204 腐肉エリア

「ま、アドヴァストリス様の思惑は判んねぇから、それはいいや。どうする? 日数的にはまだ余裕があるが、先に進むか?」

 『こっち置いといて』的なジェスチャーをしつつ、トーヤが階段を指さす。

 帰還するのであれば、ちょうど帰還用(と思われる)魔法陣があるわけだが、家を出て、まだ1週間も経っていない。

 メアリたちに少し長くなると言っているのだから、まだまだ余裕はあるわけだが……。

「このエリアの敵は、訓練相手としては適していると思いますが……」

 倒す事だけを考えるなら雑魚なのだが、縛りプレイ的に『武器だけ』とか、『得意な魔法を使わない』とか、制限を付ければ十分に訓練相手になる。

 それにこれなら、危なくなれば縛りを無くして対処できるので、危険性も少ない。

「でも、問題はあんまり残ってない事よね」

「そうだな。基本的には殲滅しながら降りてきてるからな」

 タイラント・ピッカウの事を考えれば、1ヶ月以内にはリポップするのだろうが、今、上に戻っても、あまり残ってはいないだろう。

「じゃ、進むしか無いじゃん? 行こう、行こう」

「ま、そうなるよな。けどちょっと待て。転移ポイントを設置しておこう」

「おっと、そうだったな。そいじゃ、今回も頑張るか」

 前回と同様、俺とトーヤで石畳を剥がし、転移ポイントを設置。

 元に戻してチェックすれば……問題なし。

 あとついでに、前回設置した方もチェックすれば、こちらもオッケー。

 数日程度で使えなくなったりはしなかったようで、一安心である。

 そして、トーヤを先頭に再び歩き出した俺たちは、9層への階段を降りたのだが、その先にあったのも8層同様に、石造りのダンジョンだった。

「……代わり映えしないね」

「そうだな。言われなければ違いも分からないな」

 ユキの言うとおり、変化の無い光景で、ちょっと退屈である。

 だが、トーヤは少し違ったようで、顔をしかめて口を開いた。

「いや、クセぇぞ、ここ。お前たち、臭わねぇか?」

「……言われてみると、何か臭うわね?」

「何かっつーか、アンデッドだろ、これ」

 言われてみれば、微かにそんな臭いがしないこともない……か?

