208 転移してみる
家に戻って中2日、俺たちは早々にダンジョンへと舞い戻っていた。
理由はボス対策。
面倒くさいリザード・ゾンビが復活する前に、転移ポイントを設置してしまおうという目論見である。
サクサクと魔物を処理しつつ、ダンジョン――避暑のダンジョンへと到達。
きっと誰も使わない名称だから、俺たちぐらいは使ってやろう。
――ダンジョンの入口に、看板でも立てておこうか?
誰も来ないと思うが。
「うん、入口の転移ポイントは特に問題なしだね」
「みたいだな」
しっかりと固めておいたので、掘り返された様子も無いし、反応もあるので壊れてもいない。
問題はダンジョン内、それも石畳の下に埋め込んだ物である。
数日程度では壊れなかったのは確認できているのだが、果たして今も無事だろうか?
「あー、またあの雑魚を蹴散らして走らないと行けないのかぁ~。ナオ、なんとかならねぇ?」
「無茶言うな。空間魔法は難しいんだよっ」
ダンジョンの入口を眺めて愚痴るトーヤに、俺はため息をつきつつ、抗議を入れる。
多少訓練した程度で簡単に長距離転移ができるようなら、もっと空間魔法の使い手も増えている――かどうかは知らないが、難しいと言われているのは伊達ではない。
一応、俺の持っている魔道書の著者は、国を跨いだ転移を可能にしたらしいので、不可能では無いはずだが……著者が見栄を張っているのでなければ。
「あ、ナオ、それなんだけど。マップを重ねて検討してみたら、8層に設置した転移ポイントなら、ギリ行けるかも?」
「マジで?」
「うん。まぁ、入って調べてみようよ」
「そ、そうだな」
できるならそれはかなりグッドニュースだが、ダンジョンの外ではダンジョン内に設置した転移ポイントを感知することは難しい。
俺たちは足早にダンジョンの中に足を踏み入れ、その場で転移ポイントを確認する。
「――お、これは、8層なら行ける、か?」
感知できた反応は3つ。
1つは当然すぐ側にある入口の物なのだが、もう2つほど反応がある。
距離や深さ的に考えて、5層と8層に設置した転移ポイントだろう。
5層の方は感知は可能でも、実際に飛ぶにはちょっと厳しい感じ。自分一人で跳ぶ『
8層の方は1キロを切るかどうかという距離にあり、『
但し全員を運べば、多分俺は、その場で倒れるだろう。
「ユキ、1人、運べるか?」
「えっと……自分一人、『
ユキは少し悩み、申し訳なさそうな表情でそう答える。
「いや、無理する必要は無い。必要は無いが、俺+3人か……倒れたらすまん」
「気にするな! ナオが半日程度倒れていても、徒歩で8層に行くよりは早い」
「ぐっ。なんかその言い方はムカつく!」
事実ではあるが、
笑顔を浮かべてポンポンと俺の肩を叩くトーヤの腹に、ガシガシと拳を叩き込むが、所詮非力なエルフの力。全く堪えた様子も無い。
「まぁまぁ。倒れた場合は、しばらく休めば良いですよ。『
「そうね。その間の見張りは、トーヤが寝ずに引き受けてくれるから」
「え? オレ、交代無し?」
「ナオが倒れるまで頑張るんだから、当然やるよね?」
「……おう、やれと言われれば」
ユキたちに気圧されるように頷くトーヤだが、実際、俺以外に【索敵】が可能なのはトーヤだけ。
安全を考えるなら、俺が寝ている間、トーヤは起きているしかないのだ。
まぁ、仮にギリギリまで消耗しても、半日も休めば回復するだろうし、あまり問題は無いだろう。
「ふぅ……それじゃ行こうか。ユキ以外は俺の近くに」
ユキが俺から少し離れ、他の3人が俺の近くに集まっているのを確認して、俺は魔法を唱える。
「――『
一瞬にして変わる視界。
と同時に、一気に身体から失われる魔力。
膝から力が抜け、崩れ落ちかけた俺を支えてくれたのは、隣に立っていたナツキだった。
「大丈夫ですか?」
「なんとか……。取りあえず座らせてくれ」
