104 また面倒くさいのが

「まさか、一気にランク4になるとは」

「1つぐらいは上がると思ったけど、2つも上げてくれたわね」

 あの後、1階のカウンターに戻った俺たちは、魔石などの売却代金と合わせて、ランクが4に更新されたギルドカードを受け取っていた。

 ランクを上げてくれると言うから、てっきりランク3になるのかと思ったら、全員揃って4になったのだ。

 ディオラさん曰く、「オークの巣を1パーティーで殲滅できる冒険者がランク3は無い」らしい。一気に突入して殲滅したわけでは無いので、少し過大評価な気もするが、ランクが上がったのは素直に嬉しい。

「でも、あんまりランクって関係ないんですよね?」

「うん。ギルドからの信頼を数値化した物だから。さすがに7以上になると誰からも尊敬されるし、その社会的地位もかなりの物になるらしいけど」

 ランク3ぐらいからルーキーは卒業なので、冒険者として侮られることは無くなるようだが、ランク4では尊敬されるというレベルでは無い。

 ただ、簡単になれる物でも無いので、同じ冒険者であれば一目ぐらいは置いてくれるらしい。

 女性の多い俺たちのパーティーからすれば、多少のトラブル避けにはなるかも知れない。

「あ、でももう1つ、ランク4からダンジョンには入れるようになるから、ダンジョンに行くなら意味はあるよ」

 そう付け加えたのはユキ。

 今のところダンジョンに行く予定は無いが、一度ぐらいは入ってみたいと思っているので、その点を考えればランク4になれたのは良かったのか?

「でも、ダンジョンって近くにあるのか?」

「近くには無いわね」

「ダンジョンで有名な町はかなり遠いよ。小さいダンジョンが無いとは限らないけど」

「そりゃ、行くとしても当分先だな。せっかく家を作ったんだから」

「ですね。新築の家、長期間留守にするのは勿体ないです」

 ギルドを出て、そんな話をしながら歩くことしばらく。

 突然、後ろから声を掛けられた。

「紫藤さん!」

 ユキが。

 なんだか聞き覚えのある声に振り向くと、1人の男が駆け寄ってきた。

「先日はやや興奮して済みませんでした。少しお話し、良いでしょうか?」

 笑顔を浮かべてそう言う男の顔をじっくり見て、俺はポンと手を叩く。

「岩中か?」

 先日、女性陣に臭いとか言われたのが堪えたのか、今日の岩中は髭を剃ってきている。

 ただ、剃るのに何度か失敗したらしく、何カ所か着いた傷痕がちょっと痛々しい上に、剃り残しも多い。

 良く切れる刃物は手に入りづらいし、綺麗に映る鏡もないので、ある意味、仕方のない部分もあるのだが。

「はい。先日は慌ただしくて挨拶もできず……」

 えぇー? はっきりと俺とトーヤは無視してただろ?

 ハルカたちを口説く余裕はあったんだから、挨拶ぐらいはできたよな?

「あたしたちも用事があるから、手短にね」

 当然そんなことはユキたちも判っているので、やや不機嫌そうな表情でそう答える。

「はい。では本題から言います。提案なのですが、一緒に南の方へ移動して、皆さんと僕たちで合同パーティーにしませんか? これからの季節、この街の依頼は減っていきます。皆さんが受けられる仕事だと、生活は苦しくなりますよ?」

 良い笑顔で、妙なことを言い出した。

 女性陣だけを取り込むのに失敗したから、今度は俺たちも含めてってか?

 口調や態度も前回のハードネゴシエーションからソフトネゴに変えてきているが、この状況じゃ意味ないだろ。すでに不信感を覚えているのだから。

 一見人の良さそうな、その笑顔すら胡散臭い。

「ほぅ、前回オレたちを無視しておいて、今更合同?」

「だよなぁ? 俺たちのこと、サクッと無視してハルカたちをナンパしてたよなぁ?」

「い、いえ、後で声を掛けようと――」

「えー、そんな感じじゃ無かったよね~?」

「そうよね。それに、私たちのパーティーは5人で安定しているから、人数を増やす意味も無いわね」

「私たち5人でも、それなりのお仕事はできますから」

「いいんですか!? このままじゃずっとこの町で下らない仕事をして、一生を終えることになりますよ!」

 全員にあっさりと否定され、岩中が慌てたように口を開くが、そもそも前提がおかしいんだよな。なぜ自分たちは上に行けると思っているのか……。

「別に安定して暮らせるならそれも良いと思うよ?」

「それに私は、この街の仕事が下らないとは思っていません」

「なっ!」

 ユキとナツキの言葉に、岩中が驚いたような表情を浮かべるが、そもそも殆どの仕事なんてそんな物だよな?

