068 トーヤの淡い夢?

 初めて訪れた冒険者ギルドの資料室は、正直、資料室という名前からは想像できないレベルで貧相だった。

 4畳半にも満たない部屋には小さな机と椅子が4つ。その上に置いてある冊子が僅かに4冊。それがすべてだった。

 冊子のタイトルは『周辺の生物・魔物』、『東の森』、『南の森』、『薬草・その他』という味も素っ気もない物。厚みもそんなに無い。

「これは、思った以上に……」

「だろ? ナツキなんかは1日で全部読破したみたいだぜ?」

「だろうな」

 俺でも読むだけなら、頑張ればなんとかなりそうな気がする。情報として身につけられるかは別問題だが。

「俺も今日中には読み終わるだろうな。どれだけ覚えられるかは解らないが、そのへんは【鑑定】スキルに期待だな」

「備忘録……いや、一種の記憶スキルみたいな物か」

 一度目を通しておけば、【鑑定】に表示される情報に反映されるなら、かなり便利である。欠点としては、対象物を見て【鑑定】しなければ解らないところか。

 知識として身につけていれば、『~の病気に効く薬草を思い出す』事ができるだろうが、【鑑定】頼りでは、その薬草を目にして【鑑定】し、説明文を読まなければ解らない事になる。もちろん、それだけでも十分に便利だし、ウィンドウに表示されるので記憶間違いの可能性が(多分)無い事はかなり有利な点だろうが。

「しかし、身体強化、はっきりとはしないが、希望は出てきたな! オレもそのうち、『なんちゃらスラッシュ!』とか言って敵を切れるようになるかな?」

「叫ぶのか? ちょいと恥ずかしい技名を? わざわざ?」

「……やっぱ恥ずかしいか?」

「トーヤがやりたいなら俺は止めない。冒険中に使うのも別に構わない。ただ……人前でやったら他人の振りをするかも?」

「ひでぇ! 『あんな凄い技を使える剣士様は誰?』ってなるかもしれないのに!」

「それで『獣耳の嫁さんゲット!』って? そもそもどんな状況だよ、トーヤのターゲットになりそうな人の前で使うのって」

「そりゃ……テンプレなら、街で暴漢に襲われている美少女、街道で盗賊に襲われている美少女が乗った馬車、闘技大会でトーナメントを勝ち上がった俺、それを見に来た美少女、とか?」

「夢見すぎ。さっき、街で下手に武器を抜くと危ないって聞いたところだろ。街中で『なんちゃらスラッシュ!』を使って、被害が出たら捕まるぞ?」

 そんな特殊な技が必要な敵を相手にして、周りに被害を出さずに対処するなんて、多分無理である。そして、被害を出さずにスマートに事を収められるレベルに成長していれば、逆に『なんちゃらスラッシュ!』なんて必要ないだろう。

「馬車に関しては、どうだろうなぁ? テンプレ通りに助けられるとは限らないぞ? トミーと一緒に来た奴ら……誰だっけ?」

「おいおい、覚えておいてやれよ。え~~~と……田中と高橋」

「トーヤも似たような物じゃねぇか。――そいつらの二の舞とまでは行かずとも、上手く行く可能性の方が低いだろ」

 そもそも馬車が盗賊に襲われる状況とはどんな状況だろうか?

 危険な街道を行く商人や旅人、もしくは襲われる理由のある貴族。そんなところだろう。

 盗賊だってバカじゃない――か、どうかは微妙だが、普通は勝てる相手でなければ襲ったりはしないはずだ。

 そんな状況に俺たちが参戦してどうなるだろう? 人数差が少なければ、死闘を繰り広げて撃退はできるかもしれない。だが、俺たちに犠牲が出ないと言えるだろうか?

 仮に襲われているのが美少女や子供だとしても、知らない相手を助けるために仲間が犠牲になる可能性があるなら、俺は戦闘を避ける。『女子供は助ける』などと言ったヒロイズムよりも、自分の知り合いの方が大切なエゴイストなのだ。

 貴族ならば、更に言うまでも無い。

 訓練された護衛を斃して標的を殺せるような襲撃者に俺たちが立ち向かえば、かなりの確率で犠牲が出る。そもそも突然加勢に現れた俺たちを、貴族が味方として認識してくれるかすら怪しい。

 やはりテンプレ的な救助を行うには、テンプレ的なチート能力が必要だろう。

「闘技大会も、目立つならベスト16とかそういうレベルじゃないとダメだろ? 国全体でそのレベルって、俺たちには無理だろ。そもそも、闘技大会があるのかすら解らないし」

「それを言われると辛い! 長期的にはともかく、若いうちには、なぁ……」

 チートのない俺たちは普通に訓練を積んで強くなるしかないのだ。

 何十年も訓練を積み重ねたベテランとか出てくると、普通に負けるだろう。

 訓練を続ければ勝てるようになるかもしれないが、それが何十年も後なら、美少女にチヤホヤされて、あわよくば……というトーヤの目的には合致しない。

「いや、ちょっと待てよ? この世界って、俺たちの世界とは人口が違うよな? そう考えれば、『国で一番』も『県大会優勝』や『市の大会で優勝』レベルじゃないか? そう考えれば可能性も……」

「確かにそれだけ聞けばできそうな気がしてくるが……」

 市でも人口が100万を超える所はあるし、県なら数百万。この国の人口は知らないが、これらよりも少ない可能性は高い。高いのだが――

「いや、無理だろ」

「なんで?」

「まず、競技(?)人口割合が違う。魔物が普通に居る世界だぞ? かなりの割合で戦える人がいるはずだ」

「まぁ、確かに」

「もう1つは、人数は少なくなっても、全体のレベルが下がらなければ関係ないだろ?」

 闘技大会入賞レベルの人口が100人だろうと、1,000人だろうと、自分にそのレベルの実力が無ければ全く意味が無い。本当のトップレベル、1位、2位を争うなら、人口もまた影響してくるだろうが。

「むぅ。まぁ、確かに、県大会に全国優勝者が居る可能性も普通にあるわけだしなぁ。大会レベルが必ずしも低いワケでもないか」

 チーム戦なら、人口が多い方が強い奴を集めやすいというのはあるだろうがな。

 結局努力して強くならなければ、闘技大会で目立つ事なんて不可能だろう。

 そして、それは一朝一夕にできることではない。

「だが! そんなことよりも、一番夢みているのは、全部『美少女』って所だよ! そんな都合の良いことがあり得るかっ!!」

 出てくるキャラ全部美少女なのは、ご都合主義のゲームや小説だけだ。

 はっきり言って、この世界に来て出会った美少女はアエラさんだけである。

 出会った人の大半はおじさん、おばさんで美人の看板娘になんて出会ったことはない。あえて言うなら、サールスタットの宿には給仕の娘さんがいたが、正直、あまり美人ではなかった。

 今まで訪れた店で若い店員がいたのは、あそこの宿以外では、この街にある少し高級な喫茶店だけである。

 一番付き合いの深いディオラさんはお姉さんの範疇に入れても良いだろうが、ごく普通の容姿で取り立てて美人というわけでもないしなぁ。

「えー、そこは夢見ないと! オッサン連中に『うぉぉぉぉ!!』とか、野太い声で声援を送られることを想像しても空しいだろ?」

「でもそんなに美少女比率は高くないだろ。現実を見ろ。定番イベントに遭遇しても、それが美少女である可能性なんて、多分1パーセント以下だ」

 むしろ、0.1%でも多いかもしれない。

 特に危険な街の外を行く商人なんかに、少女という年代の女の子が乗っている可能性なんて、ごく僅かだろう。そして、それが更に美少女? 無い無い。

「この街だって可愛い子、普通に歩いてるじゃん。オレたちには縁が無いだけで。――ナオは美少女の基準が高すぎだと思うんだよなぁ」

「そうか?」

 別にそんなつもりはないんだが……。

「そうだな……、ナオ、テレビに出てくる何十人かのアイドルグループ、どう思う? あれ、美少女?」

「え? う~ん、あんまり興味ないからよく見た覚えはないが……別にそうは思わないな」

 決して不細工などと言うわけでは無いが、取り立てて『美少女!』と騒ぐほどでは無いと思う。というか、そもそも彼女たちは『少女』という年齢なのだろうか? 興味ないから、年齢もよく知らないが。

「そう言うよな、やっぱ。一般的には美少女の範疇なんだよ、あのあたりは。好みの問題はあるにしても」

「そんなものか……」

 あまりそういう視線でテレビに映るアイドルとかを見ること自体、無いからなぁ。

 正直、大して興味が持てないというか。

 歌手なんかでも、歌が良ければ容姿はあまり気にしない。むしろ、ブックレットなんか歌詞しか見ないので、歌と歌手の顔が一致しないレベルである。

 別に良いよな? 歌が聴きたいんだし。

「ナオはアレだ。近くにハルカがいるのがいけない。ついでに、ユキとナツキも。評価が彼女たち基準になっている」

「そんなことは……無いとは言わない。が、それはトーヤも同じだろ」

 昔から知っていて家族同然の俺からしても、ハルカは美少女と言っても良い容姿だと思う。ユキとナツキに関してもそれは同様。

 無意識に比べているんじゃないかと言われれば、否定はできない。だが、それ言うなら、ほぼ一緒に居ることが多いトーヤも同じになるはずだ。

「オレは……ま、それはそれだよ。ハルカたちは可愛い。でもそれは横に置いておいて、他の子も可愛い。別枠」

「なんだよそれは……。まぁ、どうでも良いことか。それよりも、資料を読むか。そんな馬鹿話をするためにここに来たわけじゃないんだし」

「それもそうだな? 何でこんな話に……あぁ、身体強化の話からか」

「そう、トーヤが『身体強化で強くなって女にモテたい』と言い始めたからだな」

「微妙に違う……」

 少々不満そうな表情のトーヤだが、大筋はあってるじゃないか。

 まぁ、『なんちゃらスラッシュ!』を身につける努力をしてもらうのは全然問題ないので、頑張ってもらおう。

 しかし、魔力による身体強化が可能なら、むしろ俺やハルカの方が習得しやすいのか?

 まさか魔法を使えないトーヤに魔力操作で負けるとは思えない。

 素の筋力では大幅に負けているのだから、魔力で底上げして少しでも対抗できるように――ん? 筋力の底上げ?

「なぁ、トーヤ、俺、ふと思ったんだが、トミーの持っている【筋力増強】って、一種の身体強化じゃないのか?」

「……確かに!? 魔力を使っているかどうかは解らんが、通常の何倍も力が出せるのは確かだよな? ちょっと聞きに行ってみるか?」

 そう言っていきなり立ち上がりかけたトーヤの手を引っ張り、座らせる。

「待て待て、落ち着け。トミーは仕事中だろうが。せっかく就職できたのに、邪魔する気か?」

「おっと、そうだった。オレたちみたいな自由業じゃないよな」

「自由業……なんとも微妙な響きだ……」

 ちゃんと稼いでいる自由業もある……というか、それが大半だろうが、働いていないニートとかも『自由業』とかと名乗っていそうで微妙である。

「トミーもそろそろ微睡みの熊亭に定宿を移すだろうし、その時にでも聞いてみるか」

「あ、そうなのか?」

 初耳である。そもそも、最初に別れてから会ったことはないのだが。

 トーヤの方は仕事を紹介してショベルを作った後も、数回会っているらしい。

「あぁ。今のところは結構酷い所みたいでな。少し余裕が出たら移りたい、って言っていた。やはり食事が厳しいみたいでな」

「日本人にはキツいよな、この世界の食事。あぁ、アエラさんとかウチの宿とか美味いところもあるか」

「だが、トミーって、エールを『それなりに飲める』って言ってたんだよな」

「え、マジで? アレを? 『無理すれば飲める』じゃなくて?」

 俺には、飲めと言われれば飲めるが、金を払って飲む気にはなれない代物だったんだが。

 同じ金を払うなら、まだ水に金を払うほうがマシである。そして、

微睡みの熊亭では水はタダで貰えるので、エールを買う理由はゼロである。

「今の宿の食事は不味いらしいし、

微睡みの熊亭で食べさせた食事は美味かったらしいから、好みの問題か、ドワーフだからかと思ったんだが」

「ドワーフ……ありそうだな」

 俺のドワーフのイメージは、『アルコールならメチルでも飲み干すぜ!』と言ってそうな感じである。

「ま、キャラメイク通りの行動ができそうなわけだから、アイツにとっては悪いことじゃないだろ。『エールは飲まない。水を頼む』じゃ、なぁ?」

「【蟒蛇】を取るぐらいだしな。来たら俺も話を聞いてみるか。身体強化、できるかもしれないし」

「ナオが覚えてくれればオレも助かるな。トミーよりも教えてもらいやすいからな」

「可能なら頑張るさ。それより、今はこれを読んでしまおうぜ」

「おう、そうだな」

 そう言ってトーヤが手に取ったのは『南の森』の資料。

 ふむ。『東の森』なんかはもう読んだのか。じゃ、俺は『周辺の生物・魔物』を読んでみるか。

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