「はい」
吐き気まではしていないが、立っているのが辛いほどには消耗している。
心配そうなナツキとハルカの手を借り、壁にもたれかかる姿勢で床に座らせてもらっていると、ユキが俺たちの後を追って転移してきた。
自分一人での転移だったユキの場合、俺ほどには消耗していないようで、転移した瞬間には少しふらついたが、自分の足で歩いて俺の隣に腰を下ろした。
「さすがに、キッツいね!」
「だな。ユキは大丈夫か?」
「あたしは『
「ナオくん、『精神回復』を使いますね?」
ナツキがユキの逆側に座り、俺の手を握って魔法を使うと同時に疲労感が少し薄れるが、それでもしばらくの休息は必要だろう。
とは言え、この魔法、ナツキの魔力と引き換えに俺の回復をしているわけで、俺が完全回復するような使い方をすれば、彼女の方が昏倒する。魔力の総量自体は俺の方が多いのだから。
「ありがとう」
「いえ、気休め程度だと思いますが」
「ユキも必要かしら?」
「う~ん、なんとか大丈夫、かな? 次の階はハルカたちの魔法が必要だし、温存しておいて」
「アンデッド階だからね。あんまりいなければ良いんだけど……」
そこにトーヤが、部屋の中と階段、扉の外を調べて戻ってきた。
「タイラント・フレイム・ボアーはまだ復活してねぇな。ま、安心して休んでくれ」
そう言いながらベッドなどを用意するトーヤに苦笑しつつ、俺とユキは遠慮無くベッドに横たわり、魔力の回復に努めることにする。
そして数時間ほど仮眠を取り、概ね回復したところで探索再開。9階へと向かう。
時間的にはダンジョンに入って未だ半日足らず。
休息は必要になるが、大幅なショートカットによる時間短縮は大きい。
「これで10階に転移ポイントが設置できれば、更に楽になるんだが……」
今回、転移ポイントはちょっと多めに、10個ほど用意していてきている。
全部必要になる可能性は低いが、前回予想以上に探索が進み、足りなくなったのだから、備えは必要だろう。
「入口から10階まで、一気に跳べそうか?」
「判らん。どう思う?」
「う~ん、地図を見た感じだと、位置関係的には何とかなるかな? と思ってるんだけど……」
「やってみないと判らないか」
「うん」
【マッピング】スキルを持つユキの地図はかなり正確だと思うのだが、コンピュータ上で3Dマップが描けるわけでもなし、上下関係を完璧に一致させて、階層を跨ぐ直線距離を把握するなんて不可能だろう。
「でも、石畳の下に埋め込んだ転移ポイントが無事なのは助かったわね。宝箱が消えるように、ダンジョンに吸収されるかと思ったんだけど」
「ダンジョンによっては冒険者ギルドが転移装置を設置したりするようですし、案外大丈夫かも知れませんね。何でもかんでも吸収してしまうなら、そんな物、設置できないと思いますし」
「宝箱は、ダンジョン産だから、か?」
ちなみに、宝箱自体を持ち帰ることもできるし、ダンジョンから出たからといって消えたりはしないのだが、使い道も乏しく嵩張るので、持ち帰るような冒険者はほぼいない。
「転移装置かぁ……どんな仕組みなのかな? 錬金術の本に、そんなの載ってたっけ?」
「少なくとも、錬金術事典には載ってなかったわね。まだ読んでない本に載っている可能性はあるけど……どちらかと言えば、ギルドの秘法とかそんな気がしない?」
「あぁ、解る、解る。それを独占しているから、ギルドに力がある、とかありそうだよな。時空魔法的にはどうなんだ、ナオ? なんかあっただろ、それっぽい魔法」
「それっぽいって、『
あの魔法は、2点間を繋ぐ門を作る魔法で、大量の人や物を継続的に運ぶための物である。
魔法の発動には時空魔法の使い手が必要だし、使用中はずっと魔力を消費し続け、魔力の供給が途切れれば門は消えてしまう。
