S019 トーヤの日常 (3)

「へぇ! ビリヤードですか! 良いですねぇ。是非作ってくださいよ。できたらやらせてもらいに行きますから」

 トミーを誘ってやって来たモツ煮込み屋。

 ビリヤードの話をトミーに振ってみると、思った以上に食いつきが良かった。

 ……しかし美味いな、このモツ煮込み。

 さすが、トミーがお勧めと言うだけのことはある。

 醤油味でも味噌味でもないし、どうやって味付けしているのかはさっぱり判らんが、美味いので問題なし。

 若干臭みはあるんだが、これはこれでアリ、と思えるレベルで纏まっている。

 一緒に出てくるのが黒パンなのがいただけないが、モツ煮込みに浸して食べれば、その濃厚な味のおかげでだいぶマシになるし。

「さすがに宿暮らしでは、ビリヤードなんて買えませんからねぇ。ナオ君たちは大丈夫なんですか?」

「俺たちの家、1階はまだ2部屋余ってるからな。1部屋ぐらい、遊戯室にしても大丈夫だろ、たぶん。まだ相談はしてないが」

「オレの鍛冶は外に追い出されたからな」

 家の正面、向かって右側。

 そこには生産部屋(仮)として4部屋ほどスペースが確保してある。

 そのうちの2部屋は裁縫と錬金術の部屋として利用されているのだが、残念ながらというべきか、それとも当然と言うべきか、火を使うオレの鍛冶は使用を許されず、庭の隅に建てられた小屋へと追いやられている。

 安全面や騒音の面から考えても、仕方ないと解っているからべつに不満は無いのだが、そのおかげと言うべきか、2部屋ほどは未使用のままになっているのだ。

 余裕を持って作った、それなりに広い部屋なので、ビリヤードを置いても十分にスペースが取れるし、それこそ気が向けばダーツを設置しても良いだろう。

「あ、でも、ボールのサイズとか、テーブルのサイズとか知ってるんですか?」

「いや、知らねぇけど、適当で良いだろ? オレたちが作ればそれが基準だ」

「……確かに。クラスメイトの中に、ビリヤードに妙なこだわりがある人でもいなければ、文句を付ける人もいませんよね」

「まぁ、何度かやったことあるから、そうかけ離れたサイズにはならないだろ」

 トミーの言葉にナオが同意するように頷きつつ、そう言う。

 そしてそれはオレも同様。ナオと一緒に行ってたから。

「娯楽が少ないですからねぇ、この町。たまの休みでもやることがなくて。それこそ、トーヤ君たちと釣りに行くぐらいしか……。でも、大丈夫なんですか? お金の方は。きっと、かなりの資金が必要になりますよね?」

「そのぐらいは……あっ……」

 ヤバい。今のオレの貯金、目減りしてるんだった。

 なぜって?

 言わせるなよ。

 オレが1回行っただけで、満足できるわけ無いだろ?

 さすがにリミットは決めているが、減っているのは紛れもない事実。

「……? どうしたんですか?」

 オレが声を上げた事にトミーが不思議そうな表情を浮かべる。

 そんなトミーとオレの様子を見て、ナオが呆れたようなため息をつく。

「はぁ……コイツ、最近、娼館に行ってるみたいなんだよ。しかも、青楼とかいう、高級なところに」

「ぶっ!! げほっ、ごほっ。本当ですか!?」

 ナオの言葉に、トミーが口に含んでいたエールを吐き出しかけ、オレに信じられない物を見るような目を向けてきた。

 てか、トミー、昼間っからエールを飲んでるんだよなぁ。

 すっかりこっちに染まっちゃって、まぁ。

 【蟒蛇】のスキルで、酔わないから関係ないのかもしれないが。

「あぁ、トミーは青楼を知ってるんだな。男だな。一応、ホントらしいぞ? 俺も今日聞いたんだが」

「あ、いえ、僕はドワーフなので、行きはしないんですが、酒の席の話題にはなるんですよね、そっち方面の話は。だから知ってるだけで。……1回あたり、金貨10枚以上が飛んで行くとか?」

