211 果物狩り
「ま、トーヤの結婚談義は棚上げにするとして、問題は梨だよ」
「おう……そうだな?」
ユキの言い分にちょっと不満そうながら、殊更藪を突く気も無いのか、トーヤは少し首をかしげつつ頷く。
「梨がどうかしたのか? 美味しくて良かったね、じゃないのか?」
「もちろん美味しいのは良かった。でも、これまでのパターンから言って、他の果物も見つかるような気がしない? むしろ、見つけよう?」
「無ければ見つからねぇと思うが……まぁ、良いんじゃないか?」
「だよね? メアリたちへのお土産も増えるし」
「………」
賢明なことに沈黙を守るトーヤ。
沈黙は金、雄弁は銀。
その言葉をキミに贈ろう。
「だが、ユキの言い分も判るな」
「お土産、大切だよね?」
「そっちじゃない。エリアの話だよ。肉が多く得られるエリアがあるんだから、採取物に傾向があるパターンもあるかもしれない」
「だよね? 探すしかないよね?」
「私も果物は好きだし、賛成かな」
「甘い物、私も好きです」
当たり前と言えば当たり前。
ハルカとナツキも控えめに微笑みながらも、ユキに同意する。
「そうと決まれば、即行動。探すよ! 果物を求めるあたしの前には、何人も立ち塞がることを許さない! トーヤが!」
「オレかよっ! いや、頑張らせて頂きますけどね!」
ユキにビシリと指を差されたトーヤが、ツッコミを入れつつ、素直に先頭に立つ。
どうこう言いつつも、いつもながら頼りになるトーヤの背中を追って、俺たちは果物狩りを開始した。
◇ ◇ ◇
結論から言うと、最初に入った森に他の果物は存在しなかった。
幸い、梨の在庫はかなり増加したのだが、それだけ。
梨以外の木も生えているのに、果樹は梨だけだったのだ。
だがしかし、ユキの予測は間違ってもいなかった。
探索の結果判ったのだが、11層はおおよそ一辺10キロの正方形で、俺たちの降りてきた階段の正面、10キロほど向こうに同じ様な壁と下へと続く階段があった。
壁は見た目上、左右に延々と続くのだが、実際にはそれぞれ5キロほどのところに見えない壁のような物が存在しており、それによって階層が正方形に区切られている。
この広いエリアの所々には、最初に入ったような森が点在していて、そのうちの2カ所にリンゴとブドウの果樹が1種類ずつ生えていた。
いずれも日本のスーパーに並ぶような立派な物ではなく、リンゴは小ぶりでやや酸味が強く、ブドウはヤマブドウのように粒が不揃いで数も少なかった。
だがそれでも、久しぶりに食べる果物の味に俺たちは喜んで舌鼓を打ち、食べ頃の物は取り尽くす勢いで果物狩りに明け暮れた。
一応、それぞれの森には、まるで果物を守るかのような魔物がいたのだが、果物を求める女性陣の前には、文字通り立ち塞がることはできず、瞬く間に露と消えたのだった。
11層で果物狩りを終え、階段を降りた先にあった12層も、構造は11層とほぼ同様だった。
ここで得られた果物はイチジクとビワ。
女性陣の「もう1種類は!?」との圧力に、すべての森を2度にわたって調査したのだが、結局3つめは見つからず。
時期的な問題かもしれないので断言はできないのだが、多分この階層で得られる果物は2種類なのだろう。
どちらも日本で売っている物に比べると小ぶりで、ビワなどは種子ばっかり大きく、果肉の部分がかなり薄かったのだが、1本の木に実っている数はかなり多く、手間さえ考えなければ量は確保できた。
13層目で見つけたのは柿が2種類にスモモ。
ただし、柿のうち1つは渋柿だった。
見た目はよく似ていて、両方ともやや細長い形なのだが、まるでトラップの如く片方は渋柿。
最初に食べたトーヤが悶絶したので、俺たちは被害を免れたのだが……決して狙ったわけじゃないぞ?
