105 研究室を整えよう

 俺たちが家を購入して以降、食事の準備は基本的に、ハルカ、ナツキ、ユキが持ち回りで担当していた。

 俺とトーヤもやるべきか、という話はあったのだが、一度作って食べた後、俺たちは全会一致で片付け担当に任命された。

 解せぬ……事は無い。文字通り、俺も含めてのだったので。

 別に俺も全く料理ができないわけではないのだが、それは所詮日本に於いての話。

 スープの素を一匙入れれば美味いスープができあがり、具材と合わせ調味料を混ぜて炒めるだけで本格的な料理ができる。そんな環境での事である。

 せめてカレールーか焼き肉のタレがあれば、たまには担当できたのに。

 ちなみにこの2つ、個人的にはかなり上位にランクインする万能調味料である。

 調味料が足りないのはハルカたちも同じなのだが、そこは元々の料理スキルが違う。

 ブイヨンやコンソメを作り上げ、魚を干して出汁だしを取れるようにし、毎日美味い料理を食べさせてもらっている。

 今日もそんな美味い朝食を食べ終え、俺たちは食休みにお茶を飲んでいた。

「ふぅ。今日も美味かった。ナツキ、ありがとう」

「お粗末様です」

 朝食を作ったナツキに礼を言うと、彼女は手に持っていたティーカップをテーブルに置き、ニッコリと微笑む。

「しかし、毎日これだけの料理、大変じゃないか? 時間が掛かるだろ?」

 今日の朝食は野菜スープに焼きたてのパン、厚切りベーコンっぽいお肉と果物。

 日本であればちょっぴり手抜き? という感じの朝食だが、こちらでこれを作るとなればかなり大変である。

「そうでもないですよ。ベースとなるブイヨン、コンソメはハルカたちと一緒に大量に作って、マジックバッグに保存してありますから」

「ベーコンも一応自家製なんだよ。腐る心配が無いから、大量に仕込めるのが良いよね」

 ユキが大工のシモンさんの所から木材チップを分けてもらい、オーク肉の塩漬けを燻製にして作ったらしい。

「まぁまぁの出来だけど、塩の量やハーブの配合に改善の余地はあるかな?」

「いや、かなり美味いぞ? なぁ、トーヤ?」

「そうだな。オレの知っているベーコンに比べると、燻製の香りが強くてジューシーだな。なんか、高級な感じ?」

「そう? お肉自体が良いからだと思うけど……。でも良かった」

 俺とトーヤの感想に、ホッとしたように頬を緩めるユキ。

 初めて作ってあの味とか、マジ凄い。スキルの恩恵故?

「なぁ、ウィンナーは作れないか?」

「う~ん、あれはミンチを作る機械と、腸に詰めるための道具が無いと難しいかなぁ……」

 トーヤのリクエストに、困ったようにユキは首を振る。

 ウィンナーもベーコン同様、作り方だけは知っているようだが、専用の道具が無ければ作るのはなかなかに難しいらしい。

 俺も久しぶりにウィンナーは食べたいが、こちらに来てからは見ていないので、存在していない可能性もある。そうなると道具も売っていないわけで……作ることも視野に入れるべきだろうか?

「ちなみに、パンの方も2次発酵まで終わらせた段階の物を数日分、例のマジックバッグに入れてあるから、実は焼くだけなのよね。オーブンが無いから、少し面倒なんだけど」

「あぁ、あのマジックバッグはそういう用途だったのか」

 少し前、ハルカに頼まれて、布袋の代わりに木箱を使ったマジックバッグを作ったのだが、これには空間拡張や軽量化の機能は一切含めず、時間遅延のみに全力を尽くした特殊な物になっている。

 『台所で食料品を貯蔵する』とは聞いていたが、あのマジックバッグであれば、2次発酵後のパンでも数ヶ月程度はその状態で保存可能だろう。

「と言うか、あえて2次発酵後じゃなくても、焼きたてのパンを入れておいても良くないか?」

「それは……言われてみれば、そう、かも?」

 俺の言葉を否定しようと口を開いたハルカだったが、途中で言葉を途切れさせ、首をひねった。

「ほぼ時間を止めるわけだから、焼きたてをキープすることもできるのよね……」

「そもそも何で2次発酵状態で置こうと思ったんだ?」

「普通のパンって、1次発酵して成形した段階か、少しだけ焼いた状態で冷凍保存するのよ。そうすると、冷凍庫から出してオーブンに入れるだけで、簡単に焼きたてパンが食べられるんだけど……それに発想が引っ張られたから、ね」

