171 罠

 ダンジョンに向かうと決めた俺たちだったが、その日の朝も起き出したのは、かなり早い時間だった。

 すでに本格的な夏になってしまったため、以前と同じ時間帯に活動すると、ダンジョンへと向かうまでの道中で体力を消耗してしまうのだ。

 比較的軽装の俺たちでも、下着、シャツ・ズボン、鎧下、鎖帷子、上着、革鎧と着ているのだ。なかなかに暑い。

 そして、この中で一番の問題は鎧下。他の服は薄くできるのだが、衝撃の吸収を目的としている鎧下は、薄くすると意味が無い。

 冬場には防寒着としてなかなかに優秀なのだが、夏場になると最悪である。

 現代に於いても、薄くて耐刃性のある素材はあっても、衝撃吸収に関してはそう簡単にはいかないので、どうしようもない部分はある。

「ま、ダンジョンが見つかったのはある意味、幸運だったよな」

「そうね。他の冒険者に比べれば、ね」

 ダンジョン内は薄着だとやや肌寒いほど。普段の装備でちょうど良いぐらいなのだ。

 夏場に探索するのにはとても良い。

「ラファンだと、夏場もあまり仕事が無いんだよね?」

「木こりの人たちが、あまり木を切り出さなくなるからね。……正確には、無いんじゃなくて、請けたがらない、だけど」

 暑いことも理由の1つだが、一番は時期的に木材の伐採には向いていないこと。木が良く成長する夏場に伐採した木材は、品質的にはあまり良くないのだ。

 そのため、夏場の主な仕事は森の下草刈りなどの整備になる。長期的展望に立って、地味に森の管理を行っているのだ、この町。

 この作業は木こりは当然として、護衛として雇われる冒険者もやらされるため、仕事として人気が無いらしい。

 まぁ、気持ちは解らなくもないが、そのあたりを真面目にやるかどうかが信用に関わってくるんじゃないだろうか?

 きっとそんな面倒な仕事も真面目にやる冒険者が、依頼の少ない冬場にも仕事を請けられる冒険者になるのだろう。


 久しぶりに訪れたダンジョンだったが、若干アンデッドの数が回復していただけで、あまり変化は無かった。

 ただし、以前斃したアンデッドとは違い、武器を持っていなかったため、今回のアンデッドは純粋にダンジョンの生み出した魔物なのかも知れない。

 もしくは俺たちが前回訪れたときには森にいて、あれ以降に外から戻ってきたのか。

 以前同様、時々でも白鉄の剣を持ったスケルトン・ナイトが出てくれば良い儲けになるのだが、残念ながら前回スケルトン・キングを斃した場所に辿り着くまで、出てきたのは普通のスケルトンとゾンビだけであった。

「特に変化は……ないですね」

「スケルトン・キングの復活も無いし、通路もそのまま。ボス部屋とか、そういう物じゃないんだろうなぁ」

 ゲームであれば、ボス部屋に入ると斃すまで出られないとか、時間が経てばボスがリポップするとか、あるところだろうが、ここの状況はリポップどころか普通のスケルトンすらおらず、下へと続く道にも変化が無い。

「しかし、やはり嫌な予感がしますね。明確には言えませんが……」

「変わらずか……」

 下へと続く道を覗き込み、不吉なことを言うのはナツキ。

 前回ダンジョンから戻った後、ナツキからは『何があるのかは解らないが、罠がある可能性がかなり高い』という事はすでに聞いていた。

 なので、それに対する準備はきちんと行っている。

 まずは食料。

 ありがちな罠として『岩が落ちてきて通路が塞がれる』とか『壁が崩れたり、落とし穴で戻れなくなる』という可能性を考慮して、買い置きしていた物、収穫した物、作り置きしていた料理など、可能な限りを持ち込んでいる。

 具体的には年単位でダンジョンに籠もれるぐらい。

 不測の事態が発生しても、『焦らなければなんとかなる』の精神である。


 次に道具。

 以前から持っていたショベルや鍬に加え、ツルハシやロープ類など、使えそうな物を追加で買い込んでおいた。

 穴掘りなら魔法でなんとかできるとは思うのだが、用心するに越したことはない。

 本などを参考にしつつ、『荷物になる』などは考えずに集めたので、何かあってもできる事は多いはずだ。

「そいじゃ、ま、降りようぜ」

「ちょっと待って。その前に一度、このあたりで野営しましょ。まだ夕方だけど――」

「朝、早かったもんね」

 そんな準備があるからか気軽に言ったトーヤを、ハルカとユキが制止した。

 地図があるおかげで最短距離を進んでこられた俺たちだったが、町からダンジョンの入口まで、そしてダンジョン内で歩いた距離もそれなりに長く、かかった時間もそれなり。

 ダンジョン内なので気付きにくかったが、ハルカの持っている時計を見れば、確かにそろそろ休憩しておくべき時間になっていた。

「あー、しゃあねぇか。なんか、気勢が殺がれるけど」

「新しいところに行くんだ。万全を期すべきだろうな」

 ちょっと不満そうながら、ハルカたちの言い分に間違いが無いことも解っているのか、トーヤはため息をつきつつ、野営の準備を始めたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 下へと続く通路は、人が2人並ぶのは難しいほどに狭く、高さも2メートルに満たない狭い物だった。

 緩やかながら確実により深くへと続く道は想像以上に長く、3分以上も歩く事になった。

 そして辿り着いたのは、特にこれまでと変わったところの無い洞窟。

 そこはやや広めの部屋の様になっていて、通路は降りてきた道と、もう1つだけ。

 敵の反応は無い。

 ダンジョンだけに、もうちょっと劇的な変化があるかと少し期待していたのだが、残念ながらそんな事は無かった。

「本当にダンジョンなのか、怪しくなるような変化の無さだな」

「でも、異常に暑いとか、異常に寒いとか、あり得ないような環境でも困るでしょ?」

「そりゃな。快適空間なら言うこと無いが」

 これまで見つかっているダンジョンの中には、ハルカが口にしたように、階段を降りると突然灼熱の空間、などという非常識な環境もあるらしい。

 他にも、異常に広い空間やら、なぜか明るい空間やら、外の自然環境が再現された空間やら。

 一説によると、ダンジョン内の階層は別の世界へと繋がっているとか。

 先日購入した本で紹介されていた説なので、どこまで正しいのかは不明なのだが、少なくともダンジョンの広がるエリアと、その地上部の広さや地形などが一致しないのは良くある事らしい。

 とは言え、マジックバッグを作れるような時空魔法もあるわけで、そこからいきなり『別の世界』へと飛躍するのは行き過ぎな気はするのだが。

「しかし、罠は無かったか。結構、緊張してたんだがなぁ……」

 ホッとしたような、それでいて微妙に釈然としないようなトーヤの言葉に、ナツキが少し申し訳なさそうに口を開く。

「すみません。何分、感覚的な物でしたから……」

「無いなら無いで良いだろ。土木工事が不要になったんだから」

 正直、予想以上に長かった通路。

 これを掘り起こすハメになるのは遠慮したい。

 ナツキの罠感知の精度がイマイチなのは少し気になるが、ここに関してはむしろ無くて助かったと言いたい。

「ま、そうよね。それじゃ、先に進みましょうか。ユキ、面倒だとは思うけど、またマッピング、お願いね」

「りょーかい。スキルのおかげで大分楽になったから、気にしなくて良いよ」

 ユキがマッピング用の道具を取り出したのを確認し、俺たちが部屋から出ようとした、その時――。


 ズドドドドッ!!!


 背後から響いたのは、鈍く重い音だった。

「なっ!?」

 慌てて振り返れば、俺たちが降りてきた通路から土埃があふれ出て、部屋の中にもうもうと舞っている。

「時間差かよ……」

「やっぱりありましたか……」

 当たったことが嬉しい、とも言いづらい、なんとも微妙な表情を浮かべるナツキ。

 トーヤがそんなナツキの横を通り抜け、土埃を払いつつ通路の中を覗き込むが、すぐにこちらを振り返り、ため息をついて首を振った。

「ダメだ。完全に埋まってる」

 俺も音が収まったのを確認して近づくが、覗き込むまでもなく状況は明確だった。

 崩落した土砂がすぐそこまで来ているのだから。

 ハルカに頼んで『光』を通路の中に飛ばしてもらうが、十数メートルほどの所で完全に天井まで埋まり、隙間も見当たらない。

 俺たちは数百メートルほど通路を降りてきたわけだが、崩落部がそのごく一部、と考えるのは都合が良すぎるだろう。

「通路を塞ぐ罠かー。想定の範囲内ではあるけど……」

 ユキもまたその通路を見上げつつ、予想外に広範囲に及んでいそうな崩落に困ったようにため息をつく。

「面倒くせぇけど、掘り起こすか?」

「いや……それよりは探索を進めないか?」

 トーヤの提案に少し考え、俺が首を振ると、トーヤは少し意外そうな表情を浮かべた。

「良いのか?」

「食料は十分にある。水も『水作成クリエイト・ウォーター』で出せる。もしかすると、他の出口もあるかもしれない。そのことを考えれば、時間を使うのはちょっと無駄じゃないか?」