「そうなんですか? 私には判りませんが……」

「あたしも全然……」

 人間であるナツキとユキには、全く感じられないらしい。

 やはり嗅覚に関しては、獣人であるトーヤが頭抜けているようだ。

「アンデッド階か。ちょっと面倒だな……あっ、確かに臭う」

 部屋の扉を開ければ、アンデッド特有の臭いが微かに鼻についた。

 ハルカもまた苦い表情を浮かべているところを見れば、やはり先ほどよりも強く臭いを感じているのだろう。

 対してユキとナツキにはまだ感じられないようで、首を捻っている。

「ちょっとズルい気はするが、この階層は積極的に光魔法を使って、早めに先に進まねぇ? 結構キツいんだよ、アンデッドの臭い」

「私たちの魔力とアンデッドの量次第だけど、反対する理由は無いわね」

「私も賛成です。近づかずに済むなら……」

 鼻の良いトーヤは当然として、前で戦う事の多いナツキもアンデッドの臭いには悩まされていたのだろう。

 まぁ、ゾンビなんて腐ってるわけだからなぁ。

 ダンジョンの外や1層で戦ったときも、ゾンビ優先で魔法を使って斃していたし。

 強さ的にはスケルトンの方が厄介なんだが、あちらは臭わないので、ある意味で対処しやすいのだ。

「うん。それじゃ、この階層はその方針で行こう!」


    ◇    ◇    ◇


「ボス部屋だな」

「だな」

 9層、そして10層は早かった。……いや、早く終わらせた。

 出てくるのは基本的に雑魚のゾンビとスケルトンのみ。

 1層で出てきたスケルトン・ナイトすら出てこない。

 初めてアンデッドに遭遇する冒険者であれば、対応を学ぶ良い機会なのかもしれないが、俺たちにとってはすでに慣れた敵。

 物理攻撃でも斃せるように、属性鋼の武器だって持っている。今更学ぶも無い。

 故に、ハルカとナツキの『浄化ピュリフィケイト』を容赦なく奢り、合間合間で俺とユキの魔法を挟んで、とにかく速度優先で探索を進めたのだ。

 幸い、アンデッド階層は短かったようで、わずか2層でボス部屋まで到達したわけだが、やはり問題はどんなタイプのボスか、である。

「やっぱボスもアンデッドだよなぁ。ゾンビ系じゃなけりゃ良いんだけどよ……」

「それは儚い希望、ってヤツじゃ無いか? これだけゾンビが出てきてるんだから」

「はかないか……オレとしては『吐きたい』だが」

「そりゃ『吐かない』だ! 下らんツッコミを入れさせるな!」

 ――いや、吐きたいは俺も同感ではあるんだけどな。

 ゾンビの臭い、きついし。

「素敵なシャレを聞かせてくれたトーヤには、ボス部屋の扉を開ける権利をプレゼントしましょう」

「いや、その権利、貰わなくても、いつも開けてるよな? 別に良いんだけどさ」

 ハルカの言葉にトーヤは苦笑しつつ、素直に扉に手を掛け、開ける。

 それと同時に目に飛び込んできたのは、巨大な爬虫類の姿。

 そしてもちろん、腐っている。

「なっ!?」

「まさか、ドラゴン・ゾンビ!?」

 いくら何でもレベル差ありすぎ、と叫んだ俺に、トーヤは一瞬沈黙して、言葉を続けた。

「――いや、安心しろ。リザード・ゾンビだ」

「安心できる敵なのか!? ――って言いたいところだが、安心した」

 初見、かつ初耳の魔物だけに、普通なら安心材料は何も無いのだが、いくら何でもドラゴン・ゾンビよりも強い敵って事は無いだろう。

 大きさ的には6メートルほどはあり、やや不格好な西洋竜という感じなのだが、ドラゴンではなくリザード――つまりはトカゲらしい。

 腐敗具合はなかなかに酷く、下手すると戦っているうちにリザード・ゾンビがリザード・スケルトンにクラスチェンジしそうな感じである。

「ち、近づきたくねぇ……」

 鼻を押さえて扉の前から後退るトーヤに、ユキもまた同意するように頷き、その場所を譲る。

「同感! って事で、ハルカ、ナツキ、お願い!」

「「了解(はい)。『浄化ピュリフィケイト』!」」

 扉を開けた俺たちに向かって、ゆっくりと動き始めたリザード・ゾンビに対し、2人から魔法が飛ぶ。

 この世界のダンジョンに『ボス部屋の中に入らないと攻撃できない』みたいな、不思議システムは存在しないので、攻撃手段さえあれば扉の外からでも自由に攻撃可能なのだ。

