207 収穫作業
ダンジョンから帰ってきたら数日、休暇を取る。
それが最近の俺たちの行動パターンなのだが、毎度の事ながら、微妙にやることがなくて暇になる。なので――
「やることがないなら、収穫作業でもしませんか?」
という、ナツキの提案に、俺たちは特に反対することもなく頷いた。
「それで、何を収穫するんだ?」
収穫作業は俺とナツキ、それ以外の5人の2グループ。このグループ分けに大した意味は無く、単純にグーとパーで分かれただけである。
人数の多いハルカたちは、すでに種を実らせた、菜の花の刈り取りを担当。
花を楽しめる時期が短いという欠点はあれど、やはりあの肥料は便利である。
逆に言うなら、観賞用の
「私たちは柑橘です。もう収穫できそうな感じになってますので」
「……あぁ、あれか、トゲトゲがいっぱいで、移植に苦労したヤツ」
以前、お茶の木を移植して以降も、有益そうな木に関しては何種類か森から持ち帰って、庭に植えていた。
そのうちの1つが、今ナツキが指さしている柑橘の木。
長いとげの生えている、ちょっと面倒くさい木である。
幸いなことにレベルアップで防御力が上がっているおかげで、突き刺さりはしないのだが、作業中に少々チクチクと鬱陶しかった。
「無事に実が付いたんだな」
肥料をしっかりと与えたのが良かったのか、植え替えた後も弱る様子も見せずにしっかりと花を付け、たくさんの果実を実らせている。
その実は柚子よりも一回りほど小さく、金柑と柚子の中間ぐらいの大きさ。
色はミカンの橙色よりは少し黄色寄り。
持ってみた感じ、皮はかなりぶ厚い。
「食べ応えはなさそうだが……数は多いな」
「ここに剥いた物があるんですが、食べてみますか?」
と言いながら、ナツキが一房、俺の口元に持ってきたので、素直にパクリ。
「――っ!?!? すっぱ! 滅茶苦茶、すっぱ! しかも種がっ!」
何というか、痛いほどに酸っぱい。
多分、レモン丸かじりより酸っぱい。
その上、一房の中に何個もの種が入っているので、何も考えずに噛んだらガリッと歯に当たった。
「ですよね? 私も驚きました」
「道連れか!」
「道連れなんてそんな。好きな人と一緒の経験をしたい。そんな可愛い乙女心です」
「嘘くさい!」
笑顔は可愛いし、台詞だけ聞くと乙女っぽいが、やってることは乙女(?)である。
絶対、自分が酸っぱさに悶絶したから、道連れにしたに決まっている。
「これ、レモン汁とか
「ちょっと厳しいですね。砂糖を使えばジャムなどにできるでしょうが……」
「高いよな、ちょっと」
確か、ジャムに使う砂糖は果物と同量以上。
この柑橘の酸っぱさを考えれば、砂糖の量を50%以上にしないと美味しくないと思うし、このあたりで買えるような、製糖されていない黒糖を使うと、そちらのクセが強すぎてジャムとしては美味しくないだろう。
何より、気軽にジャムを作るには砂糖が高すぎる。
むしろ多少果実が高くても、甘い果実100%のジャムを作る方がまだ安いし、美味しいだろう。
「まぁ、まずは収穫してしまうか。放置しておいても腐って落ちるだけだし」
「ですね。怪我の心配は無いでしょうが、服に穴が空かないよう注意してくださいね? トゲがありますから」
「了解。腕まくりしておく」
普通なら保護するために厚手の長袖を着るところだが、服よりも自前の皮の方が強いというこの現実。
革の服を着れば問題ないのだが、暑い中でそんな物を着るぐらいなら、多少のちくちくを我慢する方がマシである。
そんなわけで俺たちは、手分けして柑橘の収穫に取りかかったのだった。
◇ ◇ ◇
「う~ん、結構たくさん採れたな?」
籠に盛られた柑橘の量は、軽く10キロは超えているだろう。
本来なら腐ることを心配するところだが、そこはマジックバッグで解消可能。
問題はどうやって消費するか、である。
普通に食べて美味しいのなら、知り合いにお裾分けすれば良いのだろうが、残念ながらそういう果実ではない。
「果肉も少ないしなぁ……」
試しに果実を分解してみると、皮と果肉と種、3:2:1ぐらいの割合である。
品種改良されていないからこんな物なのかもしれないが、ちょっと残念な果実だ。
同様に自生しているのに、ドライフルーツにすれば捨てるところが無いディンドルとは対照的である。
「普通に柚子のように使うのが妥当だと思うが……」
「種もこれだけたくさんあると、なんだか捨てるのが勿体ないですよね」
「でも、種に使い道なんか無いだろ?」
「植物によっては、種を煎って食べたりしますよ? ヒマワリとか、カボチャとか。ナッツ類って、基本、種ですし」
「……そういえばそうだな?」
よく考えれば、多くのナッツは種の仁の部分を食べている。
「でも、毒が含まれる種も結構多いですけどね」
「ダメじゃん!」
「いえ、柑橘なら大丈夫でしょう。確か、油が取れたはずです。尤も、効率的に絞っても重量の1割程度しか取れないはずですから、あまり現実的じゃ無いですけど」
「種の回収も面倒だしな」
油なら今ハルカたちが収穫している菜の花があるし、このあたりで手に入るかはともかく、大豆、胡麻、ヒマワリなど、普通に油を搾るのに都合が良く、馴染みのある植物もある。
あえてこの種から搾った油が欲しい、という欲求が無い限り、油を搾る素材としてのメリットは小さい。
「結局、焼き魚に添えたり、鍋物で使ったり、と言う程度か。……消費できるか?」
「アエラさんにお裾分けしましょう。彼女なら上手く使ってくれると思います」
「それが良いか。店で出せば、消費できるだろうしな」
とは言え、アエラさんから特に要望でも無い限り、この木に肥料を撒くのは控えておくべきかもしれない。
どうせならディンドルを植えることができれば嬉しいんだが、無理だよなぁ。
移植はもちろん、苗木から育てることもほぼ不可能――とは言わないが、収穫できるのは俺たちが老人になる頃だろう。
そして何より、近所迷惑すぎる。
あれだけの巨木、日照権云々の考え方は無くとも、街中で育てたら、普通に文句を言われそうである。
他に植えている木から、美味い物が採れることを期待することにしよう。
柑橘の収穫を終えた後は、俺たちも菜の花の収穫へ。
庭の空いている場所に適当に種を
肥料のおかげ(せい?)で、花を楽しめた期間も短かったし。
それでも、最近は常人離れしてきている俺たちが真面目に作業すれば、数時間ほどで収穫は終わり、庭先には大量の菜の花が積み上げられることになった。
「お疲れ様~」
「あぁ。地味に疲れたぜ」
体力はあるはずのトーヤだが、中腰での刈り取り作業はやはり腰に来るらしく、グリグリと腰を回して運動している。
その動きが微妙に卑猥に見えるのは、俺の心が汚れているのだろうか?
「……トーヤ、それ止めなさい」
うん、俺だけでは無かったらしい。
ハルカがちょっと顔をしかめつつ、『
「ぉお、すまん、楽になった」
そう言ってニカッと笑い、回復した腰を強調するように再び動かすが――
スパァァン!