ユキが切り分けた柿に、最初に手を伸ばしたのがトーヤだっただけである。
但し、トーヤ以外の4人が、互いに様子見をしていたのは否定しない。
形が俺の知っている渋柿に似ていて、何となく怪しかったから。
尤も、ほぼ同じ形状で甘柿もあったので、的外れではあったのだが。
違いと言えば、渋柿の方が少しだけ大ぶりな事とヘタの形が微妙に違う事だけ。
見比べなければ気付けない。
ちなみに、渋柿もしっかりと収穫はした。
干し柿にすれば食べられるので。
スモモの方は少し大きめの梅ぐらいのサイズで、名前の通り、なかなかに酸っぱい。
酸っぱいが、俺としては好みの味だったので、喜々として収穫した。
俺以外では、ナツキとトーヤが好み、ユキとハルカは1つ、2つで十分かな、という感じだったので、万人受けするタイプの果物ではないだろう。
14層はラズベリーとブルーベリー。
例の如く、ユキが「もう1種類はなに!?」と探し回ったのだが、結局見つかったのはこの2つ。
ラズベリーは1センチほどで、俺の知っている木苺とさして違いは無かったのだが、ブルーベリーの方は5ミリほどの小ささで、更に種まであるものだから、少々食べづらかった。
ブルーベリーの小ささを考えると、ユキの言うとおり、見つけられていないもう1種類がある可能性も否定できないのだが、見つからない物は仕方ない。
そして迎えた15層。
この階層は少し変化が出ていた。
これまでの階層では、形は同じ正方形で一面が草原、所々に森が点在していて、草原にはグラス・コヨーテが徘徊している、というパターンだった。
そのグラス・コヨーテは一度戦闘になると、広範囲のグラス・コヨーテが連鎖して集まってくる習性があった。
集団に囲まれるため、危険と言えば危険なのだが、ある意味では広範囲の敵が一気に処理できて便利、とも言える。俺たちのように対処できる能力があれば。
だが、15層に降りてすぐに気付いたのは、草原にそのグラス・コヨーテの反応が無いこと。
その代わりに、グラス・コヨーテよりも強い反応が点在している。
「ちょっと注意。グラス・コヨーテ以外がいる。反応としては……オークぐらい」
「オークレベルなら、問題なく斃せそうだが、油断はできねぇな」
「うん。攻撃が当たったら、死ぬ……かもしれないしね」
オークによって俺の腕が粉砕されたのも、今となっては良い思い出――ではないが、良い教訓にはなっている。
レベルが上がったし、装備も更新されているので、今ならば耐えられるかもしれないが、簡単に斃せる事とは別の問題として、攻撃がヒットした場合の怖さというのは、決して忘れるべきでは無いだろう。
トーヤ以外の俺たちって、『当たらなければどうという事も無い』、『戦いは火力だよ!』を地で行っている部分があるし?
そのトーヤだって、分類するならば普通のタンクでは無く、『避けタンク』だろう。
限定された戦場で戦う軍人ならともかく、装備を身に着けた状態で長距離移動する冒険者が、ガチガチに防具で身を固めることなんて、土台無理な話なのだ。
攻撃をガンガン受け止めながら後衛を守るのは、少々現実的ではない。
「今度はどんな敵だ? 強そうか?」
「さて? 防御力とかが見られれば、比較できるんだが……おっ、あれか。牛みたいだな」
遠くに見えたのは、外見的には黒い牛。
似たような魔物は何種類もいるので、魔物事典を一通り読んだ程度の俺には、同定することができない。
できないんだが、【ヘルプ】と【看破】を組み合わせると、案外色々判ったりする。
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種族:ストライク・オックス
状態:健康
スキル:【チャージ】 【蹴り上げ】
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【ヘルプ】で判るのは、名前。
辞典の内容を完全に記憶して自分の物としていれば、【ヘルプ】でもその内容が表示されるようなのだが、俺の頭はそんなに良くない。
【鑑定】の方は、自分でパッと思い出せない情報でも表示される様なので、このあたりが【ヘルプ】に対するアドバンテージとなるだろう。
それに対し、【看破】で判るのは、対象の状態とスキル。
だが、これはあまり当てにしすぎないように注意している。
まず、状態の『健康』。
これ、『健康』、『軽傷』、『重傷』以外を見たことが無い。
それぐらい、見れば判る。いや、見れば判るからこそ【看破】で判るのだろうか?
