135 盗賊の討伐 (1)
「盗賊の討伐? 何となく、冒険者っぽい依頼だな!」
ナツキとユキも含め、資料室に集まった俺たち5人。
意外に乗り気だったのはトーヤだった。
「相手も冒険者っぽいけどね」
「『ぽい』の意味がちょっと違う気がするがな」
「盗賊の討伐ですか……人間相手は初めてですね」
「人型の魔物は気にならなくなったけど……」
少し躊躇った様子を見せたのは、ナツキとユキ。
実際、俺も少し考えるところはあるのだが、良い機会なのかな、と思わなくも無い。
判りやすく襲ってくれる相手であれば、遠慮をする必要がない分、ためらいも、その後のストレスも、少しは緩和されるんじゃないかと。
「ナツキたちは反対?」
「反対ってほどではないです。あえて人殺しをしたいとは思いませんが、ラファンに籠もるのでない限り、襲われる可能性は低くないようですし、対処できないのはリスクですから」
「あたしもそんな感じ、かなぁ。極論、一番大事なのは自分たちの命だし」
「それじゃ、今回は請けるって事で良い? ――うん、じゃあ、請けてみましょ」
積極的に賛成したのはトーヤだけだったが、積極的な反対も無かったので、結局は盗賊の討伐を請けることになった。
人助けと思えば、多少は罪悪感も減るか……いや、本当は罪悪感を感じることでも無いのだろうが。
この国で盗賊が捕まれば、死罪か強制労働のどちらか。後者であっても結局は死ぬので、殺すという行為を他人に任せているだけでしか無いのだから。
あえて言うなら、殺さずに生け捕りにした方が、労働力として社会的価値はあるのだろうが、今回の依頼では生死不問――いや、むしろ殺しておいて欲しそうな印象である。
ギルドとしては冒険者が盗賊になったという事実はあまり
そのことに少々もやっとした物は感じるが、自腹で盗賊の討伐依頼を出しているわけで、単純に非難もできない。
少人数の盗賊程度で国が動くには時間がかかるし、周辺住民からすれば、早く被害が無くなる方が重要なのだから。
「ところで、トーヤは読み終わったのよね?」
「おう。何とかな。どれだけ覚えているかは微妙だから、そこは【鑑定】スキル任せだな。だが、これで午後からは自由時間だよな?」
「そうね。出発は明日だから」
「了解。お前たちは午前中、市場を回ってたんだよな?」
「うん。ハルカとナオは二人きりだったけど、何か良いことあった?」
「良いこと……蕎麦を見つけたことぐらいか。ユキ、蕎麦を打てるか?」
俺の返答に、ちょっと困惑したような表情を浮かべて、ユキは首を振る。
「え、蕎麦? 蕎麦は打ったこと無いなぁ……」
「そうかぁ。結構たくさん買ったんだが」
工程自体はそう難しくないのだから、試行錯誤すれば作れるとは思うが……。
他に誰か、と視線を向けると、予想外な人物が手を挙げた。
「あ、オレ、一応やったことはあるぞ? 上手くはないが」
「え? 何でトーヤが?」
「オレのオヤジがちょっと嵌まってたから。普段、料理なんかしないのにな」
なるほど。それなら解る。
確かにおじさんの趣味っぽい気がする。蕎麦打ちって。……偏見か?
「それなら、トーヤに指導してもらえば良いね」
「ユキたちが作るなら期待できそうだな」
トーヤ自身は上手くないと言っているが、作り方さえ理解していれば問題は無い。ハルカたちには調理スキルがあるのだから。
「でも、蕎麦、結構な量買ったんだが、他に何か使い道ってあるか?」
「他にそば粉を使うのは……そばがき、ガレットなどでしょうか」
「……あんまり頻繁に食べる物じゃないよな、それって。なぁ、ハルカ、やっぱり買いすぎたんじゃ?」
マジックバッグに入れておけば劣化もしないし、問題無いと言えば無いのだが、買う必要があったかと言われると……。人助けと考えればそれはそれでアリだとは思うが。
「一応、考えてはいるわよ? 上手く乾麺でも作れれば、孤児院に寄付しようかと思って。蕎麦そのままだと、使いにくいでしょうし」
「寄付ですか。悪くないですね」
「おぉ、ハルカがそんな篤志家だったとは」
俺のちょっと茶化すような発言に、ハルカは首を振る。
「そんな良い物じゃないわね。実利を求めてるから。神様が居るんだから、打算ありでも良いことをしておいて損は無い、そう思わない?」
「……なるほど、そういう考え方もあるか」
少々照れ隠しもあると思うのだが、神が実在している以上、ごますりも意味があるかも知れない。それに、打算ありでも善行は善行なのだからして。
「ナツキたちは何か面白い物はあった?」
「市を見て回るのはそれなりに楽しかったけど、買ったのは香辛料を少し、かな? 庭に植えてみようかと」
俺が見つけた蕎麦とは違い、ナツキたちが見て回った範囲ではあまり興味を引くような食材は無かったらしい。
