079 戦力アップ作戦 (4)

 戦力向上のための訓練は、翌日からも続いた。

 基本的には、前線を支えるトーヤとナツキが複数の敵に対応できるようにすること、それと俺たち後衛がより多くの敵を殲滅できるようになることの2つをメインに訓練を重ねる。

 その過程で後衛組のスキル表記上の魔法レベルが上がったのだが、これは魔法の能力が上がったというよりも、魔道書に設定されているレベルの魔法を使ったからという理由の様だ。

 実際、俺の【火魔法】のレベル表記が3になったところで、『火矢ファイア・アロー』の最大威力が上がったりはしていないので、レベル自体は戦力強化には全く寄与していない。

 ただ、レベル3の魔法として載っていた『火球ファイアーボール』は、『火矢ファイア・アロー』と異なり、着弾時に爆発を伴うので、弱い敵の殲滅や牽制目的には有効そうである。

 とはいえ、オーク相手に直撃させると、恐らく皮も肉も売れなくなってしまうので、今まで通り、『火矢ファイア・アロー』で頭を飛ばすことになるだろうが。


 他方、直接戦闘に関しては、簡単に技術向上が図れるようなものではない。

 【筋力増強】スキルのおかげで、武器をより軽く扱えるようになっているので、かなり底上げはできているはずだが、模擬戦では全員が同様に【筋力増強】を得たので、あまり差が解らない。

 他の成果としては、俺が新たなスキル【韋駄天】を得ることに成功した。

 物理防御、魔法防御、筋力増加とくれば、あとは敏捷力増加だ。それを目指してインターバルダッシュを繰り返した結果、見事獲得したのだ。

 得た直後、それを隠してトーヤと模擬戦、見事に圧勝したのだが、当然、即座にばれた。

 結果、数時間後には全員が取得してしまい、また殆ど差が無い、という同じ結果となったのだった。


    ◇    ◇    ◇


 その日、いつものようにオークの売却に訪れると、ディオラさんから声を掛けられた。

「ナオさん、例の討伐依頼、出ましたよ」

「へぇ、ついにですか。街道そばに出ましたか?」

「いいえ、まだ目撃証言はありませんが、ナオさんたちのパーティーがコンスタントに持ち込んでいますから」

 ディオラさんはそう言って苦笑する。

 原因は俺たちだったらしい。

「森でオークリーダー、見かけませんでしたか?」

「通常のオークよりも大きい個体ですよね? 見かけましたね」

「そうですか。巣ができているのは確定ですね。以前も言いましたが、無理はしないでくださいね?」

「もちろんです。儲けても、生きていてこそ、ですからね」

 俺たちの目的は、第一に生き残ること。第二に一生それなりの水準で生活すること。

 敵を斃して強くなるのも、お金を貯めるのもそのためなのだ。

 死んだら何の意味も無い。

「早速ですが、オークの魔石も含めて、買ってもらえますか?」

「はい、では奥に」

 いつものように4匹分の肉、それと貯まっていた魔石を出して売る。

 魔石は1匹あたり3,000レアほどだが、買い取り価格が2倍になれば結構バカにできない。

 俺は緩む頬を引き締めつつ、金貨の入った袋をマジックバッグにしまい込み、掲示板の前で待っていたナツキに声を掛けた。

「ナツキ、オークの巣、討伐依頼が出たらしいが、あるか?」

 今日の俺の付き添いは、ナツキだけ。ここ数日は訓練の日々だったので、オークを売りに行くのは時間のあるメンバー2、3人で来ているのだ。

 マジックバッグがあるので1人でも良いのだが、一応用心のために、俺かトーヤのどちらか、それに女性陣が1人か2人付き添うというパターンで行動している。

「ええ。これですね」

 ナツキが指さした紙の内容を要約すると、『森の奥にあるオークの巣を殲滅し、オークの上位種を討ち取る事』、『討伐が終了するまではオークの魔石は2倍の価格で買い取る事』の2つ。概ね、ディオラさんから訊いていたことと同じである。

