179 孤児院 (2)

「ナオ、前回はいくら寄付したの?」

「金貨5枚」

「なるほど、それぐらいでも多少の足しにはなるか」

 こちらの物価だと、贅沢品にあたらない食料は案外安い。

 それでも23人+神官たちがいる事を考えれば、本当に『足し』でしかないかもしれないが、一個人がする寄付としては少なくはないよな?

 自慢じゃないが俺、日本でした事のある寄付なんて、最高でも千円レベルまでだし。

 とは言え、今のお財布状況を考慮すれば、もうちょっとしても良い気もするのだが……今後も稼げるかは判らないし、時々訪れて、少しずつ渡すぐらいが良いか。

 そんな話をしていると、遊び回っていた他の子供たちもこちらに気付き、ワラワラと駆け寄ってきた。

「だれー?」

「きれー!」

「冒険者だ! かっけー!」

「ねー、冒険の話、して!」

「ダンジョンとか行くんだよな!?」

 今の俺たちは、特に鎧も身に着けていない私服姿。

 こちらに来た頃はとても冒険者には見えなかった俺たちだが、俺たちの醸し出す雰囲気がついに歴戦の冒険者の物になったのか、それとも単純に、武器を持っているからなのか。

 ――まぁ、武器のせいだよな、たぶん。

 普通の人は武器を持ち歩いていないし。

 武器と言っても長物を持ち歩くのは面倒なので、トーヤのみ普段の剣で、俺たちは小太刀だけ。

 それでもオーク程度なら十分斃せるわけだし、街中のトラブル程度、問題にはならないだろう。

「武器! 武器見せて!」

「僕も、僕も!!」

「危ないからダメだ」

 小太刀の柄を押さえ、伸びてきた手から遠ざける。

 男として気持ちは解るが、切れ味が良い小太刀だけに、触らせるのも危ないのだ。

 トーヤの持つ剣も、属性鋼を使うようになってから多少切れるようになっているし、子供に持たせるには危険だろう。

 とは言え、何も無しというのも可哀想。

「見せるだけな」

 小さい子の手の届かない位置で小太刀を抜き、刀身を見せてやる。

「ふわぁ、すご!」

「カッコイイ!!」

「光ってる!」

「欲しい!」

 羨ましそうに見上げるが、安易に手を伸ばすような子供はいない。

 武器が普通に使われている世界故、その危険性もある程度は理解しているらしい。

 特に俺たちの持っている小太刀は、一般的に使われている剣とは少し異なり、切れ味も良さそうなのが珍しくもあるのだろう。

 子供たちから向けられるキラキラとした視線や、尊敬の眼差しが少々くすぐったいが、そこは子供。それだけじゃなく悪戯をしようとする子供もまたいる。

 そんな子供が1人、ニシシッと笑いながらナツキの後ろに回り込む。

 ちなみに、今日のナツキの私服はスカート。

 そんなナツキ相手に悪ガキがやる悪戯の選択肢なんて、そう多くは無い。

 ――これは注意をするべきか? それともご相伴(?)に与るべきか?