 その代わり、ボスの移動制限みたいな物も無いみたいなのだが、このリザード・ゾンビの体格では、扉を通ることは難しいだろう。

 2人分の『浄化』に晒され、その身体の端から少し消滅していくリザード・ゾンビだが、それでもズリズリとこちらへと近づいてくる。

「結構、消耗するわね」

「ですね。魔力的には少ししんどそうですが……一気に決めましょう」

 他の魔法と同様に、『浄化』に関しても使用魔力と威力は比例している。

 普通に使えば洗濯物も『そこそこ綺麗に』って感じだが、2倍ほど魔力を注ぎ込めば『驚きの白さに!』って感じになる、らしい。

 そしてそれはアンデッドに使用する場合も同じ。

 雑魚のゾンビ相手であれば、普通に使っただけでほぼ一瞬で消滅するのだが、ちょっと強いアンデッドの場合、魔力を多めに使わなければ消滅まで時間が掛かる。

 当然今回の場合は普通より多めに魔力を注ぎ込んでいるはずだが、それでも動ける程度にはリザード・ゾンビは強かったようだ。

 だがそれもハルカたちの魔法を跳ね返すほどの物では無い。

 ハルカたちが改めて魔力を注ぎ込んだのか、その消滅速度は一気に上がり、結局リザード・ゾンビは、元の場所から2メートルも移動することもできずに消え去ることになる。

 そして、その後には少し大きめの魔石が1つ、地面に転がるのみであった。

「ふぅ……ちょっと疲れたわね、あのサイズのアンデッドは」

「体感的には3分の1……いえ、4分の1ぐらいは魔力を消費した感じです」

 ハルカとナツキはそう言って、共に息を吐く。

 1の魔力を5回消費するより、5の魔力を1回で消費する方が疲れるので、大量の魔力を使う魔法って、結構しんどいんだよなぁ。

「あのレベルだと、連戦は無理か」

「綺麗に対処できるのは2匹まででしょうね。頑張れば1人でもなんとかなると思うから」

「なるほど~、3匹以上出たら、トーヤが腐肉にまみれるわけかぁ。ガンバ!」

 笑顔でサムズアップするユキに、トーヤが驚愕の表情を浮かべて自分を指さす。

「オレだけ!? ユキ、お前だって対処できるだろ!?」

「さすがに小太刀では厳しいよ、あのサイズは。下手に『火球ファイアーボール』とか使ったら、きっと腐った肉とか、汁とか飛び散るよ?」

「うっ……」

 その光景を想像したのか、トーヤだけでなくハルカたちもまた顔をしかめる。

 『火球ファイアーボール』って、着弾した後で爆発するから、ユキの言い分は決して間違ってないのだ。

 『火矢ファイア・アロー』だとそれは無いのだが、逆に貫通力が高すぎて、あのリザード・ゾンビだと、多少身体に穴が空いてもどれほど効果があるのか、という疑問が。

 ついでに言うと、ゾンビは燃やすと臭い。

 故にこのエリアでも、ゾンビの対応は基本的にハルカたちの『浄化ピュリフィケイト』、スケルトンは俺やユキ、たまにトーヤが処理する役割分担をしていたのだ。

「俺もそれは同じだしなぁ。『聖火ホーリー・ファイア』を使えるまでは、トーヤ頼み?」

「いや、お前の武器は槍だろ! もちろん手伝ってくれるよな!?」

 ガシリと俺の肩を掴むトーヤに、俺はニッコリと微笑みを向ける。

「おっと、トーヤ。魔石が落ちているぞ。回収しないと」

「いや、なに、そのわざとらしい笑み!」

 トーヤの横をするりと抜けて、床の上から魔石を回収、奥に出現した扉へと向かう。

「いやー、良かった良かった。これできっと、アンデッドエリアも終わりだなぁ」

「返事、返事は!?」

 何やら後ろから声が聞こえる気がするが、きっと気のせいだろう。

 扉を開けて中を覗き込むと、そこには予想通りの部屋があった。

「やったな、トーヤ。宝箱だ!」

「やったっつーか、パターン通りだろうが! ……はぁ。もう良い。その時になったら突っ込ませてやる」

 おっと、トーヤが何やら不穏なことを口にしている。

 大型のゾンビが出てきたときには、背後に注意せねば。

「まぁまぁ、トーヤくん。その時は私たちが頑張りますから。ね? ナオくんも冗談ですよね?」

「おう。程々に頑張る」

「なら良いけどよー。結構キツいんだぞ? 獣人的に」