「箱形だし、冷蔵庫っぽいもんなぁ」

 そのイメージから、冷凍庫、冷凍食品という方向に行ったのか。

 日本でも家庭で長期保存と言えば、冷凍だから、ハルカの発想もよく解る。

「よく考えると、このマジックバッグ――いえ、箱形ですし保存庫とでも言いましょうか。これがあれば、毎日食事を作らなくても、できたてが食べられるんですね」

「ちょっと手抜きではあるけど、まきの節約にもなるし、悪くないんじゃないかな?」

「それは良いな。大量にストックしておいてもらえれば、オレたちでも小腹が空いたら、簡単に食べられるって事だろ?」

 お湯を入れて3分的なインスタント食品が無いこの世界、温かい食事をしようと思うと、結構手間が掛かる。

 だが、そんな手間も、(ナツキ命名の)保存庫があれば一気に解決。消費期限すらほぼ気にする必要が無い。

 もちろん、料理を作ってくれる人がいてこそ、ではあるが。

「冷蔵庫以上に便利なのね……作る必要ないかしら?」

「あ、ハルカ、冷蔵庫を作る予定だったのか?」

「ええ。アエラさんの所にあったでしょ? あれがあれば便利かと思ったんだけど……」

 アエラさんの所の冷蔵庫か。

 あれは業務用だけあって、俺が数人収納できるほどの大きさがあったが、家庭用にはもっと小さい物が普及している……わけではない。

 魔道具だけあってメチャメチャ高価で、小さな物でも一般庶民に手の届く代物ではないのだ。

 俺たちであれば買えない価格ではないが、錬金術を使えるハルカとしては、自作する予定だったようだ。

「いや、保存だけを考えれば保存庫で十分だが、『冷やす』という機能は別だろ」

「だよな。冷たい物が欲しくても、魔法で冷やせるのはハルカだけだろ? ナオは頑張ればなんとかなるかもしれないが……今は無理だよな?」

「おう。水魔法はレベル1も無い」

 レベル2か3程度まで上げれば冷却もできるようになるだろうが、水魔法自体を習得していないので、それ以前の話である。

 ボトルにでも詰めて、一度ハルカに冷やしてもらってから保存庫に入れる方法もあるが、冷却機能が無い以上、取り出す度にぬるくなっていくわけで、その度にハルカに手間を掛けることになる。

「そうよね、手軽に使える冷蔵庫と冷凍庫はあった方が良いわよね。うん。じゃあ、やっぱり今日は研究室の施設を整えに行こうと思うんだけど、どうかしら?」

 ハルカとしてはこの機会に、宿暮らしでは集めにくかった錬金術関連の道具を買い集め、いくつかの魔道具を作っておきたいらしい。

 それの一つが冷蔵庫で、他にも時計や風呂を沸かすための魔道具など、生活を便利にする物をいくつか考えているようだ。

 ちなみに、ハルカであれば魔法で温かい湯を出すこともできるのだが、それだけに頼っていては追い炊きもできないし、単なる水を出すのと比べると魔力消費も大きいため、風呂桶一杯ともなれば、恐らくハルカの全魔力を使っても厳しいだろう。

「風呂と言われては反対する理由は無いな」

「おう。万難を排してサポートするぜ?」

 当然の如く、俄然やる気になる俺とトーヤ。

 『浄化ピュリフィケイト』のおかげで必要性は無いだけに、宿屋ではお湯で身体を拭くことすらせずに節約していたのだ。

 それで清潔には保たれるのだが、季節的には少し肌寒くなっているし、温かいお湯にゆっくりと浸かりたい欲求はかなりある。

 そしてそれはユキたちも同様だったようで、深く頷いている。

「あたしも反対する理由は無いね」

「私もですが、ついでに薬学の設備を整えたいです。機能的には錬金術で作るポーションの方が高いとは思いますが、【薬学】も上げておけば何かの役に立つかもしれませんから」

