180 ケルグ騒乱(現状)

 騒乱のあったケルグの町には、目に見えて被害が発生していた。

 町に入って少し歩いただけでも、崩れた建物や焼け跡が所々目に入ってくる。

 街の中を歩いている人の表情もなんだか暗く、騒乱の後遺症は未だ残っているように見える。

「これは、思った以上に鎮圧が激しかった……いえ、抵抗が激しかったのかしら?」

「そのようですね。宗教施設の制圧程度かと思っていたのですが……」

 いくつかの建物への強制捜査、それに伴う関係者の逮捕ぐらいのイメージだったのだが、この様子を見るに、かなりの数の暴動が発生したのかもしれない。

 回数は多くないが、兵士っぽい人とも何度かすれ違っているし、現状でもかなりの数の兵士が街中にいる事は間違いないだろう。

「こういうのを見ると、宗教は……、って思ってしまうよなぁ」

「信者を煽動するのが悪質だよな」

 何を信じるかは自由だと思うが、それによって人に迷惑をかけたり、悪行の言い訳に使うのは、ホント、やめて欲しい。

 尤も、普通の人には悪行でも、信者にとってみれば『善行』だったりするのが、余計にたちが悪いのだが。

「これは、早めにピニングに向かった方が良さそうだね」

 ユキがあたりを見回してため息をつき、それに同意するようにハルカも頷く。

「そうね。明日には出られるようにしましょう」

「でも、取りあえず、昼飯にしねぇ?」

 頷きつつも腹を押さえてそんな事を言ったトーヤに、ナツキは苦笑しつつ周囲の店を探す。

「そうですね……あまり選択肢が無さそうですが」

 争乱の影響か、以前来たときは並んでいた屋台がほぼ見当たらないのだ。

 となると、食堂なのだが、屋台が少ない影響か、かなり混雑している。

「できるだけ、美味いところを選びたいが……」

 俺たちもこの世界に来て1年近く。

 食堂選びの基準も大分解ってきた。

 まず重要なのは、あまり安すぎないという点。

 安いところは味も『それなり』なのかも知れないが、それは『こちらの人たちにとっては』であり、俺たちからすればそれなり以下。少々、食べるのがきつい物も多い。

 残念ながら、『早い、美味い、安い』は、ほぼあり得ない。

 日本の牛丼チェーンが異常なのだ。

 ……いや、牛丼、そこまで美味くはなかったか?

 このへんで安く出てくる定食に比べれば雲泥の差だが、多少は思い出が美化されているかもしれない。

 ま、俺たちは『美味い』には妥協できないので、後は『早い、安い』。

 これは簡単。高ければ早い、安ければ遅い。

 基本的には、この関係になっている。

 もちろん、高くても人気店で、行列ができるような店も存在するんだけどな。

 あと重要なのは主食。

 望ましい順番で、白パン、イモ類、その日に焼いた黒パン、何日か前の黒パン。

 その日に焼いた黒パンまでなら、まぁまぁ食べられる。焼きたてなら、そこまで悪くない。

 白パンならかなり美味い。

 もしパンの焼ける匂いがする食堂があれば、第一候補に躍り出る。

 まぁ、昼食だと焼きたてのパンは難しいのだが。

 何日か前の黒パン?

 はっはっは、アレは無理。

 それを選んでしまったら、ハズレである。

「トーヤ、美味いところを嗅ぎ分けてくれ。ごー!」

「犬じゃねぇんだが……あそこが少しだけ、焼いたパンの匂いがする」

 犬じゃないと言いつつも、素直にあちらこちらをふらふらと歩き、1軒の食堂を指さすトーヤ。

 その食堂は見るからに繁盛していて、全体的に混雑している他の店と比べても、1つ抜けている。

 入店待ちをしている人の後ろからチラリと中を覗くと――。

「おっ! あれ、あれ見てみろ!」

「なに……値段表ね。え、もしかして選べるの?」

 思わずハルカの手を引っ張り、店の奥を指さしたその先にあったのは、数枚の値段表。

 但し、『白パン』、『マッシュポテト』、『カットポテト』、『黒パン』の。

 その下に書いてあったのは、黒パンが『追加料金無し』で、カットポテト、マッシュポテト、白パンの順で追加料金が増えている。

 これから導き出せる答えは、つまり、定食の主食が選べるということ!

