S017 トーヤの日常 (1)

 ダンジョン探索の合間の休息日、オレは一人、街中へと足を運んでいた。

 一応、ナオも誘ったんだが、「しんどい。寝る」と言って断られてしまった。

 ま、ハルカたちとなんか作ってたみたいだし、仕方ねぇか。

 平時でも色々とやることがあるメンバーに対して、オレって戦う事しかできないからなぁ。

 生産系と思って取った【鍛冶】スキルも、トミーの登場でほぼ無意味になったし。

 保存庫に詰め込むための鍋が必要数揃った今となっては、たまに追加で作る程度で、あとは完全に趣味の領域。

 難しい鍛冶製品を作るときには、全くお声が掛からなくなってしまった。

 プロに発注するだけの資金的余裕もあるし。

 ちなみにオレが最近作っているのは、手裏剣。

 トゲトゲが付いてる奴じゃなくて、棒手裏剣の方な。

 理由は単純。

 使えたら格好よさげだから!

 サッと引き抜いて、シュパッと投げたいとか、男が10人いれば、11人が思うぐらいに当然のこと。

 武器屋に行けば、普通に投げナイフとか売ってるんだが、ちょっと無骨な感じの棒手裏剣が良い。

 作る方は当然として、投げる方もコッソリ練習している段階なので、お披露目されるのはまだ先だろう。

 結構難しいんだよなぁ。

 重心とか考えねぇと、的に当たるとき、刃じゃなくて尻の方が当たることになるから。

 トミーに頼めばサクッと作ってくれるんだろうが、趣味だから問題ない。

 試行錯誤するのが楽しいのだ。

 だが、そんな趣味も今日は休み。

 程々にやるのが飽きないコツである。

「さってと、どこ行くかな……」

 遊びに出てきたは良いが、ラファンの町に遊ぶようなところなんてほぼ無いんだよなぁ。

 ピニングあたりなら劇場もあるみたいなんだが、オレはあんま演劇に興味ねぇし。

 もっと庶民的な、寄席みたいな物があれば、行ってみたい気もするが、残念ながらそれも無いし、大道芸的な物も無い。

 じゃあ、この町の庶民の娯楽は何かと言えば、『飲む、打つ、買う』。

 飲むは……無しだな。

 エールもハルカたちに冷やしてもらえれば、それなりに飲めるが、『飲める』だけで飲みたいわけじゃねぇし。ワインなんかも同様。

 『酒を飲めるオレ、大人でカッコイイ』とか思わなけりゃ、普通にジュースを飲んでた方が美味い。

 酒じゃなくて自分に酔うとか、逆に格好悪いし。


 打つ――賭博場はオレたちの家があるエリアにあるらしいんだが、行った事はない。

 ポーカーや麻雀など、それ自体がゲームとして楽しめるギャンブルならともかく、ゲーム性なんか期待できないタイプの物みてぇだし、素人が金を増やせるとも思えないからな。

 親が絶対に勝つのが賭博場なんだから。


 買う。これは正直興味ある。

 人類最古の商売などと言われたりするだけのことはあり、ちょい田舎のラファンにも色街はあるのだ。

「……よし、行ってみる、か?」

 ハルカには行くなと言われてるが、男だもの、仕方ないよな?

 ちょうど、ナオもいねぇし。

 地味に真面目だからなぁ、アイツは。

 ハルカに行くなと言われたら、誘ったところで行こうとはしないだろう。

 エルフになったせいか、微妙に性的欲求が弱いようにも思えるし?

「これも経験だよな、経験」

 何かに言い訳しつつ、オレは首を捻る。

「しかし……どうすりゃ良いんだ?」

 当たり前だが、日本にいたときに風俗に行ったことなんか無い。

 高校生だったし。

 困ったときのディオラさんも、さすがにこれは訊きづらい。

 普段から冒険者を相手にしているだけに、案外、あっさり教えてくれそうな気もするが、確実にハルカたちに伝わる。

 相談相手として適当なのは……トミー?

