203 続・肉エリア
8層で遭遇したのはリッパー・ヘアーとビッグ・オストリッチ。
かまいたちを飛ばしてくるウサギとデカいダチョウである。
ウサギの大きさはジャンボウサギよりも少し大きいぐらいで、動きもかなり鈍いのだが、視認しにくいかまいたちがなかなかに厄介。
魔力を感知することで多少は把握しやすくなるのだが、慣れないと避けられない。
尤も、威力はそれほど大きくなく、服は切り裂かれてもその下に身に着けている鎖帷子で止まる程度なので、露出している場所、顔などに当たらなければ怪我をするほどではない。
ビッグ・オストリッチは正にビッグ。
元々デカいダチョウに『ビッグ』が付いているのだから、それはもうデカい。
頭の高さは俺たちの遥か頭上で、ダンジョンの天井を擦りそうなほど。
その高さから振り下ろされるくちばしは、床の石を砕く威力があり、高速で走り回りつつ繰り出されるキックは、トーヤであっても下手をすれば蹴り飛ばされる衝撃である。
ただ、幸いなことに群れたりはせず、単独で襲ってくるので、上手く回避して足を狙ったり、首を切り落としたりすると結構簡単に斃せたりする。
『
肉の得られる魔物は魔石以外にも大きな収入になるので、俺たちとしては結構嬉しいのだが、その代わりと言うべきか、この肉階層では、宝箱が一切見つからなかった。
……ま、中身に期待できそうもないし、別に良いか。
◇ ◇ ◇
「さて、図らずも大量の肉が手に入ったわけだが……それも終わりみたいだな」
「ボス部屋ね、たぶん」
8層の最奥部、そろそろ見慣れてきた扉が目の前に現れていた。
「今度は何だと思いますか?」
「これまでのパターンだと、このエリアで出てきた敵の上位種だよね。……ビッグ・オストリッチの上位種だと、ちょっと怖いかなぁ」
ナツキの問いに、ユキがちょっと考えて、苦笑しつつ首を振る。
全く同感である。アレの上位種はちょっと考えたくない。
いや、強さ的には大したことないんだが、アレが更に巨大化したら、逃げ場が無さそうなんだよ。
部屋のどこに位置していても、頭上からクチバシが降ってくるとか、かなりヤバい。
「肉はメチャメチャ取れそうだけど、オレもそれは嫌だな。圧倒的体格差はシャレにならねぇ」
「ウサギは2種類出ているのよね……確率的にはウサギかしら?」
「ピッカウのことを考えると、8層のリッパー・ヘアーの上位種、タイラント・リッパー・ヘアーとかでしょうか?」
「俺としては、猪かな? 強さ的にも」
巨大なダチョウはある意味ボスにふさわしいかもしれないが、それを除外すると、次点ではやはりフレイム・ボアーだろう。
ウサギの上位種がボスというのもちょっと締まらないし、アームドテイル・グリプトの上位種はちょっと難易度が上がりすぎな気がする。
ただでさえ鎧に覆われた尻尾には剣が通らないというのに、あれが巨大化して更に硬くなったら、トーヤの鈍器的な剣でも厳しそうである。
「よし、良いか? 正解は……『タイラント・フレイム・ボアー』。ナオが正解だな」
先頭に立って扉を開けたトーヤが、そう言いながら部屋の中に踏み込む。
部屋の中で陣取っていたタイラント・フレイム・ボアーの体長は4メートルほどで、大きさだけであればダールズ・ベアーに近いのだが、それから受ける威圧感は桁違いに弱い。
その巨体は普通であれば脅威に感じるところなのだろうが、ダールズ・ベアーを斃した俺からすれば、ただ身体がデカいだけにしか思えないのだ。
しかし、フレイム・ボアーの上位種と考えれば、やはりブレスを吐くのだろう――鼻から。
そこは少し注意が必要だな。笑わないように、じゃないぞ?