 当たり前かもしれないが、放置されるとギルド主催で討伐が行われることや、上位種の詳細については一切書かれていない。

「これを読んで、オークリーダーしかいないと考えて討伐に行くと、危険ですね」

「そうだな。あえてオークリーダーとは書いてないんだろうが、そのあたりは自己責任か」

 ギルドとしてはオークの上位種が、リーダーかキャプテンか、もしくはそれ以上かは確認していないのだ。だからあえて『オークの上位種』と書いているのだろう。

 これを見てどのような行動を取るかは、冒険者自身に任されているわけだ。

 ……単に、討伐を期待していない可能性も否定できないが。

「どうするか、帰ってからハルカたちと相談するか」

「そうですね。割も良いですし、可能なら討伐したいですが……」

 俺たちは頷きあうと、ギルドを後にした。


    ◇    ◇    ◇


「そうなの? ある意味、タイミングが良かったわね。トミーから、例の短剣ができたって連絡があったわよ」

 宿に戻り、オーク討伐依頼のことを話したハルカの反応がこれである。

「タイミングが良いって、討伐に行くのか?」

「巣の殲滅はともかく、オークを狩りに行くこと自体はするでしょ? そのためにここしばらく、訓練してたんだから」

「そうだよな。オレも今なら、もっと早く斃せる自信はあるぜ?」

「あたしも、『火矢ファイア・アロー』で確実に斃せるかな? 前回はハルカと一緒に1匹斃すって感じだったけど」

 前回、結構苦労したからもう少し躊躇するかと思ったが、全員、案外アグレッシブである。

 まぁ、危険を感じたのは、ある意味、俺だけだしなぁ。他のメンバーは精々、かすり傷程度だったわけで。

 ちなみに、前回の課題だった解体にかかる時間。対応策としての、とにかく口の広いマジックバッグはきちんと用意してある。

 原料はオークの革で、魔法陣の刺繍は女性陣が3人がかりで交代交代、かなり苦労していたようだが、目的の機能を持たせることにはしっかり成功した。

 作製目的はオークを一時的に移動させるためだったが、考えてみると、色々と使い道が多そうなマジックバッグである。

 例えば、家ができあがった後、家具を購入して運ぶときにも使えるんじゃないだろうか? 人に見られなければ、という前提はあるが。

「それでは、まずはガンツさんのところへ短剣を受け取りに行きますか?」

「そうね。早く受け取って、森に向かいましょ。それで良い?」

「おう。訓練だけってのも飽きるからなぁ」

「あたしも同感。今日は天気も良いしね」

 ここ数日は曇りが続いていたのだが、今日は秋晴れという空模様。気分的にはピクニックにでも行きたいような天気だが、俺たちが向かうのは殺伐とした魔物討伐である。

 狩りの準備もしっかり行い、足早に宿を出てガンツさんの店へと向かう。

「おう、お前たちか。受け取りに来たんだな?」

 今日カウンターで出迎えてくれたのは、ガンツさんだった。

「はい。トミーは奥ですか?」

「ああ。トーヤは解るだろ。入って受け取ってこい」

 そう言われて俺たちが揃って奥に移動すると、作業場の炉の前で何やら作業をしていたトミーが俺たちに気付き、振り返った。

「あ、皆さん。早かったですね?」

「えぇ。せっかくだから、受け取ったら狩りに行くつもりだから」

「そうなんですか。では、早く渡してしまった方が良いですね」

 そう言ってトミーが取りだしたのは、短刀と言うにはやや無骨な代物だった。

 刃幅は1.5倍ぐらい、厚みも少し厚め。やや反りのある形自体は小太刀に似ているのだが、柄のこしらえやつばはこの世界で一般的な物に近い。

 一緒に渡されたさやも簡素な物で、日本刀的な優美さや芸術性はほぼ無いと言って良いだろう。

 ハルカとユキが受け取り、軽く素振りして頷く。

「それなりに重いけど、十分扱える範囲ね」

「そうだね。重心も悪くないし、このぐらいの長さなら扱いやすいね」

 俺も持たせてもらったが、バランスが良いのか、思った以上に扱いやすそうな感じである。

 最初の印象としては剣鉈みたいに感じたのだが、どちらに近いかと言えばやはり小太刀だろう。

「小太刀に近い物で、実用性重視という話でしたから、こういう形になりました。芯に粘りのある青鉄、その周りを魔鉄で包んで鍛えてあります」

 靱性のある青鉄を硬い魔鉄で包んで作っているのか。

 日本刀の製法を真似たんだろうが、どれほど効果があるのだろう?

「切れ味はオークの皮を切り裂ける程度にありますし、普通の鉄の剣と打ち合ったぐらいでは、刃こぼれもしません。それに粘りもあるので、簡単には折れないと思います」

 魔鉄の剛性は黄鉄以上、靱性は青鉄に少し負けるらしいが、それでも複合構造よりも、魔鉄の単一構造の方が良さそうな気もする。2種類の金属の接合面、性質の違いで上手く一体化しなかったりはしないのだろうか?

