071 筋力増強とは

「【筋力増強】、ですか? たしかにレベル2で持ってますけど……」

 そう言って不思議そうに首をかしげるトミー。

「正直、訊かれてもあまり判りませんよ? キャラメイクで取っただけですから」

 うん、俺も【索敵】の原理ってなんなの? と訊かれてもよく解らないから、それはそうなるよな。

「そこは答えられる範囲で構わない。俺たちは、【筋力増強】のスキルは、魔力によって成り立っているんじゃないか、と予測したんだが、どう思う?」

「なるほど……普通に考えれば、筋繊維が同じ太さなのに筋力だけ2倍、3倍というのはおかしいですもんね。そこを魔力で補助しているという考え方ですか。理屈としてはおかしくないですね」

「だろ? トミー、魔力を使ってそうか?」

 トーヤが期待したよう少し身を乗り出して訊くが、トミーは首を振る。

「はっきり言ってしまえば、解りません。ボク、魔法使えないので、魔力が何かも把握できませんから。ステータスで魔力残量とか解れば良いんですけど……」

「魔力を使い切って筋力が落ちたとか、そういう実感はないの?」

「疲れてきたら筋力は落ちますけど、それが魔力が無くなったからなのか、それとも単に疲れたからなのかは……」

「解らない、か」

「えぇ」

 そう言われ、考え込む俺たち。

 トミーの言うとおり、筋力を使うと普通に肉体的にも疲労するから、魔力切れでスキルが使えなくなったかどうかも解らないわけか。

 俺たち魔法使いが【筋力増強】を使えたら、何となく魔力が把握できるから少しは解ると思うんだが……。

 やはりここは、ユキにコピーしてもらうしかないか? トミーに『教える』ことができるかどうかが問題だが。

「……そういえば、ボクって【鉄壁】も使えるんですよね」

「ん?」

 俺たちが頭を悩ませていると、ふと思い出したようにトミーがそんなことを口にした。

「考えてみると、これも不思議じゃないですか? ボクの皮膚がガチガチに硬いわけでも無いのに、ダメージを受けにくくなるなんて」

「つまり、【鉄壁】も【筋力増強】みたいに、魔力で皮膚を強化しているかもしれない、と?」

「はい。柔らかいのに武器が刺さらないとか、普通に考えれば、あり得ないですよね?」

 これ、キャラレベルが上がった場合と似ているな。

 そう思ってハルカたちに目をやると、みんなそれに思い至ったのか、なにやらフムフムと頷いている。

「トミーは、魔物を多く斃すと身体が強化されて、普通なら刺さるような攻撃も刺さらなくなる現象って知ってる?」

「いいえ、初耳です。【鉄壁】みたいですね?」

「そうね。私たちは便宜上、キャラレベルって呼んでるんだけど、この現象自体はこの世界では一般常識なのよ。ただし、その原因は不明。一部の人は、『魔力で強化できるようになる』って考えてるみたいなんだけど」