「数時間で、30枚が消えたらしいぞ?」

「……マジですか?」

 ある意味、尊敬すら含んだ視線を向けるトミーに、オレは重々しく頷く。

「否定するのは難しいな」

「いや、さっきお前が言ったことだろうが」

 呆れたように首を振るナオだが……ちなみにそれ、初回な。

 最高でいくら溶けたかは……秘密である。

 オレも思い出したくないし。

「気を付けてくださいよ? そっち方面で実質的な奴隷に落ちる人って、普通にいるんですから」

「奴隷なぁ。トミーはどんな感じか知ってるか?」

 この国では奴隷を禁止されているから、『実質的な』なのだが、少なくともこの町では、それっぽい人は見たこと無い。

「色々あるみたいですが……マシな場合で、無給でひたすら酷使される。見目が良ければ、男でも娼館行きという場合も――」

 そう言ってトミーがチラリと視線を向けたのはナオ。

「おい、そこで俺を見るな。俺は行ってないから」

「ですよね。ナオ君なら、お金払わなくても、できますよね」

「ナンパ師みたいに言うのも止めろ。俺は誠実なんだよ」

「誠実……? あ、いえ、何でも無いです」

 ナオの視線が厳しくなったのを感じたのか、トミーはコホンと一つ咳払い。話を続ける。

「悪い場合は、本当に奴隷になります。この国では奴隷禁止ですが、許可されている国もあります。そんな国に出荷されます」

「ドナドナと?」

「そう、ドナドナと。たぶん、子牛よりも酷い梱包状態で」

「ふむ。人権なんて、なかったんや! と」

「無いですからね、実際。領主の胸先三寸です。川1本隔てて、天国と地獄、なんて事もあるようですよ? 幸い、ここはまともみたいですが」

「簡単に引っ越しなんて、できねぇからなぁ」

 土地に縛られる農民は勿論として、商人や職人にしても、簡単に土地を離れて別の場所で起業する、なんて易々やすやすとできるはずが無い。

 この国に関して言えば、丸裸になる覚悟があればそれも可能なのだが、サラリーマンのように、『隣町に引っ越して、そこから電車通勤』なんて気軽な物ではないのだ。

「ま、トーヤのことは良い。本当に破産しそうになったら、俺たちで借金肩代わりもできるからな」

「優しいですね、ナオ君」

「その代わり、ウチでのヒエラルキーはミーティアたちの下、ペット扱いだがな。借金返すまでは」

「ひどっ! 耳と尻尾はあっても、動物じゃねぇぞ、オレは!」

「けど、ハルカとか言いそうじゃないか? 『我慢もできないけだものは、ペット扱いで十分。むしろ、上等すぎ』ぐらいは」

「……否定できねぇ」

 行くなと言われていた娼館に行き、高級娼婦に入れあげて破産、借金を友人たちに肩代わりしてもらう。反論の余地が無いクズだな。

 ――いや、破産するつもりはねぇけど。

「それとも、そのままブヒブヒと出荷される方がお好み?」

「なワケねぇ! つか、そもそもそんなに入れあげねぇよ! ……たぶん」

 すでに数度通っている時点で、断言ができない。

「不安な物言いだなぁ、おい。まぁ、ヤバそうなときは殴ってでも止める……事はできないから、焼いてでも止めるか」

「いや、実力行使が必要なほどのバカになってたら、見捨ててくれても良いけどよ」

 そんなバカ、オレ自身嫌だ。

 むしろ逆に焼き尽くしてくれても良いぐらいである。

「それであっさり見捨てられるほど、浅い付き合いじゃないだろうが」

「そんなもんか」

「そんなもんだ」

 頷きあうオレたちを見て、トミーがパチパチと手を叩いてにんまりと笑みを浮かべる。

「いやー、良いですね、美しい友情!」

「実際にその場面になったら、そんな綺麗なもんじゃないと思うがな。トーヤ1人を俺たち4人でボコボコにする血みどろの惨劇が展開されるぞ?」

 混ぜっ返す様なトミーの言葉に、照れ隠しなのか、ナオがなかなかに酷いことを言う。

 だが実際、その状況になったら、起きる状況とナオの説明に、そう違いは無いだろう。

「それより、トミーの方はどうなんだ? 仕事の方は」

「順調ですよ。と言っても、師匠の下で言われたことを熟しているだけですけど。独立しても良いとは言われてますけど、師匠と被らない内容となると、ちょっと心許ないですね。別の町に行くのは……不安ですし」