もし【医術】みたいなスキルでも持っていれば別なのかもしれないが、少なくとも今まで、状態が役に立ったことは無い。
次にスキル。
ここでの注意点は、『【看破】で見えるスキルはほぼ間違いなく持っているが、表示されていないスキルが無いとは言えない』と言うことである。
以前、ハルカがヤスエを【看破】した時と、後からヤスエに教えてもらったスキルが一致していなかったように、取りこぼしがあり得るのだ。
つまり、このストライク・オックスが『実は魔法が使えます』という可能性もあるわけで。
これは結構危険な事で、思い込みで戦闘を開始し、想定外の攻撃を食らう事を考えれば、最初から色々な状況を想定して慎重に戦う方が良いだろうし、【看破】できない敵に遭遇したときの訓練にもなる。
なので、俺は基本的に看破で見たスキルに関しては、ハルカたちに伝えないようにしている。
例外は、魔法スキルとか、特に注意が必要なスキルが見えた場合のみである。
そんな【看破】ではあるが、相手に対する脅威度だけは、間違いなく信用できる。
――神様がそう言ってたし。
実際、戦ってみた感じも【看破】で感じる脅威度とズレがある事は無かったからなぁ。
「名前は『ストライク・オックス』。判るか?」
「鑑定できないと、詳細はなぁ。オレの目じゃ、黒い点にしか見えないし」
「実物を見ないと【鑑定】が使えないのが難点だよな。トーヤが【鷹の目】を覚えたら便利なんだが……って言うか、ユキ、お前は両方覚えてただろ。判らないのか?」
「う~ん、ちょっと待ってね……少し、遠いかなぁ……」
俺の【鷹の目】、トーヤの【鑑定】。そのいずれよりもレベルは低いが、両方を覚えているのがユキである。地味に役に立った【スキルコピー】によって。
だが、覚えているスキルが多いだけに、全体的なレベルアップは遅いのが難点。
今も俺が牛と特定できているのに、ユキの【鷹の目】レベルでは、『4本足の動物』程度にしか見えないようだ。
「あ、近づいてきてる。向こうに気付かれたのかな?」
「この距離で? 牛って、案外目が良いのね?」
「魔物ですけどね。見通しは良いですから、全く視界に入っていなくても襲ってくるオーガーなどに比べれば、おかしくは無いですが」
【鷹の目】を持たないトーヤが、黒い点レベルでも敵を確認できた以上、向こうからこちらが見えてもおかしくはない。
であるならば、襲いかかってくることも十分にあり得る話で、俺の視界にはやる気満々で突進してくる牛の姿がしっかりと入っている。
「あ、見えた。ストライク・オックス、突進に注意、だって」
「言われなくても注意するって感じだけどね、あの様子じゃ」
俺の【看破】でも、【チャージ】のスキルが見えているしな。
だんだんと速度を増しているのか、【鷹の目】無しでも捉えられるようになったストライク・オックスの姿。
その姿は鋭い2本の角を持ち、全身が真っ黒でかなり大型の牛。
頭を少し前に倒して、その角をこちらに向けて突進してきている。
「ここは、オレの出番――」
「あたしに任せて! 『
前に出ようとしたトーヤの機先を制し、ユキが手を前に突きだして叫んだ呪文。
なんだかとても懐かしい魔法である――戦闘中に使うのは。
だが、その結果は以前とは全く違う物だった。
ボギッ、ドガン、ゴキッ、ゴロゴロゴローーッ、ズザザザッ!
あの時は俺の足下にトラップを仕掛けるに留まり、敵には全く無意味だった魔法だが、今回は的確だった。
ストライク・オックスの足先に、ちょうど足がはまり込むような小さな穴が空く。
そこに足を突っ込んだストライク・オックスはバランスを崩して速度そのままに、ぐるりと前方に回転、地面に頭から突っ込んだ。
それとほぼ同時、足の骨が折れる鈍い音に続いて、その首からもなんとも言えない音が響き、その巨体は慣性のまま、ゴロゴロと俺たちの方へと転がってくる。
「うわっっと!」
前に出ようとしていたトーヤが慌てて避けると、ストライク・オックスの身体はそのまま転がり続け、俺たちの横を通り抜けて、少し後ろで地面へと横たわった。
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