長期間にわたって、安定的に門を開き続けられる様な物ではないのだ。
「そうなのか……。作れれば便利だと思ったんだがなぁ」
「俺はまだ使えないが、多分、元になっているのは『
時空魔法のレベル的には8。『
「それを使えば作れるのか? 『領域転移』を使って跳ぶのにも魔力消費で苦労してるのに、そんな転移装置ができるのがよく解らないんだが」
「簡単に言えば、口述魔法と儀式魔法の違いって感じだな」
「なるほど、わからん」
うむ、と頷くトーヤに俺は苦笑し、説明を続ける。
「マジックバッグと『
「まぁ、道具を使えばな」
「うん。他にも、井戸から水を汲み上げるにしても、井戸の底まで降りてバケツで水を汲むのと、滑車を付けた釣瓶なり、手押しポンプなりで水を汲む方法なら、道具を使った方が圧倒的に労力が少ない」
「……つまり、儀式魔法は道具を使っているから、効果が高いと?」
「道具だけじゃないが、概ねそんな感じだ」
「イメージ的には、呪文を早口で唱える事と、紙に書き記す事の違い? 間違いが無いのは後者だよね?」
「その分、ほぼ瞬間的に使える口述魔法に比べて、道具を用意したり、儀式を行ったりなどの事前準備が必要になるわけだけどね」
口述魔法と言っても、実際に呪文を唱える必要は無いし、俺たちも唱えてはいないのだが、頭の中で瞬間的に組み上げられる魔法の構成と、魔法陣などで作り上げる魔法の構成なら、確実に後者の方が精密な物ができあがる。
転移魔法で言うなら、例えば100メートル先に石を置きたいと思ったとき、100メートルのメジャーを使えるか、使えないかの違いと思えば近いだろうか。
逆に言えば、自身の歩幅をセンチ単位でコントロールできる上級者なら、口述魔法で儀式魔法レベルのことが出来るようになるのかも知れないが、当然、今の俺には不可能である。
「なるほどなぁ。……ん? それじゃ、攻撃魔法なんかでも、その儀式魔法で準備をすれば、ずっと効果が高くなるのか?」
「いや、使いやすくはなるみたいだが、魔力をそのまま威力に変換するような、単純な魔法はあまり意味が無いらしいぞ?」
比較的単純な攻撃魔法は、使用した魔力がそのまま威力に比例する。
もし、炎の温度を1000度と1100度で使い分けしたい、という必要性でもあれば別かも知れないが、攻撃に関して言えば、それはほぼ無意味だろう。
逆にコンロはその使い分けが必要なので、儀式魔法――つまりは錬金術を使用した魔道具として作製されるのだ。
「儀式魔法を使った攻撃魔法は、昔ガンツさんが見せてくれた、ミスリルを使った弓があったじゃない?」
「……あぁ、そういえばそんな物があったな。売れ残ってたやつ」
トーヤが少し考え込み、ポンと手を打つ。
俺も記憶の彼方って感じだが、確かあれは金貨100枚に満たない、ミスリルを使用した武器としてはかなりのお値打ち品だったはず。
「あれがそれに当たると思うけど、私からすれば実用性、皆無なのよね」
攻撃魔法を儀式魔法にしてあるため、魔法を使えなくても攻撃魔法的な攻撃ができる、ある意味では優れ物の武器なのだが、使用者がかなり限られるらしい。
「あれって、使用される魔力が一定で、威力や速度の調節ができないのよ。それなら、自前で『
「アーチャーとしては、普通の矢も放てる弓に加えて、2つ持つ必要があるのか」
「そういう事」
「つまり、あの弓の対象者は、魔力が潤沢にあって、魔法が使えず、弓は使えて、普通の矢を使う必要がないか、別の弓を持ち歩ける人? かなり限定的なターゲット層ですね」
「そりゃ売れ残るわ……」
ナツキが一つ一つ指を折り、挙げていった条件を聞き、トーヤが呆れたような声を漏らす。
「ま、便利な武器なら、ミスリル製の武器がラファンにまで流れてくるわけないわな」
現に存在している以上、誰か使う人がいたのだろうが、今となっては……買う人、いるのか?
