオを連れて行ってたりすれば、オレの命が危ないかも知れないが。
「いくら使ったんだよ?」
「えっと……これだけ」
オレはそう言って、指を3本立てる。
「金貨3枚?」
そう言ったナオの言葉に、オレは首を振る。
そうすると、ナオはなんとも言えない表情を浮かべ、眉をピクピクと動かす。
「……大銀貨3枚とかは、無いよな?」
「無いな」
おもむろにオレが頷くと、ナオは顎を落として、テーブルをバンと叩いた。
「トーヤ、マジかよ! 金貨30枚!? どんだけ使ってんだよ!」
「うむ。オレも冷静になって、ちょい使いすぎたと思った」
だが仕方ないのだ。
そういう気分の時には、節制ができないのが男なのだ!
「『ちょい』じゃねぇだろ!? どんな高級風俗かって話だよ!」
「いや、でも、昔の花魁とか、今の価値で100万以上使っても本番無しとかあったらしいぞ?」
「比べる事かよ!? ――あ、いや、比べる事なのか? むむむ……クソ、基準が解らん!」
ナオは思いっきり否定した後、一瞬真顔になり、首を捻ってから、諦めたように吐き捨てた。
「日本の今の風俗は、本番無しだもんな。少なくとも、建前上は」
本当のところはどうなのかは良く知らない。
行ったこと無いから、詳しくねぇし。
だが、多分、数時間で30万円とかいうレベルの――いや、人件費の差を考えるとそれ以上か?――風俗は無いんじゃねぇかな?
「……まぁ、良い。お前の金だからな。これが、財布を分ける前ならハルカたちと一緒に半殺しにしてた所だが」
「いや、さすがにそれは
全員が節約しているときに、共通費に手を付けるような外道では無い。
「ハルカたちには黙っておくが、破産しない程度にな。少なくとも、金によって冒険の時の状況判断を誤ったりするなよ?」
「困窮するようなことはしねぇから、安心してくれ」
娼館に通いたいから、危険度の高い仕事を請ける、なんて事をするつもりはねぇし、1人で金を稼ぎに行く、なんて事をするつもりも無い。
直接戦闘の戦闘力はオレが一番だとは思っているが、それが発揮できるのもサポートしてくれるパーティーメンバーがいてこそと理解しているからな。
自惚れて死ぬなんて、アホくさすぎる。
「しかし、ナオは行かねぇの? 黙っておくぜ?」
「正直、あんまり興味は無いな」
「そうなのか? ナオだって、普通にエロ本とかエロマンガとか読んでたのに? エロい動画とかだって、見たことあるだろ?」
「それらは飽くまでもフィクションじゃねぇか。実際にやるのとはちょっと違うだろ?」
「まぁ……そうだな?」
「はっきり言って、好きでもない相手とはやりたくないな、俺は」
「枯れてるなぁ、お前。本当に男子高校生か?」
「枯れてるとはちょっと違うと思うが……別にやりたくないわけじゃないし」
「ハルカ相手ならやりたいと?」
「そうそ――ノーコメント」
頷きかけて、いや、ほぼ完全に肯定しておきながら、ノーコメントとか言うナオ。
これも貞操観念が強いというやつなのだろうか?
「……行く気は無い。当然、行く気は無いんだが……ちょっと興味はある。どうだったんだ?」
「興味なかったんじゃないのかよっ!」
「行きたいという意味では興味は無い。ただ、この世界の娼館事情としては興味がある。学術的に」
「学術的に、ねぇ。――まぁ、良いけど」
同じ男だ。そこを追求するのは止めてやろう。
『飯屋』や『娼館』、『青楼』の違いや、価格帯など、経験を含めて(と言っても、青楼にしか行ったことは無いのだが)話してやる。
せっかくなので、あの時聞いたジョークも言ってみたのだが――『うわぁ……』みたいな目を向けられてしまった。
いや、まぁ、確かに下品だが、その視線は止めてくれ。心が痛い。
「どうだ? 興味が出てきたか? なかなか……良いぞ?」
「いや、だから行かねぇって」
共犯にできれば、とちょっと思ったのだが、存外意思が固い。
自分に性病の危険性があれば、必死で治癒系の魔法を覚えるかとも思ったんだが……やっぱダメか。
「まぁいいや。無理に誘ったら、あとが怖いし」
具体的には、ハルカが。
「トミーでも……ドワーフだから無理か?」
「いや、止めとけよ! 無理じゃなくても止めとけよ! 堅気の仕事で、俺たちより収入少ないんだから! 破産させるつもりか?」
「だな。金貨30枚は無いよな」
庶民なら1ヶ月かけても稼げない額、それが数時間で溶けるとか、ヤバいもんな。
トミーの収入は知らねぇけど、さすがに俺たちよりも多く稼いでいるとは思えねぇし。
「よし、それじゃその話はここまでにして、トミーでも誘いに行くか」
「いや、だから――」
「あぁ、風俗じゃなくて、普通に遊びにだよ。先日、トミーから、美味いモツ煮込みを出す店があるって話を聞いてな」
「昼飯か? それなら別に良いが……遊びに行くって話はどこに行った?」
「そこなんだよなぁ……遊べる場所ってねぇよな」
「そこまで余裕のある人が少ないからな。俺たちにしてもやることがないわけだし。……アナログゲームでも作るか?」
「アナログゲームってぇと、将棋やチェス、リバーシとか、トランプ?」
「もう一歩踏み込んで、カタンやディプ○マシーとか?」
「いや、カタンはともかく、ディプ○マシーはどうよ?」
ディプ○マシーを簡単に説明するなら、ヨーロッパを舞台にした陣取りゲーム。
ルールはある意味単純で、道具も殆ど必要ないので作るのは簡単なのだが、プレイする人を選ぶゲームなのだ。
ランダム要素は無く、プレイヤー同士の交渉で同盟を組んだり、時に裏切ったりして領土を増やす。
協力しなければ勝てないが、どこかの時点で裏切らなければやっぱり勝てない。
見方によっては殺伐としたゲームである。
「それって、俺たちとトミーぐらいしかできねぇよな? この辺の町の人に外交とかそういう発想、無いだろ?」
「……町の代官の名前すら、認識していないレベルだよな」
「逆に流行ったら流行ったで怖いぞ? 友情破壊ゲーム。冒険者同士でやってたら、刃傷沙汰になりそうで」
ある意味、如何に裏切るかが重要なゲームだからなぁ、ディプ○マシー。
どうせ作るなら、もっと気軽にやれるゲームの方が良いと思う。
「なら、貴族相手に流行らせるか?」
「そっちの方が怖いわ! ガチで武力行使とかになるかもしれねぇじゃねぇか!」
ある意味では外交の教材として使えるかもしれないが、裏切りが基本のゲームなので、これで学んだ貴族が増えると、色々と殺伐とした国になりそうで怖い。
「もっと単純なので良いだろ。例えば……ダーツとか、ビリヤードとか」
「ビリヤード!! 良いな! 欲しかったんだよなぁ、ビリヤードって。ダーツと違って、とても家に置ける物じゃ無いから、諦めたけど」
「解る! 憧れるところあるよな、ビリヤードって」
格好いいのは勿論だが、楽しいからな、ビリヤード。
その割に、高校生の小遣いじゃ、気軽にプレイできないし。
「でも、ナオ、ダーツも持ってなかったよな?」
「まぁな。ダーツも結構高いし。それに……」
「それに?」
「壁が穴だらけになったら、親に怒られる」
「なる。理解した」
親には逆らえない。
外さなければ良いんだろうが、最初から上手くできるはずもねぇよなぁ。
「プラスチックの奴は、なんか違う気がするしな」
「あぁ……オモチャっぽいよな。渋さが無い」
カッ、と突き立つのが良いのだ。
ぴこん、とか鳴って、点数計算されるのは、なんか違う。
「第一、俺の部屋はそんなに広くないからな」
「確か、2メートルぐらい離れるんだよな? 案外確保できねぇよな、その距離って」
空っぽの部屋ならともかく、ベッドや机、本棚がある部屋で、ダーツをやるスペースを確保するのは困難だろう。