 一般的に薬の作製に魔力を使うと錬金術、使わないと薬学と分類されている。

 効果としては錬金術で作った薬の方が高いのだが、錬金術の分野には薬だけではなく魔道具も含まれるため、研究されている薬の種類は薬学に比べると少ないという欠点がある。

 また、錬金術で作った薬は高価なため、よほどのことが無い限り庶民が使う薬は、薬学によって作られた薬となる。

 俺たちの場合は身内に作ってもらえるので、そのあたりは関係ないが、錬金術の薬が存在しない病気になったときの事を考えれば、ナツキに【薬学】のレベルを上げてもらうのは十分に価値があることだろう。

「それじゃ、ひとまず研究室は錬金術と薬学で整えようか。他に必要な物はある?」

「鍛冶は――」

 そんなトーヤの発言は、ハルカによって言下に却下された。

「それは無理。炉を置くようにはできてないから、諦めて。どうしてもと言うなら、離れを作ることになるけど……やる?」

「そもそも、同じ建物内で金属をガンガン叩かれたら、うるさいだろ、いくら何でも。防音設備も無いんだから」

「う~む、そうだよなぁ。趣味みたいなもんだし、野鍛冶でもやるかなぁ?」

 少し残念そうながらも、俺の言葉に納得したのか、トーヤはそう言って頷いた。

 ただ、庭で野鍛冶をやられてもうるさそうなので、やる場合には頑丈な壁で囲ってからやって欲しいところである。土魔法を使えば、さほど難しくは無いだろうし。

「あたしは、1室は裁縫用の部屋にしたらと思うんだけど、どうかな?」

「良いですね。必要なのは、大きなテーブルぐらいでしょうし」

 ユキの提案に即座に頷いたのはナツキ。

 最近、俺たちの服飾は女性陣の【裁縫】スキルに頼りきりなので、俺たちとしても否やは無い。

「そうね、編み物はどこでもできるけど、布の裁断には大きいテーブルがあると便利よね。じゃあ、それも買いましょう」

 そういえば最近、3人とも空き時間には、チマチマと何か編んでいた。

 ちょっと期待しても良いのだろうか? 少し寒くなってきたし、女の子からセーターとか貰えると実用面以上に嬉しいかもしれない。

 いや、服自体はすでに何度も作ってもらっているんだが、セーターって少し特別感あるじゃん? この気持ち、男ならきっと同意してくれるだろう。

 あまりに下手だと逆に扱いに困ってしまうのだが、この3人ならその点に関しては心配は要らないだろうし。……まぁ、もらえると決まったわけでは無いのだが。


    ◇    ◇    ◇


 各種道具類の買い出しはハルカ、ナツキ、トーヤの3人と、俺とユキの2人に分かれて行くことになった。

 ハルカたちは錬金術や薬学などの道具を買い込むとして、俺たちの仕事はと言うと、風呂桶の調達である。

 個人用の風呂が一般的ではないこの世界では、風呂桶を買おうと思ってもそのへんで売っている物ではないため、作れそうな人を探して特注するしか方法は無い。

 ただ、ハルカに聞いた湯沸かし器の構造は、四角い箱を湯船に沈めるだけだったので、特に難しい細工は不要、人が入れるサイズの桶を作れればそれで問題は無く、ハードルはかなり低い。

 水抜き用の穴と栓だけは必要となるだろうが、それだけと言えばそれだけである。

「どこを当たるかだが、ここは順当に、樽の職人か?」

「ナオたちって、大きいおけを持ってたよね? あれを買ったところは?」

「あぁ、そういえば、干し肉を作るときに買ったのがあったな」

 あれは雑貨屋で買ったんだが、まずはそこで聞いてみるべきだろうか。

「でもさ、桶にこだわる必要ってあるの? 普通に四角い浴槽を作ってもらえば良くない?」

「え……? そういえば、そうだよな? 動かす必要も無いんだし」

「なんで桶という話になったんだっけ?」

 ユキに改めてそう言われ、俺は首を捻った。

 確か最初は、風呂付きの賃貸物件は無いから、何らかの方法で風呂には入れるようにしよう、というものだった。

 で、広めの洗濯場があればそこに桶を置いて風呂代わりにできるから、洗濯場がある物件を探そうとなったはず。

 だから家を作るときにも広めの洗濯場を付けてもらったわけだが……今になって冷静に考えると、普通に風呂場を発注すれば良かったのでは? 風呂場を作った経験は無いかもしれないが、俺たちが指示すれば、問題なかったような気もする。