「だから、それを止めろと!」
その動きは、背後からやって来たユキのツッコミによって中断された。
ユキが手に持っているのは……
座禅なんかでお坊さんが持っているアレっぽいものである。
「痛っ! え、なに!?」
トーヤが振り返り、ユキが手に持ってぺしぺしとしている物を見て、目を丸くする。
「ユキ、それどうしたんだ?」
「これ? ハリセンが作れないから代用品」
いや、問題点はそこでは無く。
何で作ろうと思ったのかと聞いたのだが、ユキの返答は「暇だったから」という、あっさりとした物だった。
……まぁ、使い道はあるのだろう。今のように。
「(なぁ、ナオ。オレ、なんかマズかったか?)」
「(おう。腰の動きが卑猥だった。要モザイク)」
「(そこまでっ!?)」
コッソリと聞いてきたトーヤに、俺もコッソリと、しかしスッパリと答える。
男だけなら許されるかもしれないが、お年頃の女性&子供がいる前ではちょっと許されない動きだった。
「ハルカ、私も頼める? ちょっと疲れた」
「了解、一応全員に掛けておくわね」
警策を片付け、背伸びをするユキにハルカは頷き、全員に『
光魔法の使い手が希少な、普通の冒険者から見ればとても贅沢な使い方だろうが、俺たちにとっては日常である。
「さて、次は乾燥だね。ちゃちゃっとやっちゃおう!」
『
量が多いので手分けして乾燥させつつ、トーヤたちが乾燥が終わった物から順番に、種と鞘を分離する魔道具に入れていく。
この魔道具も当然ハルカ&ユキ作で、形状としては綿菓子製造機を縦に伸ばしたような形。
中心部分に菜の花の茎を入れて引き抜くと、ガガガッと鞘を取り外してくれる。
その鞘は細かく砕かれ、鞘と種を分離、遠心分離機のようになっているザルに移り、種はザルの中に、粉になった鞘はザルの外へ。
最後の部分は
「スゴイ道具なの!」
ざらざらと出てくる種の中に手を突っ込み、グリグリとかき混ぜながら、ミーティアが嬉しそうに声を上げる。
「うわ、うわぁ……」
メアリもまた、魔道具に菜の花の茎を突っ込み、よく解らない声を上げながら、興味深そうに中を覗き込んでいる。
「うん、良い感じ。設計通り、かな?」
「鞘の粉が舞い上がるのがちょっと……ですが、手作業に比べれば十分ですね」
「集塵機を付けても良いんだけど、使用頻度を考えると、無駄かな、と思ってね」
「乾燥具合によって、鞘の粉砕や分離にバラツキがあるわね。乾燥機能も統合するべきかしら?」
「う~ん、それなら、ザルでの分離はあんまり必要なかった? あー、でも、ザルの部分でも種と鞘が引っ付いたままのもあるから、あった方が良いのか」
純粋に喜んでいる年少組に対し、製作者たちは多少不満がある様だ。
「普通に使えてるんだから、別に良くね? これ、商品として売るわけじゃないんだろ?」
「そうだよな、俺たち、別に農家じゃないし」
俺たちの現実的な言葉に対して向けられたのは、ちょっと白い視線だった。
「……まあ、そうなんだけどね。これ自体、趣味みたいな物だし」
「でも、趣味だから、色々度外視して、良い物を作りたくない?」
なるほど。理解はできる。
『趣味』と言った時点で、合理性とか経済性は裸足で逃げ出すのだ。
「あぁ、いや、趣味なら好きにしてくれて良いんだ。うん」
「そうそう。オレたちはお前たちが面倒くさくないか、と思っただけだから」
お金の無駄、とか言うつもりは全くない。
むしろ同じ趣味でも、『ガチャで爆死』みたいに、生産性が無い物ではないのだから、ありがたいぐらいである。
「ナツキお姉ちゃん、箱が一杯になるの!」
「はいはい。交換しましょうね」
検討しつつも作業の手は止めておらず、50リットルのコンテナボックスほどの箱が満杯に。
その箱を交換しながら作業を進め、3つめの箱がほぼ一杯になる頃に、全部の処理が終わった。
「結構な量だな……これ、50キロ以上あるよな。このまま搾油機に入れれば良いのか?」
コンテナを持ち上げ、ざらざらと種を揺すりつつ、トーヤがハルカに訊ねる。
「そうね……一応『浄化』っと。普通は、煎るのよね?」
「はい。そのままだと油は出にくいはずです」
「って事は、俺の出番?」
茶葉を作る時、『
「そうだね。まずは1回分、5リットルぐらいでやってみようか」
ユキが大きな鍋に取り分けた菜種を、俺が『
この魔法の良いところは、『対象物を加熱する魔法』なので、ムラ無く加熱できるところ。かき混ぜる必要すら無い。
時々ナツキが種を取り上げ、指で潰して状態を確認。
ナツキのオッケーが出た時点で加熱を止め、搾油機に菜種を移す。
「後はスイッチオンで、超高圧力が掛かるよ。ヘイ、ポチッとな!」
「なんじゃ、そのかけ声!」
ユキの妙なかけ声にツッコミを入れる間もあればこそ。静かに動き出した搾油機が菜種を押しつぶし、黄色くやや濁った液体が絞り出されてきた。
「おぉ、出てきた……」
量としてはおおよそ1リットルぐらいだろうか?
