139 ラファンへの帰還
「お帰り。どうだった? ……って、それなりに収穫はあったみたいだな?」
俺たちを迎えてくれたトーヤは、その時こそ訓練をしていなかったものの、冷たい物を飲みながら汗を拭いているあたり、しばらく前までしていた可能性が高そうである。
残していった馬車は少し離れたところに停められ、馬は馬車から外して側の木に繋がれている。
「まぁな。見ての通り、馬が5頭に馬車が2台。金も多少あったから、稼ぎとしては悪くない」
「なるほど。ま、そのぐらいの恩恵は欲しいよなぁ。人を殺すんだから」
「言い方は少し気になるが、否定はできないな」
あとは、人助けをしたという満足感か。
お金だけの問題なら、俺達からすれば魔物でも倒していたほうが気楽である。
「まあ今は、無事に討伐が終わったこと喜びましょう。トーヤ、直ぐに出発できる?」
「馬を繋げばすぐにでも。あ、でもその前に『浄化』、良いか?」
トーヤのお願いに、そばにいたナツキがささっと『浄化』をかけ、汗や埃で汚れたトーヤをきれいにする。
そのことにトーヤはお礼を言い、直ぐに馬を馬車へと取り付けた。
「馬車は一人ずつが操るとして……馬は荷台の後ろに括り付けておけば大丈夫かしら?」
「大丈夫でしょう。馬は賢いですから、普通についてきてくれると思います」
「じゃ、それでいきましょ。ちょっと御者をする時間が長くなるけど、頑張りましょ」
「そうだな」
労働時間は3倍になるわけだが、荷台にいたところであまり楽でもないので、大した問題でもない。
最初は俺とトーヤ、それにハルカが御者を引き受け、俺たちは街道をラファンへと向かって進み始めた。
◇ ◇ ◇
その日の夜利用した、ハルカたちの作ったトイレの出来は素晴らしかった。
少なくとも、日本で利用したことのある仮設トイレよりも良い。
あえて欠点を挙げるのなら、普通の冒険者が持ち運ぶにはサイズが大きいことだが、俺たちにはマジックバッグがあるし、草原であれば十分なスペースがあるため、特に問題にはならなかった。
畳半分ほどの平地が確保できれば設置は可能なので、よほどおかしなところで野営をするのでない限り、使えないということはないだろう。
「しかし、あと2日か。ちょっとまどろっこしくはあるよな」
「馬車も増えたんだ、仕方ないだろう」
「まぁ、そうなんだが」
乗り心地の悪い馬車に我慢をして、ただゆっくりと進む。
これがあと2日も続くとなれば、トーヤの気持ちも分からなくもない。
だが、ギルドで借りた馬車を放置することはできないし、盗賊から手に入れた馬車も捨てていくにはもったいない。
何かしらの暇つぶしでも見つけて、我慢するしかないだろう。
「夕食、できたわよ」
「と言っても、マジックバッグから出しただけですけど」
「それで出来立てなんだから、問題ないさ」
幌馬車がある今回の俺たちの野営スタイルは、テントを使わずに馬車の荷台で寝るスタイルである。
一応、たき火だけは熾しているが、料理は調理済みのものをマジックバッグから取り出し、これまたマジックバッグから取り出した折り畳み式のテーブルに並べるだけ。
気分的に、お茶はたき火で沸かしているが、これもマジックバッグの中に熱いものから冷たいものまで数種類は入っているので、必要性はなかったりする。
「1人のときは、話し相手もいないし、暇なんだよなぁ」
「まぁ、風景も代り映えしないしな」
5人で3台の馬車なので、ローテーションによって、どうしても1人で馬車に乗るタイミングが発生する。
今日の俺の担当のときにはなかったが、確かに1人だと雑談もできない。
「なに? 馬車に乗っている時の事?」
「そう。お前たちは暇じゃね?」
「私はナツキたちとおしゃべりしてたけど……」
「あたしは、魔力操作の練習をしてたかな? 幸いというべきか、なんというべきか、眠たくなるほどには座り心地良くないし、馬車って」
今日の午後、1人で御者を担当していたのはトーヤとユキ。
ユキは1人で暇だった時間、訓練に充てていたらしい。これは、道沿いに歩かせるだけなら、ほぼ何の操作も必要ない馬車の利点といえるかもしれない。
「居眠り運転しても、そうそうぶつかることはなさそうだけどな」
馬だって何も考えずに障害物に突っ込んだりしないし、あえて道を外れることもないだろう。
地味に、衝突回避システム完備である。
むしろ危ないのは、眠って御者台から転げ落ちることだろうが、俺たちの中にこの振動の中で眠れるやつがいるとは思えないので、これも心配は無用だろう。
「オレは魔法、使えないしなぁ……」
「いや、努力してみたらどうだ? 魔法としては使えなくても、魔法の武器を使うときに意味があるかもしれないだろ?」
「なるほど。一理ある! 【筋力増強】とかができるんだから、確かに無意味ではないよな!」
うむうむと納得したように頷くトーヤに、ナツキがやんわりと声を掛けた。
「話が纏まったのなら、トーヤくんも早く食事を済ませてくださいね? することも無いですし、早く寝て、明日も早めに出発しましょう」
