120 ソースを作ろう! りたーんず (1)

 トミーに注文したローラーは、『完成まで数日を要す』との事だった。

 むしろ数日で出来そうと言う事に驚いた俺たちは、良い機会という事で、久しぶりに数日の休養日を設定してた。

 無理に木を切りに行って再び苦労するより、ローラーの完成を待った方が得策との判断である。幸い、俺たちには無理して働く必要がない程度の蓄えがあるのだから。

 そんな休養日を使って俺たちが何をするのかというと――。

「ソースを作ろう!」

 朝食の席で、俺たちを前にそう宣言したのはユキだった。

「突然どうしたの、ユキ?」

「あたし、思ったの。インスピール・ソースは確かに美味しい。この世界ではある意味驚異的に。でも、同じ味は飽きる! 変化が欲しい!」

「ふむ。なるほど」

 今うちで使っているインスピール・ソースは、その便利さから結構な頻度で料理に使われている。

 いや、実際にはそこまで汎用性のあるソースでもないのだが、他に選択肢も無いし、ご飯が無い関係でハンバーガー的なパンが多くなりがちな状況では、それなりに『合う』のだ。

 ハルカたちはタルタルソースも作ってくれたのだが、日本のように手軽にお安く卵が手に入る環境ではないため、頻繁に使える物でもない。

「なぁ、それってオレたちも必要か? オレとナオに美味いソースが作れるとは思わないんだが」

「同意。大した料理も作れない俺たちが、ソースなんて高尚な物作れるわけが無い」

「もちろん解ってる。だから、作ってもらうのは、インスピール・ソースだよ」

 ユキの言葉に、俺とトーヤは顔を見合わせ、首を捻る。

「……? じゃあ、何も変わらないだろ?」

「ちっちっちっ、ほら、インスピール・ソースって、入れる物によって味が変わるじゃない? それぞれが個性的な物を入れたら、バリエーションが増えるかと思って」

「へぇ、ユキ、なかなか良い事を考えたわね? 確かにそれは面白いかも」

「でしょ?」

 ハルカの同意を受けて、ユキがドヤ顔になる。

 だが、確かに少し面白いかも知れない。

 お好みソース的な今のインスピール・ソースも十分に美味しいのだが、バリエーションがあれば食生活は豊かになる。

 特に、食事以外の娯楽が少ないここの生活では、重要である。

「ナツキも良い?」

「ええ、構いませんよ。ちょっと楽しみですね。……せっかくですから、1人2種類ずつ作りましょうか?」

「そうだね! たくさん作ったら、美味しい物もできるかも知れないよね!」

「それじゃ、壷が10個いるわね。小さめのを買ってこないといけないわね……」

 どうもソースを作る事自体は決定したようだ。

 都合良くソース作りに使える壷は常備していないので、以前アエラさんと共に買いに行ったお店に仕入れに行く必要があるだろう。

 それはあのお店に行った事のある俺とハルカで担当する事になった。

「それじゃ、ルール確認。ハルカが用意した壷にインスピール・ソースを一掬い入れて、そこに好きな物を放り込んで今日中に仕込み、明後日の午後、披露する。放り込む物は自由だけど、必ず記録は残しておく事。美味しかったら再現しないといけないからね」

「材料集めに使える費用は、2種類のソース合わせて金貨2枚まで。使った分は共通費から出すわ」

「作ってみるのは構わねぇけど、2日ほどで完成するか?」

「そこはフードプロセッサを使いましょ。液体になるぐらい細かくしておけば、多分大丈夫じゃ無いかしら?」

「そうですね。手作業で刻んだだけでも1週間ほどで完成したわけですし」

 アエラさんのお店で使っているソース、あの巨大な壷でも1週間でソースになったんだよなぁ。

 それを思えば、確かにできそうな気はする。

「何を使うかは自由だけど、完成するまではお互いに秘密ね。面白くないから。あ、でも、食べられる物を入れる事。これ、絶対」

 ユキが指をピンと立てて、俺とトーヤに視線を向けるが、そんな事、当たり前である。

 自分も食べるし、金も使うのだ。

 ――結果として、食べられる物ができるかは解らないけどな。味的な意味で。

「……そういえば、経験値倍増系の3人組、あいつらは良いのか? 単独行動していて出会ったら面倒くせぇだろ?」

 そんな奴らもいたな。えーっと、徳岡とかだったか?

 正直どうでも良い奴らだから、名前すら曖昧である。

「それは大丈夫。彼ら、この街を出たみたいだから」

「え、そうなのか? ハルカたちに固執しているように見えたが……」

「今の時期、仕事が減るでしょ? 請けられなくなってやむを得ず、みたいね」

 この街で請けられるメインの仕事は、南の森で行われる伐採作業の護衛なのだが、冬になるとこの護衛の仕事が減る。

 木材の品質的には冬に切り出す方が良いらしいのだが、木こりはこの街では収入が多い職業に分類される。そのため、彼らからすれば、無理して寒い冬場に働く必要が無いのだ。

 もちろん、真面目に働く木こりもいるのだが、春と秋に比べるとその数は少なくなり、必然的に護衛の仕事も減る。

 そんな時に割を食うのは、新参者や信頼度の低い冒険者である。

 木こりからしても、選ぶ余地が無いならともかく、冒険者が余っているのなら、付き合いの長い信頼できる冒険者に依頼するだろう。

 そんなわけで、新参者かつ、木こりの信頼も得られていなかった彼らは、この時期でも仕事に余裕がある南の町へと移動したんだとか。

 ハルカがディオラさんから聞いた情報なので、ほぼ間違いは無いだろう。

 かなり貯蓄してないと、宿屋で冬越しすることもできないだろうしなぁ。

 ちなみに、夏場は暑い上に、木の品質的にもあまり切り出しに向いていないため、最も仕事が減るらしい。

 木こりの護衛を請ける事がない俺たちには関係ないが、こんな所もこの町に冒険者が留まらない理由なのだろう。

「それじゃ、各自分かれて材料を調達に向かいましょ。壷はナオと一緒に買いに行って、食堂のテーブルに並べておくから、それぞれ後から回収してね」

「「「おう(はい)」」」


    ◇    ◇    ◇


 壷の購入を終えてハルカと別れた俺は一人、市場を散策していた。

「自由にと言われても、悩むよなぁ」

 取りあえず、今のお好みソースっぽい味から離れる事を考えよう。

 俺の知っているお好みソースはデーツであの甘みを出していたが、インスピール・ソースはイモを入れる事で甘さが出るんだよな?

