閑話:スッポン鍋
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126話前後の話です
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冬のとある寒い日。
俺たちはかねてからの懸案となっていた物を前に、唸っていた。
平べったい甲羅に4本の足、そして長い首を持つアレ。
そう、スッポンである。
爬虫類はマジックバッグの規制対象外なのか、幸い生きたまま運ぶことができたので、すでに数日かけて泥抜きは完了。
後は調理して食べるだけなのだが……。
「スッポンの調理、したことある人なんていないわよね?」
「ないよー。食べたことあるのもナツキだけなのに」
当然俺も調理方法なんて知らない。
見た目はかなりアレなのに、これを食べようと思うなんて、さすが日本人、根性がある。
「私もうろ覚えの知識しか無いですが……取りあえず、頑張ってみましょうか」
桶から取り出したスッポンを『ドン』とまな板の上に乗せるナツキ。
甲羅の横幅だけでも40センチを優に超えるビッグサイズだが、うちのまな板も、広い厨房に合わせてビッグサイズなので、問題は無い。
普通なら無駄に大きくしすぎると、洗う時に重すぎて不便なのだろうが、ハルカたちは十分に力があるし、『浄化』もあるので、使いやすいように特注サイズにしたらしい。
「なかなかにでっかいな。最初はもっと小さい方が良くないか?」
「いえ、内臓を確認しないといけないので、大きい方が解りやすいかと」
「あぁ、それは確かに」
スッポンの殆どの部位は食べられるらしいが、哺乳類ではない分、部位と言われても解りにくい気はする。特に小さいと。
「そもそも、もう1匹も少し小さいだけですよ?」
「そうだったか。結局2匹しか捕まえてないもんなぁ」
別にスッポンを捕まえに行ったわけではないので、たまたま見つけた2匹を捕獲しただけなのだ。
もしこれで美味ければ、本格的に捕まえることも考慮に入れるべきだろう。
「さて。では捌いていきましょう。えっと……ナオくん、スッポンを押さえておいてください」
「了解」
まな板の上で、カシャカシャと足を動かして逃げだそうとしているスッポンの甲羅を、ナツキに代わって押さえる。
ナツキは包丁を取り出すと、威嚇するように伸ばしているスッポンの首をガッシリと掴み、そのままぐいっと引き伸ばして――。
「えいっ!」
ズバッ。
可愛いかけ声とは裏腹に、豪快に切り落とされる首。
ぶしゃっと吹き出る血。
「「「………」」」
揃って無言になる俺たち。
……いや、まぁ、これまでも散々解体なんかしてきてるんだが。
哺乳類を捌く方が生々しいし。
「血は要りませんよね。捨てますよ?」
そう言いながら、スッポンを流しの上で逆さまにしようとしたナツキにストップをかけたのは、トーヤだった。
「スッポンの血を飲むとか聞いたことあるが、どうなんだ?」
「お酒に混ぜて飲むみたいですが、そもそも私たち、お酒を飲みませんし、別に美味しいわけじゃないみたいですよ? 飲みますか?」
「なんだ、美味くないのか。ならいらね」
「いや、美味い血ってどんなだよ……」
血なんて生臭いだけで、普通、食べる物じゃないだろ。
獲物を仕留めたときも、如何に上手く血抜きをするかが重要なんだし。
「でも、ソーセージ作りで血を混ぜることもありますから、必ずしも不味いわけではないのかもしれませんが……」
「母乳なんかは、ヘモグロビンの含まれない血液って話もあるしねぇ」
「母乳……」
一瞬、ナツキの胸に目をやってしまい、慌てて目を逸らす。