 いや、アイツ、ドワーフだしなぁ。

 ガンツさんは妻帯者だし、シモンさんは……すでに枯れてそうだな。

 他にも数人程度は名前を知っている程度の男はいるが、シモの相談をできる様な相手じゃない。

「かと言って、いきなり飛び込みで入るのはなぁ……」

 『誰でも良いからヤらせろ!』的に切羽詰まってるわけじゃねぇし、オレにも好みはある。

 金を払って苦行を味わいたくはない。

「取りあえず、行ってみるか、色街に」

 ここで考えていても埒は明かない。

 現地に行けば何か考えが浮かぶかと、オレは色街のあるエリアへと歩を移した。


    ◇    ◇    ◇


「ほう、ほう、ほう!」

 家で昼飯を食べて出てきたので、今の時間帯は昼過ぎ。

 色街のプライムタイムとはズレているのだろうが、営業は始まっている様子。

 いろんな娼館が並ぶ中、それらを物色しながら街を歩く。

 色街、近くを通りかかることはあっても、実際にじっくりと見るのは初めてなんだよな、女性陣の視線があったから。

 並んでいる娼館の種類は大まかに分けて3種類。


 1つ目は、一見すると飯屋のようにも見える娼館。

 だが、明らかに飯屋とは異なる点がある。

 まずは席数に対して、ウェイトレスの数が不自然に多い。

 更に、同じ建物に個室が併設されている。

 これは微睡みの熊亭の様な、酒場と宿が一緒になった所も一緒なのだが、酒場の部分に長時間居座っている客がいないところが大きな違い。

 短時間で出てくるか、女の子と一緒に奥に消えるかの二つ。

 酒場の部分は一種の待合室的なエリアなのだろう。


 2つ目は、娼館っぽい娼館。

 間口が広く、外から見える場所に綺麗なお姉さんたちが並んで座っている。

 ――いや、正直に言うと、綺麗なお姉さんも混ざっている、と言うべきか?

 もちろん、好みはあると思うが……うん。

 容姿やプロポーションにバリエーションがある、とだけ言っておこう。

 このタイプの娼館は店先での客引きもしているので、一番華やかさはあるな。


 そして最後、3つ目の娼館は、一見さんお断りとでも言うような、店構え。

 まず中が見えない。

 暖簾、と言うとちょっと生活感ありすぎか。

 扉は開いているのだが、そこには薄絹のような物が垂らされていて、風が吹いたときにチラリとだけ中が見える。

 その加減が上手い。

 娼婦の顔が見えるか見えないか。正にチラリズム!

 何となくだけど、お姉さんたちのレベルも高そうに見える!

 だが、ここで何も考えずに入るのは素人――いや、オレは素人だが、ちょっと考える素人なのだ。

 一度引き返し、色街の入口付近にある(ごく普通の)酒場へ入り、適当な飲み物を注文する。

 告げられた値段はちょっと高めだが、これも情報料。

 素直に払い、一口飲んでから、カウンターの向こうにいるオヤジに声を掛ける。

「オヤジ、ちょっと聞きてぇことがあるんだが、良いか?」

「おう、構わねぇぜ。つっても、聞きたいことぐらい解るがな。ここに来る奴の目的なんざ、一つしかねぇ」

「そうか? ……まぁ、そうだよな」

 ニヤリと笑う親父の言葉に、思わず納得。

 酒が飲みたいだけなら、わざわざこんな場所に来るわけがない。

 色街の傍で店を開いているオヤジなのだ、そこに如何にも慣れて無さそうな奴(オレのことである)が入ってくれば、何を訊くかぐらいすぐ判るか。

「まずは一番手頃なタイプ。『飯屋』って奴だな。値段は大銀貨数枚からだが、あんま期待するな。場合によっちゃ、入れさせてもくれねぇぞ?」

 『飯屋』の名前通り、オレが1番目に挙げたタイプの娼館。

 簡単に言えば、手や口で簡単に処理されて終わり、とかもあるらしい。

 そのへんは値段と容姿次第、だとか。

 年増や容姿に劣る場合にはサービスが良く、容姿に優れて若い場合は、サービスが悪いと、そんな感じらしい。

 さすが商売、経済原理だな。

「たまにそのへんでトラブる奴もいるが、下手なことはやめておいた方が良いぜ? 怖い兄ちゃんが出てくるからな。揉めたくなけりゃ、買う前にきっちりやる内容を決めて、値段交渉しておくんだな」

 慣れた人間は回数やプレイ内容、時間などを決めてから買うらしい。

 その基本の交渉方法も教えてくれたんだが……初心者にはハードル高ぇな、おい。

 さらに頼んでも無いのに、『飯屋で腹を満たしてこい』って下品な冗談まで教えてくれた。

 意味は何となく解るが、使う機会なんかねぇよ!

