136 盗賊の討伐 (2)

「――ん? これは……」

 ケルグを出発して半日ほど。

 昼食も終え、再び移動を開始した俺の【索敵】に、気になる反応が見えた。

 魔物とは違う反応。

 ――なるほど、これが敵意ある人間の反応か。

 今の俺たちの格好は、冒険者とは解らないように全員フード付きのローブを着込み、御者台に座るのは1人のみ。他の4人は姿が見えないよう、幌付きの荷台に隠れている。

 現在、馭者を担当しているのはトーヤ。所詮半日程度のレクチャーなので、腕に大差は無く、数時間毎に交代しながら進んでいる。

 俺は御者台の後ろに全員を集めて、トーヤにも聞こえる様に声を掛けた。

「ここからおおよそ200メートルぐらいのところで待ち伏せている。人数は12人だな」

「お、もう来てくれたか。ありがたいな」

 トーヤは少しホッとしたような声で応え、少し馬車の速度を落とした。

「12人ね……私とナオ、ユキの3人でやれば半分は斃せる可能性は高い……かしら?」

「上手く不意打ちができれば、だよな。トーヤ、お前なら俺たちの『火矢ファイア・アロー』を避けられるか?」

「……警戒していれば何とか?」

 トーヤは少し考えてそう応えた。

 最初にスキルを貰った後、何も考えずに使える物を『火矢ファイア・アロー』の『ノーマルバージョン』とするならば、現状俺たちが使っているのはアレンジを加えた『高速・高威力バージョン』なのだが、トーヤなら避けられるのか……。

「確殺を狙わずに、『火球ファイアーボール』を3人で打ち込む方法もあると思うけど……」

「上手く纏まっていてくれれば、戦闘力は奪えそうよね」

 『火球ファイアーボール』も直撃すれば、人間の上半身が吹き飛ぶぐらいの威力があるのだが、『火矢ファイア・アロー』との大きな違いは、着弾したときにある程度の範囲に炎が広がるところだろう。

 魔物の素材を狙う場合にはちょっと不都合なのだが、人間相手であれば火傷という状態異常はかなり効果的な行動阻害要因だろう。

 難点は、『ちょっと人道的にどうなの?』という心理的な部分。

 そしてそれはナツキも同様だったようで――。

「私としては、『火球ファイアーボール』よりも、『火矢ファイア・アロー』の方をお願いしたいですね。襲ってくる相手ならともかく、火傷で苦しむ人にとどめを刺せるかと言われると、まだ少し自信がありません」

「……なるほど。それはあるわね。それじゃ、『火矢ファイア・アロー』で行きましょ」

「それじゃ、ユキが右から2人、ハルカが中央から2人。俺は、隠れている敵がいたら狙い、いなければ左からと言うことで。不意打ちが成功したら後は、いつも通りで良いか?」

 ハルカがちょっと考えて頷きつつ、ナツキたちに声を掛ける。

「トーヤとナツキ、キツそうなら、今回は不参加でも良いと思うけど……どうする? 魔法で殺す方が抵抗感も少ないと思うし」

「人数的には対応できそうだよな」

 上手くすれば不意打ちで半分になるだろう。

 対峙した時の距離次第だが、残り6人なら魔法だけでも斃せる可能性が高い。

 だが、トーヤはそんな俺たちの言葉を、すぐに首を振って否定した。

「いや、るぞ? ハルカやユキに任せて、オレが見学とかダメだろ」

「……私もやります」

 少し沈黙を挟んだ後、ナツキも言葉少なに応え、少しだけこわばった表情で薙刀を握り締める。

「そうか。それじゃ……そろそろ動きがありそうだぞ」

 俺がそう言って数秒後、トーヤが馬車を止めると同時に声が響いてきた。

「止まれぇ! おい! 命が惜しけりゃ、荷を置いて行きな!」

 【索敵】の反応を見ると、なんとも無防備なことに、全員が出てきて道を塞いでいるようだ。

 尤も、ケルグとラファンの間はこれまで安全だったので、高価な物でも運んでいない限り、冒険者を護衛に付けることも無く、彼らも油断しているのだろう。

 しかし、『命が惜しけりゃ』って言っているが、冒険者ギルドの情報によると、この盗賊たち、荷物を奪った後、商人も殺してるんだよなぁ。

 たまたま近くにいた冒険者からギルドに情報が入ったのだが、それが無ければ討伐依頼が出されるまでには今しばらくは時間がかかっただろう。

 ちなみにギルドに報告した冒険者は、襲われる商人を助けるわけでもなく逃げているわけだが、普通は契約関係にもないのに多数の盗賊相手に助けに入るとかしないので、責められるようなことではない。

