第7章 ダンジョン

199 お仕事再開

「さて、今日から私たちは仕事に出かけるけど、メアリたちは留守番、大丈夫よね?」

「はい!」

 歓迎会の翌日、そう訊ねたハルカに、メアリは良い返事をする。

「長いと数ヶ月になるかもしれないけど」

「もちろん――あれ? 冒険者って、そんなに長く家を空けるんですか?」

 当然と頷きかけたメアリだったが、ユキの言葉に含まれていた予想外の情報に、不思議そうに小首をかしげた。

「場合によってはねー。この前は1ヶ月ほど、ダンジョンに閉じ込められたし」

「閉じ込められた……? ダンジョン……1ヶ月……?」

 追加で与えられた更なる情報に、混乱を来すメアリ。

 このへんでダンジョンと言っても馴染みが無いのもあるだろうが、1ヶ月も閉じ込められる状況というのも、なかなか想像が付かないのだろう。

 実際、俺たちだって事前準備と、マジックバッグが無ければ死にかけただろうし。

「そういう事もあるんだよね。冒険者って。……あ、冒険者になるの、嫌になった?」

「嫌になるというか……想像が付きません」

「そっかー。うん、まぁ、そんなもんだよね」

 少し困惑したような表情を浮かべるメアリに、ユキが腕を組んで、ウンウンと頷く。

 実際、体験しないと実感も涌かないだろうし、今はそんなものか。

「ま、そんな事はそうそう無いから、今回は1週間程度で帰ってくる予定だけどね」

「予定通りに行かないことがあるのが問題なんだけどな」

 安心させるように言ったユキの言葉をトーヤが混ぜっ返す。

 そんなトーヤの頭をハルカがペシリと叩き、更にフォローした。

「もし何か問題があれば、昨日の歓迎会に来ていた鍛冶師のトミーか、冒険者ギルドのディオラさんに相談しなさい。邪険にはされないと思うから」

「わかりました」

「生活資金はこれね。多めに入れてあるけど、私たちが長期間帰ってこない可能性も考えて使うのよ?」

「はい」

 ハルカから渡された小袋を、少し緊張したようにメアリが受け取る。

 一応、あの中には金貨100枚ほど入れてあるので、贅沢をしなければ当分――もしメアリたちが、昔と同じレベルの生活を行うのなら、年単位で生活できるだろう。

 家賃は不要なわけだし。

 ――正直、9歳と7歳の子供だけを残して何日も家を空けるとか、日本なら確実に育児放棄ネグレクトである。

 だが、メアリは父親がいた頃でも家事を自分でやっていたようだし、こちらの常識ではそうおかしな事でも無かったりする。

 9歳ぐらいでも働きに出たりする子供もいるわけで、むしろ、十分なお金を渡している分、かなり良い方かもしれない。

「泥棒なんかはそうそう来ないと思うけど……もしもの時は戸締まりをして家の中に立てこもりなさい。多分、下手に逃げるより安全だから」

「はい」

 ほぼ致死性の罠、仕掛けてあるからな。

 これを避けて入ってこられるようなコソ泥はいないだろう。

「必要があれば、ポーションの類いは自由に使って良いから。置いてある場所は覚えているわね?」

「はい」

「私たちがいない間は、ある程度庭の手入れをしてくれれば、好きに過ごしていいから。あとは……」

 細々とした注意を言いつのるハルカに、メアリは苦笑を浮かべる。

「あの、大丈夫ですから。安心して行ってください」

「そう? 大丈夫?」

 ハルカ、案外心配性である。

「はい。小さい子供じゃ無いんですから」

 そう言って胸を張り、ドンと胸を叩くメアリだが、俺たちからすれば、どう見ても小さい子供である。

 年齢を考えれば、随分としっかりしているのは間違いないが。

「ま、ハルカ。そこは信用しようぜ? ミーティアだって、お姉ちゃんの手助け、できるだろ?」

「もちろんなの!」

 トーヤがミーティアの頭をグリグリ撫でつつそう言うと、ミーティアも頷き、良い返事と共に、両手をギュッと握った。

 それを見てもやはり少し不安そうなハルカと、そんなハルカを少し苦笑を浮かべて見る俺たち。

 そんな視線に気付いたのか、ハルカは少し頬を赤く染める。

「わ、解ったわ。それじゃ、行きましょうか」

「「行ってらっしゃいです(なの)!」」

 元気な2人の声に見送られ、俺たちは久しぶりのお仕事に出かけたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 今回のお仕事は、ダンジョンの3層目への挑戦。

