176 帰還報告
ダンジョンから帰宅したその日、俺たちは言葉少なに風呂と夕食を終わらせ、早々に床へと就いた。
久しぶりに一切の警戒が必要の無い状況に、俺は泥のように眠り、翌日起きたのも昼近く。
さすがに寝坊しすぎたかと思ったのだが、他のメンバーも疲れが溜まっていたようで、俺が起きた時点でもハルカとナツキはまだ起きてきていなかったし、ユキとトーヤにしても、少し前に起きたところだったらしい。
その日はそのまま、だらだらと1日を過ごし、普通に動き始めたのは、更にその次の日からだった。
口には出さなかったが、やはり全員、それなりにストレスを抱えていたのだろう。
そう考えると、親しくない相手とパーティーを組んでダンジョンに潜るのは、結構なリスクだよなぁ。
俺たちの間でなら『襲われる』が冗談で済むが、普通の時ならともかく、ああいう風に閉じ込められた状況だと……。
まぁ、新しいメンバーを入れるつもりも無いし、関係ないと言えば無いのだが。
「それで、今日の予定は?」
「まずはギルドに行きましょうか。みんな、例のペンダント、気になってるでしょ? それに、しばらくディオラさんに顔を見せてないから、心配させてるかも知れないしね」
「あぁ、確かに。ダンジョンに行くと言って1ヶ月以上音信不通とか、ディオラさんなら心配してるよな」
おおよそ40日ぐらい?
ダンジョンの発見報告と共に、探索に行く事は伝えていたので、心配させている可能性は高い。
そう考えれば、顔ぐらいは出しておくべきだろう。
ちなみに、ダンジョンの発見報告自体は、『推奨されているが義務ではない』らしい。
義務でない理由は、ダンジョンであるとの確定が難しかったり、ギルドの人手の問題など、色々と問題が絡んでいるから、らしい。
よく解らないが。
「その後は解体かな? たくさん貯まってるもんねぇ」
「あんまり金にならないのが難点だがな」
ダンジョン内で斃した魔物は、その大半をそのままマジックバッグに放り込んである。
うちの庭には、しばらく前に土魔法で作った簡単な解体小屋があるし、そのすぐ近くにコンポストもあるので、あえて作業のしづらい場所で解体する理由が無いのだ。
例外は食べるために解体したピッカウぐらいか。
「それじゃ、生存報告&鑑定依頼に行きましょうか」
◇ ◇ ◇
「ハルカさん! それに皆さん! 無事だったんですね!」
目尻にちょっぴり涙を浮かべ、嬉しそうに俺たちを迎えてくれたのは、言うまでも無くディオラさん。
俺たちがギルドに入ると同時にカウンターから飛び出してきて、先頭にいたハルカを抱き締めた。
「うっ、く、苦しいです……」
「あ、すみません。でも、本当に心配しましたよ? 大丈夫だったんですか?」
ハルカの言葉に慌てて離れたディオラさんは、心配そうな表情を浮かべたまま俺たちを見回し、全員が元気そうなのを確認してか、ホッと息を吐いた。
「多少問題はありましたけど、無事ですよ、ご覧の通り」
「事前準備のおかげで、というところはありますが。さすがにダンジョンは油断できませんね」
俺たちが比較的心に余裕を持って探索が行えたのも、事前に用意しておいた簡易ベッドと食料のおかげ。
食える魔物が出てきてくれたので、仮に準備が無くても死ぬ事は無かったかもしれないが、かなり悲惨な状況にはなっただろう。
「何があったんですか?」
心配そうに訊ねるディオラさんに、ダンジョンでの出来事を簡単に説明する。
まあ、大きなイベントがあったわけでも無く、単に引き返せなくなって帰還までに時間が掛かっただけではあるのだが。
それでも、この周辺にはダンジョンが無いだけに興味深いのか、ディオラさんは頷きながら俺たちの話を聞いていた。
「さすがダンジョン、敵が弱くとも油断はできませんね。しかし、取り扱いの難しそうなダンジョンですね」
「そう?」
「はい。普通なら、ダンジョンが見つかれば告知をするんですが、この町の大半の冒険者ではダンジョンまでたどり着けません。途中でオーガーに出会えば全滅してしまいますから」
「木こりの護衛をしている冒険者だとそうなるわな」
ディオラさんの言葉に、トーヤがなるほど、と頷く。
ダンジョン内はともかく、そこまで行くには銘木を切っている場所よりも、更に踏み込む必要があるのだ。
ゴブリンとかそのあたりを相手にしている冒険者には、ちょっと厳しいだろう。
「それに、ダンジョンまで行ける冒険者からすれば、ダンジョンで出てくる魔物は効率が悪すぎます。ハルカさんたちもそうですよね?」