 それこそ耐久性を考えるなら、桶よりも石やブロックで作った方が良いだろうし。

「う~む、失敗したか? ――というか、ブロックで作るなら、ユキ、お前の土魔法で作れたりはしないのか?」

「どうだろ? 下手したら、ナオの方が上手いかも? あたし、あそこまで精巧なダイスは作れないと思うし」

 あれからも暇なときに練習を続けた俺は、今では見た目だけはちゃんとした12面ダイスも作れるようになっていた。

 出目に偏りが無いかまでは解らないが、かなり苦労して作っただけに、この作業のおかげで魔法の制御能力はかなりアップしたような気がする。

 尤も、ダイスに使い道があるわけでは無いので、今は食堂のテーブルの上に無駄に転がっているだけなのだが。

「でも、俺の場合、まだレベル1だからな。ユキはレベル3まで上がってるだろ?」

「一応はそうだけど、レベル表記はあまり関係ないのは解ってるよね? ナオならレベル2の魔法でも少し練習すれば使えるんじゃない?」

「うーん、どうだろ?」

 魔法のレベルは魔道書に載っている魔法を使えるかどうかだけなので、その魔法を試さなければレベル表記がアップしないことはすでに解っている。

 基本的に問題となるのは魔力とその制御力。そして使いたい魔法をどれだけ練習するかで、レベルの表記は関係ない。

 今のところ、土魔法のレベル2の魔法はあまり必要性が無いので、俺はレベル2の魔法を練習するよりも、ダイス作り、いてはブロック作りの方に力を入れていた。

 やればできるのかもしれないが、ステータスのレベル表記を上げても大して意味が無いので、さほどモチベーションも涌かない。

 ただ、各レベルの魔法が難易度順になっているのは確かなので、現在の自分の習熟度を測る指標としては十分に意味があるし、次に覚えようとする魔法の目安になる事も確かである。

「どうする? 俺たちで湯船、作ってみるか?」

「そうだね……魔法なら失敗しても金銭的な損失は無いし、試してみよっか? ヒノキ風呂的な木製のお風呂にも憧れるけど、カビとかが気になるし」

「おぉ、主婦的視点。でも、納得の理由」

 基本的に家の掃除は手分けして行うことになっているとは言え、共有部分のうち、台所は普段使う女性陣が担当しているのだから、消去法で考えれば風呂の掃除は俺とトーヤが担当する可能性が高い。

 であるならば、掃除のしやすさはかなり重要である。俺的に。

 ついでに言えば、カビ○ラーも存在しないので、一度カビが生えてしまうとその対処は難しそうだからなぁ。

「掃除は魔法でなんとかなるかもしれないけど、木は腐るからねぇ。ヒノキみたいに風呂にちょうど良い木材があるとも限らないし」

「樽と同じ木材なら長持ちはしそうだが……」

 樽や船の材料としてはオーク材を使うと聞いた気がするが、日本で風呂と言えばヒノキ。

 香りの良さはもちろんあるのだろうが、オーク材が水に強いのであれば、日本でもかしで作った風呂があっても良さそうである。だが、そんな話は聞いたことが無い。

 入手のしやすさとか他の要因があるのかもしれないが、風呂という環境は普通の樽よりも過酷そうである。毎日のように『湯を入れては乾燥』が繰り返されるのだから。

 高い金を払ってすぐに腐ったり、カビたり、歪んで水漏れしたりではお財布的にもダメージが大きい。

「……それじゃ、戻って実験してみるか」

「うん。ダメだったら、その時注文すれば良いんだしね!」

 ダメで元々。良い言葉である。

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