 例の如く、ラファンの冒険者ギルドには良い仕事が無い事と、ダンジョンの涼しさを期待しての選択である。

 恐らく、稼ぎとしては微妙だが、汗だくになって森の奥を歩き回るよりはずっと良い。

 そしてもう一つの目的として、『転移ポイント』を試すこと。

 前回の教訓から、俺は――そして、ユキもかなり頑張って時空魔法の練習を行ったのだ。

 その結果、『領域転移エリア・テレポーテーション』をそれなりに使えるようにはなったのだが、距離と転送量の面では少々不安が。

 転移ポイントを設置することで多少は楽になるのだが、それでもパーティー全員の転移ともなると、1キロに届くかどうか。それで俺の魔力はほぼ枯渇状態である。

 種族的な問題で、魔力の面では俺よりも少し劣るユキなのだが、彼女の方もある程度は使えるようになっている。

 俺と同レベルとまではいかずとも、ユキが1人連れて転移できれば、俺が転移させる人数が5人から3人に激減するし、それが無理でもユキ自身が『転移テレポーテーション』で移動してくれるだけでも、負担は軽くなる。

 これならば1キロ以上転移できるのだが、地図を確認するに、ダンジョンのどこからでも入口に転移、なんてことは不可能。

 現実的なのは、前回のような崩落があっても戻ってこられるよう、階層が変わりそうな場所の上に転移ポイントを設置したり、回り道になりそうな場所のショートカットぐらいだろうか。

 転移ポイントがあれば、安心して転移ができるからな。

 逆にこれが無いと、遠くに転移するのはそれなりに危険がある。

 魔法自体にある程度の補正機能があるし、転移すると危ない場所は転移の失敗という形で結果が現れるのだが、ごく希に、非常に運が悪いと『石の中にいる』みたいなことも起こりうるんだとか。

 時空魔法の魔道書によると。

 よほどの初心者、そしてよほど運が悪くない限り、ほぼあり得ないらしいが、なかなかに怖い。

 そう考えると、やはり転移ポイントの設置は必須だろう。

 ちなみに、今回作った転移ポイントの魔道具は5個。

 俺とユキが共通で使用するため、2人の魔力を登録してあるのだが、これはビーコンみたいな物なので、時々魔石を取り替えないと使えなくなると言う欠点がある。

 おそらくは1年程度保つはずなのだが、それ以降は全く役に立たなくなる――かと言えば、実はそうでは無い。魔石を替えれば復活するのは当然として、所謂いわゆる電池切れの状態でも多少の補助にはなるので、決して無駄ではないのだ。

 1つは自宅に設置済みで、後3つは、ダンジョンの入口と前回崩落した坂道の上、それに3層へと続く階段の上に設置する予定なので、予備は1つという事になる。

 一応、4層への階段があればそこに設置する予定だが、今回でそこまでたどり着けるかどうかは判らない。

 そもそも4層があるかどうかも判っていないしな。

「こう暑いと、ダンジョンの入口まで転移してくれー、とか言いたくなるなぁ」

「トーヤ、無茶言うな。俺が動けなくなるし、そもそも遠すぎるわ」

 ダンジョンに向かいながらそんな愚痴を口にするトーヤに、内心は同意しつつも、口では否定する俺。

 俺1人だけの『転移テレポーテーション』、そして転移ポイントを設置済みという条件があったとしても、多分成功はしないだろう。

「それに、道中で狩る獲物も重要でしょ?」

「地味に私たちの収入と食料を支えてますよね」

 マジックバッグにはかなりの量の肉をストックしていたのだが、ピニングに出かけていたことや、ダンジョンに閉じ込められた期間、さらに最近はあまりオークを斃していないので、潤沢とは言えない状況になっている。