「最初に足をやるぞ!」
「はい!」
トーヤが左の前足を狙って、タイラント・フレイム・ボアーの左側へ走り、ナツキはその逆側へ。
二手に分かれたトーヤたちのどちらに対処するか、一瞬迷った様子を見せるタイラント・フレイム・ボアー。
そんな敵の鼻の穴めがけて『
「ぎゅわぁぁぁ!!」
「……ちっ、外れたか」
さすがにピンポイントでホールインワンさせることはできなかったが、やはり鼻は敏感なようで、タイラント・フレイム・ボアーは痛そうに叫び声を上げつつ頭を振る。
「痛そう。酷い事するねー。えいっ」
「がうっ!?」
なんか寝言を言いつつ、ユキが俺と同じように『
強制的に叫び声が途切れる。
それと同時にトーヤとナツキによって足に斬撃が加えられ、タイラント・フレイム・ボアーがバランスを崩す。
「タイミングと狙いが甘いのよ。――っ!」
ハルカが使ったのは弓。
タスク・ボアーの目すら射貫くハルカにとって、巨大になったタイラント・フレイム・ボアーの目なんて、巨大な的である。
放たれた矢は右目の中心に突き立ち、その視界を奪う。
「『
下手な鉄砲、ではないが、今度は目を狙って『
更にトーヤとナツキの攻撃により、両前足がほぼ千切れかけているタイラント・フレイム・ボアーが前のめりに倒れ、後ろ足で藻掻く。
「ト・ド・メ!」
ラストアタックはトーヤだった。
手の届く位置に下がってきた頭に思いっきり剣を突き入れる、と同時に、タイラント・フレイム・ボアーはびくりと震え、それを最後に動きを止めた。
「ふぅ。お疲れー」
「デカいだけだったな。ブレスも吐かなかったし」
トーヤが剣を引き抜き、汚れを洗い流してから鞘に収める。
「その余裕が無かったんでしょうね。最初に鼻にダメージを受けて、次が喉。ブレスだけに、息を吸い込んで溜めるという、予備動作が必要みたいだし」
「結構判りやすいですよね、フレイム・ボアーの予備動作は。慣れてしまえば中断させるのも簡単です」
そう言って微笑むナツキは、実際にフレイム・ボアーと戦うときにはブレスを吐かせずに封殺している。
数匹を同時に相手にしていても、予備動作を見逃さずにしっかりとインタラプトしているのだ。
俺たち後衛の場合は、そもそもブレスの届く範囲にいないので、影響が無いし、慣れてしまえばフレイム・ボアーも、タスク・ボアーと大して変わらない程度の脅威である。
「しっかし、また大量の肉が手に入ったな?」
「だね。ブラウン・エイクぐらいの量はありそうだよね」
タスク・ボアー、何頭分だろうか?
ただ、肉はともかく、モツに関して言えば使えるかどうかは微妙。
ハツやレバーはともかく、腸なんかは……無理だよな、たぶん。
「このエリアに来れば、肉に不自由することは無さそうですね。バリエーションも多いですし」
「またアエラさんに料理を教えてもらいましょ。お肉を手土産にして」
解体その他のことは後回しにして、巨大なタイラント・フレイム・ボアーもマジックバッグへ収納し、出現した奥の部屋へと進む。
この部屋は基本的に同じデザインなのか、同じ様な配置で宝箱、魔法陣、そして下へと続く階段が並ぶ。
「さてさて、今度のお宝は何かな~」
「ちょっと待ってください。えーっと……杖……錫杖でしょうか?」
宝箱を調べたナツキが中から取りだしたのは、30センチほどの錫杖。
杖と言っても長さ的に実用的な物ではなく、儀式的な物だろう。
見た目は金属で、その頭には5センチほどの球状の石が取り付けられている。
「『錫杖』。例の如く、詳細は不明」
「微妙に使えないな、【鑑定】さん」
「言ってくれるな。……オレもちょっと思ってるんだから」
「ナツキが持っていたら、もっと使えたのかしら?」
「その疑問も胸にしまっておいてくれ。悲しくなるから」
【鑑定】結果に自前の知識が影響する以上、否定できない事実。
ちなみに、ユキも【鑑定】を持っているわけだが、鑑定が必要な場面に於いて、彼女がそれを主張することは無い。
まさかユキが使ってないとも思えないし、彼女が取れる情報も、トーヤの口にする情報、それ以下なのだろう。
俺としては是非ユキに、トーヤの【鑑定】レベルを追い抜いて活躍して欲しいところだが、得られる情報――書籍等に違いが無い以上、それも簡単では無さそうである。
ただ、スキルが武力に偏っているトーヤに対し、ユキの方は錬金術や魔法関連のスキルも持ち、それに関する書籍なども読んでいるので、長期的に見ればユキの【鑑定】の方が役に立つ可能性は十分にあるんじゃないだろうか?
「ま、同時に鑑定に出せる分、手間が掛からないと考えましょ」
「だな。ギルド的にも同時に依頼する方が良いだろうし」
ラファンで鑑定できないのであれば、別の場所に運搬する必要があるわけで、金貨1枚という鑑定費用は、冒険者ギルドにとってかなりの赤字だろう。
色々なことを考慮しての値段なのだろうが、日本人的には少し申し訳なく思ってしまう。
ちなみに、高価、かもしれないアイテムをギルドに預けることになるので、紛失やら横領、その他の不正など、そのあたりを一応調べてみたのだが、これについてはほぼ心配は無いらしい。
なんと言っても、冒険者ギルドも信用商売。
冒険者の信用を保つために、俺たちに盗賊の討伐依頼を出したように、信用を落とす様な行為に関してはかなり厳しい対応が取られている。
ギルド職員が鑑定依頼品を盗んだり、すり替えたりした場合、全財産没収で解雇、奴隷落ちならまだマシ、逃亡などしようものなら賞金首で『処理』されていた。
ディオラさんなんかを見ていると、結構緩い感じがするのだが、冒険者ギルド、案外闇が深い。
「しかし、このダンジョン、何というか……レベリングには都合が良い感じだよね?」
「――? どういうことだ? 大して強い敵は出ねぇし、あんま稼げねぇ。――ピッカウは美味いし、このエリアは肉が得られるけど、レベルは上がらねぇだろ?」
ユキの言葉に、トーヤが首を捻って疑問を呈す。
だが、それは一面的な見方だろう。
「それは俺たちにとっては、だろ? 1層毎にだんだん敵が強くなるし、俺たちにとっては大した稼ぎじゃ無くても、敵の強さからしたら妥当だし、暮らせる程度には稼げるじゃないか」
「ルーキーのレベリングには便利そうよね」
「出てくる敵の種類も良い感じですよね。2層までは弱い敵、次のエリアは武器を使う敵、このエリアはあまり強くない魔法を使う敵。堅実に進んでいけば――」
「良い感じにレベルアップできるって事か。うーむ、なーんか、作為的な物を感じねぇ? レベリングにちょうど良いダンジョンが、都合良く近くにあるとか」
トーヤが口をへの字に曲げ、渋そうな表情を浮かべる。
恐らくトーヤの言う作為とはアドヴァストリス様の、ということだろうが、ハルカは小首をかしげて反対の意見を出す。
「逆じゃない? 『転移した近くに都合の良いダンジョンがあった』ではなくて、『都合の良いダンジョンがあったから、ここに転移させた』んじゃない? アドヴァストリス様、チートは認めなくても、さりげない事前のフォローはしっかりしてるし」
「まぁ……そーゆーところ、あるよな」
所持金
比較的安全な地域で、魔物も少なく、努力すればなんとかなる範囲。
『チートだ、やっほい!』とはいかなくても、俺たちみたいに力を合わせることで、比較的安全に、裕福な生活ができているわけで。
「つまりこのダンジョンは、将来へのキャリアパスか? より強くなりたければ、ここで鍛えろ、と」
アフターフォローもバッチリ?
話ができるなら聴いてみたいところである。
だがトーヤはイマイチ納得できないようで、首を捻る。
「それにしちゃ、入口までの道のりが、なかなかに険しかったと思うが」
確かに、ルーキーが近づくには厳しい場所である。
このダンジョンまで来られるのなら、少なくともこの階層までは殆ど苦労することが無いだろう。
ついでに言うなら、最初1層周辺に住み着いていたゾンビやスケルトンはそれなりに強い物が混じっていたので、レベリングを行う相手としては不適当。
尤も、あれらはこのダンジョンの魔物とは少し違った様で、他の魔物とは違い、時間が経っても復活している様子は無い。
「そこは、さすがに全部の条件を満たす場所は無かった、って事じゃないですか? レベリングを考えるなら、適当なダンジョン町でも良かったのかもしれませんが、治安を優先してくれたとか、そんな感じじゃないでしょうか」
確かに、冒険者の集まるダンジョン町――迷宮都市とか、治安が悪そうである。
考えてみれば、ラファンで危険な目にあった事って無いんだよなぁ。
ちょっと治安が悪いと言われる俺たちの家があるあたりでも、スラムという感じでは無いし、スリやチンピラも見かけない。
ディオラさんとか、シモンさん、ガンツさんとか、結構、良い人も多いし、街中やギルドで絡まれることも――元クラスメイトを除けば無かった。
――ろくでもねぇな、元クラスメイト。
それに、俺たちは冒険者になったが、必ずしも冒険者になりたい人ばかりでは無いだろうし、それを考えれば冒険者にならずとも、何とか生きていけるラファンは良い場所なのだろう。
うん。そう考えればアドヴァストリス様の場所選択は間違ってない気がする。
これは、もうちょっと、お賽銭を奮発するべきかも?
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