 仮にナオにでも言って、それがハルカたちにばれたら、オレの命がヤバい。

「2番目は普通の『娼館』だな。外からでも女が並んでるのが見える店があっただろう? その中から気に入った娼婦を指名するんだ。こっちは金貨数枚からだな。ちょい高いが、おめぇみてぇなひよっこはこのへんからがお勧めだ。慣れてなくても、上手いことやってくれるからな。ほぼハズレもねぇし、病気なんかの心配もねぇからな」

「さっきの飯屋だと危ねぇの?」

「安いからな。客のレベルもそんなもんだ」

 うん、無しだな。

 オレの【頑強 Lv.5】があれば、性病にも対抗できるかも知れないが、できなかったときがヤバい。

 ハルカかナツキ、どちらかに治療を頼むとか、どんな罰ゲームかっての。

 かと言って、怪しげな医者に行くのも、薬を使うのも怖すぎ。

 ナオが治癒をできるようになれば、ある意味解決だが、今のところ、光魔法を覚えるつもりは無さそうなんだよなぁ。

 ま、当然っちゃ、当然だが。

 すでに2人使い手がいるんだから、そんな時間があれば別の訓練をするわな。

「最後は、『青楼』だな。中の見えない娼館があっただろう? 言うまでも無く一番高級な娼館だ。最低でも金貨10枚から。おめぇにはチョイと手が出ねぇだろうが」

 オレの外見をじろじろと見て、肩をすくめるオヤジだが……いや、払えるよ?

 10枚ぐらい……いや、10枚から、か。一応、50枚ほどは持ってきてるし。

 けど、これを1回で使っちまうのは、さすがにヤベェよなぁ。

「サービスも女の質も文句なしだが、問題はやっぱり値段だろうな。ただ、その価値はあるってぇ話だぞ?」

「ちなみに、獣人はいたりするか?」

「青楼にか?」

「いや、娼館も含めて」

「いねぇだろうな。獣人のほとんどいねぇこの町じゃ、商売するには厳しいからな」

 差別は無くとも、性的対象としては忌避する人が一定数いるんだとか。

 よく解んねぇけど、外国人相手みたいな感じか?

 オレなんか、もし日本に獣人のいる風俗があれば、喜々として通ったと思うが……実在する世界だとそんなもんなのかもな。

「なんだ、おめぇは同族じゃねぇと興奮できないタイプか?」

「いや、そんな事はねぇけどよ」

「そうか。ま、安心しろ。少なくとも娼館や青楼で、獣人だからっつって拒否されることはねぇから」

 あぁ、そういう可能性もあるのか。

 獣人差別がある国だと、娼館にも行けねぇのな。

「あとはまぁ、番外として『たちんぼ』がいるが、こいつは止めておけ。病気なんざはまだマシ、下手すりゃ、何もできずに身ぐるみ剥がされる。殺されることはそうそうねぇが、ゼロじゃねぇからな」

 たちんぼとは、街角に立って客引きをする娼婦のことらしい。

 飯屋よりも更に安い代わりに、そのへんの路地裏でコトを済ます。

 こちらが金を払えば、連れ込み宿に入ることもできるらしいが、『明るい場所でヤると萎える』可能性があるので、お勧めはできないらしい。

「そんなの、見かけなかったぞ……?」

「まだ明るいじゃねぇか。日が落ちかけねぇと出てこねぇよ、たちんぼは。薄暗い方が都合が良いからな。客が泥酔してりゃなお良いな」

 飯屋にも所属せず、たちんぼをやっているのは何かしらの『訳あり』という事らしい。

 ちなみに、この世界の娼婦の地位は決して低くは無く、青楼の娼婦ともなれば、日本の花魁ほどではなくとも、一般庶民よりは上と見なされるんだとか。

 普通の娼館や飯屋でも蔑まれることは無いので、外聞を気にして、という可能性は低く、それ以外の理由――元々犯罪をするつもりがあるとか、外見が特に劣る、病気を持っているなど、とにかくロクな物ではないようだ。

「……あぁ、あと一応、男娼もいるぞ? 1軒しかねぇけどな」

「そっちのはねぇよ!」

「案外人気になりそうだけどな?」

「嬉しくねぇ!?」

 とんでもないことを言いやがる!