普通の食材であればラファンで買えば良いだけなので、購入したのはラファンで見かけなかった香辛料だけだったようだ。
「庭にちょっと植えてあると便利な物ってありますよね。月桂樹とか、ハーブとか」
「ローリエね。確かに便利よね。ここにもあるのかしら?」
「どこかに自生していそうな気もしますけど……。近くで見つかれば、あえて植える必要も無いですが」
「葉をむしって乾燥させておけば、当分は使えるからねぇ」
「でも、ナツキの家だと、和風だし、ハーブ類はあまり植えられそうにないわよね。何か植えてた?」
「うちだと、山椒がありましたね。実を使って佃煮とか作っていました」
「山椒かぁ。良いよね、山椒の香りも」
嬉しそうに香辛料の話で盛り上がる女性陣。
庭で簡単に育てられるような香辛料であれば、市場で買っても安いようだが、少量しか使わないだけに、わざわざ買うのも……という所があるようだ。
「俺たちは料理しないし、そのへんは好きにしてもらって良いぞ。なぁ、トーヤ」
「いや、ローリエぐらいなら、名前は聞いたことあるぞ。使い方は知らないが」
「そのレベルで良いなら、俺は使い方まで解るわ! カレーに入れるんだよな?」
俺がそう確認すると、ハルカたちは少し微妙な表情を浮かべながらも頷く。
「まぁ、間違ってはいないわね。カレーだけじゃ無いけど」
「肉を煮込む料理にはよく使うよね。シチューとか、パスタソースとか」
「和食だと、普通は使いませんが」
なるほど。ローリエ、イコール、カレーぐらいのイメージだったが、所詮は料理をしない俺の
「ま、美味い料理が食べられるなら何でも良いな! なぁ、ナオ」
「いや、まぁ、その通りだが。あ、必要があれば手伝うからな?」
「状況によっては花壇……いや、家庭菜園? ま、そのへんのエリアを広げるかも知れないから、その時はお願いするわ」
「了解、力仕事は任せておけ」
「俺は、ブロック作りかな? いつでも言ってくれ」
土魔法のおかげで綺麗なブロックが作れるようになったため、花壇の枠もしっかりとした物ができている。
石を拾ってくる労力に比べれば、魔法でブロックを作ることなど今となっては造作も無いのだから。
その後、俺たちは受付のお姉さんに依頼を受けることを告げたのだが、その時点で誰も馬を操ったことが無い事に気付く。
結果、トーヤは午後から遊びに行くことも出来ず、俺たちと共に半日ほど掛けて、簡単な操車方法や馬の世話の方法をレクチャーされることになったのだった。
◇ ◇ ◇
翌朝、宿を引き払った俺たちは、ギルドで馬車を借りてケルグを出発していた。
レクチャーは付け焼き刃ではあったが、訓練された馬を街道に沿って歩かせる程度であれば特に問題も無く、馬車はのんびりとラファンの町へと向かっていた。
走れば1日で帰れるところを、馬車で3日も掛けて帰るのだから無駄に時間はかかるし、得られる報酬も今の俺たちからすればさほど良くはない。
経験を積めるということ以外に、人助けになるからこそ請けたという部分は少なからずある。
「これで、早めに出てきてくれれば良いんだがなぁ」
「警戒を続けるのはしんどいからねぇ。でも、これでついに携帯トイレの出番が来た、って感じだね! せっかく作ったのに、使ってなかったから」
ちょっと嬉しそうにそんな事を言うユキに、俺はポンと手を打つ。
「あ、そういえばそんな話があったな。完成してたのか?」
「してたのよ。うちのトイレにも成果がフィードバックされてるでしょ? 温水洗浄機能」
「あぁ、そういえば追加されたな、しばらく前に」
ついでに言えば、同時期に便座も温かくなった。
元々ほぼ不満の無かったトイレだったが、それらが付いて以降は更に快適になった。
そして、地味にありがたかったのが便座。冬場だったので。
「これまでは泊まりが無かったから、使う事も無かったんだけど、今回は場所的にも役に立つでしょ?」
「そうだな。いくら俺たちでも、あまり見通しの良い場所で踏ん張るのは、なぁ」
「だな。立ちションぐらいなら気にしないが」
以前、泊まりで出かけたのは魚釣りの時だったが、あの時は数日場所を移動しないこともあって、簡易的なトイレを作って対処した。
普段の仕事中に催した場合も、森の中であればある程度視界は遮られるし、以前と違って女性が複数いるので、互いに周囲の警戒もできる。
最近ではある程度開き直ったのか、目隠しの布を使う事も無くなっていた。ハルカたちも大分この世界に馴染んだと言うことだろうか。
「それで、どれぐらい実現したんだ、希望の機能は?」
「まず防臭や温水洗浄なんかの機能はうちに設置してある物と一緒ね。同じ物を使ってるから。このへんは、マジックバッグのおかげね。これが無かったら持ち運べないから」
「なるほど」
マジックバッグのおかげで無理が無くなったのか。
