216 牛乳を効率よく (2)

 搾乳器の作製はユキが担当し、アイスクリーム作りはナツキがメイン。

 ハルカはその2人の補佐で、俺は牛乳を入れる瓶作りの予定。

 やることのないトーヤは、メアリとミーティアの訓練を見たり、庭の農作業に参加したりして時間を潰していた。

 そして帰宅してから3日目。

 全員の作業が終わり、俺たちはそれぞれの成果物を持って食堂へと集合していた。

 最初の発表者はユキ。

 マジックバッグから『じゃん!!』とばかりに取り出し、テーブルの上に乗せる。

「あたしが作ったのはこれ。全自動搾乳器!」

 見た目はコップの先っぽに吸盤が付いたような形で、その底からホースが伸びているだけ。かなりシンプルな形状である。

「この吸盤を乳首に引っ付けて、スイッチオン。ホースの先を容器に突っ込んでおけば、後は自動で搾乳してくれるよ。全自動とは言っても、停止だけは手動なんだけどね。注意すべきはそこだけかな?」

 つまりは、乳の出が悪くなったらオフになる、という機能までは付けていないらしいが、実用上は全く問題は無いだろう。

 相手は魔物、そのまま放置できるような物じゃないし。

「あら? 最初、注射器みたいな形で作ってなかった?」

「うん。試作はしたけど、あれで何十頭も搾るのは大変だと思ったから、自動化してみた。結構苦労したけど」

 そう言いながら追加で取りだしたのは、正にでっかい注射器。

 仕組みは非常に単純で、ピストンを引くことで吸引するだけの代物みたいだが、何十頭、下手をすれば100頭以上もこれで搾るとなると、なかなかに大変そうである。

 ユキ、グッジョブ。


 続いては容器担当の俺。

「俺の作った容器はこれ。今回搾った牛乳が7リットルあまりだったから、2.5リットルの瓶にしておいた。1頭3~4瓶使うイメージだな。蓋付きだ」

 ガラス製――正確には、珪砂を固めた擬似的な物だが――で、形はワインボトルの胴体を太くして、首は短くしたような感じ。

 注ぎ口は栓がしやすく注ぎやすいように、ワインボトルと同じサイズにしてある。

 入れる時には漏斗でも使えば良いかと思っていたのだが、ユキの作った搾乳器にはホースが付いているので、そのまま注げそうである。

 最初は10リットルサイズの瓶を作ってみたのだが、デカすぎて扱いづらい上に、強度的にも心配だったので、4分割した2.5リットルサイズになったのだ。

 また注ぎ口も、スクリュータイプの物を考えていたのだが、こちらもすぐに断念した。

 作ること自体は不可能ではないのだが、手間を考えれば普通に木栓を使う方が楽だし、基本的にマジックバッグで保存するのだから、密閉性とかはあまり考える必要も無い。

 実際にどのくらいの数、雌のストライク・オックスがいるのかは不明だが、150頭と考えても500本程度の瓶は必要。正直、あんまり手間を掛けてられない。

 洗浄の手間を考えると、本来はあまり口の狭い瓶はよろしくないのだが、その点は『浄化』で解消できるので、問題なしである。

「う~ん、可も無く、不可も無く? 面白味が無いね」

「いや、実用品に面白味はいらんだろ」

 アホなことを言うユキにツッコミを入れつつ、改めて瓶を見るが……まぁ、確かに面白みは無いな。

 一応実用性重視なんだが、難点としてはちょっと胴体が太すぎて、片手では少し持ちにくいという欠点も。俺たち成人なら問題ないと思うのだが、メアリだと両手が必要だろう。

 かといって、1リットルサイズにすると瓶の数が増えすぎて面倒だし、このへんは妥協の産物である。

「オレとしては、金属製のデカいヤツでも作れば良いかと思ったんだがな。馬車でゴトゴトと運ぶようなイメージの。アルプス的な」

「だからそれは、使い勝手が悪いって」

 俺も最初はそれを考えた。牛乳と言えば思い浮かぶ、あの金属製の缶を。

 だが、色々考えた上で、トーヤの提案は却下したのだ。

「まぁ、そうよね。移し替えないとコップには注ぎにくいし、移し替えるなら、最初から小さい瓶に入れた方が良いわよね」

「そうそう。俺たちの場合、輸送や洗浄に問題が無いからな」

 金属製の缶を使う一番のメリットは、恐らく割れない事なんだと思う。

 自動車で舗装された道路を走るのならともかく、馬車でゴトゴトと運搬するのであれば、ガラス製の容器はあまりに脆弱すぎるだろう。

 革製の水袋を使う方法もあるが、あれはどうしても臭いが気になるので、俺たちもマジックバッグを手に入れて以降は全く使っていない。

「いやまぁ、オレは別に良いんだけどな。単にナオが面倒くさそうだったから提案しただけだし」

「まぁ、面倒くさいのは否定できないな」

 ストライク・オックスの牛乳の美味さに負けて、丸2日掛けて100本以上作ったわけだが、今後も必要になるなら、何か省力化を模索したいところ。

 自家消費だけなら、飲めば空き瓶ができるわけで、瓶の増産はあまり必要なさそうだが、売却も考えると……。

 誰に売るか次第だが、牛乳瓶の回収システムとかあっても良いかもしれない。


「最後は私たちのアイスですね。まずは食べてもらいましょうか」

 そう言いながら俺たちに配られたのは、2種類のアイスクリーム。

 片方は薄茶色で、もう片方は濃緑色。

「食べて良いの!?」

「ええ、どうぞ」

 ナツキに勧められるまま、メアリとミーティアはアイスクリームを恐る恐るスプーンですくい取り、口に運ぶ。と同時に目を見開いて声を上げた。

「はわぁぁ、冷たくて、甘くて、とろけて……美味しいの!」