 そんなのは英雄願望のある一部の人間か、自分の実力を過大評価している人間、もしくは本当にとんでもない実力のある人間である。

 トミーと一緒にこちらに来た奴らはやったようだが、その結果がアレなので、彼らは『過大評価している人間』という分類になるだろう。あまり賢いとは言えない。

「盗賊か!?」

「盗賊か、だと? ガハハハ」

「この状況で、盗賊以外何がある? 大丈夫か? ゲハハハァ」

 トーヤの誰何すいかに盗賊たちから笑い声と、馬鹿にしたような言葉が上がるが、それだけ聞ければ問題は無い。

 俺たちの場合、文字通り『必殺』なので、誤射とかするとかなりマズい。なので、間違いは無いと思っていたが、一応は訊ねてもらったのだ。

 俺はハルカ、ユキと頷き合うと、御者台と荷台を区切っていた布を一気にまくり上げ、即座に狙いを付けて、3人ほぼ同時に魔法を放つ。

「「「『火矢ファイア・アロー』!」」」

 突然の状況変化に、盗賊の反応は鈍かった。

 放たれた6本の『火矢ファイア・アロー』にほぼ反応することも無く、6人の盗賊が頭を吹き飛ばされて倒れる。

「なっ!」

「魔法使い!?」

 盗賊たちが驚き戸惑っている間にも状況は動いていた。

 俺たちの魔法とほぼ同時に馬車から飛び降りたトーヤとナツキが、盗賊たちの先頭にいた2人を切り捨てる。

「トーヤ! 弓、左!」

 俺の言葉にトーヤが、彼の左側に残っていた弓を持った盗賊に向かい、それ以外の3人に対し、俺たち魔法使い3人の『火矢ファイア・アロー』が飛ぶ。

 当初の衝撃からある程度立ち直ってきていた盗賊たちだったが、それぞれが1本ずつ放った『火矢ファイア・アロー』の速度は、2本同時に使うよりも速く、着弾位置に若干のズレはありながらも、確実にその命を刈り取った。

「待ってくれ! なが――」

「あん?」

 最後の盗賊が何か言いかけたが、トーヤは少し眉を動かしただけでそのまま剣を振り抜き、その首を胴体から切り離した。

 そしてすぐさまトーヤが後退すると、その身体は首から血を噴き出しつつ、地面へと倒れ込んだ。

 そのまま油断なく辺りを見回したトーヤだったが、他に動く者が居ないことを確認し、息を吐いて剣を降ろす。

「――お疲れ。上手いこと、作戦が嵌まったわね」

「そうだな。冒険者がいるというのは、予想外だったんだろうな」

 このあたりは平和なエリアだけに、彼らとしては、警戒の少ない商人から短期間で荷を奪い、討伐が行われる前に姿を消す、という予定だったのではないだろうか?