「それはありますね。普通の洞窟なら、空気の心配をするところですが、ダンジョンと考えるなら、窒息という可能性は排除して良さそうですし」

 そうか、洞窟だと空気の問題があったか。

 ダンジョンならそのへんは問題ない……ないよな? たぶん。

 万が一あったら、風魔法の『空気浄化ピュリファイ・エアー』で対処してもらおう――ハルカに。俺は練習していないので、この魔法は使えないのだ。

 あと、残念なことに風呂には入れないが、そこは『浄化』で我慢できるし、トイレもある。

 つまり、ダンジョンという環境に耐えることさえできれば、直ちに命の危険は無いということになる。

「ま、数ヶ月ほど探索をした後でも、十分に食料は残ってるし、それまでの間はナオに頑張ってもらうことにしましょ」

「俺?」

「1年も昼夜問わず特訓すれば、転移とかできるようになるでしょ?」

「なんか、無茶振りが来た!?」

 当然と言うべきか、時空魔法には『転移テレポーテーション』という魔法がある。

 この魔法自体はレベル6に分類され、覚えること自体はそこまで難しくはないのだが、これで転移できるのは自分一人という制限がある。

 パーティーメンバーをまとめて転移させるためには、もう1つ上の『領域転移エリア・テレポーテーション』を覚えなければいけない。

 すでに【時空魔法】をレベル5まで上げている俺からすれば、確かに数ヶ月も訓練すれば、覚えること自体は可能だろう。不幸中の幸い、と言うべきか、野営時の見張りで時間だけは十分にあるのだから。

 だが、転移系の魔法は使えるようになる事よりも、遠くへ転移できるようにする事が難しい。

 『転移テレポーテーション』を使えるようになっても、最初のうちは視界内に飛ぶぐらいのことしかできないのだ。

 火魔法など他の魔法であれば、どのレベルの魔法でも、使えるようになった時点でそれなりに活用できるのだが、時空魔法は全く異なり、使えるだけではほぼ使い道が無い物が殆ど。そこからが長いのだ。

 『希少』とか『難しい』とか言われるだけあって、ある意味で他の魔法とは一線を画している。

「『領域転移エリア・テレポーテーション』で最低でもこの上の階層まで、か。……努力はする」

「大丈夫なのか? もしこの通路が掘り起こせなかったら、ナオの魔法がオレたちの命綱って事になるんだが……なんか、使いやすくする方法とかねぇの?」

「一応、『転移ポイント』ってのはあるんだが……」

 それは魔道具の一種で、俺の魔力を込めた転移ポイントを設置することで、そこへの転移が少しやりやすくなるというアイテム。

 但し、作るためには錬金術が必要な上、当たり前だが事前に置いておく必要がある。

「つまり、今の状況では無意味、か」

「設置してないからな」

 『転移テレポーテーション』自体、まだまだ練習段階で、とても実用レベルにはなっていなかったので、転移ポイントなんて考えていなかった。

 今考えれば、ハルカに協力してもらって、自宅に設置しておくべきだったかもしれない。

 ……いや、自宅だと遠すぎてやはり無意味か。

「大丈夫でしょ、ナオなら」

「はい。ナオくんならきっとやれると思います」

「ガンバレ、ナオ! 応援してる!」

 平然と言うハルカに、穏やかな微笑みで俺のことを信じてくれるナツキ。

 そしてサムズアップしてニッコリ笑うユキ。

 信頼してくれるのは嬉しいのだが――。

「期待が重い! ――つか、ユキはこっち側だろうがっ!」

「はっはっは、時空系の素質持ちでエルフのナオに敵うわけないじゃない?」

 『何言ってるの?』的な表情を向けてくるユキに、俺の表情が引きつる。

 ステータス的な面だけを見るならその通りなのだが、ユキって案外要領が良いし、素質持ちはユキも同じ。そして何より俺が一人で訓練するのは精神的にちょっとキツい。

 ダンジョンに閉じ込められている今の状況。余裕はあるとは言っても、限りのある食料。そこから出られるかどうかが俺1人の肩に掛かるというプレッシャー。

 少しくらい、お付き合いしてくれても良いんではなかろうか?

 いや、きっと良いはずだ。

 むしろ、すべき。

 そんな気持ちを瞳に込め、俺は握りこぶしをプルプルさせつつ、笑顔を浮かべる。

「訓練、付き合ってくれるよな?」

「――はい」

 良かった。

 俺の誠意が通じたようだ。

 ――ユキの視線が、気持ちを込めた俺の瞳ではなく、拳の方に向いていたのは、きっと気のせいだろう。

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