「なに~~? ナオ、興味あるのぉ?」
「残念ながら、私はまだ出ませんよ?」
「あ、いや……、母乳の味なんて覚えてないな、と思っただけだから! うん」
ニヤニヤと笑いながら俺の顔を見るユキと苦笑するナツキに、俺は慌てて言い訳をする。
別に嫌らしい気持ちが無かったのは本当である。
ついナツキに目が行ったのは、ナツキのバストがこの3人の中では一番大きいから。
と言っても実際には普通サイズなのだが、ユキはちょっと控えめで、ハルカはエルフになったせいか、そのユキよりもやや小さくなっている。
本人は「楽になったわ」とか言っていたので、別に気にしてはいないようだが。
「私も母乳の味なんて覚えてないけど、そんなに美味しい物ではないみたいよ? 乳糖が多く含まれるみたいだけど、糖とは言っても、あんまり甘くない糖だし」
いや、ハルカ、冷静に解説されると、それはそれで……。
「出るようにしてくれたら、飲ませてあげるわよ?」
「その時は、責任を取ってもらわないといけないけどね~」
「そりゃ責任は……って、違う! 今はスッポンの話だろ!」
悪戯っぽい笑みを浮かべるハルカとユキに、一瞬流されそうになり、慌てて軌道修正。
おかしな事を口走りかけた。
「ふふっ、そうですね。血も出なくなりましたし、続きをしましょう」
ナツキも笑って、スッポンをまな板の上に戻す。
すでに動かなくなっているので俺は下がって、後ろから見物。
「次は甲羅を外していきます。エンペラと硬い部分の境目に包丁を入れれば良いはずです」
トミー謹製の包丁の切れ味は良いようで、サックリと差し込まれた包丁によって、ぐるりと1周、甲羅に切れ込みが入る。
「これで取れるはず……よし。取れました」
ナツキが甲羅を取りのけると、見えてきたのはスッポンの内臓。
ごちゃっと入っていて、何が何やら解らない。
「これって、どこを食べるんだ?」
「基本的に、内臓は殆ど食べられますよ? 膀胱と胆嚢がダメだったはずですが……どれでしょう?」
「膀胱は気を付けないと危ないよね」
俺たちも獲物を解体するときには、特に膀胱や腸など、消化器官の扱いには気を付けている。
間違って傷つけたりしたら、尿やら糞やらが漏れ出てきて……。
解体に慣れない最初の頃には失敗して、かなりの部分を廃棄した苦い記憶もある。
尤も、俺たちが普段狩る獲物はサイズも大きいし、哺乳類の場合には消化器官も解りやすいので、すぐに慣れたのだが……。
「スッポンも爬虫類だから、総排出腔があるわよね? そこから遡っていけば……」
「これ、でしょうか?」
「多分それね。ついでに、腸の部分も取ってしまいましょ」
「腸は一応食べられるはずですが……まぁ、少し気になりますし、消化器官は廃棄しましょう。エンペラに切れ目を入れて……」
ハルカたちみたいな美少女が額を突き合わせ、少々グロテスクなスッポンの内臓を指さしながらあれこれ言っている姿はなんとも言えないが、膀胱の確認はできたらしい。
高い【解体】スキルのおかげか、ナツキは特に失敗することも無く膀胱と腸を取り出し、残飯入れへ。
「次は胆嚢ですね」
「胆嚢……胆汁が出る場所よね。つまり、肝臓から繋がっている臓器……」
「肝臓はこれでしょうね。大きいですし。胆嚢は……これですね。色が違いますから」
ナツキが取り出したのは、思ったよりも小さい臓器。丸くて黒っぽいそれも廃棄。
「後は食べられますので、切り分けていきましょう」
サクサクと、足を切り取り、エンペラを切り取り、内臓を分類し。
大量のよく判らない物がまな板の上に並ぶ。
「後はこれを水で洗って……あ、爪も不要ですね。これも廃棄っと」
ナツキは切り分けた物を水洗いしながら、足先の爪も切り取って廃棄する。
そんな風に並んだ内臓の1つをユキが指さし、疑問を口にする。
「この黄色いのはなに?」
「これは卵でしょうね。獲った時期の問題か、ちょっと数が少ないですが結構美味しいですよ? このままでも良いですが、塩漬けにしたりもするみたいですね」
「へぇ、卵なんだ……。後は料理するだけ?」
「いえ、甲羅や足などは湯通しして、皮を剥く必要があります。これを怠ると、臭くなるらしいです」
「そうなんだ? でも、ナツキ、良く知ってるね。捌いたことは無かったんだよね?」
「はい。知識として多少知っているレベルですが、それでも上手くできるのは、【解体】か【調理】スキルのおかげでしょうね」
湯を沸かし、その中に甲羅や足を入れてサッと湯通し。
引き上げて皮を引っ張ると、綺麗に剥ける。
それでも見てくれはあまり良くないが。
「これで下拵えは完了ですね。次は料理です。まずは土鍋。これが重要です」
そう言ってナツキが取り出したのは、ちょっと大きめの、少し浅い土鍋。
うちで使っていた物よりも一回り以上は大きいだろうか。
俺の家は3人家族だったので、俺たち5人、それも大食いのトーヤがいることを考えれば、これぐらいは必要なのだろう。
「土鍋って持ってたのか」
「買ってきました。例のインスピール・ソースの壷やお皿なんかを買ったお店で。需要は少ないみたいですが、一応売ってました」
「普通の鍋じゃダメなんだ?」
「同じ土鍋で何度もスッポン鍋を作ることで、味が染み込んで美味しくなるとか。話によると、ですが」
「なるほど、鍋を育てていくわけか」
普段使っている鉄鍋では無理な話である。
「そんな感じです。十分に育った鍋だと、お湯を沸かしただけでも美味しい、とか言いますが……本当でしょうか? 一応、目止めもしてますから、あんまり染み込まない気もするんですけど」
「――? 目止めってなんだ?」
首を捻ったトーヤに答えたのはハルカだった。
「土鍋って、使い始める前に、お粥とかを炊いて陶器の隙間を埋める作業をするのよ。割れにくいように。でもお米が無いから――」
ハルカに視線にナツキが頷き、応える。
「今回は小麦粉を使いました」
「これをやる事で長持ちするらしいわ。私も実感したことは無いけど。土鍋、買ったこと無いし」
「そりゃそうだ」
普通の高校生は土鍋なんて買う機会は無いだろうし、『目止めを忘れて簡単に割れた』なんて経験をすることも無いだろう。
「取りあえず、甲羅と骨でスープを作っていきますね」
ナツキが土鍋に水を入れて火にかけ、甲羅と骨を放り込んで煮込んでいく。
「スッポン鍋は高温にするのが良いそうです。コークスを使ったりするそうですが、幸い、うちのコンロは魔道具ですから、超高温にすることも可能です。が、鍋が耐えられないと思いますので、程々でやりますね」
待つこと暫し。
だんだんと鍋の水が濁って脂が浮いてくる。
「良い感じにスープが出たら、甲羅と骨はポイします。塩と香草で味を調えたら、今度はスッポンの身と内臓を入れていきます。……やはり、料理をするときには日本酒が欲しいですね」
「だよねー。和食にワインはさすがに使えないし……」
「アルコールだけなら蒸留する方法があるけど、それじゃ意味が無いしね」
十分に美味い料理を作ってくれていると思うが、やはり調味料には不満がある様だ。
かといって、日本酒は作れないしなぁ。
焼酎ぐらいなら、イモや麦があるからなんとかなりそうな気もするが……焼酎って、料理酒の代わりになるのか?
「さて、そろそろできますよ。お箸とかお皿、準備してください」
「おっけー」
食堂へ移動し、それぞれの食器などを準備していると、ナツキが鍋を持ってやって来た。
ささっとユキが敷いた鍋敷きの上に置かれる土鍋。
その見た目は……正直あまり良くない。
内臓類もそうだし、まるで沈み行くナニカのように突き出た足もちょっとアレ。
美味いと聞いていなければ、箸を伸ばすのに少々躊躇するレベル。
「味は薄味なので、足りなければ醤油っぽいインスピール・ソースを付けてください。それでは頂きましょう」
「「「いただきます」」」
ニッコリと笑うナツキに唱和した俺たちだったが、すぐには手を伸ばさない。
とは言え、高級料理だし、作ったのはナツキ。
その味は信頼できるはずで……。
「取りあえず、この肉から」
いきなり手から行くのはちょっと勇気が要るので、ここは形の解らない肉を選ぶ。
鍋からつまみ上げたその肉を、そのままパクリ。
「ふむふむ……結構あっさり?」
「そうね。旨味はあるけど、食べやすい感じね」
俺に続いて箸を伸ばしたハルカが、ちょっと驚いたような表情で口元に手を当て、コクコクと頷く。
「私はエンペラを酢醤油で……本当はポン酢が欲しいところですけど」
「柚子とか
ハルカが使っているのは、醤油風インスピール・ソースに、白ワインで作ったワインビネガーを混ぜた物。
基本的に赤ワインばかりのこのあたりでは、ほぼ見かけない代物らしいが、たまたま見つけて少し高いながら購入してきた物である。
「うん、プルプルが美味しいです」
酢醤油に浸けてエンペラを食べたナツキが、頬を緩める。
慣れないせいもあるとは思うが、見た目はやっぱり微妙なんだがなぁ。
「うわっ、このスープ、めちゃ
「ホント! シンプルなのに……。これだけでもご馳走だよ!」
トーヤとユキの感想を聞き、俺もお玉でスープを掬い、自分の皿に移して飲む。
「……おぉ、美味い」
「ご飯があれば、雑炊にしたら美味しいんですが……残念です」
「それはちょっと残念だけど、普通にスープとして美味しいから十分だよ」
うん、それはその通り。
だが、このスープで作る雑炊も食ってみたい。
「これだけ美味しいと、時々食べたい気はするけど……下拵え、結構大変だよね?」
「そうですね、ちょっと面倒ですよね、食べられる量に比べると。オークとかだともっと簡単にたくさんのお肉が食べられますし」
捌いて不要な部位を除けたり、湯通しして皮を剥いだり。
ズバッと腹を割いて、内臓をドバッと捨てればそれでオッケーなオークなどに比べるとチョイと面倒そうである。
オークも皮を剥いだり、食べられるモツを取ったりする手間はあるが、レバー1つ取っても、それだけでこのスッポン以上の可食部が得られるのだ。掛かる手間が全然違う。
「私とユキが手伝って……【解体】と考えればトーヤとナオもできるかしら? 1度に処理して保存しておけば……」
「いや、気にするだけ無駄じゃね? そんなに獲れないだろ」
「確かにあと1匹だけしかいませんが……」
「そうなのよね、1匹だけなのよね」
少し残念そうに、いつの間にやら残りの少なくなった鍋を見つめる俺たち。
見た目は悪いのに、美味い。
くっ……なんてヤツだ。
「今度行くときには、スッポン用の罠でも用意していかない?」
「それも良いわね。でも、爬虫類だから、よく考えないと窒息して死んじゃうわね……」
前回使った、ウナギやカニなどを取る罠は完全に水没しているので、そこにスッポンが入ってしまうと、窒息死してしまう事になる。
なんだかイメージが涌かないが、水死するんだよなぁ、スッポン。
時々水面に上がって、呼吸をしているのは見たことあるが、つまりは川底に設置しても、上部が水面の上に出るような大きい籠とか網にする必要があるわけで……。結構大変そうである。
そして、頑張って作ったとしても、上手く掛かるのかどうかは解らない。
前回も見かけたのは1匹のみで、もう1匹は索敵に引っかかったから捕まえたスッポンである。
――もしも1匹もかからないようであれば、【索敵】を駆使して、直接捕獲を狙ってみるべきか? 美味いスッポン鍋のために。
僅かな時間でスープだけになったスッポン鍋を見ながら、俺はそんなことを思ったのだった。
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