143 装備を新しくしよう

 各種試食の後で向かった食糧確保の成果は、なかなかに悪くなかった。

 普通の魚はいつも通り毛針で爆釣。

 ウナギは専用の罠を増産して設置、それなりの量を確保できた。

 当初は罠での捕獲を考えていたスッポンについては、結局、手作業で捕まえた。

 小さな物はともかく、大きいスッポンなら、多少頑張れば【索敵】で十分に感知できるんだよな、実際。ウナギと違って素手で十分に捕まえられるし。

 面倒くさそうな専用罠を作製するほどの必要性は無かった。

 大山椒魚は積極的には捕まえなかったが、売値は高いので、見つけたら捕まえるという程度。

 そんな息抜き兼食糧確保を数日ほど行って、ラファンへと戻ってくると、ガンツさんに頼んでいた武器が完成していた。

 予定通りではあるのだが、いつもながら仕事が早い。


 今回新調したのは、トーヤの剣、ナツキの薙刀、俺の槍、それにハルカとユキの小太刀である。

 使用頻度とコストの関係で、それぞれのサブウェポンに関してはそのままである。

 ハルカは弓がメインウェポンなのだが、こちらは素材を属性鋼に変えれば済む様な物では無いため、一先ずは保留として、ガンツさんに継続的に検討してもらうことにしている。

 鏃を属性鋼に置き換えた物に関しては数本ずつ作ってもらっているので、それである程度の攻撃力は確保できるだろう。

「バランスは今の武器と同じようになっているはずだが、確認してみてくれ」

「小太刀は……少し細くなってますか?」

 小太刀を受け取ったハルカが今使っている物と見比べて、首を捻る。

 俺も横からそれを見てみると、新しい小太刀は確かに細身になっており、どちらかと言えば鉈に近いイメージだったこれまでの物に比べると、随分と小太刀のイメージに近づいている。

「あぁ、それはトミーが担当した奴だな。属性鋼は魔鉄や青鉄よりも強度があるからな。それでも今までの物よりも強度は上だぞ?」

 それに対し俺とナツキの武器は、大きさはそのままで重量だけが軽くなっているらしい。強度は素材の分だけ上昇しているので、その上昇幅は小太刀よりも大きい。

「トーヤの剣は重量も重要だから、そこは変えてねぇ。その分、若干デカくなってるが、扱えるよな?」

「おう! 多少の違いぐらい、どうにでもする」

「そうだ。得意な武器があるのは当然だが、それ以外で戦えねぇようじゃ冒険者としては失格だ。武器屋としちゃ業腹だが、武器を失う可能性もあるんだからな」

 受け取った剣を軽く振ってニヤリと笑うトーヤに、ガンツさんも深く頷く。

 ガンツさんの言うとおり、冒険者であるならば、武器の破損、紛失の可能性は常に考えておく必要がある。

 だからこそ俺たちもサブウェポンを持っているわけで。

 マジックバッグのおかげで頼りないナイフなどではなく、まともな武器を持ち歩けるのは大きなアドバンテージだろう。

「ま、もし使いにくいようなら持ってきな。調整してやる。普通なら、錬金術師による後処理が終わると調整はできねぇんだが、お前たちは――」

「はい。自分でやるから大丈夫です」

 ガンツさんの視線に、ハルカが頷く。

 今回の武器はハルカとユキが後処理を行うことで完成に至るわけだが、当然ながら、この処理のあとで武器の調整を行ったりしてはそれが無駄になり、再び錬金術による処理が必要になる。

 その処理には再び費用が必要になるため、普通なら簡単に調整なんて行えないところなのだが、俺たちの場合はその費用が不要なのだ。

 若干の素材費用は必要なようだが、ハルカたちの手間を除けば、精々がその程度である。

「しかし、お前ら、武器だけならこの街でもトップだな、恐らく」

「そうですか?」

「ああ。普通に金で買える範囲なら、属性鋼を使った武器は最高峰だぜ?」

「これ以上の武器は買えない、ですか?」

「無理だな。属性鋼も入手できねぇわけじゃ無いが、この街だと注文しても届くまでかなりの時間がかかるんだぜ? ――そもそもこの街で買うヤツもいねぇが。オーク相手でもオーバースペックだぜ?」

