078 男だけの内緒話

「うぅ、ひでぇ目に遭った」

「えー、俺はトーヤのために、心を鬼にして頑張ったのに」

 宿の部屋に戻り、ベッドに寝転がりながらぼやいているトーヤに、俺は遺憾の意を表明した。

 すでにハルカの手により軽い火傷は完治し、【魔法障壁】も見事に得たのだ。何の不満があるというのだろうか。

「喜々として攻撃された気がしたのは、気のせいか?」

「気のせいだな。――数回で飽きたから」

「おい!?」

 最初の数回だけは、叩かれ続けた意趣返しの気持ちが無かったとは言えない。だが、それ以降はただの作業である。

「怪我しない威力で魔法を使い続けるって、結構神経を使うんだぜ? 普通に使ったら足が吹っ飛ぶから」

「………」

「トーヤがもっと早く覚えれば、良かったとも言える」

「しゃあないだろ。魔力なんかよく解らなかったし」

「覚えられたって事は、掴めたんだろ?」

「掴めたというか……気合いだな!」

 曖昧だなぁ、おい。

 それで成功しているんだから、構わないと言えば、構わないのだろうが……。

「それじゃ、その気合いで【鉄壁】も覚えてくれ」

 俺は立ち上がり、持って帰ってきた木の枝を取りだして、トーヤの尻をペシリと叩く。

「いたっ! え、訓練続行なのか? 今日はもう、成果出しただろ?」

「ハルカたちを見て、それを言えるか?」

「……あぁ、うん……頑張るわ」

 ハルカとナツキは、俺が【鉄壁】を覚え、トーヤが【魔法障壁】を覚えるまでの時間で、2人とも【魔法障壁】、【鉄壁】、【筋力増強】の3つを使えるようになっていたのだ。

 ユキもサクッと、ハルカから【魔法障壁】をコピーして覚えてしまっている。

 つまり、トーヤだけが【鉄壁】、【筋力増強】を覚えていない、ということである。

「あいつらが簡単に覚えたのは、魔力を把握しているからか?」

「その可能性はあるな。簡単かどうかは知らないが。ハルカとナツキは治癒魔法が使えるわけだし」

 訓練を終えて帰るとき、全身に打ち身があった俺と、両足が火傷になっていたトーヤと違い、3人に怪我は全くなかった。

 しかし、その事と怪我をしなかった事はイコールでは無い。普通に考えれば、あれだけの時間で全員が覚えている以上、それなりに厳しい訓練をした可能性は否定できない。

「トーヤ、目標は夕食の時間までに【鉄壁】を覚えることだ。多少はコツをつかめただろ?」

「うぅぅむ、時間的には、不可能ではない、か?」

 俺たちが普段、外での訓練を切り上げて夕食を食べに行くまでには、数時間程度の余裕がある。トーヤが【魔法障壁】を得るまでの時間を考えれば、できないことはないはずだ。

 俺は火魔法の魔道書を取りだし、ベッドに腰掛けて開くと、木の枝を振り上げる。

「尻なら容赦はいらないよな?」

 子供の躾の時に尻を叩くのには理由がある。

 他の箇所、特に頭の場合、軽い力で叩いても当たり所が悪ければ障害が出る可能性がある。

 だが、尻の場合はその可能性が殆ど無い。真っ赤に腫れ上がったりしたら、座るときには痛いかもしれないが……命に別状はない。

「待て待て! 程々、程々にな?」

 そう言って起き上がろうとしたトーヤの背にドカリと足を乗せ、押さえつける。

 普通なら簡単に押しのけられるが、体勢が悪いこともあり、トーヤは起き上がれなくなる。

 俺には【筋力増強】がある。トーヤにはまだない。それが答えである。

「頑張るんじゃなかったのか? 痛ければ必死になる。そうだろ?」

 おかしな事を、と俺が首をかしげると、トーヤは手を振って言い訳を重ねる。

「ハルカかナツキに、『尻を治療してくれ』と言わなきゃいけないオレの立場になってくれ!」

「なるほど……頑張れ」

 俺はニッコリと笑い、手に持った枝を振り下ろした。


    ◇    ◇    ◇


 トーヤは存外簡単に、【鉄壁】を手に入れた。

 時間的には俺がかかった時間よりも短かっただろう。やはり痛みは有効と言うことか。

 自分の尻をさすりながら、恨みがましい目で俺を見るトーヤの視線は気になったが、上手く行ったんだから良いよね?