 ナツキに宥められてはそれ以上言えなかったのか、トーヤはため息をついて肩を落とした。

 ま、俺も冗談だったし。

 でも、ゾンビと接近戦をしたくないのは本当なので、できるだけ早く『聖火ホーリー・ファイア』を使えるように努力しようとは思う。

「エルフ的にも結構キツいし、消臭マスクでも作った方が良いかしら?」

「ん? そんなのがあるのか?」

 やはり臭いの問題は結構深刻だったのか、興味を惹かれたトーヤがハルカに聞き返した。

「確かあったはず……よね?」

「うん。あるよ。ガスマスクみたいな密閉タイプじゃなくて、普通のマスクみたいな感じだから、どれだけ効果があるのか判らないけど」

 魔道具と言うほど大層な物ではないようだが、きちんと本に載っているらしい。

 実質はマスクと言うよりも消臭スプレーみたいな物で、それをマスクとか布に染み込ませ、口元を覆って使用するようだ。

「製作希望! 是非、是非に! 作ってくれるなら、材料費、オレの金で出しても良い!」

「それぐらいは共通費で出すけど……わかったわ。近いうちに作っておく」

「さんきゅー! ハルカ、愛してる!」

「はいはい、ありがと」

 ハルカは軽く手を振って苦笑を浮かべ、わざとらしくハグしようとしたトーヤを避けて、宝箱を調べていたナツキの元へ。

「ナツキ、何が入ってた?」

「ランプ、ですね。これが高ければ良いのですが……単なるランプということはないと思いたいです」

 見た目はごく普通のランプなのだが、初回討伐報酬と考えるなら、少し期待したいところ。

 普通のランプだと、魔法がある俺たちには使い道が無いし。

「このエリアは外れだったからねー」

「稼ぎ的には、かなり悪いな。得られるのは魔石だけ。それもそう高くない」

 魔石以外に、肉や毛皮などが得られた上のエリアとは対照的である。

「宝箱もなぁ。あんま見つからねぇし」

 9層と10層で見つけた宝箱は3つ。

 数が少ないが、これはマップを埋めることよりも、先に進むことを優先した結果である。

 探し回ればもっと見つかるのかもしれないが、中身があまり期待できない宝箱のために、アンデッド退治はやりたくない、というのが俺たちの共通認識である。

「さて、そろそろ一度帰るか? もうちょっと日数的には余裕があるが、転移ポイントも、もう残ってないし」

 今のところ、石畳の下に埋めるという方法は有効なようで、ここからでも8層と5層の転移ポイントが確認できる。

 本来であれば、ここにも埋めておきたいところだが、残念ながら手持ちが無い。

 ここは一度戻って、転移ポイントをいくつか増産すべきだろう。

「失敗したわね。もう1つあれば、アンデッドエリアをスキップできたのに」

「それは仕方ないですよ。予想以上に進んでしまいましたし」

 具体的にはアンデッドエリアのせい。

 9層10層にいたのがアンデッドでなければ、ゆっくりとマップを埋めて、8層の魔法陣で帰還していたことだろう。

「帰るのは良いけど、取りあえず、11層を覗いてからにしねぇ?」

「そうね。罠は最初だけだったみたいだし」

 あれから何度か階層を跨いでいるが、幸い、通路が崩れるような罠には遭遇していない。

 それに万が一、閉じ込められるようなことがあったとしても、今ならば8層の転移ポイントがあるので、そこへ転移が可能であり、あまり問題も無い。

 先頭に立って歩き出したトーヤの後を追い、俺たちもまた階段を降りる。

 だが、11層へと続く階段はこれまでと少し様相が異なっていた。

 これまでの階段は真っ直ぐに階下へと続き、さほど長さも無かったのだが、今度の階段は少し曲がっている上に少々長い。

 これまでの階段が、デパートの1階分を降りるイメージだとすれば、今度の階段は神社の階段。昔の体力でこの階段を上れば、ちょっと息切れするような長さである。

「……おや?」

 やがて見えてきた、階段の先から差し込む光。

 その光に導かれるように進む俺たち。

 そして、その光の先に広がっていたのは――草原だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る