 今回、俺たちがガンツさんに支払う代金は、金貨で数百枚。

 これまで購入してきた武器の値段を考えれば安いが、これは属性鋼という素材を持ち込んだためで、普通に購入したとするならば、金貨千枚は優に超えることだろう。

 確かにかなり――いや、滅茶苦茶高い。他の物に比べて武器は高い物とは言え、ウチの家が軽く建つ額である。

 だが、それにしてもこれ以上の武器が買えないとなると……。

「他の町に行っても買えませんか?」

 俺の問いに、ガンツさんは苦笑して首を振る。

「目玉商品とかならあり得るが、普通にはまず売ってないな。一番可能性があるのはオークションだが、かなり割高だぜ? 使いもしねぇくせに、貴族連中も見栄で入札するからな」

「そうですか……」

 ゲームで言うなら、序盤の町で店売り最強の武器が売っていたような気分である。正にラファンは、俺たちからすれば最初の町だし。

 尤も、流通があるにもかかわらず、町によって手に入る武器が大きく違う事の方が変なのだろう。

 特に、国の中心たる王様がいる街で、なぜか弱い武器しか売っていないゲームとか、不思議すぎである。

「ガンツさんもこれ以上の武器は難しいですか? 素材を持ち込んでも」

「……鍛冶屋としちゃ、無理なんて事は言いたくねぇんだが、簡単にはいかねぇな。一応、魔練鋼やミスリルも扱ったことはあるが……」

 『できる』と言えない事が悔しいのだろう。

 渋い表情を浮かべつつ、ガンツさんは言葉を濁す。

 だが、魔練鋼もミスリルも、特殊な金属で普通には流通していない物である。それを扱ったことがあるだけでも、鍛冶屋としては間違いなく一流である。

 ――なんでこんな町にいるのだろうか?

「ま、そのへんは手に入ってからで良いじゃねぇか。捕らぬ狸だろ?」

「それもそうね。まだこの武器も使ってないんだから」

 トーヤの言うとおり、属性鋼以上の金属を入手する目処も、自分たちで作る方法も判っていないのだ。未だ考えても無駄である。

「それよりお前ら、武器よりも防具を改善すべきじゃねぇのか? いい加減まともな鎧を身につけたらどうだ?」

 ガンツさんの指摘に、俺たちは互いの格好を見る。

 普通の服の上に簡単な部分鎧を身につけただけ。少なくとも外見上はそう見える。

 実際にはその下に、結構高価な鎖帷子を身につけているのだが、ガンツさんが言いたいのは、部分鎧では無く全身鎧にしてはどうか、ということだろう。

「今のところ、鎖帷子で困っていないんですが……動きにくくなるのは困りますし」

 ハルカが口にしたとおり、今のところ、鎖帷子で不足する状況というのは起きていない。

 基本的に攻撃は避けることを重視しているし、余裕の無い戦闘をしないように注意しているという事もある。

 尤も、実際に困った状況に陥った時には手遅れ、という可能性もあるのだが。

「だが、鎖帷子の弱点もあるだろう? 細い牙の噛み付きや衝撃には効果が薄い。それに、腕や足は無防備だ」

 ガンツさんが指摘する通り、斬られることにはかなり強い鎖帷子だが、鎖の間を通るような細い武器での攻撃、それに棍棒などによる打撃にはあまり効果を発揮しない。

 打撃に関しては鎧下のクッションである程度は軽減できるのだが、所詮は布なので、突き刺し攻撃には弱い。

 更に、今使用している鎖帷子はベストタイプで後ろはお尻のあたり、前側は股間のあたりまでしかカバーしていない。ひざすねには部分鎧を装着しているが、そこ以外の防御力は期待できない。

「動きやすさから、鎖帷子は捨てがたいのですが……何か良い方法はありませんか?」

「そうだなぁ、金を惜しまねぇのなら、鎖帷子を属性鋼で新調して、腕や足もカバーする物を作る方法はあるな。あとは鎧下の素材の変更、それにブーツやグローブあたりも更新すべきだろう」

 つまり、鎖帷子を長袖、長ズボンにすると言うことか。

 普通の金属鎧に比べれば軽いとは言っても、鎖帷子も金属である。やはりそれなりの重さはあり、そのこともあってベスト型にしたのだが、【筋力増強】も覚えた今であれば、その程度の重量も問題ないか?

