212 アイスが食べたい
「わーぉ、見事。死んだ?」
ピクリとも動かないストライク・オックスを、トーヤが剣の腹でパシパシと叩く。
「あぁ、死んだな……」
最初の『ゴキッ』の時点で、ストライク・オックスは索敵反応から消えていた。
予想以上にあっさりと。
「ふっふっふ、ミスをそのままにしない。それが紫藤夕紀」
久しぶりにフルネームを聞いた――じゃなくて。
向上心は素晴らしいし、効果も素晴らしいが……なんだろう、この気持ち? 妙な
「それにしては、随分久しぶりじゃね?」
「だって、馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくる敵なんてあまりいないし、森の中だと足下が見えにくいからねー」
不思議そうなトーヤに、ユキは肩をすくめる。
確かにこの魔法、タイミングが重要で、乱戦になるようだと下手に使えない。
俺たちの方が、くぼみに足を取られる危険性もあるわけだから。
「土魔法には、『
「あれは基本的に、人一人が落ちるぐらいの穴だからね。足を引っかける程度なら、『
基本的に『
それに対し、『
消費魔力は後者の方が圧倒的に多いので、転かす程度であれば前者を使うのは間違っていない。
但し、高速で走ってくる敵の足下に、タイミング良く段差を作るには、かなりの練習が必要だろうが。
「ま、楽に斃せたんだから良いじゃない」
「そうですね。この大きさとあの速さ、受け止めるには厳しいでしょう?」
「だよな。トーヤでも体重差で吹っ飛ばされそうだし」
避けながら戦うか、魔法で対処するか。
ダールズ・ベアーの時もトーヤは吹っ飛ばされてしまったわけだし、重量と慣性はバカにできない。
「トーヤ、この魔物の詳細は?」
「えっと……売れるのは角と毛皮、肉……おっ? なんか『上手くすれば、乳が搾れる』って書いてあるんだが、オックスって、雄牛のことじゃなかったか?」
「そちらの意味で使われることが多いけど、元々は雄牛とは限定されてなかったはずよ」
本来の意味では、水牛なども含め、大きめのウシ科全般を指してオックスと言うらしい。
まぁ、名前はどうでも良いとして、今の問題は――。
「牛乳か……これは、雄牛だな」
ラファンの市場で牛乳は見かけないので、少し期待を込めてストライク・オックスの死体を転がしてみたのだが、残念ながらナニが付いていた。
「いや、そもそも死んでたらダメみたいだぞ? 『死んだ後では不味くて飲めなくなるため、上手く生け捕りにして搾ることが肝要』って書いてある」
「それは……かなり無茶じゃないか?」
牧場にいる牛ならともかく、普通の野牛だって素直に搾らせてもらえるとは思えないのに、魔物相手であれば、『それなんて無理ゲー?』ってものだろう。
「斃すのは簡単でも、生け捕りはさすがに……ねぇ」
呆れたように言うハルカに、トーヤは肩をすくめる。
「だから、『高く売れる』んだと」
そりゃそうだ。
今回はあっさり死んだが、これでも強さは(たぶん)オークレベル。
ラファンの町には、オークを単独で斃せる冒険者がほぼいないことを考えれば、それを生け捕りにして、のんびりと乳を搾る事がどれだけ困難か判ろう物である。
「でも、売るかどうかは別にして、牛乳は欲しいですね。チーズやバターは手に入りますが、生乳は手に入りませんから」
「生乳が手に入ったら、料理の幅も広がるし、お菓子も作れるね! 生クリーム、欲しい! 生菓子! 生菓子!!」
「確かに、生菓子には心惹かれるわね。牛乳が無かったから、他のお菓子にも制限があったし」
「あの、一応、お饅頭なんかも生菓子なんですよ……?」
控えめにそう指摘したナツキの言葉は、ユキによって言下に否定された。
「ナツキ、お婆ちゃんっぽいよ! 女子高生の生菓子って言ったら、生クリームでしょ!」
ユキの言い分は、ちょっと偏見が入っている気はするが、生菓子のイメージが生クリームというのは、俺も否定できない。
ちなみに、ナツキ曰く、干菓子に対する生菓子なので、俺たちが普段口にするような『和菓子』は殆どが生菓子にあたるらしい。
干菓子は落雁や煎餅などになるらしいが、落雁は食べる機会なんてほぼ無いし、煎餅を和菓子と言われても、俺の感覚から言えば『和菓子?』という感じで、ちょっとイメージと違う。
「煎餅が和菓子……間違っちゃいねぇけど、オレもなんか違和感があるなぁ。なんか安いイメージだし」
「高いお煎餅は、結構高いんですよ? 1枚数百円しますし」
「マジで? 手間が掛かるのは解るけどよ……その値段を出すなら、ケーキやドーナツを買いたくなるなぁ、オレは」
ナツキが苦笑しながら言った言葉に、如何にも若者らしいことを言うトーヤ。
そしてそれは俺も同感。
バリバリ、で終わる煎餅よりも、お腹に溜まるドーナツが食いたいし、たまにはケーキも良い。
それに、今の時期ならアイスクリームとかあると嬉しい。
「ちなみに、生乳が手に入ったら、アイスクリームとか作れそうか?」