「何ですか、これ! スゴイ、スゴイです!」

 スプーンの動きも速くアイスを消費していくメアリたちに倣うように、俺もまた目の前にあるアイスを口に運ぶ。

「……うん、バニラの香りは無いが、正にアイスクリーム。黒糖アイスって感じだな。緑の方は……抹茶味か」

 美味しいは美味しいが、普通に美味しいって感じ。

 ハーゲ○ダッツよりは美味しくとも、ストライク・オックスのミルクを初めて飲んだ時のような感動は無い。

「そう。問題点はそこなのよね。砂糖の風味が強すぎて、プレーンなアイスが作れないのよ。どうしても雑味が出ちゃうし」

「ん? 問題? ……あぁ、黒糖味? 確かに抹茶も黒糖の風味が少し強いな」

 黒糖アイスはそういう物と思って食べれば普通に美味いのだが、少なくともバニラアイス――いや、ミルクアイスと言うべきか――ではない。

 イチゴアイスとか、ブルーベリーアイスとか、他の果物を使ったアイスを作るのであれば、黒糖の風味はちょっと邪魔になるだろう。

 その点、抹茶であれば、黒糖の風味をある程度マスクできると思っての選択なのだろうが、それでもやはり隠し切れてはいない。

「え、別にこれで良くないか? 十分美味いぞ?」

「あたしは他のも食べたいから、精糖には賛成かな」

 トーヤはまぁ、そんな感じだよな。

 ユキはちょっと物足りないという風だが――。

「精糖?」

「うん。ハルカたちから相談があったんだけど――」

 このあたりで入手できる砂糖はいわゆる黒砂糖で、基本的にはサトウキビの絞り汁から不純物を取り除き、水分を減らして固めただけの物。

 良く言えば味わい深く、一般的には雑味が多くて使いづらい。

 通常はこの黒砂糖から粗糖を作り、更にそれを遠心分離機などで分離したりして、上白糖やグラニュー糖などが作られる。

 つまり、ハルカたちが欲しいのはこれ。

 クセが無いので、アイスクリーム以外に、ホイップクリームなどを作る時にも必須らしい。

「アイスだけならともかく、ケーキ類の生菓子も、か……」

「無くても生きていけるが、ちょっと勿体ねぇ気はするよな」

 精糖の技術的難点を棚に上げたとすれば、あとの問題はコスト。

 黒糖を元に精糖を行った場合、得られる白砂糖はかなり少なく、大半は蜜として排出されることになる。

 つまり、元々高価な砂糖が、更に少なくなる。

 残った蜜に使い道が無いでもないが、やはり上白糖に比べると使いづらい。

「……ま、そのへんはハルカたちに任せる。食費として問題ない範囲に収まるのなら、やってくれ」

「だな。オレたちも菓子類は嫌いじゃないしな」

 そう、嫌いじゃない、というレベル。

 夏場はアイスが食べたいとは思うが、このアイスでも十分美味いし、他のケーキ類もあれば食べたいというだけで、無ければ無いで我慢はできる。

 どちらかと言えば、それらを強く欲しているのは女性陣だろう。日本にいた時も、それらのフェアやら、何やらに付き合わされることがあったし。

「解ったわ。コスト的にたくさんは無理だと思うけど、少し頑張ってみる」

「だね。まぁ、砂糖が高いと言っても、使う量はそこまで多くないし、ストライク・オックスのミルクの価値を考えると、似たような物だからね」

 ストライク・オックスのミルクがコップ1杯で大銀貨2~4枚。使う砂糖の量は大さじ1、2杯ぐらいか?

 精糖することで量が半分以下になったとしても、確かにミルクの方がまだ高いだろう。

 ただし、砂糖は買うのに対して、ストライク・オックスのミルクは自前で調達できるという違いはあるが。

 ……まぁ、ミルクを売れば済む話なのだが。

「ミーティアたちも、これよりも美味しい物を作れるよう頑張りますから、楽しみにしててくださいね」

「これより!? スゴイ、スゴイの!!」

「ここに来て良かったです~~」

 名残惜しそうにスプーンを舐めていた2人に、ナツキがそっと自分のアイスを差し出しながら、そんな事を言う。

 ナツキ的にはアイスの出来に納得がいっていないようだが、メアリたちからすれば十分に美味しかったようで、笑顔でお礼を言いながら、そのアイスを2人で分けて、ペロリと平らげた。

 何というか、もし好感度グラフとかあったら、ミーティアたちの好感度は、トーヤじゃなくてナツキがトップなんじゃないだろうか?

 親しい相手以外には少し冷たく感じることもあるナツキの応対も、子供相手だからか、最初から柔らかかったし、美味しい物も良く作ってくれている。

 火傷痕の治療を行ったのもナツキとハルカなのだから、懐かない理由が無い。

 次点で同じように料理を作るハルカとユキか。

 ハルカはナツキと共に治療を行っているし、ユキの方は持ち前のコミュ力の高さで姉妹との関わりが多い。

 その次に来るのがトーヤで、関わりがやや少ない俺は、残念ながら最下位だろう。

 それでも普通に懐かれているから、別に不満は無い。

 トーヤは獣人同士というシンパシーの他、使用武器などの関係で訓練をよく見ているというアドバンテージがあるが、それだけと言えばそれだけ。

 そう考えれば、今回のお土産は調理不要でそのまま手渡せるし、上手くアピールすれば好感度アップになったと思うんだが……。

 トーヤ、もうちょっと頑張らないと、ナツキにとられる――事は無いにしても、『獣耳のお嫁さん』までの道のりが遠くなるぞ?

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