 そうに違いない!

「ここを選ばない理由が無い!」

「ですね!」

「うん。安牌。おかずも普通に美味しそうだしねー」

「肉が足りねぇが……追加すりゃ良いか」

 当然、反対意見は出なかった。

 少し昼食時間を過ぎていたにもかかわらず、暫し待たされてから入店。

 全員揃って白パンの定食を注文。

 トーヤだけは肉を追加していたが、まぁ、いつものことである。

 獣人はちょっと燃費悪い。

 ……いや、パワーは出るので、燃費悪いはちょっと違うか。

 SUVとトラックでは用途が違う。走れる距離で燃費を比べても仕方ない。

 幸い、燃料代に悩む必要が無い程度には稼いでいるしな。


 さて、このタイプのお店では席に着くまで時間が掛かっても、注文してしまえば、提供されるまでは早い。

 今回もさほど待つこともなく、定食が提供された。

 ほぼ同時に注文した他の客よりも少し時間が掛かったのは、白パンを選んだからか。

「お、このパン、ちょっと温かいぞ?」

 手に取ったパンはほんのりと温かく、良い香りが漂ってくる。

 イメージとしては丸い形のフランスパン。

 日本で一般的なパンに比べるとちょっと硬めではあるが、黒パンのような、下手をすれば歯茎から出血しそうな硬さとは違う。

「そうね。焼きたてじゃないけど、少し焼き直してから提供しているのかしら?」

「黒パンは、そのままなんでしょうね。焼きすぎると余計に固くなるでしょうし」

 一緒に提供されたおかずも、悪くない。

 むしろ、値段を考えれば頑張っていると思える内容。

 料理に舌鼓を打ちつつ周りを見回せば、目に入るのはメニューが書かれた木の板。

 先ほどの主食選択の物以外にも、日本の庶民的な食堂にありがちなアレがぶら下がっている。

 イメージ的には、出演者がとにかく飯を食べるテレビドラマに出てくる店。

 そんな雰囲気。

 これで黒板でもあれば鉄板である。

 こっちだと文字をまともに読めない庶民も多いことから、地元民向けの食堂だとメニューを省いている所も多いのだが、一見いちげんの俺たちからすればメニューがあった方が注文しやすく、好感が持てる。

 食材保存の関係か、さすがに品数は限られているが……。

「……ん?」

 店の中を見回していた俺の視界に、ちょっと予想外なものが飛び込んできた。

 あれって……。

 横に座っているハルカの方をツンツンと突き、そっとそれを指さす。

「なに、ナオ……あら、梅園さんじゃない?」

 やっぱそうだよな?