 日本のサラリーマンだって、自分の就職した町で仕事をして一生を終える事はそう珍しいことじゃない。違いと言えば、交通手段の発達で気軽に旅行できることだろうが、転勤族でも無ければ、早々頻繁に住む町を変えたりはしない。

 危険の多いこの世界で、普通に仕事をして一生を終えられるなら、ある意味では成功者に分類されるんじゃないだろうか。

「第一、岩中君たちってあんまり強くなさそうだから、あたしたちに組むメリットが無いかな?」

「い、今は初期スキルの影響で少し負けているかもしれませんが、実は僕たち3人は全員、経験値倍化系のスキルを持っているんです!」

 岩中が突然口にしたその言葉に、俺たちは揃って顔を見合わせた。

 それが自信の理由か?

 当然俺たちの心情は『あの地雷スキルを全員? マジで?』と言ったところだが、岩中は何か勘違いしたらしく少し余裕を取り戻し笑みを浮かべた。

「経験値倍化系のスキルは、最初こそ他の転移者にスキルレベルで負けるでしょう。ですが、長期的に見れば確実に追い越せます。多少計画性があれば、無理してでも取るべきスキルですね」

 俺たちが顔を見合わせたためか、岩中は『どうせお前たちは取ってないだろ?』みたいな表情で俺たちを見た後、すごいドヤ顔で言い放った。

「更に私は、【スキルコピー】まで持ってるんですよ?」

 ――くっ、笑うな、笑っちゃダメだ! 頑張れ、俺の表情筋!

 岩中のドヤ顔を見ると吹き出してしまいかねないので、慌てて視線を逸らす。

 表情を変えていないのは、学校でもややポーカーフェイス気味だったハルカとナツキ。

 ユキは頬がピクピクと震えているし、トーヤは手で顔をぐっと押さえ、一見深刻そうな表情で、その実、爆笑を必死に飲み込んでいる。

 確か【スキルコピー】と経験値倍化系のスキルとなれば、最低でも150ポイントぐらいは必要だよな?

 岩中の成績は良かったから、ポイントが多いのは理解できるのだが、その使い道がこれとは……残念すぎる。

「今のところ、僕たちは後塵を拝しているかもしれません。ですが、将来的には確実に・・・、あなたたちを引き離します。そう、圧倒的に・・・・、ね」

「「「………」」」

「僕はこれから人の上に立つ人間なのです。あなたたちは今、僕たちの前を歩いているでしょう。ですが、僕たちの一歩はあなたたちより広く、追い抜けることはすでに確定的・・・なのです」

 自分の世界に入っている岩中は、俺たちが微妙な表情を浮かべていることにも気付いていないらしい。

 優越感を湛えた笑みを浮かべながら、所々無駄に強調しているあたりが、なんとも……。

 ここまでアレだと、逆にちょっと可哀想になるなぁ。

 だが、俺たちが黙って聞いているのにいい気になったのか、今度は俺たちを見てニヤニヤと嫌らしい笑みに変わってきた。

「ですがリーダーには人を使う器も求められます。あなたたちが上に立つことはできないでしょうが、僕の部下としてなら役に立ちます。今のうちにパーティーに入っていないと後悔しますよ? 僕たちが強くなった後では、いくらでも人が集まってきますから。そう、女性もね」

 ――え、何、この上から目線。

 ちょっぴり感じた同情が吹き飛んだんだけど。

 それはトーヤも同じだったらしく、呆れたような苦笑から獰猛な笑みに表情を変え、武器に手を置いた。

「……ほぅ? つまり今のうちに対処しておけと?」

 そう言ってトーヤが1歩踏み出すと、岩中はハッとして、気圧されるように2歩下がった。

 成績は良かったが、実はバカだろ、岩中って。

 追い越す前に「そのうち追い越しますよ」と言って、喧嘩売るとか。

「ぼ、冒険者同士でも武器を抜けば、衛兵に捕まりますよ!?」

「おう、そうだな。――ところで知っているか? この世界には犯罪歴を確認するようなアイテムは無いんだぜ?」

 そう言ってチラリと俺を見てくるトーヤに頷き、俺も口を開く。

「そうそう。ステータスに賞罰欄があって、街に入るときにチェックされる、なんてことは無いんだよな、残念なことに」

「ホントにな。街の外で起きた殺人とか、事件があったことすら判らないんだろうな」

「多分な。そういえば、森の奥なんかだと、魔物の死体もすぐに無くなるんだよな、何かに食べられて」

 チラチラと岩中に視線をやりつつ俺とトーヤがそんな会話をすると、その表情が見る見るうちにこわばり、顔色も悪くなっていく。そしてそのままじりじりと後退ると、「こ、後悔しますよ!」という言葉を残して走り去っていった。

 なかなかに見事な逃げっぷり。

 その決断力と、変に粘着しない潔さは褒めても良いが……。

「いやぁ、後悔するのは彼らだよね」

「だよなぁ。しかも、3人とも経験値倍化系のスキルを取ってるんだろ? 良くもそんなのが集まったよな?」

 彼ら3人が元から仲良かったかどうかは知らないが、同じ場所に転移してきたのか、それともこの街で出会ってパーティーを組んだのか……。

 似たもの同士だから纏まったのかもしれないが、どれぐらいの確率なのだろう?

「たぶん、もっと危ないスキルを取った人たちは淘汰されたんじゃない? 経験値倍化系を取った人は他の地雷スキルを取るポイントが残らなかったから、結果的に生き残ってる、って事かも」

 そう予想を披露したのはハルカ。

 具体的には【スキル強奪】や【英雄の資質】、【魔力・極大】だな。

「彼……岩中君はちょっと違いますけどね。【取得経験値2倍】でも確か50ポイントは必要だったと思います。それで【スキルコピー】まで持っているんですから、最低でも初期ポイントが150ポイント以上。完全に選択ミスですよね」

「勿体ないなぁ。オレ以上だったのに」

「そういえば、トーヤは【ヘルプ】を持ってないのに、【取得経験値2倍】とか取らなかったんだな?」

「だって50ポイントだぜ? どこに転移するかも解らないのに、リスク高すぎ。最初の戦闘に勝てなければ死ぬんだから、ある程度戦えるようにするだろ、普通」

 確かトーヤのポイントは120だったか?

 【取得経験値2倍】を取るのなら、最大でも70ポイント以内で戦闘スキルなど、必要なスキルを取る必要がある。

 ある意味では幸運なことに、それなりに生き残れそうな構成にしたら【取得経験値2倍】を取れるようなポイントは残っていなかったらしい。

「【取得経験値10倍】を持っていても、最初に出る敵に勝てなかったら無意味だよな、確かに」

「だろ? 都合良く雑魚に遭遇、上手いこと斃して一気にレベルアップ、とか運の要素が大きすぎ」

 俺たちは特に問題なく町まで辿り着いたが、トミーのように森の中に出現していたら、武器スキル無しはなかなかにリスクが高かっただろう。

 そう考えれば、岩中たちはそれなりに運が良かったのかも知れない。

「ユキが取らなかったのは?」

「あたし? あたしの場合はちょっと嫌な予感がしたから。成長率が10倍で120ポイントって明らかに安すぎじゃ無い?」

「おぉ、その勘は素直に賞賛したいが……」

「【スキルコピー】は取ったんだよな?」

「それはもう忘れてよ~~~。今は役に立ってるでしょ~~」

 情けない顔でポカポカと攻撃してくるユキの頭を押さえつつ、苦笑する。

 確かにスキルの数だけで言えば、今は俺たちの中でトップになっている。今後もそれは変わらないだろうし、それなりに何でもこなせるんだよな。

 やや器用貧乏になっているところはあるが。

「しかし、中途半端だったよね、彼って。和解しに来たのかと思ったら、途中から完全に喧嘩売ってたし。何がしたかったんだろ?」

 話を変えるようにユキがそう言い、呆れたように肩をすくめると、トーヤもまた大きく頷く。

「さぁなぁ。実はナチュラルに人を見下している奴で、喧嘩売ってるつもりも無かったりして?」

「まさかぁ、あれが素って事は無いだろ」

 と、俺は否定したのだが、ハルカは首を振った。

「そうとも言い切れないわよ。彼、日本にいた頃からその片鱗は見えてたから。私とは相容れない、間違っても友人にはなれないタイプね」

 俺は関わることが殆ど無かったのだが、一応優等生をやっていたハルカは、これまた一応委員長をやっていた岩中と関わる機会が何度もあったらしい。

 その経験からの評価が『友人にはなれない』である。

 ハルカがそう言う以上、俺たちもまた同じだろう。と言うか、これまでの対応を見れば、まともじゃ無いのはよく解る。

 恐らく異世界に来て、強そうなスキルを手に入れたことでたがが外れたのだろう。実はそんな良いスキルじゃない事なんて、そろそろ気付いても良さそうなものだが……ま、ある意味、俺たちにとっては都合が良いが。

「後の2人はよく知らないけど、先日のことを考えると、まともじゃ無いわよね」

「はい。少し厄介ですね」

「幸いというか、経験値倍化系を持っているなら、私たちが訓練をサボらなければ、彼らの方が強くなることは無いと思うけど……」

「単純な強さだけじゃ無いからな……面倒くさいなぁ」

 現時点では俺たちの方が強いと思うが、常に警戒しているというのは難しい。不意打ちを食らう可能性を考えるなら、それこそ『包丁で刺されても大丈夫』にならなければ気は抜けない。しかも襲ってくるのは痴情の縺れなどと言う色気(?)のある物では無く、ただの暴漢である。

「さすがに街中で襲ってくることは無い、わよね?」

 少し自信なさげにハルカがそう言うが、ユキは少し考えて首を振った。

「う~ん……取りあえず、あたしたちは常に3人、もしくはトーヤかナオのどちらかと一緒に行動しよ。2人には迷惑掛けるけど」

「気にするな。大した手間でも無いし、1人で出歩かれて襲われた方がキツい」

「だよな。解りやすく襲ってくれりゃ、始末できるんだが」

「おぉ、トーヤ君ってば、過激!」

 俺がそう言って茶化すと、トーヤは少し心外そうな表情を浮かべた。

「えー、ナオだってそう思わなかったか?」

「……まぁ、少しだけ手を出してくれたらすっきりする、とは思った事は否定しない」

 できれば町の外で。

 街中だとあまり過激な反撃はできないだろうし。

「問題は町の外ですが……活動場所を森の奥にすれば問題ないですね。彼らだと入ってこられないでしょう。万が一付いてきても、その時は行方不明になるだけでしょうし」

 さすがナツキ、なかなかに容赦が無い。

 笑顔を浮かべているのが更に怖い。

「……ちなみに、それは人為的に?」

「向こうが何もしないうちは何もしませんよ、さすがに」

「だよなぁ。ははは」

 いくら『アレ』な奴らでも、こちらから手を出すのはさすがに躊躇する。

 少し安堵して笑うトーヤだったが、続いたナツキの言葉に表情を凍らせた。

「でも……私たちが仕留め損ねた魔物が彼らの方に向かう可能性は、無いとは言えないですよね?」

「「………」」

 そう言って微笑むナツキに、俺とトーヤは沈黙で応えたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ラファンの町、日雇い労働者や低ランクの冒険者相手の宿があるエリア。

 そんな場所にある、最低よりも少しだけマシな一軒の宿に、岩中たち3人が泊まっている部屋はあった。

 3段ベッドがギリギリ入る小さな部屋。家具はおろか、僅かに残っているスペースも、人がすれ違うのもやっとというほどに狭い。

「クソッ!」

 荒々しく扉を閉め、ドカリとベッドに腰を下ろした岩中は吐き捨てるように悪態をついた。

「首尾は聞くまでも無さそうだな」

「紫藤1人ぐらい連れてこられなかったのかよ」

 そんな岩中を前田と徳岡がベッドの上から見下ろし、不満げに口を開く。

「なら前田、あなたが行ってきてください。5人の中から1人だけ連れ出すことなんてできるんですか!?」

 岩中はベッドにゴロリと寝転がり、上に向かって吐き捨てた。

「街中で、強引に引っ張ってくることもできねぇしなぁ。やっと見つけたってのに、上手く行かねぇな」

「部屋に連れ込んじまえばどうとでもなるってのに」

 ギルドでハルカたちを見つけたこの3人。前回の反省を踏まえて方針転換、女性陣の1人だけでも上手く誘い出せればと考えていたのだが、結果はご覧の通り。

 そもそも大して口が上手いわけでもない岩中が、最初から好感度マイナスになっている相手を1人だけ自分たちのテリトリーに引き込めると考えること自体が愚かなのだが、それが理解できるような人物なら、最初からあんな行動は取っていないだろう。

「しかも彼ら、下手に手を出したら殺す、って脅してきましたよ」

「はあっ!? 紫藤が、か?」

「いえ、神谷と永井。直接的じゃないですが。町の外では、犯罪も取り締まれないって」

「確かにな。この世界、町の外じゃ人目がねぇし、人が行方不明になったところで魔物の餌食になったと思われるのがオチ。捜査もされねぇよな」

「それは俺らも同じだろ。上手く町の外でさらっちまえば……」

「勝てますか? 僕たち3人で?」

 岩中の言葉に、徳岡と前田が考え込む。

「……人数は負けてるが、経験値的には俺たちの方が上だよな?」

「だが、スキルレベルはあいつらの方が上だろ? 経験値倍増系取ってねぇんだよな?」

「反応からすれば、そうでしょうね」

「攫うなら、殺すわけにはいかねぇしな。手足ぐらいなら……」

「僕は嫌ですよ、手足が無いのなんて。そんな特殊性癖は無いですから」

 徳岡たち3人の知る範囲では、ハルカたちは彼らよりも後から南の森へ移動している。

 つまり、薬草採取などの簡単な仕事を長く続け、戦闘経験も少ないと考えているのだが、それでも高レベルの戦闘スキルは侮れない。

「クソッ、もっと強けりゃ、神谷と永井をぶち殺して、あいつらを俺たちの物にしてやるのに」

「徳岡、お前は【取得経験値10倍】だろ? 早くレベル上げろよ」

「できたらやってるぜ。この世界、明確なレベル制じゃねぇだろ? ゴブリン斃したぐらいじゃスキルも付かねぇし」

「経験値も、キャラクターレベルも見えないですから、解りづらいですよね」

 実のところ、3人とも経験値倍増系スキルと素質系にポイントを割り振ったため、まともな戦闘スキルを取れず、ゴブリン1匹斃すのにも苦労していた。

 それでも何匹かはゴブリンを斃しているのだが、それによって体感できるレベルで強くなっているとは思えなかった。

「キャラクターレベルもスキルレベルも、こっちの奴は認識してねぇだろ? 俺たちもスキルレベルだけは見えるが……。【取得経験値10倍】って効果あるのか?」

「スキルとして表示されているのですから、無い事はないでしょう。そもそも冷静に考えれば、さほどおかしくは無いですし」

「……どういうことだよ?」

「そうですね、この世界の仕組みが解りませんから、キャラクターレベル制とスキルレベル制の2つのパターンで考えてみましょうか。

 まずは前者のキャラクターレベル制。

 古典的なRPG、ドラゴンク○スト的な物ですね。僕たちはゴブリンを斃しましたが、アレは最弱に分類されるの魔物です。ドラゴンク○ストで言えば?」

「そりゃ、スライムだろ」

 考えるまでも無く即答した徳岡に、岩中が頷く。

「ですね。徳岡で言えば、今、スライムを数十匹斃した状態です。レベルは上がりますか?」

「……上がるだろ? 良く覚えてねぇが、確か数回の戦闘でレベルアップしたぜ?」

「そう、上がります。但し、レベル1なら」

「あぁん?」

 そう言って指を立てる岩中に、前田が訝しげな表情を向ける。

「この世界で僕たちは成人の年齢に達しています。そんな僕たちのレベルは1でしょうか?」

「……普通なら、もっと高ぇよな」

「はい。仮に10ぐらいとしましょうか。その場合、スライムを数十匹斃したぐらいでレベルは上がりますか?」

「無理、だな。数百、下手したら千の単位で必要か?」

「はい。経験値1が10倍になっても僅かに10。大した量ではありません。それに、ゴブリンを数十匹斃したぐらいで簡単に強くなれるなら、この街にいる中年以上の冒険者は何だ、って話ですよね」