「良いわけあるか! かなり痛かったぞ!?」

「じゃあ、隣の部屋に行って、治してもらってこい」

「それは……夕食の時にする」

 さすがにわざわざ女性陣の部屋を訪ねて、「尻を治療してくれ」とは言いにくいか。夕食の時、ついでにと言う形ならまだマシ……? 俺なら、ナツキ相手はともかく、ハルカになら特に遠慮無く頼みに行くのだが。

「そんなに痛かったか? 俺としては、しっぺぐらいのつもりで叩いてたんだが」

「俺的にはそれ以上に痛かったぞ? それに、しっぺだって何十発も喰らえば辛いわっ」

「うーむ、力加減を間違えたか? ――俺がハルカに頼んでこようか?」

 【筋力増強】がお仕事をしたのだろうか? 服の上からだし、そこまででも無いと思うのだが。

「……いや、いい。我慢できないほどじゃねぇし」

 トーヤは少し考えてから首を振った。

 そして、俺の方に顔を向けると、ニヤリと笑って口を開いた。

「ところでさ、ナオ、色街、気にならないか?」

「突然なんだよ。ハルカたちがいないからと猥談か?」

「いや、だって、お前と2人になる事って、ほぼ無かっただろ?」

 トーヤの言うとおり、ユキたちと合流するまでは、ハルカと同室だったし、それ以降もこっちの部屋に全員が集まることが多かった。なので、そんな話をする機会が無かったのは確かなのだが。

「気にならないか、ナオも。健全な男として」

「まぁ、否定はしない」

 この宿にはいないが、この世界では普通の宿屋の女給が客を取ったりする程度にはオープンなのだ。いや、『この世界では』と言うのも変か。元の世界でも、少し遡れば普通のことだったわけだから。

「なら、行ってみたいとは思わないか?」

「そう言う気持ちが全くないと言い切ることはやや難しいと言わざるを得ないと認めることもやぶさかでもない」

 俺も男だから。

「回りくどい! ならさ――」

 そう言いかけたトーヤの言葉を、手を上げて遮る。

「だがな、トーヤ。ハルカになんと言って金をもらう? 娼館行きたいから金をくれって?」

「うっ……」

 今のところ、多少の小遣い以外はすべてハルカが金を管理している。

 家を建てた後は、パーティー資金と個人資金で分配しようという話はあるのだが、現状の小遣いでは多分、まともな娼館に行くには足りないだろう。

「適当な言い訳は……色々マズいよなぁ」

「そうだな」

 嘘はダメだろう。

 こういう状況、信頼関係は大事である。それに、簡単にばれそうだし。

「コッソリ狩りに行くか?」

「それなら……って、ダメだろ!」

 猪の1匹でも狩ってくれば2人分ぐらいは賄えるだろうが、それ以前の問題がある。

「ハルカにそういう店に行くな、って言われてただろうが! 忘れたのか?」

 こちらに来てすぐの頃、「性病の危険があるから、そういうお店に行っちゃダメ!」としっかりと注意されているのだ。にもかかわらず、行って病気になったら、どうなるか……。

「高レベルの光魔法に病気を治す魔法もあるみたいだが、どんな顔して頼むんだ?」

「……ナオでもさすがに頼めないか?」

「頼めるかっ! 最終的には治してもらえても、一生頭が上がらないぞ?」

 もし、万が一、俺が痔になったとして、『治療してもらうためにハルカに患部を見せないといけない』となれば、恥ずかしいことは否定できなくても、そこは我慢して頼むだろうし、多分ハルカも治してくれる。

 だが、止められたのに娼館に出向き、性病に感染、『治療のためにナニを見せないといけない』となれば、どうするか……。ハルカだって簡単には許してくれないだろうし、もしかすると怪しげな治療薬とかに手を出してしまうかもしれない。

「本番無し、手だけなら……」

 こやつ、更にアホなことを言い出したぞ?

「なぁ、トーヤ、冷静に考えて、そこまで行きたいか?」

「う~ん……そこまでは? 冷静に考えると、行ったこと無いし、縁もなかったから、ちょっと興味があるって、程度?」

 しばらく首を捻っていたトーヤはあっさりとそう答えた。

 日本に居るときは年齢的にも、雰囲気的にも行きづらい場所だったのに、こちらだと結構オープンだから興味がわいた、ってところだろうか。

 ただし、ウチの女性陣は日本的価値観を持っているわけで、それを敵に回す危険を冒してまで娼館に行くほど切羽詰まっているかと言われれば、実際、そこまでではない。

「なら、我慢できなくなったら自家発電にしておけ。見ない振りをしてやるから」

「いや、むしろその時は積極的に見張りをしてくれ。アイツら、気軽に入ってくるんだから」

「それもそうか」

「って、そんな真面目に話す内容でも無いだろ」

「ふむ。『秘すれば花』だな」

 何となくそんなことを言ってみたのだが、トーヤはきっぱりと首を振った。

「いや、それは全く違う」

 違ったらしい。

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