 その疑問をトミーにぶつけてみると、彼はちょっと気まずげな顔になる。

「正直に言ってしまえば、この剣に関しては、すべて魔鉄で作った時とほぼ同じ、もしくは僅かに負けるかもしれません。ただ、素材面では節約になりますし、ガンツさんレベルの腕があれば、この構造の方が丈夫になるみたいなので、方向性としては間違っていないと思います」

 うーむ。まぁ、手間賃無しで練習も兼ねて作ってもらったわけだから、文句言うほどのことじゃないか。今後の成長に期待だろう。

「ちなみに、この剣とオレの剣とで打ち合ったら?」

「トーヤ君の剣の方がヘコむ、でしょうか。黄鉄相手なら刃こぼれするかもしれませんが、軽く研ぎ直せば良い程度で済むと思います。トーヤ君ならできますよね?」

「ああ、一応オレも、【鍛冶】スキル持ちだからな」

「鉈のように枝を切り払うのに使っても問題ありませんから、かなり実用性は高いと思いますよ。――どうですか?」

 サブの武器だから、戦闘以外でも使えるというのは確かに便利だよな。

 森で小枝や藪が邪魔なことは結構多いので、活躍する機会も多くなりそうである。

「うん、あたしは良いと思うよ?」

「使ってみないと解らない部分はあるけど、悪くないわね」

「そうですか! ありがとうございます!」

 言い方はやや違うが、ユキ、ハルカ共にそれなりに満足そうな表情なのを見て、トミーが嬉しそうに笑う。

「――それで、いくらかかったのかしら?」

「それはガンツさんとお願いします。正直、ボクはよく解ってないので……」

 材料を使うとき、ガンツさんに確認しつつ使っていたので、予算は超えていないはずだが、実際にその素材がいくらするのかなどはトミー自身は把握していないらしい。

「そう、解ったわ。実際に使ってみての評価は、また知らせるわね」

「ぜひお願いします!」

「ええ、また宿ででも。こちらこそ、ありがとう」


 鍛冶場から出て店舗スペースに戻ると、ガンツさんがニヤニヤと機嫌良さそうな顔で迎えてくれた。

「どうだった? 悪くない出来だっただろ?」

「見た目や説明を聞いた範囲では、文句はないですね」

「あとは、実際の戦闘でどうかだよね。仕様は良くても、実際の性能がそれに満たない可能性もあるわけだし?」

「そこはそう心配する必要は無いぜ? ウチだって商売だ。いくら弟子の練習を兼ねてでも、客の命を危険にさらすような物は渡さねぇよ」

「それで、いくら払えば良いでしょう?」

「そうだなぁ……2つ合わせて金貨80枚で良いぜ」

 魔鉄を使って出来も悪くないのに、わずか80,000レア?

 俺の槍の半値近いんだが。

「……思ったより安いですね?」

「魔鉄は使ったが、サイズはやや小さいしな。ただし、使った感想――褒め言葉でも苦情でも良い、トミーに率直に言ってやってくれ。それがアイツの糧になる」

「解りました」

 ハルカは頷いて、財布を取り出すとカウンターの上に金貨を並べ始める。毎回のことなのだが、硬貨も何十枚ともなると、数えるのが面倒くさいのだ。紙幣とどちらが数えやすいかは評価が分かれるところだろうが、持ち運びに関しては確実に紙幣の方が楽である。

 一応、大金貨という金貨10枚分の硬貨はあるのだが、これまで見かけたことはない。ある程度の規模の商人は使っているらしいが、10万円程度の価値があると考えれば、普段見かけないのも仕方ないところなのだろう。おかげで、財布担当のハルカは毎回苦労することになるのだが。

 そんなハルカを尻目に彼女から剣を借りて眺めていたトーヤは、ふと思いついたようにガンツさんに尋ねた。

「ガンツさん的には、この剣の評価はどうなんだ?」

「俺からすりゃあ、素材を生かし切れてねぇという評価になるが、弟子としての評価なら、良くやってる――つうか、驚異的だな。過去を詮索する気はねぇが、ただの素人じゃねぇよな?」

「ははは、そこはノーコメントで」

 顎に手をやり、ギロリとトーヤを見るガンツさんの視線を、トーヤはやや困ったような笑みを浮かべて、首を振った。

 スキルはあるけど全くの素人です、とは言えないよなぁ。

「まぁ、良い。技術だけなら一人前に近ぇんだ。お前がアイツの心配をする必要はねぇと思うぜ?」

「そうか。なら良いんだ。今後もよろしく頼む」

「お前にはショベルを譲ってもらった恩がある。心配せずとも独立できるまでは面倒を見てやるさ」

 そう言ってガンツさんは、莞爾かんじと笑った。

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