油がほぼ出なくなったところで圧縮は止まり、ガチョっという音と共に、搾油機の下から円盤状の物が転がり落ちてきた。
それをハルカが拾い上げ、コンコン、と叩く。
「これが油かす。だけど……ちょっと搾りすぎかしら?」
「カチカチになってるね? ま、良いんじゃないかな?」
「ですね。不純物が異常に多いわけでも無いみたいですし」
よく解らないが問題ないらしい。その円盤はコンポストに放り込み、搾油を継続。
最終的に搾った油の量は20リットルほどになった。
「後はこれをしばらく静置して、不純物を沈殿、取り除けば菜種油として使えるわね」
「これでやっと、まともな天ぷらが食べられますね」
「あぁ。さすがに野菜の天ぷらをラードで揚げるのは、なぁ」
トンカツであればラードで揚げても気にならないのだが、野菜を使った天ぷらや魚の天ぷらにラードを使うと、ちょっと匂いとか、しつこい感じでイマイチなのだ。
かといって、植物油を買ってくれば良いかと言えば、そうもいかない。
菜の花の種が手に入ったように、菜種油自体は入手できるのだが、これ、基本的には灯火用で、食用じゃないのだ。
おかしな物が混ぜられている事はないだろうが、衛生面では不安がある。
『浄化』やら『殺菌』の魔法でなんとかなりそうな気もするが、気分の問題なので、
「天ぷら? 美味しいのです?」
「ああ。俺たちは好きだぞ?」
海老天やかき揚げ、ナスとかも良いなぁ……。
キスも好きだが、海魚は無いんだよな。
「楽しみなのです!」
「でも、実際に油として使えるにはまだまだ時間が掛かります。ミーティア、待てますか?」
「待てるの! だから、美味しいもの食べたいの!!」
「わ、私も興味あります!」
ぴょんぴょんと跳ねるミーティアに、メアリもまた手を上げて主張する。
そんな2人を、ナツキが優しげな笑みで見る。
「そうですか。それじゃ、楽しみにしていてください。――天ぷらに適した食材、何か探してきたいですね」
そう小さく呟いて考え込むナツキに、俺もまた、他に何か良い物は無いかと、思いを馳せるのだった。
◇ ◇ ◇
沈殿と分離には思った以上の時間が掛かり、菜種油の完成を見たのは収穫から2週間以上経ってのことだった。
しかしそれでナツキたちが作ってくれた天ぷらは非常に美味しく、初めて食べるメアリとミーティアも大喜び。
一般庶民でしかなかった俺には経験が無いが、きっと天ぷら専門店で食べる天ぷらは、こんな感じなのかな、とか思いつつ舌鼓を打った。
ちなみに、俺の収穫した柑橘も、その時に活躍したのだが……まぁ、所詮は脇役。蛇足である。
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