「アイス……良いわね。バニラは見つけてないけど、抹茶味とかなら問題ないと思うわ」
「良いな、それ! かき氷は飽きた!」
氷は自由に作れるので、トミーに頼んでかき氷器は作ってもらったのだが、残念ながら適当な果物が手に入らなかったので、シロップは砂糖で作った黒蜜的な物だけ。
トーヤの言うとおり、飽きが来ているのは否定できない。
「あと、生乳が手に入れば、アエラさんに生菓子を教えてあげられるね!」
「ですね。以前話したときは、イマイチ理解してもらえませんでしたから。やはり、実物が無いと」
「ホイップクリームを説明しろって言われても、難しいものね」
ホイップクリームの説明か。
白くて、柔らかくて、甘く、とろける。
間違ってはいないが、それでホイップクリームが想像できるとは思えない。
ナツキの言う様な、お饅頭などの生菓子を教えてお茶を濁す方法もないではないが、やっぱりそれはなんか違う気がする。
「そういえばさ、前々から思ってたんだけど、スーパーで売ってる『ホイップ』って、あれ、別にホイップしてないよね?」
「ですね。どう見てもホイップ前ですよね」
「ん? どういうことだ?」
俺はハルカがケーキを作るのを見たことあるので、ユキの言っていることにすぐに思い至ったのだが、トーヤの方はイマイチ解らなかったらしい。
「いや、生クリームの代替品として、少し安く、植物性油脂を使った物が売ってるんだけどさ、それの商品名は大抵『ホイップ』って書いてあるの。ホイップ――つまり、泡立てる前の液体なのに」
「……つまり、原料に製品名を付ける感じか? 挽肉を『ハンバーグ』と名前を付けて売る的な?」
「ふふっ、まぁ、砂糖を入れてホイップすればホイップクリームになるから、ハンバーグよりは近いけど、そんな感じよね」
トーヤの微妙な例え話に、ハルカは笑いながらも頷く。
挽肉にハンバーグと書いたら確実に苦情が出ると思うが、ホイップなら許されるのは不思議と言えば不思議である。
「日本の商品名は、案外そういうのってありますよね。外国だとどんな名前なんでしょうね? まさかそのままって事は無いと思いますが」
「商品名が『泡立て』とか『撹拌』? 斬新ね」
斬新で面白いかも知れないが、売れるかどうかは疑問である。
「しかし、これで上手く牛乳が搾れるようになれば、生クリーム、使い放題かぁ……ムフフッ。夢が広がるよー。生クリームって、買ったら高かったから」
口元に手を当て、目尻を下げて笑うユキ。
俺もアイスクリームとか食べたいから、協力するにやぶさかではないが、実際に絞るとなると、簡単ではないだろう。
「だからこそ、『ホイップ』が売ってるわけだけどね。でも、問題は、どうやって生け捕りにするか、よね」
「ああ。まず、性別確認しないといけないから、今みたいに、出会い頭に殺すわけにはいかないぞ?」
「うっ! せっかく使える機会が来たと思ったのに、いきなりお役御免? あたしの魔法」
「牛乳、欲しいんだろ?」
「そりゃそうだけど~~。ナオ、近づかれる前に性別判定、できない?」
「なかなかに難しいことを言うなぁ? 雌雄の判断なんて」
ライオンとかなら、遠くからでも雌雄が判りやすいが、牛の雌雄は遠くから見分けるのは……難しい。
ホルスタインぐらいに乳房が大きければ遠くからでもよく判るが、ストライク・オックスの場合はどうなんだ?
それに、正面からだとそのあたりがよく見えないし。
「う~ん、それは大丈夫じゃね? 突進前に確認できなければ、一度避ければ良いだけだし。それに、ストライク・オックスって結構イイモノをお持ちですよ?」
「……まぁ、そうだな?」
トーヤが指さしたのは、俺が雄牛と判断したナニ。
横から見れば、遠目でも判る程度に目立っている。
……元気になったら、どれくらいのサイズなんだろう?
「なにを――、っ! セクハラだよっ!」
俺たちの後ろから覗き込んだユキが抗議の声を上げるが、トーヤは平然と応える。
「いや、でも、他に判別方法、ないだろ? これの有無か、乳房の有無以外」
プロなら他の方法でも見分けられるのかも知れないが、少なくとも俺は知らない。
角の有無で雌雄が判定できる動物もいるが、牛は両方に生えているし、多分このストライク・オックスも同じだろう。
「第一、オークのヤツとか、平然と切り落としてるじゃねぇか、解体するときとか」
「あいつら、ブルンブルンさせながら襲いかかってくるからなぁ。真っ正面に立つと、丸見え」
魔物相手に言っても仕方ないだろうが、ちょっと遠慮してくれと。
「それはそうだけどぉ~。ナツキ~、ナオたちがひどい」
「はいはい。気にしないことですよ、ユキ。それは仕舞っちゃいましょうね」
ナツキは泣きついてきたユキを軽く受け流し、転がっていたストライク・オックスの死体を「よいせ!」とマジックバッグに放り込んだ。
500キロぐらいはありそうなのに、ナツキの筋力も随分と上がったものである。
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