 そんな事を考えている間にも、事態は動く。

 ナツキのお尻めがけて走り込む男の子。

「えーいっ!」

 ナツキからは見えない位置だとは思うが、その程度でどうにかなる様なら、前衛なんて務まらない。

 そして男の子よ。

 不意打ちするなら声を出すんじゃない。

 俺の役得が……げふんげふん。

 男の子の手がスカートに伸びた瞬間、ナツキの身体がスッと動く。

「あれ? わわっ!?」

 突然目標が無くなって、身体が泳ぐ男の子。

 そのまま顔から地面に突っ込むか、と思われた瞬間、ナツキの足がその男の子の足を掬い上げ、その身体が宙に浮く。

 更にそのまま襟首を掴むと、男の子の身体をクルリと回転させて、地面の上にポンと落とした。

「え? えぇぇ!?」

「ダメですよ? 男の子がそんな事しては」

 ナツキは地面の上に座り込んだ男の子の頭を撫でながら、ニッコリと笑う。

 転けないようにするだけなら、普通に襟首を掴み上げれば良いだけだったのだろうが、ナツキはお仕置き代わりに軽く投げたのだろう。

 そんなナツキを見上げて、男の子は何が起きたのか判らずきょとんとしていたが、状況を理解するにつれ、その顔に喜色を浮かべた。

「す、すっげぇ! 何あれ! もう一回、もう一回やって!」

「ボクも、ボクにもやって!」

「なにやったの!? 今の!」

 どうやら好奇心旺盛な子供には、逆効果だったようだ。

 わちゃわちゃと子供が集まってきて、ナツキは困ったような、それでいて少し嬉しそうな表情を浮かべる。

「あっと……どうしましょう?」

 ナツキに視線を向けられ、ハルカは少し苦笑を浮かべて肩をすくめた。

「これはダメね。少し付き合ってあげたら? どうせ今日は予定無いし」

「そうですか? なら、せっかくですから、軽く体術でも手解きしましょうか」

 ナツキが「こっちに来てくださいね~」と言いながら、子供たちを引き連れて、少し離れた草の生えている場所へと移動していく。

 それに付いていく子供の多くは男の子だったが、活発そうな女の子も1人混じっている。

 まだまだ男と女の体格差が無い――いや、むしろ女の子の方が身体が大きいぐらいの時期だし、性差もはっきりしていない年齢なので違和感は少ないが、他の女の子があまり興味なさげなのを見ると、珍しいと言えば珍しいだろう。

 そんな子供たちを見送り、イシュカさんが少し申し訳なさそうに俺たちに頭を下げた。

「すみません、子供たちが」

「いいえ、構いませんよ。先ほど言ったように、今日は特に用事もありませんから。あの子は結構子供好きですし」

 ナツキの第一印象はキリッとしていて、少しとっつきづらい様にも見えるが、実のところ彼女は、道場で小さい子供への指導をする事もあったらしく、結構子供好きだったりする。

 ただ、初対面の子供からは距離を取られがちとも聞いた事があるのだが、ここの子供たちはそんな事は全然気にした様子も無くナツキの周りに集まっているので、ナツキとしても、それなりに楽しんでいるんじゃないだろうか?

「そう言って頂けると。えっと……ハルカさんと申されましたか?」

「はい。私がハルカ、あちらの子供たちを連れていったのがナツキ、そして――」

「あたしはユキ」

「オレはトーヤだ」

「改めまして。この町のアドヴァストリス様の神殿で、神官長を拝命しておりますイシュカと申します。あと……あなたたち、ちょっとこっちへ!」

 イシュカさんが声をかけて呼び寄せたのは、子供たちを見守っていた神官さんたち4人。

「ここで奉仕しております神官です。自己紹介を」

「神官見習いのケインです」

「神官見習いのシドニーです」

「神官補佐のセイラです」

「正神官のアンジェです」

「「「よろしくお願いします」」」

 揃って礼をする4人に、俺たちもまた改めて自己紹介をする。

 神官見習い2人が俺たちより少し年下、中学生ぐらいの男の子。

 神官補佐と正神官と名乗ったのが女の子。

 いや、アンジェさんは女の子と言うより女の人と言うべきか?

 恐らくだが、俺たちより2、3歳は年上に見える。

 イシュカさんも恐らく30には届いていないはず。

 全体として、この神殿の人員はかなり若く感じられるのだが、そんな物なのだろうか?

 何となく、神官長とか、年寄りのイメージがあったのだが。

「この4人は普段、孤児院の仕事を受け持っておりますが、時折、神殿の仕事を担当させる事もありますので、もしかするとそちらで見かける機会もあるかもしれません」

 と言っても、本当に時折、なのだろう。

 結構な回数、神殿を訪れている俺も、出会うのはイシュカさんのみ。他の4人に会った経験は無いのだから。

「ハルカ~。それじゃ今日は、ここで子供たちの相手って事で良いの?」

「えぇ。嫌なら帰っても良いけど」

「んー、たまには良いかな? 毎日だと体力、保ちそうにないけど」

 笑いながらそんな事を言うユキに、ハルカと共に、イシュカさん以外の4人の神官が苦笑を漏らす。

 きっとパワフルな子供たちに苦労しているのだろう。

 前回来た時も子供が喧嘩してたみたいだし。

「それじゃ、冒険のお話が聞きたい子はこっちに集まって~」

「「はーい!」」

 返事をした子供を数人引き連れて、木陰へと向かうユキ。

「それじゃ、オレも適当に相手をするかぁ」

 トーヤはそんな事を口にしているが、実は話している間も子供の相手をしていたりする。

 判りやすい戦士というのもあるのかもしれないが、獣人が珍しい事もあるのだろう。

 尻尾を触ろうと四苦八苦しているが、子供がトーヤの体捌きに敵うはずもなく、数人で囲まれても笑いながら、ひょい、ひょいと避けたり、尻尾で軽く撫でたり。

 尻尾を得て1年にも満たないのに、なかなかに器用である。


 そして、地味に人気なのが、俺とハルカ。

 冒険譚や運動に興味の薄い子供たち――大半は女の子たちが残って、俺たちの周りに集まっていた。

 自分の事だけに忘れがちだが、今の俺は珍しくて美形なエルフである。

 エルフらしさを見せる機会は殆ど無いが、一応、見てくれは良いのだ。

 そのわりに、女の子が寄ってきたりはしないんだけどなっ!

 ――あ、いや、今寄ってきてるけど、いかんせん年齢層が低すぎる。

 もじもじと顔を赤らめて、「結婚してあげても良いのよ?」とか言われても困ってしまう。

 色々段階飛ばしすぎ。

 多分だけど、会うの2回目だよね? 俺は覚えてないけど。

 ちなみにレミーちゃんも俺の側に残っているが、これは恐らく、近くにイシュカさんが居る事と、他のメンバーと違って、俺とは以前会って少し話した事があるためだろう。

 なお、ハルカの方にも男の子が寄っていくかと思ったら、男の子の方は興味がありつつもシャイなのか、遠巻きにチラチラと観察するのみ。

 逆に女の子は遠慮が無く、「きれー!」とか「すごーい!」とか言いながら、ハルカにまとわりついている。

 「どうやったらそんなになれるの?」とか訊いても、それは種族的な物だから難しいと思うぞ?

 ハルカも返答に窮して……無いな?

 如才なく、煙に巻いている。

 俺はそんな話術を持っていないので、適当に誤魔化しつつ、ハルカの隣に腰を下ろし、自然な感じで子供たちを合流させる。

 そして、後は聞き役に徹するのみ。

 俺に良い感じのトーク力を求める方が無駄である。

 微妙にハルカから向けられる視線が冷たい気がするが、問題ない。

 しっかりしたマネジメント力を持つハルカに任せておけば、良い感じに子供たちをまとめてくれるさ。


 そんな感じで夕方まで遊びに付き合った俺たちは、帰りしな、それぞれ金貨3枚の寄付をイシュカさんに渡し、神殿を後にした。

 すっかり彼女の思惑に乗ってしまった形だが、まぁ、子供たちは可愛かったし、徳を積んだと思えば、多少の寄付ぐらい惜しくはないか。

 この世界の場合、神が実在するのだ。

 しっかりと徳を積んでおけば、何らかの現世利益が得られる可能性があるのだから。


    ◇    ◇    ◇


 翌日からは数日ほどかけて、マジックバッグに貯まっていた魔物をすべて解体処理した。

 解体していない魔物があまりにも貯まりすぎていたし、肥料の自販機が空になっていたので、まとめて処理したのだ。

 量が量だけに、全員の【解体】スキルがレベルアップしたが、ここまで上がるとすでにあまり意味が無いような気もする。

 一応、処理速度のアップは実感しているので、冒険中に作業する場合はありがたいのだろうが、俺たちの場合は安全な場所でのんびりと作業できるからなぁ。

 解体して得られた物は、基本的にはすべて冒険者ギルドに売却した。

 自分たち用に残しておいたのは、ピッカウの霜降り肉と赤身肉、錬金術に使う魔石を少量、後は予想外に美味かったジャイアント・バットを何匹か。

 量が量だけにそれなりの額にはなったが、かかった時間を考慮すれば、シブいと言わざるを得ない。

 それでも霜降り肉が得られた分、気分的にはちょっぴりアゲアゲなのだが。

 タイラント・ピッカウから得られた肉はかなりの量だったので、しばらくの間は好きなときに『A5ランク(ナツキ判定)の霜降り肉』が食べられるだろう。

 解体が終わった後は、自販機にも肥料を補充。

 今回の魔物の多くは素材にならない部分も多く、出来た肥料もまた大量だったので、これで当分の間は品切れの心配は無さそうである。

 ここの代官が整備した肥料の販売制度は、ケルグの争乱が終わった後も続けるらしく、俺たちが供給する必要性は無いのだが、元々は廃棄物の処理が目的。

 設定している価格も、代官の販売している価格よりは少し安いので、今後も程々に売れてくれる事だろう。


 そして、諸々の雑事が終わった日の翌日、俺たちは依頼を遂行するため、ケルグへと向かう事になる。

 その際、ディオラさんがサラリと「ピニングでは、行方不明事件が発生しているという情報があるので、ご注意くださいね」との重要情報をくれたのだが……なんでこの場面で、そんな情報をぶっ込んで来るかな?

 いわゆる、フラグって奴だろ、それって。

 かといって、今更取りやめもできない。


 俺たちは微妙に先行き不安な物を感じつつ、ラファンの町を出発したのだった。

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