 ブーツやグローブに関しては、普通の冒険者が使用する物で、特に良い物ではない。普及品だけに丈夫で使い勝手は良いのだが、言ってしまえば安物である。

 そしてそれは鎧下も同様。綿と麻を使用したごく普通の代物。何ら特別な効果は無い。

「ブーツやグローブは確かに考えるべき、でしょうね」

「鎧下か……何か良い素材とかあるか? 錬金術とかで」

「……検討してみるわ」

 耐衝撃吸収性の非常に高い物質とかあれば良いんだが。

 卵を落としても割れない、とかそういうヤツ。更に着心地も良ければ言うこと無い。

 今はまだ良いが、夏場は不安である。鎧下を薄くするとクッション性が削がれるし、厚くすると熱が籠もる。

 炎天下にいたら普通に死にそうなプレート・メイルに比べればマシだとは思うが、やはり快適さは考慮したい。

「でもガンツさん、属性鋼ってあまり錆には強くないよね?」

 そんな疑問を呈したのはユキ。

 今使っている鎖帷子はステンレスのような性質を持つ白鉄を利用しているため、手入れをしなくても錆を気にする必要も無いのだが、これを普通の鉄で作っていたら、油でも塗っておかなければ簡単に錆びてしまうだろう。

 そして属性鋼もそのあたりの性質は鉄に近いため、鉄ほどではないにしても、放置しておけば錆が浮いてしまうらしい。

「まめに手入れするってぇ方法もあるんだが、俺のオススメは白鉄によるコーティングだな。金もかかるがな」

 メッキみたいな物か。いや、普通に考えれば、メッキよりももっと厚いコーティングか?

 極薄のメッキでは鎖同士がこすれて、簡単に剥げてしまうだろう。

「俺としては、トーヤに関してはレザーでも構わねぇから、今の装備の上から全身鎧を着るべきだと思うがな。お前は獣人なんだ。それぐらいの体力はあるだろ? 身体を張って攻撃を受け止める可能性もあるんだぜ? ナオじゃ無理だろ?」

 ガンツさんのその言葉に、全員の視線が一瞬俺に向き、すぐに逸らされる。

 ……えぇ、そこを俺に期待されても無理ですよ? もちろん。

 獣人のトーヤに比べれば、エルフの俺なんて叩けば折れそうな、細い身体なのだ。

 実際にはそこまでひ弱では無いが、間違っても「ふんぬっ!」とか言って、身体で攻撃を受け止めるタイプでは無い。

「あとその盾。いい加減新調しろや。そいつは大して良いもんでもないし、大分草臥くたびれてやがる。危ねぇぞ?」

「あー、確かに最近、ちょっと気になってたんだよな」

 暢気なことを言ったトーヤに、ガンツさんの目がつり上がった。

 そして響く怒声。

「バカヤロウ! 気になってんなら対処しやがれ! てめぇも鍛冶師だろうが!!」

「はい! すみません!」

 その怒声に、トーヤはビシリと背筋を伸ばし、綺麗な角度で頭を下げる。

 いや、一応客なんだが……まぁ、それを指摘するのも野暮って物か。


 結局その日は、装備に関する話し合いや採寸などで日が暮れることになった。

 こちらに来る前からほぼ成長が止まっていた女性陣、それにエルフになった俺はあまり変化が無かったのだが、獣人になったトーヤは少し事情が異なった。

 身長こそ僅かに伸びただけだったが、胸板などは前回鎖帷子を購入したときよりも厚くなり、今の鎖帷子もちょっとキツくなっていたらしい。

 ガンツさんじゃないが、正に『対処しろよ』って話だが、金貨100枚以上……恐らくトーヤの物は200枚近くかかっているだけに、半年余りで交換するのは、と遠慮があったようだ。

 確かに俺でも、『200万円の服を半年で捨てる』となれば、かなり躊躇するだろう。

 一応下取りはしてもらえるようだが、鎖帷子は身体に合わせて作る物だけに中古品は売りにくく、かなり買い叩かれる事になる。

 だが、事は命に関わること。そこを節約する必要は無いだろう。

 後日そんな事をトーヤに言ったのだが、同じようなことはハルカたち3人からも言われたらしく、反省していたので、今後は大丈夫、なのではないだろうか?

 とはいえ、新調する鎖帷子の価値は、下手すると金貨1,000枚に届きかねない。実際には素材をこちらで用意するので、支払いはそこまでにはならないだろうが……一千万円の服……いや、本当に大丈夫か? 一応、注意してみておくことにしよう。

 金を節約して死ぬとか、ホント、無意味だからな。

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