 まずイモ類は入れないようにしよう。

「う~ん、前回入れなかった物……根菜が無かった気がするな?」

 大根や蕪みたいな野菜。人参も根菜か。

 1種類は根菜でまとめてみよう。

 後は、安めの香辛料を少々。根菜も比較的安いので、1つめの壷用に購入した材料の代金は、大銀貨2枚にも満たなかった。

「もう1つは……お店のオススメを入れていこうか?」

 ギャンブル要素が大きい気がするが、それもまた面白いだろう。

 早速目に付いた1つの露店で声を掛ける。

「おばちゃん、オススメは何?」

「うちのは全部オススメさね。でもこの時期だとこれが特に美味いよ!」

 農家のおばちゃんっぽい女の人が差しだしたのは、タマネギっぽい野菜。

 ……うん、【ヘルプ】でもタマネギと出ているから、それに近い品種なのだろう。

「丸焼きにして塩をかけるだけでも、甘くて美味しいのさ!」

「へぇ、それじゃ、それを3つちょうだい」

「毎度! 銀貨1枚だよ!」

 うん、安い。俺の握りこぶしよりも一回りぐらい大きいのに。

 代金を払って商品を受け取り、次の店へ。

 ここは、葉物野菜が多いな。ある程度は仕方ないのだろうが、全体的にちょっと萎れている。

 冬場でこれなら、夏場は葉物野菜、食べるのは厳しそうである。

 ここで店番をしているのは、少年。親の代わりに売っているのだろうか。

「こんにちは。オススメを教えてくれるかな?」

「オススメ? そうだな、それなんか良いんじゃないか?」

 そう言って少年が指さしたのは、すみの箱に積まれた野菜。

 見た目はセロリに似ている。

 それを一つ手にとって匂いを嗅いでみると、セロリとは少し違うが、少し強い匂いがする。

 【ヘルプ】では……『ベレオージ』? セロリとはちょっと違うらしい。

「もしかして、これって売れてないのかい?」

「な、何を言うだ、兄ちゃん! そんな事無いだ!」

 少年は焦った様子で否定するが、他の野菜と比べると、明らかに残っている量が多い。

 匂いからしてちょっとクセが強そうだし、売れにくいのかも知れない。子供とか嫌いそうだし。

「もしかして……売れ残ると、君の食事になったり?」

 俺の言葉に視線を逸らした少年だったが、俺がじっと見ているとたまりかねたように叫んだ。

「……もうベレオージばっかの食事なんて嫌なんだ!」

 うん、ありがちである。

 まぁ、売れ残ったら自家消費するしか無いよな、収穫した以上。

 長期に保存できる物でもないわけだし。

「はっはっは! ベレオージは畑の隅に播いておくだけで、簡単にできるからね! この時期にはどこの店でも置いてあるのさ」

 笑いながら俺たちの会話に入ってきたのは、隣のおばちゃん。

 簡単に作れるし、ちょうど旬の時期なので、農家なら片手間的に栽培し、ついでに店に並べるらしい。

 見てみると、おばちゃんの店にも置いてある。あまり売れない事が解っているのか、その数は少ないのだが。

「気持ちは解らなくも無いけど、この量は買えないぞ?」

 インスピール・ソースの材料にするには多すぎるし、普通の料理の食材にするにしても、俺が料理するわけではないので、大量に買い込む事はできない。

「それでも良い! ちょっとでも減らしてくれ! 値引きするから」

「うーん、そこまで言うなら」

 懇願するように頭を下げる少年が少し不憫になり、俺はベレオージを買うことにする。俺もセロリは好きじゃ無いし、あれを毎日食べさせられることを考えると……。

 ベレオージの相場は知らないが、両手を使ってやっと掴めるような量を、少年は銀貨2枚で売ってくれた。

 その様子に隣のおばちゃんは苦笑していたが、それは無理に売った少年に対してだよな?

 高く売りつけられた俺に対してじゃないよな?

 ま、仮に多少高いとしても、銀貨2枚程度なら大した問題でも無いし、構わないのだが。


 そんな感じで更に6軒ほど露店を回り、それぞれの店でオススメの商品を1品ずつ購入した俺は、自宅へと戻ってきていた。

 台所へ行くとそこに居たのはナツキだった。

「お帰りなさい」

「ただいま。ナツキだけか?」

「はい。ユキはもう仕込みを終えたようですが、トーヤくんとハルカはまだ帰っていません」

「そうか」

 俺とハルカは壷を買いに行った分、時間がかかってるからそうなるか。

 トーヤが遅いのは少し気になるが、まぁ、アイツなら問題ないだろう、安全面では。問題のある物を買ってくるかも、と言う部分では信用できないのだが。

 コンロで何かを蒸しているとナツキの隣で、俺は買い込んできた素材を取り出して洗っていく。

「お手伝いしましょうか?」

「それは良いのか?」

「はい、しばらくは待つだけですから」

 蒸し器を指さして訊く俺に、ナツキはそう言って頷くと、野菜を洗うのを手伝ってくれる。

 何を蒸しているのかは気になるが、明後日の楽しみにしておこう。

 本当は俺も秘密にすべきなんだろうが……ま、そこまで厳密にやる必要も無いか。

 それぞれの作業が終わるまで待つというのも面倒だし。

 一応、どれをどちらに入れるかというのだけは、秘密にしておこう。

「フードプロセッサ、使っても良いか?」

「はい。私はもう少しかかりますから」

 ニッコリと笑ってナツキが渡してくれたフードプロセッサを持って、俺は食堂に移動、野菜を粗く刻んではフードプロセッサに放り込み、ジュース状になるまで刻んでいく。

 それをテーブルに置いてある壷2つに入れ、最後にインスピール・ソースを一掬いずつ。

 よく混ぜて蓋をすれば作業は完了である。

「後はこれを……」

 どうしようかと辺りを見ると、窓辺に置かれた机の上に壷が2つ並んでいる。

 それの側面には、炭を使って『ユキA』、『ユキB』と書かれている。

「なるほど」

 俺もそれに倣い、『ナオA』、『ナオB』と書いてその隣に並べておく。

「後は明後日を待つだけだな」

 自分の物はともかく、他の4人が作る物の出来は、なかなかに楽しみである。


    ◇    ◇    ◇


 翌日は全員で、木を切るための道具を買い集めに街へ出た。

 トーヤが使う予定の、柄が長くて刃渡りの広い大きな斧は、昨日の時点でガンツさんに依頼済みなので、今日買うのはそれ以外の道具である。

 武器関連はガンツさんのお店で揃えている俺たちだったが、ガンツさん自身に、「木こり関連の道具なら、専門の店が充実している」と言われて紹介もされたので、その店に向かっているのだ。

「斧はあと3つ買えば良いかな?」

「トーヤのは注文済みだし、手持ちの1本と合わせて、それで一応全員分あるな」

「そうだね。後は鋸? ……あ、ここかな?」

 そのお店はシモンさんの工房の近く、木工関連の工房が多く集まっている一角にあった。

 中に入ると壁一面に、斧や鋸、それにクサビやバールのような物が並んでいる。

「あのバールのような物は何に使うんだ?」

「そいつは丸太を転がすために使うのさ」

 俺の質問に答えたのは、奥から出てきた男性だった。

 ガンツさんよりは少し若い中年男性。体格的にはガッシリとしていて、彼もやっぱり鍛冶師なのだろう。

「ふむ……どうやら冒険者みたいだが、何が欲しいんだ?」

「斧を3つ、それに鋸。2人で引ける大きいのもあった方が良いかな? 後は……クサビ?」

「そうだな。今持っているのはちょっと小さい感じだったな」

 使ってみた感じ、あのサイズの木が相手なら、あと2回り以上は大きい方が使い勝手が良いだろう。更に巨大な木もあった事を考えれば、もっと大きくても良いかもしれない。

「手斧じゃないのか? 南の森で木を切るつもりならやめておいた方が良いぞ? この街で木こり連中を敵に回すと面倒な事が多いし、切ったところで売れないからな」

「あ、それは大丈夫です。切るのは南の森じゃないので」

「てことは、北の森か? この街の冒険者なら1度は考える事だが……」

 そう言って店員は渋い顔になる。

 北の森から木材を切り出せれば一攫千金、というのは、この街の状況を知っていれば、やはり誰もが考える事のようだ。

「一応言っておくが、返品に来ても中古価格で引き取る事になるからな?」

 そういう冒険者が過去にいたのか、俺たちに向かってそう釘を刺す店員。

 ちなみにこの世界、大抵の物は修理して使うエコな社会なので、よほどの物で無ければ中古品でも売る事ができる。

 ボロボロの古着や、どう見てもゴミにしか見えないボロきれでも売っているのだから、かなり徹底している。

「それは大丈夫です。手持ちの斧で不足だったので、買いに来ましたから」

「そうなのか? ふむ……そいじゃ見てってくれ。訊きたい事があれば訊きな」

「えっと……斧を選ぶポイントってありますか?」

「そうだな、木を切り倒すときは多少重くて大きめでも良いんだが、枝打ちをするときにはあまりオススメできないな」

「なぜですか?」

 枝打ちのための斧を買いに来たんだが。

「1人でやるなら良いんだが、1本の木に複数人でデカい斧を叩きつけてみろ。それで木が動きでもしたら、危ねえだろ? それで狙いが狂ったら、怪我する危険もある」

「なるほど、確かに」

 誰かが斧を振り下ろした瞬間に木が動きでもしたら、すっぽ抜けて自分の足に当たる可能性すらある。

 あのぐらいの巨木だとそうそう動く事は無いだろうが、危険は避けるべきだろう。

「できれば斧じゃなくて、鋸を使うのがオススメだな。これなら急に木が動いても、刃が折れる程度で済む」

「鋸ですか。それなら安全性は高そうですね」

「枝を切り落とすとバランスが崩れる事もあるし、本当はしっかり固定して作業するのが一番だが……。後はバールを使って作業している方に倒れてこないようにしたり、とかな」

 ただの枝打ちにもそれなりに危険があるらしい。

 この前は特に問題は無かったが、確かにあの巨木が転がってきたら怖いものがある。

 場所によっては下に潜り込むような形で作業する事もあったし、上からのしかかられると潰されかねない。

 身体が丈夫になった今なら、多少のことでは死んだりしないだろうが、注意するに越したことは無い。


 そんな風に店員のアドバイスを受けながら商品を物色した俺たちは、結局、普通の斧の代わりに手斧を3つ購入。

 それ以外にも鋸を4つに大きめのクサビ、それにバールを2本購入して店を後にしたのだった。

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