「了解。その方が早く帰れるしな!」
◇ ◇ ◇
残り2日間は特に特筆すべき事は無かった。
あえて言うなら、訓練とは言っても、ずっと続けることはできず、やはり移動中は暇を持て余したことぐらいだろうか。
逆に、6頭になった馬の世話はなかなかに大変だったのだが……良い経験になったと思うしかないか。
ただし、俺たち全員、馬を飼おうというモチベーションが大分下がったのは間違いない。犬猫を飼うようには簡単ではないので、本当に飼うつもりなら、かなりの覚悟が必要そうである。
ラファンに入る前にはマジックバッグに入れていた物を馬車に乗せ直し、そのままギルドへ向かった。
冒険者ギルドに併設された馬車置き場に馬車を並べ、馬車の見張りにトーヤを一人残して俺たちはギルドの中へ向かう。
馬車が空荷だったためか、スムーズに進んだ旅程のおかげで、ラファンに着いたのは午前中の時間帯。ギルドの中は閑散としていた。
「あら? ハルカさんたちじゃないですか。お久しぶりです」
「おはよう、ディオラさん」
俺たちを迎えてくれたのは、いつものようにディオラさんだった。
若い受付嬢がいないのは変わらずだが、ここで活動した期間も大分長くなっただけに、ディオラさんに迎えられると安心感はある。
「今日は、ケルグで受けてきた依頼の処理をお願いしに来たんだけど……」
「ケルグ? ……あぁ、町を出ておられたんですね。解りました。では依頼票を」
ハルカが取りだした依頼票を見たディオラさんは、少し顔をしかめる。
「冒険者崩れの盗賊ですか……残念なことですね。それで、無事に達成されたと?」
「えぇ。12人、残念ながら、全員冒険者だったみたいよ。ギルドカードを持ってたから」
カウンターの上に置いたギルドカードを確認し、ディオラさんは深くため息をつく。
「全員、ラファンで登録した人ですね。ケルグに移動したあと、上手く行かなかったんでしょうか……」
「私としては、真面目さが足りないだけじゃ無いの? と思うけどね。あと、盗賊のアジトで手に入れた物は、私たちがもらっても良いのよね?」
「はい、原則としてはそうなります」
ややはっきりとしないディオラさんの言葉に、ハルカが首をかしげる。
俺もそう聞いていたんだが、何か例外があるのだろうか?
「原則としては? 何か問題があるの?」
「法的には問題はありません。ただ、その品物に有力な商人や貴族が関わっていた場合、返せと言ってくる可能性が……」
「なるほど。法的には問題なくても、面倒があるって事か」
幸い、これまで横暴な貴族に出会った経験は無いが、面倒くさい貴族の登場や悪徳商人の登場は、ある意味、定番ではある。フィクションでは。
「はい。見つけた物をギルドに全部売却して頂ければ、そのあたりはすべてギルドが対応しますので――」
「冒険者としてはその方が安心、なわけね。ただし、その分、安くなる、と?」
揶揄するようなハルカの言葉に、ディオラさんは苦笑を浮かべつつ頷いた。
「まぁ、ギルドの運営にもコストがかかりますから。独力で渡り合える力があれば、ご自分で処分されるのも良いと思いますけど……結構面倒ですよ? 貴族とかの相手って」
そう言ってため息をつくディオラさんの言葉には、実感がこもっていた。
このギルドでそういった対応するとなれば、おそらくはディオラさんの仕事。その経験からの言葉なのかも知れない。
ギルドの後ろ盾があってそれなら、ディオラさんよりも経験が浅く、後ろ盾も無いオレたちが独力で対処するのはなかなかに厳しいだろう。
今回得た物にそんな労力をかける価値があるかと言えば、否である。所詮は金で買える物で、多少の利益を惜しむ必要があるほど金にも困っていない。
その程度のことで、妙なところと悪縁を結ぶ事になるのも嬉しくない。
俺たちは視線を交わして頷き合うと、すべての品物をギルドに売ることにしたのだった。
盗賊の討伐報酬、馬車と馬、それに積み荷。量が量だけに、それらすべての評価が終わるのには、当然ながらしばらく時間がかかる。
細かいことを言うのなら、一緒について回って評価額を聞くべきなのかもしれないが、そのへんは信用してすべてお任せ。俺たちはギルドの中でのんびりと待つことにした。
そんな俺たちの下に、ディオラさんが重そうな袋を持ってやって来たのは、小一時間ほど経ってからのことだった。
「大変お待たせしました。予想以上でしたね」
ディオラさんが「よいせ」とテーブルの上に置いた袋から、ジャラリとお金の音が響く。
「被害者には申し訳ないけど、幸運なことに、ね」
「安全な道かどうか、護衛を雇うかどうかなども含めて商人の才覚ですから、気にする必要は無いと思いますよ。少なくともハルカさんたちは、新たな犠牲者が出るのを防いだのですから」
冒険者同様、そのへんも含めて自己責任というのがこの世界の考え方らしい。
安全に移動したいなら利益を減らして護衛を雇う。
より多く儲けたいなら危険なエリアで商売をしたり、護衛をケチる。
そこにベットされるのは自分の命なワケで、なかなかに商人の世界もシビアである。
「取りあえずこちらが報酬と買い取り金になりますが……内訳のご説明、しましょうか?」
「必要ないわ。信用してるから」
「そうですか。ありがとうございます。それではトータルだけ。端数は切り上げで168万レアになります」
「「おぉ」」
「……結構行ったわね?」
「はい。魔鉄が大きいですね。他に混ざっていた錬金金属も、それなりの額になりましたし」
俺たちの家の値段以上かぁ。
でも、今の俺たちの装備一式と同じぐらいと考えると、冒険者もなかなかに金がかかる商売である。高く売れたという魔鉄や錬金金属を使った上で、鍛冶師の技術がプラスされているのだから、仕方ないのだろうが。
「ハルカさんたちは、またしばらくはこの街に?」
「そうね、まだ何するかは決めてないけど、その予定。そろそろ別のこと、する予定だし」
「あぁ、冬の間は結構稼いだと聞いていますよ? ギルドを通してくれれば、嬉しかったんですけど」
「シモンさんとの繋がりができたからねぇ」
「まぁ、信頼できる相手がいれば、中抜きされるギルドを通す必要は無いですよねぇ。――魔物だけでもそれなりに利益は出てますから、良いんですが」
普通なら冒険者自身で木材を市場に出すことは難しいため、そこをギルドが代替するのだが、俺たちの場合は、シモンさんという知り合いがいた。
仲買人や市場を中抜きした、いわゆる産地直送である。中抜きされた方は面白くないだろうが、双方にとって利益が大きいのだ。やらない理由が見当たらない。
しかし、若干恨まれそうな気もしたので、できるだけ俺たちのことは知られないようにしたのだが……。
「私たちがやってた事って、結構知られているのですか?」
ナツキもそのことが気になったのだろう。ディオラさんにそう質問したが、ディオラさんは首を振る。
「いえ、一部の人には、ぐらいですよ。私はほら、ナツキさんたちが北の森の魔物を持ち込んでいるのを知ってますし、同時期に北の森の木材が流れたら解りますよね?」
「確かに解りやすいですよね」
「大丈夫ですよ。ギルドは他に情報を流したりはしませんから。まぁ、あまり心配しなくても、普通はちょっかいを出す人なんていないと思いますよ? 北の森で活動できる冒険者とか、危険じゃないですか」
ディオラさんの言い方では、『手を出すのが危険』なのではなく、まるで『俺たちが危険』なように聞こえる。
自分で言うのも何だが、下手な冒険者パーティーよりよっぽど安全ですよ? おかしな事をされなければ。
「危険って……そりゃ、何かあれば反撃はしますけど。完膚なきまでに。立ち直れないように」
――ユキの言葉で、微妙に信憑性が無くなってしまったが。
「でも、ディオラさん、普通じゃない相手がいる可能性は?」
「どこにでも愚かな人はいますから……盗賊に堕ちる冒険者がいるように。あまり有名になると、『北の森で活動できるのは何かカラクリがある』とか思う愚か者が出る可能性も?」
困ったような表情でディオラさんが小首をかしげる。
別にディオラさんに責任は無いのだが、そうなると面倒だなぁ。
「魔物に関しては普通に戦ってるだけですけどね。木の運搬に関しては……まぁ、アレですけど」
「襲われたら、やっちゃっても問題ないよね?」
「無理しない範囲で手加減してもらえるとありがたいですが……面倒事を避けるなら、あまり人目に付かないようにコッソリと、が良いですよ?」
「おう……素敵なアドバイス、ありがとうございます?」
『犯罪が簡単に解る水晶』みたいな物は存在しないので、目撃者がいなければ、オッケーと。
神様は実在するのに、そのへんまでは関与してないようだ。
アドヴァストリス様と話した感じでは、そこまで甘やかすつもりは無い、という印象は受けた。
まぁ、どこまでが犯罪に当たるのかを神が決めるべきなのか、それとも社会契約に求めるのかは難しいところである。元の世界でも、犯罪の基準を宗教に求める国もあったし、法はともかくとして、道徳が宗教をベースとしている国は案外多かった。
ある程度は人が人として自立すべきで、神として譲れない境界を越えたら天罰が、というところだろうか。
お布施を横領などしたら天罰が下るみたいだし、おそらくは神を利用する行為に関しては厳しいのだろう。
サトミー聖女教団も今のところは問題ないようだが、仮に実在の神の聖女と名乗ったりすれば、一発で神罰を喰らうんじゃないだろうか?
「うちのギルドとしては、ハルカさんたちには期待を掛けてますから。上手いこと『やって』くださいね?」
「う、うん。解ったわ……」
具体的なことは何も言わないが、明らかにちょっとヤバげな事を示唆しつつ、ニッコリと微笑むディオラさんに見送られ、俺たちはギルドを後にしたのだった。
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