177 ケルグ騒乱(収束)
「そういえば、ケルグの混乱ですが、無事に収まりましたよ」
「「「えっ!?」」」
用事も終わったし、そろそろ帰ろうか、と思っていた俺たちに、ふと思い出したように、ディオラさんから切り出されたのは、そんな話だった。
「1週間ほど前でしょうか。ついに領主様が軍を派遣して、鎮圧に乗り出したようです」
ケルグの騒乱が片付けば食糧の問題も無くなるのだが、俺たちからすれば若干関わりがあるわけで、少し複雑ではある。
「それでは、もう完全に?」
「なかなか抵抗が激しくて、被害は出たようですが、基本的には収まっているようです。ただ、首謀者はまだ捕まっていないようで、手配はかけられていますね。ほら、そこにも手配書があるでしょ?」
ディオラさんが指さした方を見ると、壁面に1枚の紙が貼り付けられていた。
近づいて見てみると、それは賞金首の手配書。
対象はサトミー聖女教団の代表者、聖女サトミー。
賞金額は実に金貨一千枚。
多少大きめの盗賊団の首領で200枚ほどなので、賞金首に掛けられる額としては、かなり高額と言っても良いだろう。
しっかりと似顔絵も描かれているし、これでは町に出入りする事も難しい。
この世界の場合、人の住んでいない場所も多いため、実力さえあればそんな場所での自給自足生活も不可能ではないだろうが、魔物が普通に存在する分、必要な『実力』もかなりの物が要求される。
経緯を考えれば、サトミーにその実力があるとは思えず、どちらにしても待っているのは死か……。
「しかし、この顔は記憶に無いな? 似顔絵が下手なのか?」
「いや、スキルじゃね? 容姿を変えたんだろ、たぶん」
「あぁ、その可能性があったか」
手配書の前に集まり、小声で会話する俺たち。
親しい相手ではないが、一応知り合いなので少しは気になる。
「ついに破綻したんですね」
「『生死不問(殺害推奨)』かぁ。結構ヤバいね」
『不可解な能力を持つため、話を聞いたりせず、生け捕りにする場合は気絶させるか、猿轡、目隠しを行うこと』と書いてある。
なお、生死不問の賞金首は、文字通り『首』だけでも問題ないのだが、余裕がある場合には生け捕りにすることが多いらしい。
確実に個人を特定する方法が無い以上、万が一、人違いで殺してしまうと、賞金首と言って持ってきた方が、殺人罪で捕まってしまうからである。
その点、生きてさえいれば情状酌量をしてもらえるし、相手に疑われるに足る理由があれば無罪放免にもなりうる。
そんな理由もあるので、この世界、そう簡単に賞金稼ぎなどはできないし、やっている人も見かけない。
盗賊の賞金首にしても、半ばギルドに出される依頼のような物で、何パーティーかが合同で討伐に行く物なのだ。
それを考えると、この聖女サトミーに対する手配書は、かなり珍しい物と言えるだろう。
「罪状は……『社会に混乱をもたらした』?」
「それですか。なんか、かなり
曖昧な書き方に、ディオラさんから注釈が入る。
「ネーナス子爵は何度か警告したようなんですが、それを受け入れるどころか、かなり強く反発したみたいで」
「あぁ、そりゃマズいよな」
「はい。領主様の顔に泥を塗ったわけですから……」
日本であれば、法的にグレーでも、黒でなければ逮捕されることは無い。
例えば架空請求。
架空請求のハガキを送ろうと、それだけでは詐欺にならない。
被害に遭った時点で初めて詐欺になるのだが、騙された人は騙されたことに気付かなかったり、人に言い出せなかったりするので、摘発も難しい。
なら騙された振りでお金を払えばどうかと言えば、今度は『騙された振り』で『騙された』わけではないので、これまた詐欺にならない。
なんともままならないが、これが法治国家である。
法で規定されていない上、罰則は無い。
だがこの世界は違う。
その土地の領主が『ダメ』と言えば、『ダメ』なのだ。
よほどのことでなければ、それは覆らない。
恐らくサトミー聖女教団は、そのあたりを見誤ってしまったのだろう。
「ただ、それでも領主様は、抑制的な対応だったみたいですよ?」
それもあってか強気な対応を取っていたサトミー聖女教団だったが、トップに立っているのがこの世界の人間でないためか、ついに決定的な失敗をしてしまう。
「どうも聖女サトミーが『現人神』を名乗ったようなのです。それによって、完全に潮目が変わりました」
神が実在するこの世界に於いて、神を名乗る事は非常に重大な問題を孕む。
『使徒』や『神の代理人』でギリギリ、『現人神』は完全にアウト。
不遜すぎるとか、多くの宗教を敵に回すとか、色々な問題はあれど、最も問題なのは天罰。
神と同様、それがこの世界には実在するのだ。
天罰を下す神によってその影響範囲は様々で、過去には周囲が大きく巻き込まれた事例も存在する。
つまり、武力鎮圧で周囲に多少の被害を出しても、それが許容されるレベルの事なのだ。
「慎重策を取っていた子爵も、それで一気に動いたようです。ですがその際、教団が信者を煽動して抵抗したものですから、被害も大きく……その額です」
「なるほどねぇ……」
賞金額は大きいが、あえて捕まえに行くほどじゃないな。
さすがに知り合いを殺すのは少々気が咎めるし……いや、すでに殺してるけどさ。徳岡とかを。
ただあれは、盗賊として襲ってきて、あいつらとは認識してなかったからなぁ。
もちろん、身近な人に被害が出れば、その限りでは無いが、推定被害者のアエラさんは、しっかりと立ち直ってお店も順調だし、ある意味、それによって知り合えた部分もあるので、個人的には大した恨みも無い。
「ま、この町に来る事は無いでしょうし、明鏡止水の皆さんに関わる事は――あ」
ディオラさんはそう言って少し考え込み、何かに思い至ったのか、両手をポンと合わせた。
「そういえば、ネーナス子爵の家宝、まだ確認が取れていないんですよ。この件がありましたから」
例の家宝は俺たちが取り戻してから、すでに2ヶ月ぐらい経つわけだが、未だ確認が取れていなかったようだ。
とはいえ、その原因がケルグの騒乱にあるのだから、文句も言えないし、ディオラさんに言ったところで意味も無い。
ディオラさんとしては、変に混乱している状況で持ち込んでもネーナス子爵に悪印象を与えかねないし、騒乱状態のケルグで大量の剣を持ち運んでいるのは、よろしくないという判断もあったようだ。
確かに10本以上の白鉄製の剣、しかもネーナス子爵家の紋章入りとか、職質でもされたら牢屋に一直線かもしれない。
「状況も落ち着いてきましたし、そろそろ領都のピニングに送る予定なのですが、もしよろしければ皆さん、この依頼、請けませんか?」
本来の俺たちの仕事は、家宝をギルドに届けるところまで。
それが本物かどうかを確認する義務は冒険者ギルドにあるため、それをピニングに居るネーナス子爵に見せて真贋を確認する作業は、ギルドの費用で行う事になる。
今回、ディオラさんはその作業を俺たちに依頼し、それ自体に依頼料を払うということらしい。
「ついでに、他の剣の買い取り交渉もしてみては? ふっかけなければ、普通に買い取ってもらえると思いますよ、ネーナス子爵なら」
ギルドを通さない分、手数料が不要になり、俺たちの手取りは増えるのだろうが、問題は誰が貴族と交渉するか、である。
俺とトーヤは……無しかな。あまり交渉事には慣れていない。
ユキも首を振っているし、ハルカとナツキも困ったような笑みを浮かべている。
所詮、高校生だからなぁ、俺たちの人生経験値は。
「貴族との交渉……正直自信が無いわね。ディオラさんはネーナス子爵を知っているの?」
「そう、ですね。はい。必要なら、紹介状を書きますが……?」
「それはありがたいけど……」
「できれば引き受けて頂けると、ありがたいのです。ネーナス子爵からも一度顔を見てお礼を言いたいと言付かっていますし、運搬も、マジックバッグを持ったハルカさんたちなら安心できますから」
どうするべきか。
なかなかに悩むところ。
以前会った代官の――そういえば、彼が貴族の地位にあるのかどうかは聞いていなかったが――印象はそう悪くなかったが、領主となるとどうなのだろうか?