 ちなみに、ここで言う男娼は男向けの話で、女向けの方は数軒ほどあるらしい。

 ま、そのへん、男も女も変わんねぇか。

「ついでに訊きてぇんだけど……避妊とかどうなってんだ?」

「あ? そいつは店側が気にすることで、客には関係ねぇだろ?」

 『何言ってんだ、コイツ』、みたいな表情で見られたが、曲がりなりにも性教育を受けたオレとしては、避けられない疑問。

 少なくとも、家にある魔法関連の本には、『避妊魔法』みたいな、都合の良い魔法は存在してなかったし。

 癒やすことに特化した光魔法にそれが無いのは、ある意味では当然だろうが、火、風、水、土にも同様に無かった。

 可能性があるのは闇魔法かも知れないが、闇の魔道書は無いんだよな、家には。

「いや、気になるじゃねぇか。もし、自分の子供が、とか思ったら」

「まずねぇと思うがな。店も子を宿しちまったら商売にならねぇから。ま、詳しくは知らねぇが、いくつかの方法を組み合わせて対処してるみたいだぜ?」

 うーむ、薬とか、できやすい時期には店に出ないとかそのへんだろうか?

 もしかすると、コンドーム的な物が売っていたり?

「あ、ちなみに、女向けの男娼は?」

「あいつらは種なしだ。薬で処理するらしいぞ?」

「うわっ……」

 少しだけ羨ましいかも、と思っていた気持ちが一気に消えた。

 そもそも、相手を選べないのだから、キツいよな、絶対。

 やっぱ、男でも女でも、同じか。商売なんだから、そうそう楽じゃねぇよなぁ。

 その後、オレはオヤジから、オススメの店などの情報も聞き出し、再び色街へ繰り出す。

 目的地はこの町に2つある青楼のうちの1つ。

 さっき前を通ったとき、チラリとオレ好みの女の子が見えたのだ。

 普通の娼館と青楼、どちらにするか迷いはしたのだが、金はあるし、どうせ頻繁には来れねぇんだ。

 それに、何というか……最初はやっぱ重要だろ?

 最初が嫌な思い出とか、一生後を引く。

 だからこそ青楼の前に来たわけだが……なかなか踏ん切りが付かない。

 そのまましばらくの間、何度も青楼の前をウロウロと歩き回るオレ。

 完璧、不審者である。

 だが何時までも、そんな事をしているわけにはいかない。

 時間は有限なのだ。

 親もいねぇし、朝帰りしたところで、ハルカたちに叱られたりはしねぇだろうが、理由は絶対聞かれる。

 その時、誤魔化しきるような自信、オレには無い!

 胸を張って言える。

 なので、程々の時間には家に帰っておく必要があるのだ。

「……よし。行く。行くぞ!」

 何度目かの決意。

 小声で気合いを入れたオレは、ついに、その一歩を踏み越えたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 数時間後、1人の獣人が、青楼の前で腑抜けた顔で佇んでいた。

 そう、オレである。

「………………ヤバいな」

 何というか……うん、気持ちよかった。

 夢見心地? 初めてでも良い感じにリードしてくれたし。

 プロってすげぇな。

 いや、マジで。

 だが、その代償が、一気に軽くなったオレの財布。

 高級というのは伊達じゃねぇ!

「これに嵌まったら、オレでも破産するんじゃね……?」

 ラファンでは稼いでる自信があるオレでも、これなのだ。

 普通、通えるような所じゃねぇよ、ここは。

 貴族向けとか、庶民なら一生に一度だけとか、そのレベルだろ。

 後は、破産を覚悟したバカか。

 もちろん、オレは馬鹿では無い。

 なので――

「一年に1回………いや、半年に1回ぐらいなら、なんとか……。ぐぎぎっ、半年……、3ヶ月は……いやいや、それはマズいよな」

 あの体験と軽くなった財布。その双方を天秤に乗せ、苦悩を抱えつつ、オレは家路に就く。

 そして、オレが再びここを訪れるのが、実際に何時になるのかは……神のみぞ知る、のかも知れない。

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