 ラファンの町には徳岡たちを怒鳴りつけていたような、中年以上の冒険者もある程度いる。

 南の森で護衛をする場合には率先してゴブリンを狩っているため、これまでに斃してきた数で言えば数百というレベルでは無いだろう。

 にもかかわらず、未だにこの街で木こりの護衛をして生活している。

 簡単にレベルが上がって強くなるのなら、彼らがこの街にいることはおかしい、というのが岩中の考えである。

 成績は良かっただけに、そのあたりの考察はまともにできるのだ、一応。

「もう1つ、スキルレベル制。戦闘か訓練かによってスキルレベルが上がり、それによって強化されるという仕組みですね。ステータスでスキルレベルが見えますから、こちらの方が可能性が高いと思っています。

 訓練などによって経験値が溜まって、スキルレベルが上がると考えられますが……徳岡、こちらに来てどれくらい剣の訓練をしましたか?」

「あ~~、あんまりしてねぇな」

 頭をかきつつ、そう答える徳岡に、岩中が頷く。

「ですよね。全くの剣の素人が生き物を切れるようになるまで、どのくらいの期間が必要ですか? 仮に10ヶ月程度で多少使えるようになるとしても、1ヶ月はみっちりと訓練しないと、いけないことになります」

「かぁぁっ! 【取得経験値10倍】があれば、楽にハーレムでも作れると思ったのによぉ!」

 そう叫んで上を見上げる徳岡に、岩中が呆れたような視線を向け、ため息をつく。

「訓練の効率が10倍なんですから、真面目にやったらどうですか? 頻繁に女を買いに行く暇があったら」

「バカッ、おめぇ、大銀貨1枚足らずで1回できるんだぜ? 行かねぇ理由がねぇだろ!」

 徳岡が言うように、このあたりの街角なら、安ければ1回分の食事代程度で街娼が買える。

 ただし、相手も数を熟すことで稼いでいるので、場所は路地裏の暗がり、地面に適当な物を敷くか、下手をすれば立ったままでやることになる。

「街娼は安いが、汚ぇし、顔もなぁ……暗いからまだマシだが」

「お前は頻繁に買いすぎなんだよ。数日ぐらい我慢して、多少金を出せばマシになるぜ?」

「あなたたち、せめて娼館に行ったらどうですか?」

 岩中が呆れたようにため息をつくが、そんな岩中を見て、徳岡は馬鹿にしたように鼻で笑った。

「高ぇよ、娼館は。岩中、お前、何回ヤった? 数回しか行ってねぇのにスッカラカンだろ」

「うっ……確かにそうですが、それはあなたたちも同じでしょう? 多少金があったら、街娼を買いに行ってるんですから」

「――けっ。お前が紫藤を引っ張って来れてりゃ、解決だったんだがな」

「それで3人で共有ってか? そりゃそのへんの街娼と比べりゃ、ダンチだがよぉ」

「邪魔ですね、神谷と永井」

「あぁ。あいつらがいなけりゃ、ちょうど3人。数も合う。――岩中、お前は誰が良い?」

「僕は東ですね。いっつも僕よりも順位が上で、目障りだったんです。ヒイヒイ言わせてやりたい」

「俺は古宮だな。あのすまし顔が歪むことを想像すると……へっへ」

「じゃあ、俺は紫藤か? まあ、ああいう小さいのも嫌いじゃ無いが」

 言うまでも無く、相談している内容はこちらの世界であっても犯罪なのだが、その認識も無いのか、それとも気にしていないのか。

「ま、時間が経てば経つだけ僕たちが有利なんだ。上手く機会を見つけましょう」

「おう、そうだな」

 3人は顔を見合わせて、嫌らしい笑みを浮かべた。

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