少なくとも、日本の大半の高校生は。
「なら、ダーツも作るか?」
「あー、取りあえずはビリヤードで。なんかダーツって、この状況だと、戦闘訓練している気分になる」
「あ~……」
なんとも言えない表情で言ったナオの言葉に、俺も頷かざるを得ない。
現にオレも、手裏剣の練習とかしてるしな。
未だ練習中だが。
「それに、2メートルぐらいの距離なら、ほぼ確実に狙ったとこに当たるだろ、今だと。【投擲】のスキルもあるし」
「ゲームとしては、ちょい微妙か」
もっと距離を離すとか、それこそちょっと投げにくい手裏剣を使うとか、方法はあるだろうが、そうなってしまうとナオが言うように、正に戦闘訓練になってしまう。
「そいじゃ、ビリヤード……これって、ナオの土魔法で作れたりしねぇ?」
「ある程度は作れるだろうが、ここは素直に、職人に頼もうぜ? 上手くすれば、ハルカみたいに不労所得が得られるかもしれないし?」
「あぁ、バックパックか。地味に売れてるみたいだな」
ここラファンでも、バックパックを背負った冒険者を見かける事が増えてきた。
また、ディオラさんによれば、近隣で販売される物に関してはここで作られるものの、遠方の場合はその土地、土地で製造されるため、他所の町でも世のお母さん方に内職の種を提供しているらしい。
引退した冒険者などにも仕事をまわせるため、「他の町のギルドに恩が売れました」とディオラさんは喜んでいた。
確執、までは行かずとも、町のギルド同士にも色々あるらしい。
「確か金貨22枚ぐらいだったか? 販売価格」
「そのぐらいだな。その内、ハルカの取り分がいくらかは知らないが」
以前聞いた額を考えると、一割ぐらいか?
……いや、あの頃は今ほど売れてなかったような気もするし、もうちょっと多いかもしれねぇな。
「でも、オレたちの食費にしてるんだろ、それって」
「らしいな。べつに良いのに」
「だよな」
ちょっと意見を言ったぐらいで取り分を要求するほど、オレたちは恥知らずではない。
だが、それとは別に、不労所得という響きは魅力的なのだ。
「けどさ、作ってもらう余裕ってあるのか? オレたちが銘木を供給した関係で、工房はどこも忙しいって話じゃなかったか?」
「忙しいことは忙しいんだが、余裕が無いわけじゃないみたいだぞ?」
「そうなのか?」
「あぁ。ほら、銘木が使われる家具はオーダーメイドだろ? ――受注生産って意味じゃなくて、こだわりの逸品って意味で」
「解る。そうだな」
受注生産という意味では、庶民が買う安物の家具でも、普通はオーダーメイドなのだ。
ある程度まで作ったパーツを在庫していることもあるが、完成品のベッドやタンスを大量に並べて、その中から選んで買う、なんて事はない。
「買う方も貴族や金持ちだからな。当然細かいところまで拘るわけだが、ちょっと確認しようにも電話一本って訳にもいかないだろ? 隣町でも数日、少し離れていれば返答が来るまで数ヶ月なんて事もある」
「つまり、仕事を抱えていても、空き時間はあるって事か」
複数の仕事を並行して進めれば無駄が無くなる気もするが、貴族とかを相手にするなら、それも難しいかもなぁ。
自分のワガママで遅れていても、「他の仕事をやる時間があるなら、こっちをやれ!」とか言われそうだし。勝手なイメージだが。
「空き時間を利用できる仕事って意味では、良いと思わないか? オリジナル商品って」
「まぁ、テレビで見る町工場の取材なんかだと、自社製品が云々とか、聞いた話ではあるな」
「だろ?」
「けどさ、上手く行ったとして。ビリヤードを買うのって、金持ちとか貴族だろ? 結局、色々注文付けられて、オーダーメイドにならねぇか?」
絶対に、「他と同じでは嫌だ。もっと豪華にしてくれ」とか言い出すに決まっている。これまた勝手なイメージだが。
だが、それにはナオも納得するところがあったらしく、一瞬沈黙する。
「……いや、そこはプールバーとか?」
「この町に、そんな洒落たバーが受け入れられるのか? 騒ぎながらエールをかっ喰らってるイメージしかねぇんだけど?」
「そこはほら、俺たちが行くのが場末の酒場だからじゃないか? わからないけど。ま、無理そうなら無理と言ってくれるさ、シモンさんが」
「話を持っていくだけならタダだよな。オレたち、所詮素人だし」
無理なら無理と言うだろう。
それこそ、こんな時のお助けキャラ、ディオラさんに相談してみてもいい。
「ま、取りあえず今は」
「おう」
「飯を食いに行くか」
「だな」
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