「まぁ、かかった時間を考えると、あまり利益は無いわね」
ダンジョンの1層目、2層目で出てくる敵は弱いだけあって、魔石の買い取り価格も安いし、得られる素材も微妙。
確かにあれでは、わざわざダンジョンに行く理由も無い。
尤も、俺たちの場合はピッカウの霜降り肉が欲しいので、今後も利益度外視で狩りに行くとは思うが。
「しかも、2層目に入ると、いきなり閉じ込められていますし。並みの冒険者なら、多分死んでますよ? あとは、その罠が何度も作動するかどうか、ですよね」
そもそもあの通路が開通しているか、だよな。
ダンジョンであれば元に戻っていそうだが、もしあのままであれば、2層へ行く事自体不可能なわけで。
そうなれば俺たちも霜降り肉が手に入らなくなるので、是非元に戻っていて欲しい。
「それで宝箱が多いのであれば、まだマシなんですが、かなりの時間――延べ2ヶ月ぐらいですか? それだけかけて見つかったのが宝箱3つ。しかもそのうちの2つはかなり安物ですよね?」
「ですね。鉄の剣とポーションですから、2つ合わせても金貨10枚にも行かないでしょうね」
「ネーナス子爵の剣がまだ残っているなら別ですが、ハルカさんたちがすでに回収してますし……もしペンダントがとんでもなく良い物なら別ですけど、ちょっと良い、ぐらいだと、割が合いませんよね?」
家宝の剣以外にも、スケルトン・ナイトの持っていた剣は白鉄製で、普通に買えば金貨50枚は下らない。
そんな物が落ちているのならダンジョンに行こうと思う冒険者もいるだろうが、俺たちは隈無くダンジョンを回ったわけで、追加で見つかる可能性はかなり低い。
「なので、何か凄い物が見つかりでもしない限り、ダンジョンに入るのは、ハルカさんたちみたいな物好きな冒険者だけでしょうね」
「物好きって……私たちは暑いのが嫌だから、ダンジョンを選んだだけなんだけど?」
「ハルカさんたちぐらいの冒険者は、暑いのが嫌なら休暇にするんですよ、普通は。十分に稼いでいますよね? 食い詰めの冒険者とは違うんですから」
ほぼ休み無く働かなければ生活できないルーキーに対し、高ランクの冒険者は案外、悠々自適な生活を送っているらしい。
まぁ、俺たちも生活するだけであれば、1ヶ月も働けば1年分の生活費ぐらいは稼げるのだが、どうしても将来の展望という物を考えてしまうからなぁ。
「あえて良い点を挙げるとするならば、帰還用の魔法陣がある事ですね。かなり広いだけに、これがあると便利ですから」
「そうよね。魔法陣に入るときは不安だったけど、効果が判れば安心して使えるし、便利よね。あのダンジョン、広いから」
マップがあっても2階層を抜けるまで数日。
1階層、2階層では稼げないのだから、仮に3階層以降に稼げる場所があったとしても、最低でも1週間の遠征が必要となる。
物好きと言われた俺たちであっても、暑い夏場以外には行く気にはなれない。
「本当に儲かるダンジョンであれば、転移装置を設置するんですけどね」
「そんな事、できるんですか?」
「簡単にはやりませんよ? 凄くコストが掛かりますから」
ディオラさんによると、ダンジョンの特定の階層へ移動できるよう、時空魔法使いや錬金術師を動員して、転移装置を作る事もあるらしい。
但し、希少な時空魔法使いを呼ぶ必要があり、設置コスト、維持コスト共にかなり必要となるため、よほど利益になるダンジョンでなければ設置される事は無いようだ。
「ま、ラファンでは関係の無い話ですよ。ダンジョンの場所は悪いし、敵や宝箱もイマイチ。潜るメリットがありませんし、メリットが無い以上、整備される事もありません。ダンジョンも場合によっては町の発展に寄与するんですが、今回のは……」
「放置ってこと?」
「そうなると思います。恐らく、あのダンジョンは告知もされないでしょうね」
一般的に新発見のダンジョンには、大きなリスクと共に、一攫千金の夢もあると認識されている。
更に、冒険者ギルドの管理下に無いダンジョンであれば、ランクに関係なく入る事ができるため、低ランクの冒険者であってもチャンスを得られる可能性がある。
本来であればそんなランクで入る事自体、自殺行為なのだが、夢見がちな冒険者は、一攫千金だけに目を向けて、リスクの方からは目を背けがち。
下手に告知して、実力も無い冒険者がダンジョンに向かってしまうと、辿り着く事もできずに死んでしまう可能性が高いのだ。
「なので、あのダンジョンは冒険者ギルドの報告書に記載されるぐらいで、放置されるでしょうね。あのダンジョン――あ~~っと、名前、付けないといけませんね。明鏡止水の皆さんで名付けますか? 第一発見者ですから」
