142 ゲテモノ(?)を食べよう

「そういえば、魚とカニの備蓄が少なくなってるんだよね」

 ユキがそんなことを口にしたのは朝食の席でのことだった。

 それに大きく反応したのは、俺たちの中で一番よく食べるトーヤだった。

「マジか! 一大事じゃねぇか!」

「一大事、とまでは言わないが、ちょっと困るな」

 カニはスープや味噌汁の出汁としても、そしてそのまま食べても美味しいし、魚が購入できないこの街で、俺たちの獲ってきたヤマメとイワナは、唯一の魚料理である。

 あれ以降、数回ほどトミーと釣りに行ったのだが、その時は日帰りだったし、食糧確保と言うよりもレジャーであったため、カニは獲っていないし、釣ってきた魚の数もさほど多くない。

 食事のバリエーション的にも、魚の在庫は是非にも確保しておきたい。

「もう半年ぐらい前になるのよね、魚釣りに行ったの。スッポンは冬場に食べたけど、ウナギと大山椒魚も放置したままじゃない?」

 そう。実はスッポン、すでに賞味済み。

 ナツキが腕を振るって美味しく頂いた。

 そもそも数が無かったこともあるが、予想以上の美味さに、在庫はすでにゼロである。

「そうでしたね。醤油が無いからと保留にしていたら、忘れてました。今なら蒲焼きも作れますね」

「やっぱ、ウナギは蒲焼きだよね! ……他の料理、食べたこと無いけど」

 釣行から帰ったあとは少し話題に出たこともあったウナギだったが、醤油無しで美味しく食べられそうな料理が思いつかなかったこともあり、何時しか放置されていたのだ。

 「蒲焼きは無理でも、白焼きなら」という話もあったのだが、「ワサビ醤油もなしに?」という声で没になった。

 別に塩でも食べられないことは無いと思うのだが、日本人的には、ウナギは蒲焼きのイメージが強すぎる。

 ちなみに、ナマズに関しては普通に調理されて、フライとして提供されている。変なクセも無いし、普通に美味い。

「釣りに行くにしても、先にウナギとかの味見をしてからにしたいよな。美味ければ追加で捕まえてきたいし、不味ければ捕まえても無駄になるし」

「しかし、捌けるのか? ウナギと大山椒魚。大山椒魚はもちろん、ウナギも素人には無理だろ?」

「恐らくなんとかなると思います。部位毎に分ければ、トーヤくんの【鑑定】で食べられるかどうかは解りますよね?」

「……多分?」

 ナツキに問われ、やや自信無さそうながらも頷くトーヤ。

 大抵の場合、綺麗に切り分けられていれば、それが食べられるかどうかは【鑑定】で判別できるのだが、それはある程度【鑑定】のレベル、つまりトーヤの知識に依存する。

 かといって、知らないことが全く解らないわけでは無い。

 『1を聞いて10を知る』、ほどには便利では無いが、『1から7を聞いて10を知る』程度には便利なスキル、それが【鑑定】である。

 ちなみに、タスク・ボアーなどは【ヘルプ】でも『獣(食用)』と表示されるのだが、これは一般人でも知っているようなメジャーな物に限定されるようだ。

 例えば、バインド・バイパー。

 あれを【ヘルプ】で確認しても『食用』とは表示されない。

 それは、バインド・バイパーの肉が普通に肉屋に並ぶほどにはメジャーでないからだろう。

「問題は大山椒魚ですね。ウナギは身と肝以外は廃棄で良いでしょうから」

「骨も食べようよ! 骨煎餅にできるんだよね?」

 「食べたこと無いけど」と付け加えつつ、期待に瞳を輝かせるユキに、ナツキは苦笑しつつも頷く。

「あぁ、それもありましたね。じゃあ、骨も追加ですね」

「それじゃ、取りあえず捌いてみましょ。元手はタダみたいな物だし、ダメ元でも良いでしょ」

「だよね。ナオとトーヤは……ちょっと待ってて。そのうち、毒味……もとい、味見要員として呼ぶから」

 そう言ってキッチンへと入っていく3人を見送り、俺とトーヤは顔を見合わせた。

 ウナギはまだしも、大山椒魚。不安である。

 貴族が金貨数十枚で求める以上、ちゃんと料理すれば美味いんだろうが……どうなることやら。


    ◇    ◇    ◇


 ユキに「待ってて」と言われた以上、どこかに出かけるわけにもいかず、俺とトーヤは食堂でできる訓練をしていた。

 俺は魔道書を読みながら魔法の訓練、トーヤはドタバタしなくても行える筋トレ――いや【筋力増強】の訓練である。

 空き時間にやることが訓練以外無いというのも何だかなぁ、という気もするが、手軽にできる娯楽が無いのだから仕方ない。

 漫画は当然として、娯楽小説も見たこと無いし、ボードゲームやカードゲームなども売っていない。

 生活に余裕も出てきたし、自分で作っても良いんだが……。

 カードゲームに使うような硬い紙は見たこと無いし、使うなら木の板か? いや、錬金術ならそれっぽい樹脂とか作れたりするかも知れない。

 自分だけで簡単に作れる物なら……麻雀とかだろうか? 土魔法でダイスを作れるようになった俺なら、牌を作るぐらいは簡単だろう。数が数だけに、面倒ではあるが。

 う~ん、これは良いかもしれない。――面子が集まるなら。トーヤはできるが、ハルカたちは麻雀、やったことあるのか?

