174 霜降り肉 たっぷり

 状況が変化したのは、焼き肉パーティーから6日後の事だった。

「扉……だな」

「えぇ。不自然なほどに扉ね」

 洞窟の壁にドンと設置された金属製の扉。

 高さは3メートルほどで、横幅も2メートルはありそうな大きな扉。

 その扉の周囲だけはブロックで補強されているが、はっきり言って違和感がスゴイ。

「ある意味、ダンジョンっぽいけどねー」

「確かにな。この階層、宝箱の1つも無かったからなぁ」

 うん、そうなんだよな。

 正直、『あれ? 実はダンジョンじゃない?』とか思ってしまうぐらいに。

「早速入るのか? 雰囲気的にはボス部屋って感じだが」

「あたし的には、マップを先に埋めたいかな? これがいわゆるボス部屋なら、もうちょっとだと思うし」

「ボスなんかいない可能性もあるが……ナオ、この扉の先、【索敵】できるか? オレは判らねぇんだが」

「……微妙だな。なんか居そうな感じはするんだが、ちょっと普通の反応じゃないな」

 この扉の先が滅茶苦茶広い、とかでもない限り、距離的には当然索敵の範囲内のはずなのだが、俺の【索敵】には反応が無い。

 かといって、敵が居ないとも断言できない微妙な感じ。

「それも、マップを埋めれば解るわね、きっと」

「はい。他の道に何も無ければ、ボスがいる可能性が高いでしょうね」

「それじゃ、もうちょっと頑張ってみましょ~」


 頑張ってみました。

 1日半ほど。

 結果、特に成果は無し。

 普通に魔物を斃し、マップを埋め、全部行き止まりなことが判明しただけ。

 そして戻ってきた扉の前。

「これで何も居なかったら、ある意味、詐欺だよなぁ」

 扉を見つめて苦笑するトーヤに、ハルカは肩をすくめる。

「それで帰れるなら、別に構わないけど」

「拍子抜けではあるけどな」

 決して『強い敵に出てきて欲しい』と思っているわけではないのだが、この流れで部屋の中がカラッポとか……多分無いよな?

「取りあえず、罠は無いようです。鍵も付いてませんね。ナオくんも調べますか?」

「……そうだな、練習がてら、やっておくか」

 扉を調べていたナツキに言われ、俺も扉に近づく。

 忘れがちだが、一応俺も【罠知識 Lv.1】を持ってるんだよな。

 多少は経験になるかと俺も扉を調べてみるが……うん、多分罠が無い事ぐらいしか解らない。

 無い事は証明できないのと同じように、上手く使えているのかイマイチ手応えが……。

 ま、ナツキも無いと言っているから多分大丈夫。

「それじゃ、開けるぞ? 準備は良いか?」

 俺が後ろに下がったのを確認し、トーヤが扉に手をかける。

 その言葉に全員が頷き、ゆっくりと扉が開かれた。

「おおっ!!」

 そんな、どこか嬉しさの混じった声を上げたのは誰だったか。

 俺たちの目の前に現れたのは、巨大なピッカウ。

 ヘルプによると、その名前は『タイラント・ピッカウ』という、勇ましそうでありながら、どこか微妙な代物。

 ずんぐりむっくりした体型はそのままに、和牛よりも二回りは巨大になっている。

 そんな巨体でも十分に走り回れるほどの広さの部屋、その奥に鎮座し、こちらを睨み付けている。

 正にその名前に恥じぬ魔物で、迫力は十分なのだが、見た目が変わっていない分、どこか愛嬌もある。

 但し、その頭に付いている角はかなり凶悪。

 さすがにあの角で突進を受ければ、ダールズ・ベアーで作った革鎧でも危ないかも知れない。

 だが、そんな事は関係ないとばかり、トーヤは嬉しそうな声を上げた。

「霜降りだぜ、霜降り!」

「おいっ、油断するなよ!」

 その巨体から得られる霜降り肉の量を想像したのか、ヨダレを垂らさんばかりの顔になっているトーヤに、俺は注意を促す。

 この周辺で出てきた敵の強さを考慮すれば、このタイラント・ピッカウが異常に強いなんて事はないと思いたいが、ゲームバランスなんて言葉は無いのだから、注意してしすぎる事はないだろう。

「このサイズなら、皮も売れそうね」

「タンもいけるんじゃないかな? ピッカウのタンは輪切りにするには小さすぎたからね」

 お気楽なのはトーヤだけでは無かったようだ。

「2人とも、それは文字通り、皮算用ですよ? 斃してから考えましょう」

 ハルカとユキの言葉に、ナツキは呆れたような表情を浮かべて薙刀を構えた。


 ピギュゥゥゥ!!


 まるでそれを待っていたかのように、タイラント・ピッカウは声を上げ、走り始める。

 その速度は十分に速いのだが、脅威かと言われると……そこまででも無いな?

 短足なのは如何いかんともしがたく、その巨体から生まれる慣性は急な停止、方向転換を阻害する。

「豚か牛かはっきりしろ!」

 そんな理不尽な事を言いながら、トーヤは突進を躱し、剣を振るう。

 その剣はタイラント・ピッカウの首に叩きつけられたが、皮下脂肪がたっぷりと付いたその場所の衝撃吸収性はかなり高く、トーヤの攻撃にしっかりと耐えきった。

 もちろん、ある程度のダメージは与えているのだろうが、それは致命傷にはほど遠い。

「豚トロかっ!」

「いや、関係ないだろ!?」

 確かに首回りの太さと脂の多さは、部位的に豚トロっぽいけどさ。

 あえて言うなら、ピッカウ・トロ?

 元々脂の多いピッカウ。身体には悪そうである。


 ギュギュギュギュゥゥゥ!


 首を攻撃されたのは看過できなかったのだろう。

 蹈鞴たたらを踏んで足を止めたタイラント・ピッカウは、トーヤに向かって怒りの声を上げる。

「良かったなトーヤ。『ぎゅう』らしいぞ?」

「いえ、それは違うと思いますが……ふっ!!」

 所詮は獣か。

 一番ヤバいナツキから目を逸らし、トーヤにだけ注意を向けたのは明らかに悪手。

 ナツキが振るった薙刀は、トーヤの持つ物とは切れ味が違う。

 トーヤが切りつけた場所とは反対側の首、そこに吸い込まれた薙刀は大した抵抗も見せずに振り抜かれ、ナツキが素早く退いた瞬間にそこから血が噴き出した。

 その次の瞬間、『ギュ、ゴブ、ゴボ、ゴボ……』そんな音を出しながら、蹲るように地面へと崩れ落ちるタイラント・ピッカウ。

「うーん、オークよりはマシ、か? 少なくとも、オークリーダーよりは弱いと思うが……」

「トーヤくんの剣が通っていませんから、それなりだとは思いますよ?」

 相性や俺たちの成長もあるので、魔物の強さの評価はしにくいのだが、定量的な比較としては、魔石の買い取り価格が解りやすい。

 後から魔石を取りだしてみて解ったのだが、タイラント・ピッカウは買い取り価格で6,000レア。つまりはポテンシャルとしてはオークリーダーに近い。

 トーヤの剣で致命傷を負わない装甲と鋭い角、その質量から生まれる突進力。

 俺たちの場合は、首を切り裂けるだけの武器と技術があったため、あっさりと斃せたわけだが、状況次第では結構な強敵かも知れない。

「取りあえず肉はマジックバッグに回収して……先へ進む道は?」

 俺たちが学校の体育館ほどもある部屋を見回していると、それを待っていたかのように、細長い部屋の突き当たりに、1つの扉が出現した。

 じわりと染み出すように現れたそれは、正に――。

「おぉ、ファンタジーっぽい!」

 そう、トーヤが声を上げたとおり、かなり不思議。

 見た目はこの部屋の入口の扉と似ているが、大きさは大幅に縮小され、普通の扉サイズ――人一人が普通に通れるサイズになっている。

「こちらも……罠はありませんね。鍵もありません」

 素早く調べたナツキがそう言い、俺もまた確認。うん……多分無い。

 鍵は解らないので、ナツキにお任せ。

「開けますか?」

「……普通に考えたら、報酬がある部屋、よね?」

 ハルカが少し自信無さそうに言う。

 まぁ、ボスっぽい物を斃したわけだしな。

 だが、俺は別パターンも知っている。

「より強いボスがいるパターンもあるぞ?」

 そう、中ボス、ラスボスと連戦するタイプ。「ふははは、ヤツはボスの中でも最弱!」とかそういうパターンである。

 ――なんか違うか。

「でも、入らないって選択肢は無いよね?」

「まあな。あの道が通れるようになっているか、確認に戻るという手もあるが……」

「えぇ~~、あそこまで戻るの、走っても多分1日以上掛かるよ?」

 俺の言葉にユキが嫌そうな声を上げ、他のメンバーも首を振る。

 マッピングに30日以上掛かったのは伊達では無く、仮に道中に一切敵が出てこなかったとしても、1層へと続く道まではかなりの距離があるのだ。

「でも1日程度なんだな?」

「うん。脇道が多かったからね。マップ見てみる?」

 そう言いながらユキが地面に広げたマップを辿ってみると……確かに一切迷わずに進めば思ったよりも近い。

 逆に言えば、行き止まりになっている脇道が結構長いとも言えるのだが。

 それでいて、その先に宝箱があるわけでもなく。

 これがゲームなら苦情が出るレベルじゃないだろうか?

「……改めて見ると、嫌なダンジョンだな、これって」

「うん。せめて宝箱ぐらい配置して欲しいよね」

 魔物からのドロップで、レアアイテムが手に入るわけでも無し。

 考えてみればこの1ヶ月あまり、報酬的には、かなり悲しい結果ではないだろうか?

「後はこの先に何があるか……」

「良い物があれば良いですね」

 扉を開けるのはやはりトーヤの役目。

 多少の期待感と共に、俺たちは扉を押し開いた。

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