「【鉄壁】も同じ原理……?」

「かもしれないわね」

 ある意味、キャラレベルの様な不思議現象があるので、仮にトミーが【鉄壁】や【筋力増強】を使っていても、不思議に思われないだろう。

 もしそれが無ければ、刃物が刺さらない人間とか、恐怖である。

「あ、でもさ? 【鉄壁】なら検証できない? ほどよく同じ程度の力で叩き続ければ、魔力が切れた時点でダメージが――」

 ユキが良いことを思いついたとばかりにそんな慈悲も無い事を言うが、トミーは目を剥いて必死に首を振った。

「えぇ!? ユキさん、ダメージはなくても多少は痛いんですよ? それに最後はダメージを喰らいますよね?」

「大丈夫、ハルカが治癒できるから!」

 だから良いよね? とばかりにニコリと笑うユキ。そんな彼女の頭をハルカがペシリと叩いて止める。

「治せば良いってものじゃないでしょ。ごめんなさいね、トミー。心配しなくても、そんなことは頼まないから」

「はい」

「その代わりと言っては何だけど――」

 ホッとしたように息をつくトミーだが、続くハルカの言葉に少し警戒したような表情になった。

「あぁ、別に無理難題ってわけじゃないわよ? ユキに【筋力増強】、そして可能なら【鉄壁】を教えて欲しいの」

「えっと……できるなら教えること自体は構いませんけど、どうやって教えたら良いのか……」

「そこまで難しくは無いと思うわよ? ユキは【スキルコピー】を持ってるから」

「えっ! あの地雷スキルを!?」

 信じられない、という表情でユキを見るトミーに、ユキはなぜか自慢げに胸を張った。

「はっはっは、その通り! あたしは地雷持ちなのさ! 自慢じゃないけど、ナツキがいなかったら詰んでたね!」

「なら自慢げに胸を張るな!」

 思わずツッコミを入れてしまったじゃないか。

「いやいや、自慢したのはスキルじゃなくて、親友のナツキだよ! ナツキ、らびゅ~ん」

 そう言って抱きつくユキを、「はいはい」と言いながら慣れた様子で撫でるナツキ。

「ま、そんなわけでユキになら、さほど苦労せず教えられると思うわ。実際、結構適当でも教えたという事実があればスキルを覚えられたから」

「そうなんですか? 解りました。覚えられるという保証が無くて良いのなら」

「それはもちろん、構わないわ」

 そもそも教え方が曖昧なスキルなのだ。

 俺たちだって、絶対に覚えさせろなんて無茶を言うつもりは全くない。

「ただ、仕事があるので、あまり時間が取れないと思います」

「そこで提案なんだけど、トミーは私たちの宿、

微睡みの熊亭に引っ越してくる予定なのよね?」

「はい。少し余裕ができたので、そろそろ移る予定です。トーヤ君に訊きました?」

「ええ。その宿代、朝夕の食事代も含めて1週間分私たちが負担するから、仕事が終わった後の夜にユキに教えてくれない?」

「えっと……そこまでして頂かなくても、教えるのは構わないんですが……お世話になってますし。結構な額ですよね?」

「1人分ぐらいなら大丈夫よ。みんなも納得してるから」

 ハルカがそう言って俺たちに視線を向け、揃って頷く俺たち。

 はっきり言って、【筋力増強】や【鉄壁】が覚えられるなら、金貨数枚程度、安い物である。

 それに、仮に覚えられなくても、知り合いへの援助と思えば大して痛くない額でしかない。

「そうですか? それでしたら、お世話になります」

 俺たちの顔を見回して頷いたトミーは、そう言って頭を下げた。


    ◇    ◇    ◇


 トミーはその日のうちに宿を引き払い、

微睡みの熊亭へと引っ越してきた。

 ガンツさんの店は、日が落ちて作業場が暗くなったら終わりらしく、少し薄暗くなったぐらいの時間にはすでに宿へやって来ていた。

 住み込みではないので、作業が終了になった時点で仕事は終わり、その後で雑用などをすることは殆ど無いらしい。

 給料はさほど高くないが、この宿に泊まっていても少しずつ貯蓄できる程度は貰えているらしく、少なくともユキたちがサールスタットで働いていたような劣悪な労働環境ではないようだ。

 それでもこの宿に移るのに多少時間がかかったのは、貸していた金貨3枚分を早く返そうと思い、酷い宿でも我慢していたからというから、結構真面目である。

 早速その日の夜からユキに教え始めてくれたのだが、その教え方は少々微妙。

 俺たちも一緒に話を聞いたものの、「ぐぐっと力を入れて」とか「ふんっ! って感じで」とか言われてもさっぱりである。

 俺たちがこの説明で【筋力増強】と【鉄壁】を覚えるのはほぼ無理だろう。

 後はコピーしたユキが覚えられるかだが……。

 かなり不安である。そもそも教えるのが難しそうなスキルだけに、トミーに解りやすく教えてくれ、とも言いづらい。

 ユキも言われるままにやってはいるのだが、果たして上手く行くのだろうか?


 ――などと思っていたのだが、【スキルコピー】は偉大だった。

 初日にしてユキは【筋力増強】と【鉄壁】の有効化に成功。教えていたトミーを唖然とさせた。

 もう地雷な【スキルコピー】ちゃんじゃなくて、【スキルコピー】先生とでも呼ぶべきかもしれない。環境依存が少々酷すぎるが。

 さて、そんな偉業を成し遂げた【スキルコピー】――もとい、ユキ先生を囲む会を自室で開催する俺たち。残念ながら、明日も仕事が早いトミーは仲間はずれである。

 ひと仕事を成し遂げた彼は少し釈然としない顔をしながらも、自室に戻って、すでに寝ている。夜は早いが、朝も早いんだよな、この世界のお仕事は。

「それでユキ、どんな感じだ? やっぱり魔力を使っているのか?」

「う~ん、そうだねぇ……」

 腕を組んで少し唸っていたユキは、おもむろに立ち上がると、隣に座っていたナツキを、ひょいとお姫様抱っこした。

 小柄なユキが、ナツキを軽々と抱える様子は、少し違和感を感じる絵面である。

「わっ、な、何ですか?」

「ちょっと検証中……」

 驚いたナツキに頭を抱えられながらも目を瞑り、首を捻ってそのまま屈伸運動まで始めるユキ。確かに【筋力増強】の効果は出ているようだ。

「……うん。魔力は使ってる。けど、放出しているんじゃなくて、巡らせてるって感じかな? 僅かに漏れている気もするから、ずっとやっていたら魔力切れになる可能性もあるけど、魔法を使わなければ大丈夫、かな?」

 ユキはウンウン、と納得したように頷き、やっとナツキをベッドに下ろした。ナツキは「もうっ!」と言いつつため息を吐き、ベッドに座り直す。顔がほんのりと赤くなっているのは恥ずかしかったからだろうか。

 しかし、魔力を巡らせる、か。

 トミーの「ぐぐっと!」よりはかなり解りやすい。「ぐぐっと」なら「ググった」方がまだマシなアドバイスが貰えるかもしれない。――いや、無いな。なんちゃら知恵袋的に知ったかな情報しか得られないよな、うん。

「それは、オレみたいな魔法が使えないヤツでもできそうか?」

「トミーができるんだから、大丈夫だと思うけど。魔力量が解らないから、魔力切れにならないかどうかは解らないけどね」

「トーヤはまずは魔力を掴む練習からだな。【鉄壁】も同じ感じか?」

「う~~ん……」

 俺がそう訊くと、ユキは再び腕を組み、部屋を見回す。

「何か適当な攻撃を――」

 そう言いかけたユキに、素早く反応したのはナツキだった。

「あら、攻撃ですか? 任せてください」

 さっとベッドから立ち上がり、部屋の隅に立てかけてある槍を手に取って鞘を払う。

 そして穂先をユキに向け――ニッコリと笑う。

「覚悟は良いですか?」

「ストップ、ストップ! 良くない! ぜんっぜん、良くない! 穂先は必要ないから!」

 ユキは慌てて手を振り、ナツキから距離を取ってピタリと壁に張り付く。

 ナツキが手に取ったのは、最近は俺が使っている安物の槍だが、それでも猪程度なら軽く突き殺せる。【槍術】レベル4のナツキが使えば、オークだって相手取れるかもしれない。

「そうですか? 必死になれば、一気に【鉄壁】がレベル2になるかもしれませんよ?」

「リスクが高いよ!」

「そういえば最近、私の【光魔法】もレベル2になったんですよ」

「刺す気満々!? 誰かヘルプ!」

「大丈夫よ、ユキ。私は知っての通り、レベル3だから」

「それは助かるけど、そっちじゃなーい!」

「大丈夫です、危ない場所は狙いません。それでは行きます!」

 ぐっと腰を落として槍を構えるナツキとそれを見て、ぷるぷると首を振るユキ。

 えっと、止めるべき?

「待って!!」

 そう言ってユキがギュッと目を瞑った瞬間、ナツキはクルリと槍を回して、石突きをユキの方に向けてから、サッとその足を払った。

「きゃっ! わっ!」

 足を払われたユキはバランスを崩し、その場で尻餅をついた。

「いっ――たくはない。けど! 結構怖かったよ!」

 ユキは衝撃に目を開き、「痛い」と言いかけた言葉を途中で止め、すぐに立ち上がって苦笑しているナツキに詰め寄る。

「さすがに怪我をさせるまではしませんよ。でも、目を瞑っちゃダメですよ?」

「魔物相手なら瞑らないよ! ……たぶん」

「本当に? 目の前に刃先が来ても?」

「う、うん……」

 あまり自信が無いのか、ユキは少し小声になって目を逸らす。

「まぁまぁ。それでどうだったんだ?」

 俺は宥めるようにユキの肩に手を置き、ベッドに座らせた。

 放っておくと、話が進みそうにない。

「痛くは無かったから成功はしてる。とっさだったけど、こっちは魔力を巡らせるんじゃなくて、身体の表面で押し固めるような? 何かそんな感じ」

 身体の表面を魔力でコーティングするようなイメージで良いのだろうか?

「しかし、【鉄壁】とは少しイメージが違いましたね」

 ナツキがそう言うと、ハルカも同意するように頷く。

 だが、ユキは言っている意味がよく解らなかったらしく、首を捻った。

「え、なにが?」

「だってユキ、簡単に転けたじゃない。あなた自身はダメージを負わなくても、前衛の盾と考えると、ダメよね」

「簡単に排除されてしまいます」

「あ、そっか!」

 盾職として考えるなら、簡単に弾き飛ばされてしまうというのは致命的欠点である。

 ユキの体重が軽く、体勢も悪いという原因はあるだろうが、やはり【鉄壁】自体は防御力を上げるだけの効果しか無いのだろう。

「オレが使うなら、【筋力増強】とも合わせて、しっかり踏ん張れるようにならないといけないわけだな」

「まあ、それができなくても、被弾時のダメージ軽減の効果だけでも十分意味はあると思うがな」

 ハルカのような後衛職だって、仮に吹き飛ばされても一撃は耐えられる様になれば、生存率はかなり上がるだろう。

「全員、練習した方が良いのは確かよね。各自、自主練、それに気付いたことがあれば教えあって全員が取得できるように頑張りましょ」

 俺たちにとって生存率向上は至上命題である。

 ハルカのその言葉に、全員、真剣な顔で頷くのだった。

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