 そんなとりとめも無い事を考えながら訓練を続けていると、ナツキから声がかかった。

「お二人とも、ちょっと来てください」

「おっ! できたのか?」

 不安もあるだろうが、ウナギを食べられるという嬉しさの方が強いのか、トーヤがいそいそとキッチンへと向かい、俺もその後を追う。

 キッチンに入ってふわりと鼻腔をくすぐったのは、醤油が焼ける良い香り。

 小さなウナギの蒲焼き、それが一切れ載った小皿が、俺とトーヤの前に差し出された。

「まずはウナギです。どうぞ」

「「いただきます!」」

 これは不安が無いので、一口でパクリ。

 ――うん。美味い。とても美味い。

 脂が乗っていながらしつこさも無く、ふわりと柔らかい身。それに甘辛いタレの味が良く合っている。これが醤油じゃないとか、言われなきゃ気付かないな。

「すげぇな! ご飯に乗せて食いたい!」

「同感。米を捜す旅に出たいぐらいだ」

 和食のおかずが食べられるようになると、やはりご飯が欲しくなる。

 本気で探してみても良いかもしれない。

「次は大山椒魚だけど、こっちはまだ調理してないのよ。トーヤ、確認して」

「おう」

 台の上には綺麗に腑分けされた大山椒魚が。あまりに綺麗に並んでいるので、少々シュールである。

 それを見ながらトーヤが「これは食える、こっちはダメ」とか指摘しているのだが、ダメな部位が殆ど無い。

 その食えるの基準が、『食べても死なない』ではなく、『美味しく食べられる』なら良いんだが……。

「しかし、綺麗に捌いたもんだな?」

「うん、実際、ウナギも捌くのには苦労しなかったよ? 【調理】スキルのおかげか、それとも【解体】スキルのおかげかは解らないけどね」

「――あぁ、【調理】も【解体】も、結構レベル上がってるもんなぁ」

 普段斃す大物に比べれば随分小さいが、これも解体と言えば解体だろう。

 そう言っている間にも分類は終わり、トーヤが『ダメ』と判定した物は捨てられたのだが……殆ど減ってないな?

「さて、『食べられる』と『食べたい』は違うわけですが……」

 俺の懸念はナツキも感じていたようだ。

 残った物を眺めて、少し不安そうな表情を浮かべる。

「さすがに大山椒魚の料理は食べたこと無いですから……適当にやってみましょうか」

「そうね。シンプルにソテーして味見してみましょ」

 ナツキが大山椒魚の部位を少しずつ切り分け、それをユキとハルカがソテーにする。

 ユキとハルカの調理工程だけを見ていれば普通の料理なのだが、その横で行われるナツキの解体工程が食欲を減退させる。

「さ、どうぞ」

「味付けはシンプルに塩のみだよ! 素材の味を味わってね」

 ユキの発言だけ聞くと、なんだか高級料理を出されたような気になるが……お前たち、味見してないよな?

「……匂いは、悪くないな」

「そうだな、生臭いとか、そんな感じは無いな」

「見た目も問題ない」

「そうだな。白っぽい肉だな」

「……トーヤ、お先にどうぞ?」

「いやいや、ナオこそ。まさかハルカとユキの料理、食えないとは言わないだろう?」

 ぐっ……確かに食えないとは言えない。

 だが、元の姿を見ているだけに勇気が要るぞ?

「――それじゃ、俺はこっちを食うから、トーヤはそっちな?」

「あっ!」

 俺はハルカが調理した身の部分を手に取り、ユキが調理した内臓の方はトーヤに押しつける。

 何となくだが、万が一の際にもこちらの方がダメージが少なそうである。

 ――まぁ、内臓は種類が多いので、結局喰うことにはなるんだろうが。

 俺は指の先ほどの肉をフォークで刺して、そのまま口に放り込む。

「……おぉ!?」

 なんか予想外。

 鶏のササミのような淡泊な味を想像していたのだが、もっとジューシーで旨味がある。

 肉汁があふれ出る、みたいなことは無いのだが、噛む度に脂っこさの無い肉汁が染み出てきて、なんとも美味い。

 更にほんのりと香る匂いが良いアクセントになっている。名前から想像したような山椒の香りとは違うのだが……これもある意味で肉の臭みか? だが、それが良い。キツすぎれば欠点になるであろうそれも、僅かであれば利点となる。

「くっ、安牌を取りやがって……モツか……【鑑定】先生、信じてますっ!」

 トーヤがそんな事を言いつつ、目を瞑って内臓のソテーを口に運ぶ。

 そのまま、モグモグと。

「……ん? う~ん……うーむ」

 唸りつつ首を捻るトーヤ。

 表情を見るに、不味いわけでは無さそうだが……。

「どうなのよ?」

 感想を言わないトーヤに業を煮やしたのか、ハルカが催促する。

「……普通? いや、美味いと言えば美味い。魚の肝とか、そのへんを食べているような印象。ただ、たくさん食べるような物じゃねぇかな?」

「モツって、一種、珍味だしなぁ」

 烏魚子からすみしかり、イカの塩辛しかり、海鼠腸このわたしかり。

 いずれもちょっとだけ食べる物である。

 フォアグラなんかはステーキにして食べたりするようだが、それにしても脂の多い物だし、ガッツリ食べる物ではないだろう。

「美味く食べられるかは、調理方法次第じゃね?」

「なるほどね」

「他の部位も……似たような物か」

 トーヤに勇気づけられ、俺も他のモツを口にしてみるが、メチャメチャ美味いって感じでも無い。

「少なくとも、これに金貨数十枚はやり過ぎだと思うな」

「まぁ、料理……というか、高級食材の値段って味とは別の所にあるからねぇ。珍しいだけで、日本でも値段と味が比例するわけじゃないし」

 俺の感想に、ユキが苦笑しつつ、そんな事を口にする。

 ある程度は『美味い物は高い』のだろうが、『高ければ美味い』とは限らない。

 そして『安くても美味い』ものはある。

「俺もキャビアとアジのなめろう、どちらが美味いかと聞かれたら、後者と答えるからなぁ」

 もちろん新鮮で脂の乗ったアジなら、という前提ではあるが、正直、希少性が無ければマグロよりも価値があると思っている。俺の好みからすれば。

 俺の言葉に、きっと良い物を食べているであろうナツキも苦笑を浮かべる。

「フォアグラ、トリュフも美味しいは美味しいのですが、毎日食べたい物ではありませんよね。たまに少しだけ食べるから美味しい物ですから。私も普段の食事なら、ナオくんと同感です」

「つまり、大山椒魚は食べるよりも売った方が良い?」

「オレはそう思うぞ? そりゃ、たまになら食べても良いと思うが」

「それは俺も同感かな? よっぽど美味い食べ方でもあれば別だけど」

 他に美味い食べ物が無いのならともかく、売る当てがあるのなら、自分たちで食べるのは勿体ない。

 少なくとも今の俺からすれば、金貨数十枚払って食べたいと思えるような食材ではなかった。

「そうですか。取りあえず今回は捌いたので食べるとして……私も味見して、調理方法を考えますので、少し待っていてください」


    ◇    ◇    ◇


 再び待つこと暫し。

 ナツキたちが作り上げたのは、鍋だった。

 以前手に入れたスッポン用の鍋を使い、スッポン鍋風に仕上げてある。

「今後食べることも無さそうですし、風味を生かすため、薄味に仕上げました。濃い味付けにすると、大山椒魚かどうかすら解らなくなりますからね」

「それならそれで良い気もするが……いただきます」

 鍋からにょきっと、2つにカットされた大山椒魚の足らしき物が出ているが、スッポン鍋を経験した俺たちにとって、その程度は問題ない。

 1つ手に取り、齧り付いてみる。

「……おぉ、結構美味い」

「予想以上に良い出汁が出てるわね。でも、スッポンの方が美味しいかしら?」

「モツも案外いけるよ?」

「だが、やっぱ、金貨数十枚……数十万円の鍋の味じゃねぇな」

「いや、数十万円に見合う鍋の味って、どんなだよ。ふぐちりだって、1万円も出せば食えるだろ」

 無駄に高級食材をぶち込めば別かもしれないが、数十万円もする鍋料理なんて、日本で聞いたことも無い。

 『う、ま、い、ぞーー!』とか言って、口から光線でも吐き出すのか?

「そのへんは、完全に貴族の道楽……んー、見栄ってヤツなんじゃないの?」

 正にユキの言うとおり、『こんな希少な食材を手に入れられる俺スゴイ』という、そんなアレなのだろう。

 そんな事を言いつつも、ハルカたちの【調理】スキルは伊達ではなく、見る見るうちに減っていく鍋の中身。

 そして食べ終わった結論としては……。


 ・ウナギは可能な限り獲る!

 ・大山椒魚は売る!

 ・スッポンはやっぱ美味い!


 であった。

 ご飯が無いのは残念だけど、やっぱ蒲焼き、美味いよね?

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