 ハルカがポソリと呟いた言葉に、トーヤたち、そして梅園本人も反応し、全員の視線がバッチリ合う。

「えっ!? アンタたちは――っ!」

 驚きに目を見張り、あわあわ、と声を上げかけた梅園だったが、すぐに胸を押さえて息を吐き、ちょっと目を逸らしながらボソリと言う。

「……ふぅ。あー、そ、その……あ、あの時は悪かったわねっ」

 ぶっきらぼうながらも、突然、そして確かに告げられた謝罪に、俺たちは揃って顔を見合わせ、首を捻る。

 あの時、ユキたちは一緒に居なかったが、何があったかは話してあるので、彼女たちにとっても梅園の反応は意外なのだろう。

「どうしたの? 随分素直だけど。ハルカたちには結構な暴言を吐いた、って聞いてるけど?」

 俺たちの疑問を代表して口にしたのは、ユキ。

 多分、梅園が一番反発しているハルカじゃない方が良い、という判断だろう。

「だから悪かったって。余裕が無かったのよ。お金は無いし、色々上手く行かないし」

 ユキの言葉に、梅園はばつが悪そうな表情で、口元を尖らせるように言い訳を連ねる。

「ふーん。ま、解らなくはないかな? あたしたちも余裕が無いときは、結構ヤバいこと考えてたし。ナツキと一緒だったから、耐えられたけど」

「孤立無援で放り出されることが、こんなに心細いとは思わなかった。お金が無いときは無いときでヤバいし、多少持ったら持ったで、周りがそれを狙っている敵に見えてくるし……。マジで親に感謝した」

 梅園は片手で顔を覆い、大きくため息をつく。

 気持ちは解らないでもない。

 仮に地球でも、ブラジルとかメキシコ、1人で歩けとか言われたら、かなり怖いし。

 偏見かもしれないが、『殺人発生率が日本の100倍!』とか、『警察署でも襲われる!』とかのニュースを見れば、それだけで超危険地帯に思えてくる。

 地元の人にとってはそこまででもないのかもしれないが、勝手の分からない場所とはそういう物である。

 異世界ともなれば、なおさらだろう。

 まぁ、ラファンはそこまでヤバい町じゃないんだが。

 俺たちが知っている治安の悪い場所でもそんなには……いや、女の一人歩きは危険か。

「でも、それならあの時、あんなに攻撃的にならなければ良かったのに」

「ストレスがマッハだったの! ……いや、まぁ、あの時はまだマシな方だったんだけど。あの後がもっとヤバかった」

 少し呆れたようなハルカの言葉に、梅園は言い返しつつも、その時のことを思い出したのか、どんよりとした表情になる。

 目がヤバいですよ?

 暗黒面に落ちたナニカみたいですよ?

「と言うか、のんびり話していて良いの? あの時のお店、仕事放り出してたけど」

「あー、大丈夫大丈夫、ここは」

 梅園がチラリと背後を振り返り、俺たちもそちらに視線をやると、厨房から男の人が顔を出していた。

 梅園はその人に対して笑顔で手を振ると、彼は軽く笑みを浮かべてから、俺たちの方に会釈して厨房に戻っていった。

 おや?

 おやおや? これは?

「でも、あんまり仕事も放り出せないよね。アンタたち、時間ある? あるならちょっと残っててよ。その料理ぐらいならおごるから」

「あー、うん。そうだね。ちょっと気になる事もあるし、良いよね?」

 チョイと肩をすくめ、テーブルの料理を指さす梅園に、ユキは頷きつつ俺たちに尋ねる。

 先ほどは早めに町を出ようとは話していたが、多少の時間を取れないほどに急ぐわけではなく、もちろん俺たちは、揃って頷いた。

「ありがと。しばらく待っててね」

 そう言い置いて給仕の仕事に戻っていく梅園と、その背中を見送る俺たち。

「……なんか、前回と印象違うな?」

 少し予想外の反応に俺が首を捻ると、ユキは少し考えて首を振った。

「んー、日本に居たときはあんな感じだったよ? ちょっと人の話を聞かないところはあるけど、リーダーシップがあると言えなくも無い感じ? その分、自分勝手に見えるところもあったから、人によって好き嫌いが分かれるタイプかも」

「それにしちゃ、随分ときついイメージだったぜ?」

 あの時のことを思い出したのか、トーヤが少し顔をしかめる。

 まぁ、俺もあの時は、結構、イラッとした事は否定できない。

「ハルカに対する対抗心は見え隠れ……いや、見え見えだったからねー」

「なぜかしらね? 別に私は気にしてなかったのに」

 首を捻るハルカに、ユキとナツキは苦笑を浮かべる。

「まぁ、ハルカはクラスメイトとそれなりに上手く付き合ってたけど、彼女からすれば、あまり気にされないのも、それはそれで嫌だったんじゃない? 自分が意識している分」

「八方美人でも、嫌われるときは嫌われますけどね。いい顔ばかりして、とか言われて」

 ナツキはそういう経験があるのかもしれない。

 イメージだけど、女子ってグループというか、派閥というか、そういうのがキツそうだし。

 ただ、男子だって、格好良くて、勉強もスポーツもできて、明るい人物なら全員に好かれるかと言えばそうでもないしなぁ。

 異性ならともかく、同性だと僻みとかもあって、嫌われる可能性はある……かも?

 ……いや、案外ないかも?

 トーヤがそのタイプに近いのだが、ハルカたちと仲が良いこともあって、多少揶揄からかわれる事はあったが、本気で嫌っている奴はいなかった……ような?

 心の中までは解らないが、表に出している男子はいなかったはず。

 これが女子だと、どうかは不明。

 あ、でも、ハルカ、ナツキ、ユキを好きな奴がいたら、嫌われてるかも。

 ――うん、人付き合いとは難しい。

「梅園さんとしては、そのへんの心の内に抱えてた思いが、ちょっと溢れちゃったのかもね。ストレスで」

「鬱病とかになると、何でも無いのに突然泣き出す、怒り出すとか、そう言う状態になったりするみたいですし、暴言ぐらいならまだマシだったのかもしれませんね」

「なるほど、病気と考えれば、しゃーないのかな? 状況が状況だし」

「まぁ、一人きりになった場合のストレス状態は、あんまり考えたくないな」

 ホント、最初の人魂(?)状態の時、ハルカとトーヤは、よくぞ俺を認識してくれたと思う。

 俺たちが比較的安定していたのも、3人でいられたからこそ。

 もし俺が1人で放り出されていたら、とか考えたくない。

「ハルカたちに当たったのも、ストレスのはけ口に、弱い立場の者をって感じでしょうね。……問題は、ハルカはこちらに来ても、ちっとも弱い立場じゃなかった、ということですが」

「いや、あの頃の私たちは、そこまで余裕無かったわよ? やっとナツキたちを探しに行ける、という状況だったし?」

「少なくとも、俺たちに攻撃的な相手を、あえて助けようと思えるような状況じゃ、無かったな」

「チートが無いっつっても、それはオレたちの脅威となる相手がいないのとは、違うからなぁ」

 極端な話、多少初期ポイントが少なかったとしても、火魔法に極振りしてしまえば、俺たち以上の攻撃力を持つことは可能なのだ。

 それを思えば、ある意味梅園のように、直接的に暴言を吐く相手はまだ対処しやすい。悪意があるのだから関わらない、もしくは排除するという選択肢を取れば良いのだから。

 問題なのは、最初は友好的に接してきて、後から裏切るような相手。

 友好的に対処されると、切り捨てにくいので質が悪い。

 もちろん、本当に友好的なら問題は無いのだが……見極められないからなぁ。

 更に言えば、俺たちの前に姿を現さず、陰から不意打ちを仕掛けてくるような相手がいれば、かなり危険である。

 そんな事もあって俺たちは、あまりクラスメイトに出会わないように行動していた面も、少なからずある。

「ま、梅園さんが無事だったのは良かったかな? リスクを負って助けようとは思えなかったけど、別に死んで欲しいと思ってたわけじゃないし」

「だな。犯罪に走らず、真っ当に生きてくれるならな。一応同郷だし」

「見た感じ、梅園さんは大丈夫そうですね」

 給仕として食堂の中を歩き回る梅園の表情は、ラファンで出会ったときとは打って変わって、笑顔が多く、目も生き生きとしている。

「やっぱ、あれかな? 男かな?」

「その可能性は、否定できないわね。ま、それも含めて説明してくれるでしょ」

 にまにまと下世話な笑みを浮かべたユキに俺たちは苦笑しつつ、ややゆっくりと食事をしながら、彼女の仕事が一段落するのを待ったのだった。

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