日本でも人が持ち運べるような携帯トイレなんて、非常に簡易的なトイレ(?)の様な物しか無い。ある程度まともな物にしようとするなら、マジックバッグ無しでは成り立たないだろう。
「遮音はある程度妥協した。外からの音を遮断してしまうのは危険だし、中から外のみ遮断する事もできるけど、無駄にコストがかかりそうだったから。半減程度かな? だから、トーヤ、ナオ、耳を澄ましたりしないように!」
「「しねぇよ!」」
俺たちは女の子のトイレの音を聞いて喜ぶような変態ではない。
まぁ、魔物が襲ってきた時とか、警告が聞こえないのも困るので、機能としては妥当なところだろう。
「目隠しに関しては、これは普通に板にしたわ。周りを見えた方が安心ではあるけど、逆に落ち着かないからね。自分一人ならともかく、周辺の警戒は他のメンバーに任せれば良いし」
「うん、良いんじゃないか? マジックミラー的な物だとしても、落ち着かないからな」
いくらこのメンバーが相手でも、すぐ側に立っている姿が見えたら落ち着いて踏ん張れない。
無いなら無いで我慢するが、せっかく個室を作ったのなら、やはりきちんとした『個室』になっていて欲しい。
「最後は、万が一、魔物が突っ込んできたときの対策ね」
「いわゆるバリアか。難しそうだが、できたのか?」
「一応ね。ただ、1回攻撃される度に魔石1つを消費するから、すっごく燃費は悪い」
ゴブリンレベルではダメで、最低でもホブゴブリンの魔石が必要なため、攻撃を受け止める度に600レアが消えることになる。
しかも消費する量は調整できず、1回毎に魔石が1つ空になる。それはより高価な魔石でも同様なのだ。
ホブゴブリンの魔石が大量にあれば良いのだが、最近はあまり遭遇しないので、その次となると、スカルプ・エイプの魔石になり、こちらは1,200レア。攻撃1回を受け止めるだけとしては少々痛い。
更に言えば、軽い攻撃でも重い攻撃でも1回は1回なので……。
「これ、トイレをしっかり守らないと、かなり財布に痛いな」
「えぇ。だから、基本的には攻撃を当てられないようにしてね。ちなみに、セットできる魔石は10個までだから、消費される前にきちんと処理して出てこないと、恥ずかしい姿をさらすことになるから」
「大丈夫だろ、たぶん。腹でも壊していない限り」
「普通は、そんな状況で仕事には出ないよな」
幸いと言うべきか、【頑強】のおかげと言うべきか、これまでのところ俺たちは病気になっていないし、腹の調子が悪くなると言う経験もしていない。
ある程度は健康に気を付けていることや、ハルカたちのおかげもあって、日本的な食事をしている部分もあるとは思うが、この世界で病気になるリスクを考えると、かなり助かっていることは確かである。
「しかし、良く作れたな? ハルカとユキで作ったんだよな?」
「まぁ、一応はそうだけど、殆どはハルカの功績だよ。やっぱり、【錬金術の素質】の効果なのかな?」
「んー、これに関しては、そこまで大変じゃ無かったかな? 本に載っている物の応用や組み合わせでなんとかなったし。それに、量産するわけじゃ無いから、コストは度外視してるから。特に、バリアの部分とか」
「他の部分もあんまり効率は良くないんだよ。あたしたちは、自分たちで魔石を取ってくるからあんまり関係ないけど、普通の人だとコストがかかりすぎだろうね」
「いや、普通の人はこんなトイレ、いらんだろ」
「確かに!」
こんなトイレが欲しいのは冒険者、それも女性冒険者ぐらいだろう。
裕福な商人や貴族などにも売れるかも知れないが、色々な手間を考えると、割に合うかどうか。
「ま、野営をしやすくなったのは良いことだよな」
「はい。こんな街道沿いだと、野営場所としては多少安全なのでしょうが……」
「トイレの面では不適よね」
「見通し、良すぎるもんねぇ。携帯トイレが無かったら、ちょっと困るよね」
「同感だな。さすがにオレもここで穴を掘って用を足すのは落ち着かない」
羞恥心さえ捨てれば、周囲が360度見回せて、安全なんだがな。
その開放感も好きな人には堪らないかも知れない。――俺はゴメンだが。
「さて!」
トーヤの言葉に笑顔を見せていたハルカが、気持ちを切り替えるようにパンと手を打ち、真面目な顔になった。
「野営の心配が無くなったところで、改めて気合いを入れ直しましょうか。今回対峙するのは、初めての知恵のある敵、なんだから」
「そう、だな」
今回の敵は『知恵のある敵』、つまり人間である。
これまでは多少知恵があるとは言っても、オークやスカルプ・エイプレベル。
人間と戦うという戸惑いももちろんあるが、知恵を使った攻撃をしてくる可能性がある点でも、他の魔物とは違う。
ハルカに言われ、そのことを改めて思い出した俺たちは、表情を引き締めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます