173 霜降り肉
俺たちが2層目に閉じ込められて30日あまり。
未だ帰還の道は見えず。
普通であれば、ストレスでギスギスとしたパーティーになりそうなものだが、俺たちは楽しくパーティーをやっていた。
――パーティーはパーティーでも、焼き肉パーティーだったが。
「ウマ、めっちゃウマ!」
「そのお肉、もう良い感じですよ?」
「ナオ、肉だけじゃなくてお野菜も食べなさい」
「こっちの野菜って、苦いんだよなぁ」
「あ、解る。味付けの薄い料理だと、ちょっと苦みが気になるよね」
今日の夕食はのんびりと、焼き肉パーティー開催中、である。
こんなことになった要因は今日の昼過ぎ。
初めて目にする魔物と遭遇した事。
その魔物は、『ピッカウ』と言う名前で、体長は50センチほど。
外見は短足メタボになった牛と言った感じで、頭には鋭いナイフのような角が1本生えている。
攻撃方法はその角を使った突進。
その外見からは想像できない俊足で突進してくる。
とは言え、それでもスタブ・バローズなんかに比べると大した速度でもなく、俺たち全員、軽く躱して頭を切り落とし、瞬殺していたのだが。
見た目的には少し可愛いので、ハルカたちは最初「可愛い~~」とか言っていたのだが、攻撃してきた時点で何の躊躇も無く斬首していたので――まぁ、うん。問題は無い。
ピッカウから得られるのは角と肉。
動物の角と言うよりも黒い鉱石のようなその角は、それなりに高く売れるらしい。
肉の方は、本によると『脂っぽくてあまり人気は無い』上に、身体の小ささから1匹から取れる量が少ないので、やっぱり稼ぎとしては微妙。
例の如く、死体はマジックバッグに放り込んで解体は帰ってから、と思っていたのだが、ハルカが気分転換に食べてみよう、と言い出した。
これまでは出来合いの物を食べていたのだが、1ヶ月以上となるとややマンネリ気味になっていたのは否定できず、反対する人は誰もいなかった。
コウモリとかに比べると、外見的には食べるのに拒否感の無い魔物だし。
そして、これが大当たり。
確かに脂っぽいのだが、霜降りの好きな日本人の口には合った。
メタボっぽい体型は伊達では無かったようだ。
ナツキ曰く、「霜降りの高級和牛に近い」味で、鉄板焼きにするとかなり美味い。
さすがに大量に食べるのは厳しい脂の多さなのだが、炭火で網焼きにすればほどよく脂が落ちてこれもまた美味い。
欠点を挙げるならば……。
「あんまり肉が取れない事だよなぁ」
「はい。小さいですからね」
体長50センチほどのピッカウから内臓を取り出し、皮を剥ぎ、皮下脂肪と骨を取り除くと、得られる肉は案外少ない。
その中で霜降り的な美味しい部分は更に限られ、大食いなトーヤであれば、1人で1頭分食べてしまいかねないほど。
時々食べるのであれば、それなりの数、狩っておかなければいけない。
霜降りじゃない場所の肉も、普通の赤身肉としてそれなりに美味いのだが、売却価格はさほど高くないようだ。
「あんまり高く売れないなら、売らずに取っておきましょうか? 赤身肉も使い道があるし」
「賛成! 霜降りはたまにで良いが、オレも食べたい!」
「反対する理由は無いかな?」
と言う事で、全会一致でピッカウの肉はキープされる事になった。
閉じ込められているのに平和である。
「ところで、転移の方はどんな感じなんだ?」
平和と思った瞬間、ツッコまれた。
「ある程度離れた場所まで転移することはできるようになったが……帰るのは厳しいな」
通常であれば、『
仮に俺が『
問題点は3つ。
イメージしにくい場所は転移先に指定しづらいので、まずここに戻ってこられない可能性が高い事。
戻ってこられなければ、実験した時点で魔法による救出は不可能になる。
仮にそうなった場合、俺1人でラファンまで無事に戻れるかどうか不安がある事。
そして、俺が戻れたとしても、救出するための人員を集められる可能性が低い事。
ギルドに依頼を出すにしても、ラファンには俺たち以上の冒険者がほとんどいないのだから。
「ユキは?」
「あたし? さすがにナオより上手くは使えないよ~~。練習には付き合ってるけどさぁ」
「現状だと、1人で少し離れた通路に転移できるってレベルだよな」
ちなみに俺の方は、数百メートル離れて、野営している場所まで転移で戻れる、というレベル。
それ以上は実験がしづらいのが難点。
1人であまり遠くまで離れるのは危険なので。
なので今は、『
「1ヶ月でそれだと、順調、なのかしら?」
「時空魔法は難しい魔法みたいですし……」
そう、難しいんだよ?
なのでプレッシャーはノーサンキュー。
「ハルカたちはどうなんだ? お前たちも魔法の練習してるよな?」
「うん。静かにできる訓練なんて、限られるからね」
俺たちの活動サイクルだと1日6時間ほど見張りの時間があるわけだが、その時間にできる事は限られる。
ドタバタと訓練をしていては他のメンバーが眠れないので、その間にできるのは音を立てない訓練や読書など。
なので、俺を含め、大半の時間は魔法の訓練をしながら過ごしているのだ。
「基本的には光魔法の訓練をしてるんだけど……」
「上手くできているかは解らないんですよね。何となくの手応え、程度で」
ハルカとナツキが顔を見合わせ、困ったように苦笑する。
「どういうことだ?」
「ほら、実際に効果が見えないでしょ? 高レベルの光魔法になると」
「あー、かける相手が必要か」
レベル7の『
いずれも健康な人に対して使っても、何の効果も無い。
「効果が目に見えないからなぁ……」
「ちなみに、『
「え、マジで? 全然気付かなかった」
ちなみに『
「よく解らねぇけど、閉じ込められていてもイライラしてないのはその効果か?」
「あー、それはあるかもな」
俺たちのメンタリティが強いわけではなく、魔法の補助があったと考えれば、納得できる部分もある。
帰れるかどうか解らないまま1ヶ月、って普通に考えればそれなりの極限状態だし?
「でもそれらって、レベル6とか7の魔法だよね? 使えるようになったの?」
「だから練習段階だって。上手く使えてるか判らない部分はあるし」
「回復魔法は、発動すれば良いわけじゃないですからね」
いずれの魔法もそうなのだが、光魔法や時空魔法は、『発動する』と『使える』には結構差がある。
例えば『
その熟練度によって、効果は『僅かに欠けた指を治せる』程度から、『無くなった腕を再生できる』までピンキリ。
俺の『
故に、【光魔法 Lv.10】になっても『光魔法をマスターした』とはとても言えず、見方によっては、『光魔法の基礎をマスターした』程度かも知れない。
「ちなみに、トーヤは何してるんだ? お前、すること無いだろ?」
「いや、オレもぼけーっとしてるわけじゃねぇよ? 確かに魔法は使えねぇけど、本読んだり、筋トレしたりしてるからな? おかげで【筋力増強】がレベル3になったし」
【索敵】スキルの関係で、俺とトーヤが同じ組になる事は無いので知らなかったのだが、そんな事をしていたらしい。
「微妙に暑苦しいんだけどね、隣でやられると」
「ひどっ!? 音を出さないように苦労してんのに!」
「だって、トーヤって逆立ちして、プッシュアップしながらニヤついてるのよ? 嫌じゃない?」
「あー、それはちょっと……」
隣でそれをやられると、確かに嫌かも知れない。
「私もそれは思ってました。頑張ってるので口にはしませんでしたが……」
「うぐっ……」
ハルカと交代でトーヤとペアになるナツキにも言われ、トーヤがヘコむ。
ちなみにユキは、時空魔法を練習する関係で俺と固定ペアになっていて、トーヤの痴態は見ていない。
「いや、だってさ! 出来なかった事が出来るのって嬉しくないか!? 向こうでは逆立ちでそんな事できなかったし」
「む……」
男としてそれはちょっと理解できるかも。
だが、ナツキとハルカの共感は得られなかったらしい。
「せめて汗臭くないように、定期的に『
「あ、それ私も」
「アレ、そんな理由だったのか!? 2人とも気が利くなぁ、とか思ってたのに……」
2人の遠慮の無い言葉に、更にヘコむトーヤ。
そんなトーヤに対しハルカが手をかざし、呪文を唱えた。
「はいはい。『
その言葉と共にトーヤの頭がぼんやりと光を放ち、トーヤが驚いたような表情を浮かべた。
「あ……なんか気持ちが楽になった。え、こんなのにも効果があるのか? その魔法」
「実験だったけど、一応発動したみたいね。――やっぱり、メンタルヘルスに効果があるのね」
『狂気』まで至っていなくとも、精神疾患に効果がある魔法なら、感情的な起伏に対しても効果があるってことか。
俺たち自身が本格的な精神疾患に陥る可能性は低いと思うが、不安感や恐怖感を取り除けるだけでも魔法の意味はありそうだ。
「あ、もしかして、さっきまでの言葉は、この実験のため?」
「いえ、本心だけど?」
『本当は暑苦しいとか思ってない?』と期待を込めたトーヤの視線を、ハルカはバッサリと切り捨てた。
「ぐはっ!」
「ははは……いえ、トーヤくん、半分冗談ですから。実験の方がメインで」
そんな事を言ってトーヤを宥めるナツキだが、半分は本心と言っているよな、それ?
「普段だとあまり使い道が無い魔法ですけど、今は閉所に閉じ込められている状況ですから、頑張って練習してるんです。誰かが錯乱したときに、回復できるように」
「私たちは大丈夫、って思いたいけど、パニックムービーなんかだと、ストレスで切れちゃった人から崩壊が始まるからねぇ」
「あぁ、あるね。ホラーとかサスペンスでも」
「こんな所に居られるか!」とか言って1人になったり、逃げ出したりした人から殺されたり、おかしな行動を取って他の人を窮地に陥れたり。
今のところ俺たちに問題は起きていないが、状況としてはパニックムービーさながらである。
誰かが錯乱して自暴自棄になる可能性もゼロとは言えない。
そんな時、ハルカたちが『
「いきなり野獣になられても困るからね。獣人だけに」
「ならねぇーよ!」
「ナオ、襲う場合は順番を守るんだよ?」
「何だよ、順番って!?」
「それはもちろん、最初は告白からでしょ? ……何を想像したのかな? かな?」
「何も想像してないっ!」
ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて顔を近づけてくるユキを押し返し、俺は嘆息する。
そりゃ、そういう気持ちが無いと言えば嘘になるが、正直、誰かとくっついたり、もしくは破綻したりすると色々ギクシャクしそうだから、踏み込みづらいんだよなぁ。
俺たち、運命共同体だから。
幸い、俺たちはまだまだ若いし、冒険者は晩婚――この世界の基準では、だが――なので、先送りする余裕がある。
それぞれが自立できるようになれば、また状況も変わる可能性もあるしな。
「――意気地なし」
何か聞こえたような気もするが、俺は難聴系主人公の如く、その言葉を頭の片隅に追いやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます