S012 トミー釣行へ挑む (3)
僕が東の森を訪れるのは、あの時、トーヤ君たちに助けられて以降、初めてのことだった。
必要性が無かったということはもちろん、危ない目に遭ったので近づきたくないという気持ちも多少あったから。
……いや、遭難していただけで、魔物に出会ったとか、そういう意味での危険には遭遇していないんだけどね。
「さて、今日はゴブリン狙いだから、それなりに奥まで行くぞ。体力は大丈夫だよな?」
「はい! ランニングは毎日続けていますから」
「そうか。なら良い。付いてこい」
そう言ったトーヤ君の後を付いて、やや早足で歩き続けること1時間ぐらい。
やっとトーヤ君の足が止まった。
「20メートルほど先に3匹ほど、多分ゴブリンがいるぞ。1人でやれるか?」
「わかりません。が、やってみます。危ない時はフォローしてもらえますか?」
「そのために来たんだ。任せておけ」
そう言って力強く頷いたトーヤ君の指さした方向へ、僕は歩き出す。
できるだけ足音を立てないように進んでいくと10メートルほどで相手が見えてきた。
「あれがゴブリン……」
身長は低く、ドワーフとなった今の僕と同じぐらい。
体幹は細くて、灰色と緑が混ざったような肌、鋭く伸びた手の爪に、やや細長い爬虫類のような顔。
話だけは訊いていたけど、実際に見るのは初めて。
コッソリ近づいたのが功を奏したのか、まだこちらには気付いていない。
うるさく感じるような心臓の音と、震えそうになる手。
――大丈夫、やれる!
僕はそう決意を固めると、ギュッとバトルハンマーを握りしめて走り出した。
走り寄る僕に気付きゴブリンが振り向く。が、その時にはすでに僕は、ハンマーを振りかぶっていた。
「えいっ!!」
ゴブリンの頭に向けて僕は思いっきり、ハンマーを振り下ろす。
ドグチャッ!
鈍く水っぽい音と共に、ゴブリンの頭が消える。
そして飛び散った液体が僕の顔に降りかかる。
「――へ?」
一瞬、何が起きたのか理解できず、茫然と立ちすくむ僕。
その直後、頭が無くなったゴブリンの胴体が、ドサリと地面に倒れる。
「ボケッとするな!!」
トーヤ君の声にハッとすると、僕に向かって爪を振りかざしていたゴブリンの身体が崩れ落ちるところだった。それとほぼ同時に、宙に飛んでいたその頭もまた地面へと落ちる。
その側には剣を片手に持ったトーヤくんの姿。
「もう1匹ぐらい斃せ!」
「――っ! は、はい!」
こみ上げてくる物を必死で押さえ込み、僕に向かってギィギィと威嚇するゴブリンに対峙する。
身長は同じぐらいでも、素手のゴブリンとバトルハンマーを持つ僕とではリーチが違う。
「大丈夫。大丈夫っ!」
バトルハンマーを思いっきり振り回し、ゴブリンの胴体に叩きつけると、グシャリと何かを潰すような感覚と共に、ゴブリンの身体が吹き飛んでいき、そのまま地面に放り出された。
「おー、力だけは十分だな。つーか、オーバーキルだな」
「うっ……オロロロロ」
ゴブリンが倒れるのを確認すると同時に、色々と抑えていた物が口からあふれ出す。
「トミー、気持ちは解るが、気を抜くと死ぬぞ?」
「すみま――うっぷ、せん」
俯いて吐き気を抑えながら、何とか返事を返すのがやっと。
顔にへばりついた液体が気持ち悪い。
「まぁ、しかたねぇか。取りあえず顔でも洗え」
トーヤ君がそう言いながら僕の頭に水をかけてくれたので、ありがたくその水で顔を洗い、手ぬぐいで飛び散った物を拭き取る。
綺麗にはならないけど、多少はマシになったのを確認し、辺りを見回すと、再び視界にはグロテスクな物が飛び込んできて、酸っぱい物がこみ上げてくる。
「うぷっ……あれ? 数が増えた?」
周りをよく見ると、倒れている死体の数は5匹分。
最初にいたのは3匹だったから……。
「2匹追加で来たんだよ。いや、正確には最初から気付いてはいたんだけどな。お前が斃せるようならと思ったんだが……」
どうやら僕が吐いている間に、トーヤ君が斃してしまったらしい。
全く気がつかなかった……「気を抜くと死ぬ」は文字通りの忠告だったようだ。
確かに、トーヤ君のフォローが無ければ普通に殺されてたかも……。
「ありがとう、トーヤ君」
「ま、フォローのために付いてきたからな。ちなみにそいつが、ホブゴブリンな」
トーヤ君が指さした方を見ると、そこには首の無い死体が1つ。
一見するとゴブリンと違いが無いように見えるけど、どちらかと言えばガリガリという印象のゴブリンに対し、その死体は細マッチョという感じ。
調べた限り、ゴブリンと比べるとかなり手強いという話だったけど、トーヤ君にとっては大して違いが無いんだろうね。僕が気付かないうちに斃してしまってるんだから。
「この後は魔石を取るんだが……できるか?」
「えっと、ゴブリンの魔石は頭の部分にあるんですよね?」
「きちんと調べているんだな。そう、脳みその下のあたりだな。取りあえず、やってみるか」
そう言いながらトーヤ君は、転がっていたゴブリンの生首に剣を突き立てて2つに割ると、その中から剣先で小さな石を取りだした。
それに水をかけて洗ってから拾い上げると、僕に向かって放り投げた。
「わっと!」
受け取ったそれは、小指の先ぐらいの小さな石で黒っぽく、光沢がある。
近い物を探すとすれば、黒曜石?
「それで250レア。こづかい程度だな。俺たちは、最近は面倒くさいと放置することもあるが」
2日分の食費にはなるけど……微妙だなぁ。
僕の場合、トーヤ君にフォローしてもらえたけど、普通ならそれなりに危険はあるわけだし。
「ちなみにそっちのホブゴブリンは600レアな。ちょっとマシ」
トーヤ君はそんなことを言いながら、ポンポンと生首2つを蹴って集めてくる。
彼が斃したゴブリンは3匹とも首ちょんぱ。
僕が斃したのは片方は頭が飛散し、もう片方は胴体部分が大きく陥没して倒れている。
「それじゃ、トミーもレッツ、トライ!」
「あの……トーヤ君、良く躊躇無くできますね?」
「慣れ、だな。オレたちも最初は頭をかち割るのが厳しくて、魔石の回収、しなかったし」
「あ、やっぱり?」
人型……というにはちょっと離れているけど、生物の頭をかち割るというのはなかなかにキツい。でも、やらないとダメなんだよね。
僕はナイフを引き抜き、トーヤ君が転がしてくれた生首に向かい合う。
「ううぅ……」
「トミー、そいつはタダの肉だ。お前だったらあれだろ、魚の兜割りぐらいやるだろ? それと同じだと思え」
「なるほど……!」
そう考えると少し気分が楽になる。
魚の頭に出刃包丁を突っ込んで真っ二つにすることなんて日常茶飯事だし、その工程で血が飛び散ることも無いわけじゃない。
それと同じと思えばこの程度――。
「よしっ!」
覚悟を決めた僕はナイフを握り直すと、ゴブリンの頭に向かって突き立てた。
◇ ◇ ◇
ゴブリンの魔石回収は、一度覚悟を決めてしまえばなんとかなった。
ゴブリン4つにホブゴブリン1つ。計1,600レア。
トーヤ君は「初討伐のお祝いだ」と全部譲ってくれたので、数時間ほどの成果としては悪くない稼ぎ。
もちろん、1人でできる事じゃ無いのは理解しているので、『これなら僕でも稼げる』なんて勘違いはしない。
トーヤ君がいなければ、そもそも見つけることもできなかったと思うしね。
「さて、今日はもう帰るぞ。暗くなるとヤバいしな」
「あ、うん、そうだね。……トーヤ君たちでも夜は危ないの?」
僕が気付かないうちにゴブリンを斃してしまったトーヤ君でも、夜に現れる魔物は危険なのか、と思って訊いてみたら、トーヤ君はあっさりと首を振った。
「いや、ゴブリン程度なら問題ない。――お前のことを無視すれば」
「さあ帰ろう!」
まだ死にたくないので、即座に帰還を提案する。
そんな僕にトーヤ君は苦笑して頷いた。
「そうだな。まぁ、多分大丈夫だが、どちらにしても、明かりは用意してないだろ? ハルカたちが居れば魔法で対処できるが、オレは魔法使えないからな。暗くなったら魔石の回収も出来ない」
「そっか。魔法使いがいないと、そのへんの準備も必要なんだ」
「他にも水とか色々、な。あいつらがいないと、かなり厳しいぞ、冒険は」
数時間で帰る予定だったからか、今日のトーヤ君の持ち物は小さな袋1つ切り。
今日の獲物はゴブリンだったので魔石以外回収していないが、それ以外であれば肉や皮なども持ち帰る必要がある。
それを考えると、水やたいまつなど、小道具が省略できるだけでも魔法使いの存在はとても助かる。
「ま、冒険するわけじゃ無いトミーには関係ない話だな。それでどうだった? 戦ってみて」
「えっと……スプラッタに慣れるのは大変そうだけど、思ったよりは強くなかった、かな?」
「まぁ、な。【筋力増強】とハンマーの組み合わせはかなりの攻撃力がありそうだよな。一発で頭が吹き飛んでたし」
トーヤ君にそう言われ、僕はあの光景、そして自分の顔に飛び散ってきたモノを思い出す。
「うっ……力入れすぎ?」
「手加減して反撃を喰らうよりは良いだろうが……飛散物を被るのが嫌なら、考慮した方が良いかもな。場所や方向なんかを」
胴体部分を狙った2匹目のゴブリンも1撃で斃せたけど、血が飛び散ったりすることも無かった。
それを考えると、頭を上からかち割るのは悪手?
「尤も、あんなになるのはゴブリンぐらいだろうな。オークとかじゃ、あの程度じゃ頭は砕けないと思うぞ、多分。それに、トミーの身長じゃ、頭まで届かねーし」
「いえ、オークと戦う予定は無いですから!」
僕の目的は釣り、そして多少身を守れる腕を身につけること。
それ以上は望まない。
鍛冶仕事で問題なく生活できるなら、無理にゴブリンの頭をかち割ろうとは思えないし。
「近場に釣りに行く程度なら、必要ないからな。それで、明日はどうする? もし休みが取れるなら、多分1日付き合えるぞ」
「そうなの?」
「明日もあいつらは作業を続けそうだしな。それ以降は
トーヤ君たちも時々休みは取っているみたいだけど、それは休養のための休み。
その時に僕に付き合って、森に入っていてもらうことはできない。
となると、明日は絶好の機会なんだけど……今日は結構キツかった。
じゃあ、この機会を逃して良いのかと言えば……。
「師匠に相談してになりますが、休みが取れたら、付き合ってもらっても良いですか?」
「ああ。オレは明日も庭で訓練してるから、休みが取れたら来い」
そう気軽に答えてくれたトーヤ君に僕はお礼を言い、僕たちはラファンの町へと帰還した。
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