「ショベルはガンツさんに渡したからなぁ」

「はい。ミンサーの方は持ってって良いと言われてますし、幸い、それなりに売れていますが、これだけでは、店を構えるにはちょっと厳しいですから」

 ショベルはトミーを弟子入りさせてもらう代償だったから、これは仕方ない。

 ミンサーの方もガンツさんの協力が無ければ完成しなかったと思うが、販売許可を出しているあたり、さすがにガンツさんは懐が深い。

「ミンサー、売れてるんだな?」

「はい。飲食店を中心に。クズ肉やすじ肉でも、それなりに美味しく食べられるようになりますからね。さすがに一般家庭に普及するほどではないですが」

「肉屋がミンチを売るようになれば、それまでだもんなぁ」

「そこなんですよね。大量消費する飲食店相手は売れ続けるでしょうが、数に限りがありますし」

 ナオの指摘に、トミーが困ったように頷く。

 実際、日本の一般家庭でミンサーを持っているのはごく僅か、大抵はミンチになった肉を買ってくるだろう。

 こっちの場合、手動(ウチに関して言えば、改造されて魔力で動く)なので、肉屋もあまり大量には作れないだろうが、大量消費者向けには塊のまま、少量の庶民向けにはミンチにして売るなり、それこそ店頭に設置しておいて、自前で挽いてもらうなり、やりようはある。

「何か、別の柱が欲しいところですが……何か無いですか?」

「製麺機はどうなんだ? 以前、ユキたちと協力して作ったんだろ?」

「ナオ君、それは餅つき器をアメリカで売るようなものです」

「……なるほど。日本ですらメジャーになりきれないもんなぁ、餅つき器」

 トミーのなかなかに的確な例えに、ナオが納得したように頷く。

 普段から食べる習慣の無い物、それを作れると言っても売りにならねぇよなぁ。

 食べてもらえれば良さが解るかもしれねぇけど、ただの鍛冶屋に食品のプロモーションまでやらせるのは厳しいだろう。

「たぶん、ホームベーカリーに負けてるよなぁ。日本の伝統食なのに」

 逆に、ホームベーカリーのおまけ機能として、餅つき機能が付いてくるぐらいに。

 ちなみに、オレの家には餅つき器があった。

 ついでにホームベーカリーも。

 きちんと米を蒸してからく餅つき器に対し、ホームベーカリーのおまけ機能はちょっと違う。

 まぁ、どっちでも美味いから、好みの問題でしか無いのだが。

「他の物か……俺としてはアイスクリームメーカーとか作って欲しいが、売れないよなぁ」

「牛乳はもちろん、砂糖も手が出にくいですからねぇ……あれ? もしかして、牛乳、手に入るんですか?」

「ん? あぁ。正確には牛乳じゃないが、それっぽい物がな」

「うわ、羨ましい! この辺で見かけたこと無いですし、自前での採取ですよね?」

「おう。ちょっと前、ダンジョンで見つけてな。なかなか美味いぞ?」

「ギルドに売ってるんですよね。いくらですか? 直接売ってくれませんか?」

「あー、1リットルぐらいで、金貨5枚、だったか?」

「うぐっ、さすがにダンジョン産。高いですね……」

 目を輝かすトミーに値段を伝えると、言葉に詰まって、ため息をついた。

 やっぱ、堅気の商売している一般人からすれば高いよなぁ。

 ちょっとぐらいお裾分けしても良いとは思うんだが、一応仕事として収穫(?)していることを考えると、少し難しい。

 言うなれば、トミーが店の武器を、タダでオレたちにくれるようなものだし。

 俺たちがトミーに仕事を依頼するときも、きっちりと対価は払っている。

 公私ともに色々とお世話になっているディオラさんや、料理を教えてくれているアエラさんたちとは、少し立場が違うのだ。

「そうだなぁ、ウチに遊びに来れば、茶菓子として出してやれるけどな」

 ハルカたちも来客に出すのなら、細かいことは言わないだろう。

 オレの妥協案に、ナオも頷く。

「そのへんが妥当なところか。手土産にアイスクリームメーカー……いや、ソフトクリームメーカーとか持ってきたら、ハルカたちが喜んで、好きなだけ食わせてくれると思うぞ?」

「ソフトクリームですか! 良いですねぇ。アレって、冷やしながらとにかく撹拌すれば良いんでしょうか?」

「そうじゃないか? あー、でも、普通のアイスクリームメーカーも、冷やしながら撹拌してるよな。何が違うんだ……?」

「やはり撹拌頻度じゃないでしょうか? 空気をたくさん含ませるような感じで撹拌すれば――」

 基本オレに、料理や菓子に関する造詣は無い。

 何やら議論を始めてしまったナオとトミーを尻目に、オレはカラッポになったモツ煮込みのお替わりを注文したのだった。


    ◇    ◇    ◇


「ふむ。なかなか面白そうじゃねぇか」

 少しのんびりとした昼食を終えたオレたちは、トミーと別れてシモンさんの工房へと来ていた。

 ソフトクリームに関する議論に結論は出なかったが、「取りあえず試作してみます」と言っていたので、トミーのことだ、何かしらの物は作ってくれるだろう。

 収益の柱を作るという目的から外れている気がするが……鍛冶屋に併設してカフェでも開けば成功するかもしれない。

「できますか、シモンさん」

「たりめぇだろうが! こちとら、何年木工で飯食ってると思ってやがる!」

「それはありがたいです」

 自信ありげにドンと胸を叩くシモンさんと相談し、ビリヤードの仕様を決めていく。

 まずはボール。

 これは銘木の切れっ端を使う事になった。

 当然の事ながら、硬い木は高いのだが、銘木を伐採してくると、どうしても使えない部分が出てくる。

 例えば枝。

 ビリヤードのボールを作る程度は問題なくても、板に加工するには細すぎ、案外使い道が無いのだ。

 これを利用すれば、材料費は安く付く。

 次にビリヤード台。

 これは普通の木で作る。

 もし貴族相手に売れるようになれば、この部分も高価な銘木を使うなり、豪奢な彫刻を施すなりすれば良いと思うが、オレたちの分と、今後の外販のためのサンプル。

 不必要に豪華にする意味は無い。

 ビリヤード台に張るのに適した、ラシャのような布はこの町では生産していなかったので、ブラウン・エイクの革をセーム革の様に柔らかく加工した物を使う事になった。

 台のサイズは、少し大きめのブラウン・エイク、その革1枚で張れるサイズにしておいた。

 本物のビリヤード台のサイズは知らないが、ブラウン・エイクはかなりデカいので、おそらく大した違いは無いだろう。

 キューはこれまた銘木のあまり。

 細い棒の使い道は少ないので、銘木でも材料費が安いのだ。

 先っぽのボールを突く部分には、タスク・ボアーの角。

 握りの部分に螺鈿などで装飾したりすることもある様だが、これまた俺たちには不要な物。

 やっぱり貴族なんかが勝手にやるだろう。

 基本的にはすべて木製。

 その他の物も、この町で手に入る物を使うことで、第2の特産品になれば、言う事はない。

 ちなみに、あとからナツキに『ビリヤード台には石の板を使う』と聞いたのだが……なるほど、あのビリヤード台の重さはそれだったのか。

 だが問題ない。オレたちが基準だ。


 さて、こんな感じに比較的すんなりと仕様が決まったビリヤードだったが、それがオレたちの家に納品されるまでには、それなりの期間が必要となる。

 「できる」と豪語したシモンさんではあったが、さすがに全く同じサイズのボールを10個、しかもほぼ真球の物を作るのは難しかったらしい。

 だがそれでも、ウチに納品されたボールの出来は素晴らしく、少なくともプレイしていて、挙動がおかしいと思うような事は全くなかった。

 その代わり、要求された代金はなかなかにえげつなく、すでにダメージを負っていたオレの財布にはかなり痛かったのだが……ナオが少し多めに、そして「私たちも遊ぶから」とハルカたちが少しずつカンパしてくれた事で、一命を取り留めたのだった。

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