ミスリルの武器としては安くとも、話の種として買うにはちょっと高すぎるし。
多分、作るのはかなり大変だったと思うのだが……不憫すぎる。
「話は少しズレたが、そんなわけで転移装置自体は現状では作れないし、作り方も知らない。一度ディオラさんに話を訊いてみるぐらいは良いと思うけどな」
「そうね。訊くだけならタダだし。教えてくれるかは判らないけど」
たぶん無理でしょうね、とでも言うような表情でハルカが応え、苦笑を浮かべる。
「さて、それよりも今は早く先に進みましょ。時間が経てば経つだけ、アンデッドが増えるんだから」
「だね。それじゃ、トーヤ、先頭よろしく!」
「……りょうか~い。臭いんだよなぁ」
顔をしかめつつもトーヤは文句を言わず、先頭に立って歩き始めた。
だが、幸いなことに9層、10層共に俺たちの前に立ち塞がったアンデッドの数は、予想外に少なく、ハルカたちの『浄化』ですべてあっさりと消え去ることになる。
前回はあまり斃さずに、先に進むことを優先していたため、目的地へ続く通路以外の索敵範囲内には、それなりの数がいるのだが、総数自体はあまり増えていないように感じる。
「3、4日程度じゃ、リポップしないのかな?」
「どうかしら? リソースの問題、かも?」
「それは、ありそうですね。いくら何でも、無尽蔵なんて事は無さそうですし」
ハルカの仮説に、ナツキとユキが納得したように頷くが、トーヤはイマイチ判らなかったようで首を捻った。
「……つまり?」
「8層までの魔物は、ほぼ掃討してきたでしょ、私たち。もし使用できるリソースの量が決まっているなら、ある程度数が残っている9層、10層の魔物を補充するより、他の階層の魔物やボスを補充する方にリソースを振り分けるんじゃない?」
「ふむふむ。召喚ポイントみたいなイメージか。あり得そうだな」
「むしろ、無制限にいくらでも召喚できるなら、俺たちからすれば堪らないけどな」
いくら雑魚でも『数は力』である。
波状攻撃を繰り返されたら俺たちだって危ない。
「ま、好都合ではあるな。斃したい魔物以外を放置しておけば、リポップしやすいって事だろ? お肉、がっぽがっぽじゃん?」
「……そういう見方もできるな?」
転移魔法のおかげで階層のスキップが可能になったのだ。
肉エリア以外の敵を斃さなければ、肉が補充されやすくなる、と。
確かに、俺たちには嬉しい。
「……よし、リザード・ゾンビもいねぇな。そいじゃ、手早く転移ポイントを設置しようぜ」
「だな。よいせっ」
ボス部屋から続く奥の部屋へと移動し、これまで同様、トーヤと協力して転移ポイントを埋め込む。
ここから8層の転移ポイントは結構近くに確認できるので、仮に入口から直接転移ができなくても、8層の転移ポイントからここであれば、そう消耗することなく移動できるだろう。
「よし、オッケー」
「お疲れさま」
「そいじゃ、本日のメインイベント、11層だな」
ニヤリと笑って剣を構えたトーヤを先頭に、俺たちは11層の草原へと足を踏み出した。
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