「あれ? 廃坑自体は知られていたよね?」
「はい。廃坑とは知られていました。ですが、ダンジョンとして発見したのは、皆さんですから。何でも良いですよ? あまり使われる事は無いですけど」
ダンジョンの命名権はある程度、第一発見者に配慮されるらしい。
冒険者には、ギルドにダンジョンを報告しても何の利益も無いため、これが一種の褒章として認められているようだ。
名前が残るため、名誉と言えば名誉なのだろうが……俺たちにはあんまり関係ないかなぁ。
侮られない程度にはパーティーの名を上げたいとは思っているが、歴史に名を残したい、ってほどじゃないから。
――いや、このダンジョンだと、どちらにしても関係ないか。
「どうする?」
「そうだなぁ……」
俺たちの大半は『どうでも良い』という感じではあったのだが、『せっかくだし』という意見もあり、軽く相談。
「それじゃ、避暑のダンジョンで」
とても、てきとーな感じで決まった。
「……涼しかったんですか?」
「はい。この時期にしっかりと装備を整えて戦っても問題ないぐらいに。それに、ダンジョンに行ったのもそれが目的ですからね、私たちの場合」
少し呆れたような表情を浮かべたディオラさんだったが、別に却下はしないらしい。
本当に報告書ぐらいにしか使われないのだろう。
「わかりました。それではそれで書類をまとめておきます。あとは……ペンダントの鑑定でしたか?」
「はい。引き受けてもらえるんですよね?」
「少し時間を頂く事になるかもしれませんが、大丈夫ですか?」
やはりダンジョンが近くに無いラファンでは、鑑定依頼を受ける事が殆ど無いため、高度なアイテムだった場合は時間が必要になるようだ。
「はい。おいくらですか?」
「えーっと、ハルカさんのランクが5ですから……金貨1枚ですね」
「ランクによって違うんですか?」
「はい。正直、大抵の場合は赤字になってしまうので、ギルドとしては無駄な鑑定はしたくないんですよ」
俺の疑問に、苦笑しながらディオラさんが教えてくれたところによると、ランク3以下で金貨10枚、ランク4で金貨3枚、ランク5と6で金貨1枚。ランク7以上は一律で大銀貨5枚。
解りやすく言うなら、『低ランクが持ち込む物なんて、価値がねーだろ』という事らしい。
そんな物を赤字を出してまで鑑定するのは無駄。持ち込むなというギルドの意思表示なのだろう。
ランク7以上が一律なのは、そのレベルになると大銀貨5枚程度、
冒険者向けサービスとはいえ、一応、考えられているらしい。
「なるほどねぇ。――このペンダントなんだけど」
「まぁ! これは思ったより見事ですね。宝石も大きいですし……」
ハルカがマジックバッグからペンダントを取りだし、ディオラさんに見せると、ディオラさんは少し驚いたような表情を浮かべて手に取った。
「高く売れますか?」
「はい。ごく普通のアクセサリーとしても十分に価値が付くでしょう。それ以外に、何らかの効果があるかですが……ちょっと待ってください」
ディオラさんはカウンターの中に一度戻り、手のひらサイズの薄い箱のような物を持って戻ってきた。
「滅多に使わないので、ちょっと埃っぽいですね」
ディオラさんがそう言いながら、黒っぽい金属でできたその箱をハンカチで拭うと、その上には二重の円が描かれていた。
「この円の中心に、ペンダントを置いてください」
「はい」
言われるままにハルカがペンダントを置いてしばらく待つと、その円が薄ぼんやりと光を放った。
「これは?」
「これは魔道具を簡易的に判定する物です。鑑定に出してもごく普通のアクセサリーだと、お金も時間も無駄ですからね。こんな風に光ると、少なくとも何らかの魔道具である可能性が高いと判ります」
俺たちは魔力を感じ取って単なる宝飾品ではないと判断していたのだが、さすが冒険者ギルド、判定する道具を持っていたらしい。
ディオラさんが口にしたとおり、見るからに出番が無かったようだが。
「便利なんですねぇ。それでは、鑑定は引き受けてもらえると?」
「はい。お預かり致しますね」
ただ、鑑定結果が出るのは早くて数日、遅ければ数ヶ月単位と幅があるらしい。
スパッと鑑定ができないのは残念だが、他に手も無い。
うーむ、もうちょっと【鑑定】スキル、便利だと良いんだがなぁ。
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