 ここに盗賊がいることはそのうち発覚するだろうが、商人を逃がさずに殺すことで、その期間を引き延ばすつもりだったのだろう。

 今回は運良く――盗賊からすれば運悪く、早期に発覚したため、逃げ出す前に討伐が行われることになったわけだが。

「ふぅ……取りあえず、後始末をするか」

「そうね」

 魔物ならともかく、人間の死体を放置するわけにもいかない。

 頭の無い死体が12個、そして、胴体と泣き別れになった頭部が3個。

 トーヤもナツキも的確に首を狩っているので、大した損傷も無く、地面に転がっている。

 それらをズリズリと1カ所に集める。

「そういえばトーヤ、最後の奴、何か言ってたが……?」

「聞こえたのか? 大したことじゃねぇよ。知り合いだったってだけだな。ほら、この首だな」

 トーヤが不機嫌そうにゴロリと転がした首は目を見開いた状態で死んでいた。

 その首を見てユキが顔を逸らし、ハルカとナツキも少し顔を青くする。

 無精髭と髪が伸びたその様相に一瞬解らなかったが……。

「コイツ、岩中か?」

「みたいだな。しばらく見かけなかったが、冬の間に何があったんだか……。まぁ、盗賊なんぞに身をやつしている時点で、同情なんぞしねぇけどよ」

 そう言いながらもトーヤは、少々複雑そうな表情を浮かべている。

 やはり、盗賊になっていたとしても、同じクラスメイトを手に掛けたことに、割り切れない気持ちもあるのだろう。

「ってことは、他の2人もこれのどれか、か」

 残り2つの首は違うので、俺かハルカ、もしくはユキが始末している可能性が高い。

 集めた死体の懐を探ると、実に12人全員がギルドカードを所持していて、そのうちの2つに徳岡と前田らしき名前があった。

 コイツらも苗字は登録してなかったし、下の名前も覚えてなかったのだが、ヨシローとノリユキってのは、ほぼ間違いなく日本人だろう。

 岩中と一緒にいる日本人ならば、あの2人の可能性が高い。あの後、2人と別れて、別のクラスメイトと組んだと考えるよりは自然である。

「真面目に働けば、生活ぐらいはできたと思うんだがなぁ……」

「それができなかったんだろ。言動から『この世界なら自分たちは』、みたいな傾向、あったしな」

 そんな事を話ながら、俺とトーヤは盗賊の死体から武器類を集め、財布も回収していく。

 防具も剥ぎ取れば売れるのかも知れないが、全員草臥くたびれた革鎧だったので、そのまま放置。

「悪いわね、2人とも」

「まぁ、このへんは男の仕事かな、と」

「料理とか、普段の生活では世話になってるしな」

 できる人ができる事をする、のが基本の俺たちだが、偏執的な男女同権主義者では無いので、自ずとある程度の役割分担はしている。

 普段の生活ではどちらかと言えば女性陣が手間のかかることを担当することが多いため、それ以外のことでは俺とトーヤが頑張ろうというのは、ほぼ暗黙の了解である。

 特に今はユキの顔色が良くないので、やや離れたところでナツキを付かせて休ませている。

 俺としては、相手が盗賊だったからか、元クラスメイトを殺したことにはさして心は痛まないのだが、やはり生首は少々刺激が強い。

 俺もできれば触りたくないので、仏さんには申し訳ないがコロコロと転がして集めている。――商人を皆殺しにした盗賊だし、別に良いか。きっと『ほとけ』じゃないし。

「しかし、武器の質、悪いなぁ。ほぼくず鉄だな、これは」

 一応まともな武器を持っていた盗賊たちだが、俺たちの黄鉄などのように特殊な鉄では無く、ごく普通の、いや、やや質の悪い鉄を使った剣などで、手入れもされていない。

 錆が浮いたような物も多く、たとえガンツさんのところに持ち込んだとしても、二束三文にしかならないだろう。

「だな。溶かせば鍋釜ぐらいは作れるが――」

「止めて。そんなので作った鍋で料理したくない」

「同感です。持ち帰るのであれば、売り払ってください」

「あり得ないよね」

「お、おう。了解です」

 ハルカたちに予想以上に強く拒否され、トーヤは戸惑いつつも頷く。

 溶かしてしまえば鉄は鉄、という考え方もあるだろうが、確かに人殺しに使っていた武器で作った調理器具、というのは気分が良くないだろう。

「さて、この死体だが……なぁ、ハルカ、死体って放置するとアンデッドになったりするのか?」

「普通の場所では無いわよ。但し、特に魔力が濃いエリアだと解らないわね。北の森とかスケルトンとか出てきたから、あの辺に放置したら、ゾンビになるかも?」

「うげ、ゾンビ。スケルトンよりも嫌だなぁ、それ」

 スケルトンは別に臭くなかったが、ゾンビは絶対に臭い。

 できれば戦いたくない相手である。素早いゾンビとかいたら、更に最悪である。

「コイツらは……燃やすか。盗賊には堕ちたが、同郷のよしみだ。火葬してやろう」

「……ま、下手に土葬すると、野生動物の餌になる事もあるしね」

 掘り起こされて、ズリズリと引きずり回されるよりは良いだろう。

 それにこの国でも、アンデッド対策に可能な限り火葬を行うらしい。

 俺とトーヤで死体を積み上げると、そこにハルカと一緒に『火球ファイアーボール』をポイポイと放り込んでいく。

「……結構、焼けにくいものだな?」

「……量があるしね」

 煙がこちらに来ないよう、そして燃えやすいように風魔法で風を送りつつ、見守るのだが、案外燃え切るまでには時間がかかりそうだ。

「薪でも放り込むか? 何だったらオレ、探してくるぞ?」

「それもなんか無駄だよなぁ……。う~ん、どうせ戦闘も無いだろうし、魔力、がっつりと注ぎ込むかぁ」

 せっかく集めてきた薪を犯罪者の焼却処分に使うのも勿体ないし、この街道を行くのであれば、魔物の心配もほぼ無い。仮に俺が魔法を使えなくても、大した問題は無いだろう。

「ハルカ、トーヤ、離れてくれ」

 俺は2人にそう声を掛けると、自分も燃えている死体の山から十分に離れ、魔力を練り込んでいく。

 戦闘時であればこんなこと、のんびりとやっている暇は無いが、今なら問題ない。

 体感的には俺の全魔力の半分ぐらいだろうか。

 『火力全振り』とばかりに魔力を込めた『火球ファイアーボール』は予想よりも大きく、一抱えほどもあり、それがゆっくりと飛んで行って死体の山にぶつかった。


 ゴゥッ!


 その瞬間、巨大な火柱が立ち上がり、結構離れた場所に立っていた俺の前髪が、熱風でふわりと舞う。

「……うわぉ」

 数秒後、火が落ち着いた跡に残っていたのは、黒く焼け焦げた大地のみ。

 見事に死体の痕跡は残っていなかった。

「……ナオ、やり過ぎじゃね?」

「うむ……想像以上に威力があったな?」

 いや、まぁ、俺も大分成長しているし、純粋な魔力消費量と威力を比較すれば、あれぐらい燃やし尽くせてもおかしくは無いのだが……。

「取りあえず、地面は補修しておくか」

 焼け焦げたままだと草も生えにくいだろう。

 土魔法を使って軽く土をひっくり返しておく。

「何も問題は無い。うん」

 パンパンと手を叩いてそう言った俺に、トーヤとハルカから微妙に白い視線が向けられている気がするが、それはきっと気のせいに違いない。

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