 そんな事もあり、最近はアエラさんに卸す肉の種類も、タスク・ボアーやオーク以外の色々な物が混ざっているのだが、実はそれが案外好評らしい。

 基本的に肉は、早朝に販売している肉ポステと昼のランチで使っている様だが、いろんな種類の肉が食べられて飽きが来ず、それが良いらしい。

 もちろんそれも、どんな肉も美味しく調理する、アエラさんの腕があってこそなのだろうが。

「ちなみに、家からダンジョンまで移動できそうな可能性は?」

「う~ん、レベルが今の2倍ぐらいになったら、可能かもねー」

「そりゃ、年単位で無理って事だな?」

「最近、あんまりレベルアップしてないしなぁ」

 習慣のように神殿に通っている俺だが、最近はあまり強い魔物と戦っていないこともあってか、レベルアップが鈍化気味。

 訓練や模擬戦はしているので、一応20にはなったのだが……40はかなり遠い話だろう。

 幸い寿命は長いので、冒険者をマジメに続けていれば不可能では無いだろうが……ナツキたちが引退したら、俺やハルカも多分引退することになるだろうなぁ。

「ま、できない物は仕方ないだろ。ほら、トーヤ。早速肉が来たぞ。回収してきてくれ」

「らじゃー」

 軽く応えて剣を引き抜き、オークの処理に向かうトーヤ。

 考えてみれば俺たちも、結構成長したものである。

 オークに緊張しなくなったのだから。


    ◇    ◇    ◇


「さて、転移ポイントはどこに設置するか……」

 適当に魔物を斃しつつやって来た、ダンジョン入口。

 マジックバッグから取り出した転移ポイントをどこに置くべきか、俺とユキは近くを歩き回って場所を探していた。

 自宅の物は空き部屋の中央に無造作に置いてあるのだが、さすがにここではそういうわけにはいかない。

 転移ポイントの大きさ自体は、縦横50センチ、厚み3センチほどの板状。

 多少踏む程度は大丈夫なのだが、武器を叩きつけたり、石で殴ったりしたら普通に壊れる。

 魔物が徘徊していることを考えると下手なところには置けないし、ある程度平らな場所でなければ、転移してきたときにバランスを崩して、怪我をする可能性もある。

「う~ん、埋めちゃう? このへんに埋めて、その上を土魔法で固めてから、軽く土でもかけておけば、安全だし、自然に見えないかな?」

 そう言ってユキが示したのは、ダンジョンの入口前にある少し広い広場。

 以前はスケルトンなどがたむろしていた場所である。

 転移ポイント自体は別に地面の上に出ている必要はないので、ありと言えばありである。

 ……いや、かなり良いアイデア?

「そうだな、そうするか。良い場所、無いもんな」

「壊されるのも困るけど、変な場所に移動させられたら致命的だもんねぇ。川の中にポイとかされたら、転移した途端溺れかねないもん」

「だな」

 早速広場の中心を50センチほど掘り、その底に転移ポイントを設置。土を被せて土魔法でしっかりと固める。その上に更に土を被せれば――。

「数日もすれば解らなくなるか」

「夏だからねー。1週間もしたら草が生えるんじゃないかな?」

 今は掘り返した跡が判るが、こんな所に来る人も早々いないだろうし、掘り起こされる心配は無いだろう。

「終わった?」

「ああ。待たせたな。早く入ろう」

 ハルカたちは日の当たらないダンジョンの中で待機していたのだが、俺たちの作業が終わったのを見て出てきたようだ。

「ちょっと作業するだけでも暑いねぇ」

 ユキが汗を拭いつつ、マジックバッグから出した冷たいお茶を飲み、俺にも渡してくれる。

 俺はそれを受け取って飲みつつ、日の当たらないダンジョンの中へ移動した。

「魔法を使ってるから、まだマシだがな」

 穴掘りも、埋めるのも『土操作グランド・コントロール』を使って作業したのだが、日差しを浴びるだけでも十分に暑い。

 森の中であれば木によって多少は日差しが遮られるのだが、ダンジョン前は広場になっているため、完全に直射日光に晒されていたのだ。

「よし、目的地は2層への坂道だな。サクサク行こうぜ」

「そうですね。1層はあまり良い魔物は出ませんし」

 小走りで移動を開始したトーヤを追い、2層への坂道がある小部屋へ向かう俺たち。

 しばらく来ていなかったためか、大分魔物の数が増えていたが、無視できる物は無視して突き進んだ結果、予想以上に早い昼過ぎに到着。

 崩落で塞がれていた坂道を覗き込むと、そこに崩落の形跡は無かった。

「……さすがダンジョン、と言うべきなのでしょうね」

「これって、下に降りたらまた塞がるのかな?」

「どう、でしょうか? ダンジョンの動作コストはよく判りませんが、普通に考えれば、かなりコストが掛かりそうですよね?」

 仮にダンジョンが魔力とか、ダンジョンポイントとか、そんな物で運用されていると仮定するなら、ナツキの言うとおり、この道、いや罠? は維持コストの必要なギミックに分類されそうである。

 しかも、1パーティーが2層に降りる度に動作し、外に出ることで元に戻る、という仕組みであれば、1度に侵入できるパーティーは1パーティーに限定されてしまい、効率も悪そうである。

「……まずは、転移ポイントを設置しておくか」

「そうね。それがあれば、すぐに戻ってこれるだろうし」

 坂の下からこの部屋まではそう遠くないので、俺1人で『領域転移エリア・テレポーテーション』を使っても、動けなくなるほどでは無いだろう。

「それじゃ、穴を掘るか。ちょっと面倒だが」

「魔法、効きにくいもんね」

 さすがはダンジョンと言うべきか、表面程度ならあまり影響は無いのだが、深いところまで『土操作グランド・コントロール』で操作しようとすると、一気に魔力消費量が増えるのだ。

 ダンジョン的には、『壁を掘ってショートカット』なんて事をされると困るからなのかも知れないが、少々厄介である。

 手作業で掘るのには問題ないのだが、ダンジョンの地面や壁面の浅いところ以外は、かなり固い岩盤みたいなものなので、それはそれでなかなかに大変。

 ま、多少なら、魔法でも腕力でも、力業でなんとかなるんだがな。

 ユキと協力して、ギリギリ転移ポイントが入るサイズでゴリゴリと穴を空け、底に設置。

 掘り出した土を入れて固める。

「……うん、きちんと動作してるな」

 ダンジョン内で埋めても問題ないか少々不安だったのだが、転移ポイントはきちんと反応を返してくれた。

 そのことに俺とユキは顔を見合わせてホッと息をつくと、待っていたハルカたちを促して、全員で2層へと歩みを進めた。

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