S016 弟子の日常

 ハルカさんからヤバげな物の注文が入った。

 でっかい金属製の箱に、凸凹の付いたローラー。

 冗談で「拷問にでも使うの?」と聞いたら、「フフフ……」と微笑まれた。

 マジヤバい。


 と、思ったら、別にヤバくなかった。

 師匠に相談したら、「それはコンポストの部品」とあっさり言われた。

 マジか。この世界のコンポスト、シュレッダー付きなのか。

 エコな感じにじんわりと時間を掛けて、堆肥を作るわけじゃないのか。

 幸い、店の倉庫に在庫があったので、すぐに納品した。

 飲食店からたまに引き合いがあるみたい。

 この町、案外、清潔だもんね。

 でも、結構良い値段したんだけど、ハルカさんたち稼いでるなぁ。


 しばらくしたら、また注文が来た。

 しかも今度は10セット。

 師匠が頭を抱えていた。

 作るのが大変だから普段から在庫を抱えているのに、「一気に10個も作れるか!」という事らしい。

 前回の物を売ったからボチボチと作っていたけど、まだ1つめも完成してないからねぇ。

 「なるほど、在庫の代わりに頭を抱えているのですね」と言ったら、殴られた。

 理不尽だ。ウィットに富んだジョークなのに。トミーだけに。ふふふ。

 ……うん。ツッコミ不在。

 ま、今回、納期がキツいからね。

 でも、バックにこの町の代官がいるとかで、断れないらしい。

 ガンバレ、師匠。

 ――とか思ったら、あっさりと「お前の担当は6セットな」と言われた。

 『何で僕の方が多いの?』とか思わなくも無いけど、師匠はお店の仕事もあるから仕方ないかな?

 ローラーの強度が重要らしいので、頑張って叩く。

 寝る間も惜しんでガッツン、ガッツン。

 3つほど仕上げたところで気付く。

 師匠に必死さが足りない。

 『なんで?』と思ったら、下請けに出したらしい。

 なるほど。外装部分なら単純だから、多少腕前が不足していても作れると。

 僕の分は? あ、無い? 自分でやれ? 了解です。


 頑張って働いたら、8日ほどで納品が終わった。

 大変だったけど、師匠からのボーナスもガッポリ。

 良いのかな?

 これ、小さい家なら買えそうな額なんだけど?

 独身だし、家事も面倒だから宿暮らしを変えるつもりは無いけどね。

 さて、本当ならこのボーナスで、トーヤ君やナオ君を誘って一杯、といきたいところなんだけど、残念ながら2人は付き合ってくれないんだよねぇ。お酒には。

 どうもエールが苦手なようで。

 慣れたら結構美味しいと思うんだけどね、僕としては。

 食事には付き合ってくれるので、今度、最近見つけたモツ煮込みが美味しいお店に誘ってみよう。

 今日の所はいつものように、微睡みの熊亭で一杯。

「おう、トミーじゃねぇか。久しぶりだなぁ、おい」

 宿に戻ると、すぐに声を掛けられた。

「あ、ブレッドさん。おひさです。ちょっと仕事が立て込んでまして……っと、まずは1杯」

 微睡みの熊亭で早く飲むためのコツ。

 それはカウンターまで自分で買いに行くこと。

 親父さんが来るまで待っていたら、いつまで経っても飲めないのだ。

 いい加減人を雇って欲しいんだけど、その人件費削減が食事の味に反映されていると思えば、苦情も言えない。

 ちなみに、もうワンランク上の常連になると、勝手に中に入って注いでくる。

 もちろん、お金は払うけどね。

 僕はまだそこまで行っていないので、カウンターでお金を払い、親父さんからジョッキを受け取りテーブルへ。

「そいじゃ、かんぱーい!」

 ごっごっごっ、と半分ほど一気にのみ、「ふぃ~~」と息を吐く。

「それで何だ? 臨時の仕事でも入ったのか?」

「えぇ。ちょっと納期が厳しいのが。やっぱブレッドさんとこでもそういうの、ありますか?」

「いや、うちはあんまりねぇな。最近は特に高級路線に傾斜してんからな。別の町に運ぶのに、急な仕事とか、よっぽどじゃなけりゃ、無理だろ?」

 ブレッドさんは中年の木工職人。

 その中でも、特に細かい細工を得意としている。

 家具の表面に、長い時間を掛けて細工を彫るので、僕みたいに『急ぎのお仕事。1週間で!』みたいなことはあり得ないのだろう。

 僕も美術品のような武器を作るようになれば、別かもしれないけど……先は長そうだなぁ。

「家具関係は好調なんですか?」

「好調も好調。近年まれに見る好景気さ! 品不足になっていた銘木が一気に供給されたからな。多分、数年程度は仕事が途切れないな」

「へぇ、そうなんですか」

 うちの店はジャンルが違うのであんまり扱っていないけど、家具関係の金物を作ることも、たまにはある。

 それも細かい装飾は別途、金工職人が担当するんだけどね。

 うちのお店に良く入る注文は、木工に使う道具の方。

 一応武器屋なんだけど、案外、こういう工具の方が大きい割合を占めてたりするんだよねぇ。高い武器を買うような冒険者、少ないから。ラファンには。

 大口顧客がトーヤ君たち、と言えばどういう感じか解るよね?

「あん? 今日はトミーが来てんのか。久しぶりじゃねぇか」

「アンドリューさん。ええ、一段落付いたので」

 そんな言葉と共に、僕とブレッドさんのテーブルにどかりと腰を下ろしたのは、冒険者ギルドで働いているという、アンドリューさん。

 50歳ぐらいの、この世界では、下手をすればお爺さんと言われるような年齢の人。

 この人もブレッドさん同様、頻繁にこのお店に飲みに来るので、僕とは顔なじみになっている。

「アンドリューさんはどうですか、最近」

「別に変わんねぇよ。この町の冒険者なんざ、所詮、足かけか、半ば引退したような奴らばかりだ。ちぃーと腕が上がったと思ったら、すぐに出て行っちまう。一攫千金を夢みてな。……あぁ、お前の知り合いの冒険者は違うな。正直、さっさと出て行った方が成功できると思うんだが……なんで残ってんのかねぇ?」

 アンドリューさんはちびちびとエールを飲みながら、肩をすくめる。

 やはり若者は都会に行きたいようで、ちょっと無理をしても町を出て行くみたい。

 その点、ハルカさんたちは……都会云々に関してはあんまり興味は持たないだろうなぁ。

 観光ぐらいならともかく、こちらの都会なんて僕たちからすれば『古都探訪』って感じだろうし。

「やっぱり、別の町の方が冒険者として成功できますか?」

「そりゃ当然だろ? この町の仕事を見てみろよ。ルーキーにはちょうど良いんだが、大したもんがねぇだろ。同じ技量なら、迷宮都市に行く方がよっぽど稼げる。貴族との繋がりに関しても、ここじゃ、ネーナス子爵家以外、ほぼ無理だぜ? あの家は悪かねぇんだが……」

 ここの領主、当代のネーナス子爵家は統治者としては悪くない様だけど、残念ながら勢いのある家ではないし、お金の方もイマイチなんだとか。

 冒険者が繋がりを求める相手としては、少し微妙らしい。

「おめぇの知り合いは特殊事例だな。まぁ、俺たちからすりゃ、ありがたいんだがな。銘木の供給、あいつらの仕業だろ?」

「……ご存じなので?」

「シモンさん所から出てるが、ちっとばかし目端が利けば判るさ。一部、妬んでるヤツもいるが……まぁ、問題ねぇ。この町で木工職人を敵に回す意味を知らんヤツなんざモグリだ」

 ハルカさんたちに手を出して銘木の供給が途切れるようなことをすれば、報復がある。それを覚悟でバカなことをする人はいない。簡単に言えばそういう事らしい。

 一安心。

 でも、トーヤ君たちにはお世話になってるし、一言ぐらい伝えておこうかな?

 慎重なハルカさんたちが認識して無いとも思えないけど、一応ね。

「そーいや、チョイと話は変わるが、トミー、おめぇ、成人してんだよな?」

「あ、はい。一応。まだまだ未熟ですけど」

「カーッ、うちの奴らに聞かせてやりてぇぜ! 大した腕でもねぇくせに、口ばっかいっちょ前になりやがる。そんだけの腕があって未熟とか、ガンツのヤツも大変だなぁ、オイ!」

 ブレッドさんは、同じ工房の職人をこの店に連れてくることが無いので、会ったことはないんだけど、弟子と言うべき人が3人ほどいるらしい。

 その人たちの腕に関しては、酒が入ると大抵愚痴っている。

 まぁ、お酒の席でのことだしね。

 実際がどの程度の腕なのかは不明。

 ちなみに、何で飲みに連れてこないのか、と聞いたら、「バカヤロウ! 席が無くなるじゃねぇか!!」と怒られてしまった。

 まぁ、微睡みの熊亭は穴場的なお店だからね。僕だってトーヤ君に紹介されなければ、ここに宿屋があると知ることは無かっただろうし。

 秘密にしたい気持ちも解る。うん。

 あんまり席数は多くないし。

「あいつら、道具の手入れからしてなってねぇんだよ! 俺が若ぇ頃は、大半の時間を研ぎに費やしたもんだぜ?」

 ブレッドさん。その話、耳タコです。

 酔っ払いあるある。

 同じ話を繰り返す。

 こういう時、素面でいられる【蟒蛇】が少々厄介に感じる。

 ちなみに対処方法は、適当に聞き流してハイハイと頷いておくこと。

 しかし、酒の入りが甘いと、聞き流していることがばれるので、注意が必要。

「……あー、そうじゃねぇ。トミーの話だった。おめぇ、嫁はもらわねぇのか? ガンツも別に反対はしねぇだろ?」

「ハイハ……あ、いえ、種族的な問題が……」

「カーッ、それがあるかぁ。この町にはほとんど居ねぇもんなぁ、ドワーフ。故郷には居なかったのか? 今の稼ぎなら、呼び寄せても養えんだろ?」

「それは、居ませんでしたねぇ……」

 ドワーフの集落の出身じゃ無いしね。

 ちなみにこの世界の女性ドワーフ、ちょっとずんぐりむっくりなところはあるけど、髭もじゃではないんだよね、幸いなことに。

 種族の変化によって、嗜好その他も変化している印象はあるけど、さすがに髭もじゃの女性と結婚したいとは思えない。

 もちろん、ロリでもないので、一部の紳士が大歓喜することも無ければ、人間の子供と間違えることも無い。

「アンドリュー、冒険者にはいねぇのか?」

「ドワーフか? この町にはいねぇんじゃねぇか? 儂は窓口担当じゃねぇから詳しくねぇが」

 僕も女性ドワーフ、実物は見たこと無いしね。

 店には冒険者も来るけど、その大半は人間だし。

「てぇーと、ガンツが世話することになんのか。チョイと大変そうだなぁ」

 ブレッドさんが、難しい顔になって考え込む。

 けど、この世界の師弟関係って、仲人おばさんみたいなことも必要になるの?

「そういうものなんですか?」

「そうなるな。確か、おめぇ、親がいねぇんだよな? なら、弟子に嫁の世話をすんのは師匠の甲斐性ってもんだ」

「いや、でも、僕、まだ1年足らずですよ?」

 僕がそう言うと、ブレッドさんはハッとしたように、少し驚いた表情を浮かべる。

「……そういやぁそうだったな? 腕が良いから忘れてたぜ。そうなるとチョイと微妙か? 丁稚から入れた弟子なら世話しねぇなんてありえねぇんだが」

 嫁の世話……嬉しいような、ありがた迷惑なような……。

 でも、この町に居る限り、ドワーフ同士での恋愛なんて難しそうなんだよね。

 相手が居ないから!

 で、異種族はどうかといえば、これも難しい。

 僕なんかは元が人間だからか、ハルカさんたちを見て普通に可愛いと思うし、恋愛対象にもなり得ると思うんだけど、これはドワーフとしてはマイノリティー。

 その逆もまた同じ事で、簡単に言えば、普通は無理。

 人間、エルフ、獣人に関してはそこまでじゃないから……やっぱ原因は身長?

 もちろん、人間とドワーフのカップルも、いないわけじゃないみたいだけど、他の種族に比べるとかなりの少数派。

 ドワーフが多く居る国に移住するという方法もあるけど、元の世界で外国に移住するのがイージーモードに思えるほどに難しいからなぁ、この世界だと。

「ま、まぁ、そのうち機会があらぁ! 気落ちすんな!」

 僕が考え込んでしまったことで、ブレッドさんは『しまった!』と思ったのか、慌ててフォローするようにそんな事を言い、アンドリューさんもまた頷いて口を開く。

「おう、儂もドワーフの冒険者がいたら気を付けておく」

「ですね! 何時か出会いがありますよね!」

 いくら師匠でも、ドワーフの女の子を探してくることは難しいだろうし、あんまり考えても仕方ないよね。

 ドワーフは人間よりも少し寿命が長いみたいだし、しばらくはのんびり構えていよう。

 うん。取りあえず、飲もう。

 僕はエールのお替わりを注文するため、ジョッキを手に立ち上がる。


 ――だがしかし、1年も経たないうちに、その予想は覆されることになるのだが……当然、その時の僕は、全く想像もしていないのだった。

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