「……ちょっと、相談させて」
「はい、構いませんよ。私、席を外しましょうか?」
「いいえ、大丈夫。――どうする?」
「どうしましょうか? 私としては、そう悪い提案ではないと思いますが」
今後、一切貴族に関わらないというのは、まぁ、無理だろう。
どこかで隠棲するのならともかく、文明圏で生活をしていくのなら。
変に縁づいて厄介事を押しつけられる可能性もあるが、逆に困ったときに権力に頼れる可能性もまたあるわけで……。
そのようなことを検討し、俺たちが出した結論は――。
「わかったわ。引き受ける。紹介状はお願いできるのよね?」
「はい。貴族相手の交渉は苦手みたいですし、できるだけそれらが必要ないようにしておきますね」
さすがディオラさん。有能。
かゆいところに手が届く。ギルドの副支部長は伊達ではない。
尤も、ギルドの利益を考えるなら俺たち以外に運搬を依頼して、売買の仲介をする方が利益は上がるはずで、今回のことは俺たちに対する利益誘導の他に、ネーナス子爵に対する貸しという面もあるのかもしれない。
家宝発見の報酬の支払いを随分と待たされているため、もしかするとその見返りだろうか?
――まさか、もう少しするとディンドルの季節であることは……関係ないよな?
「それでは、紹介状と家宝の剣、それに預かっている剣も持ってきますね。少しお待ちください」
俺の疑問を他所に、ディオラさんは奥へと引っ込むと、30分ほどで預けていた剣と紹介状を用意してくれた。
俺たちはそれを早々にマジックバッグへとしまい込むと、その後もしばらくの間、久しぶりに会ったディオラさんと、ダンジョンやサトミー聖女教団について雑談。
いや、正確に言うなら雑談をしていたのは女性陣で、俺とトーヤはほぼ聞き役に徹していたのだが、一応ディオラさんは仕事中。
人数は少ないが、他にも多少はギルド職員が存在している。
いくら暇な時間帯とは言え、そんな雑談が1時間も続けば俺たち的には少々気まずく、視線も気になり始める。
そんなわけで俺とトーヤは、昼食の時間が近づいたことを理由に、やや強引にハルカたちに話を切り上げさせると、少し足早に冒険者ギルドを後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
ギルドを出た俺たちは、その足でアエラさんのお店へと向かった。
目的は、久しぶりにアエラさんのお店で昼食を摂る事と、肉の納品。
昨日は疲れですっかり忘れていたが、すでに1ヶ月以上、納品が途切れている。
明確な契約をしているわけでは無いが、事前に通知も無く途切れさせるのは迷惑だろう。
店に顔を出すと、案の定、肉は尽きかけていて、アエラさんには抱きつかんばかりに喜ばれた。
一応、町の肉屋からも仕入れはしていたようだが、ケルグの事もあり、食料の流通量が少なく、あまり大量に仕入れる事はできなかったらしい。
すっかりスペースが空いてしまっていた冷蔵庫に肉をたっぷりと詰め込み、ついでにダンジョン内で狩った魔物も、お土産代わりに何匹かプレゼント。
俺たちが個人的に好みなピッカウはともかく、他の魔物は微妙かと思っていたのだが、ジャイアント・バットが思いのほか喜ばれた。
アエラさんには馴染みのある魔物だったようで、なんか、その羽が――正確には皮膜か?――珍味なんだとか。
試しに調理して食べさせてくれたのだが、パリパリとした食感が面白く、確かに思ったよりも美味かった。
大量に食べたいというタイプの料理ではないが、アエラさんは「お酒に合うんですよ~」と力説していたので、おつまみとしては良い感じなのだろう。ちょっと味も濃かったし。
尤も、俺たちは酒を飲まないのでよく解らないし、見た目美少女のアエラさんに言われると、なんだか違和感はあったのだが。
まぁ、渡した他の魔物も含め、アエラさんのおかげでハルカたちの料理のレパートリーは増えたようなので、十分に収穫はあったと言える。
ただ……さすがにリッパー・ビーの料理に関しては、知識だけにして欲しいとは思うけどな。気分的に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます