069 魔物を知ろう

 資料室の名の通り、そこに置いてあるのは『本』ではなく『資料』だった。

 十数の紙を紐でまとめただけの簡素な物。すべて手書きで、パラパラと見た感じでは、写真はもちろんとして、イラストすらない。

 ちょっと貧相だが、まぁ、無いより良いよな。取りあえず最初から読んでみるか。


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【魔物とは】


 魔物とは体内に魔石を持つ生物の総称です。

 人にとっては害悪なので、発見した場合は討伐することが望ましいですが、彼我の戦力を冷静に分析し、時には撤退する勇気を持つことも重要です。

 魔物とそれ以外の動物の違いは、魔石以外にもいくつかあります。

 1つは、闘争心。

 動物は多くの場合、自身に危険が無い限り襲いかかってきたりはしませんが、魔物は違います。人を目にすると、こちらが攻撃しなくても襲いかかってきます。

 明らかにこちらの方が人数が多い場合などには逃げることもありますが、高位の魔物でなければあまり戦力分析などをしないので、単純に仲間が多いから安心、などと思っていると足を掬われます。

 もう1つは縄張り。

 動物の場合、自分のテリトリーに同種の動物が入ってきた場合、追い出そうとしますが、魔物の場合、同種の魔物で徒党を組むことが多いです。

 動物とは逆に、別種の魔物が自分たちのテリトリーに侵入すると撃退しようとします。

 そのため、1つのエリアで複数種の魔物に出会うことはあまり多くありません。

 複数の魔物が共存している場合、それらの魔物の生態が大きく異なる(地上で活動する魔物と空や地中で活動する魔物など)か、餌とする物が異なるなどの理由があります。

 ただし、ダンジョンなど、特殊な環境ではこれらは適用されませんので、注意が必要です。



【魔物で稼ぐ】


 魔物で確実にお金になるのは、魔石です。

 大抵の場合は心臓そばの身体の中心部分、まれに頭の中にあったりもしますが、採取に技術が不要で場所も取らず、保存も簡単なので、確実に確保することをお勧めします。

 オークなどのように、肉や皮が売れる魔物も存在しますが、解体技術が必要になりますので、経験者に習っておいた方が良いでしょう。

 どのような部位がお金になるか知らなければ、せっかく斃した魔物も大半を無駄に捨てることになりかねません。金銭的余裕があれば、魔物事典などを購入して予習をしておきましょう。予習することは討伐後の金銭面だけではなく、討伐時の安全性向上にも繋がります。

 魔物が何らかの被害を出した場合、もしくは出すことが予想される場合には、ギルドに討伐依頼が張り出されることがあります。

 その場合は通常の売却益以外に、討伐報酬が支払われます。

 討伐証明は、魔石で対応してもらえる場合もありますが、討伐証明部位が求められることもありますので、依頼内容の確認は重要です。

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 ふむふむ。

 冒険者には常識なのかもしれないが、こういうのがきちんと説明してあるのはありがたいな。

 残りは、このあたりに生息する魔物と動物の解説か。

 ひとまずオークを読んでみるか。今一番関係あるところだし。


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【オーク】


 猪を巨大化し、2足歩行にしたような魔物。

 体長は3メートルを超え、横にも太い。体当たりをまともに喰らえば、普通の人間なら即死だろう。

 動きはさほど速くないが、その巨体から繰り出される攻撃は重く、受け止めることよりも避けることを念頭に対峙すべきだ。

 魔石の他に皮と肉が売れるため、斃すだけの実力があり、その巨体を運ぶことさえできれば効率の良い獲物と言える。

 上位種としてオークリーダーが存在し、オークが数十匹以上の巣を作ると誕生すると言われている。

 一般的に体格は通常のオークの1.5倍程度。大まかに強さを現すなら、通常のオーク4匹分程度には強い。

 1人で対峙するつもりなら、4匹のオークと同時に対峙しても無傷で斃しきれる程度の腕は欲しい。通常は複数人で囲み、攻撃を避けながら少しずつ削っていく方が安全だろう。

 更に上位種として、オークキャプテン、オークジェネラル、オークキングが存在する。

 体格はさほど変化しないが、その強さはそれぞれ4倍ずつ上がっていくと考えていた方が良いだろう。

 体格がさほど変わっていないからと下手に手を出すと、あっさりと挽肉に変えられることは間違いない。

 多少ランクが高い程度のパーティーで対処できるのは、オークキャプテンまでで、それ以上の上位種が出た場合は、素早く撤退を考えるべきである。

 外見的な差異は少ないので、上位種を見つけた場合は取り巻きのオークの数、そして牙の大きさを注視すべきだ。基本的に、上位種ほど牙が大きいと言われている。

 また、オークジェネラル以上になると、オークキャプテン以下の下位種を従えている事が殆どなので、上位種であることはすぐに解る。逆に言うなら、討伐時には複数の上位種に対峙することになるのだが。

 なお、オークキングと出会ったことのある冒険者によると、「一度見れば、威圧感ですぐに解る。オークジェネラル以下と間違うことはまず無い」ということである。

 ただし、この冒険者はオークキングと出会って生還できるレベルなので、低ランクの冒険者が相手の強さを判断できるかどうかは定かではない。

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 オークの上位種って4種類も居るのか。

 4倍ずつ強くなるって事は……オークキングは通常のオーク256匹分!?

 うん、1人で倒せるような敵じゃないな。

 遠距離から魔法で狙撃を繰り返せばなんとかなるかもしれないが、よほど場所が良くないと、斃しきる前に接近されて挽肉にされるだろう。

 今の俺たちなら、全員でかかればオークリーダーなら斃せるか? いや、ナツキなら1人でも勝てるかもしれない。通常のオークなら1撃で斃すし、いくら4倍強くても1匹なら囲まれる危険は無いわけだし。

 やり方次第でも、オークの巣もなんとかなるか?


 その後も載っている動物、魔物の説明を読んでいくが、案外載っている数が少ない。

 これは、この近辺には魔物が少ないと考えるべきか、それとも最初に書いてあったように、『自分で魔物事典を買って勉強しろ』と考えるべきか……。

 一通り読み終え、『周辺の生物・魔物』を閉じる。

 特徴的なところ以外は覚えていないが、トーヤが居るので詳細はその時に訊けば良いだろう。

 トーヤの方に目をやると、最初に持っていた『南の森』は読み終えたのか、今は『薬草・その他』を読んでいる。

 俺は……『東の森』かな。今入っている場所だし。


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【東の森】


 この街周辺ではルーキー向けの狩り場です。

 街道側では魔物は出現せず、比較的安全に薬草の採取が可能です。

 時折タスク・ボアーが出現しますが、目を逸らさず、ゆっくりと離れれば攻撃されることはありません。但し、子育ての時期や気が立っているときに運悪く出会った場合は、突進してきますので、その時は諦めて戦いましょう。

 上手く斃すことができれば、肉と皮で稼げます。魔物ではないので魔石はありません。

 奥に進むと、ゴブリンやホブゴブリン、オークなどが出現します。

 ゴブリンやホブゴブリンはルーキーでも脅威とならない魔物ですが、オークに対峙する場合は、それなりの武器を用意すべきでしょう。安物の武器では全く攻撃が通らない可能性があります。

 ゴブリンたちの領域とオークの領域は明確には解らないので、下手に奥に進み、オークに殺されてしまうルーキーは後を絶ちません。最低限、タスク・ボアーを一撃で斃せるようになるまでは、魔物がいる領域に入らないようにした方が良いでしょう。

 そこから更に奥に進むと、山脈の裾野へ広がる森へと突き当たります。

 この辺りはオーガーなど、ルーキーでは手も足も出ない魔物が出現するようになります。そこに入れるような技量があるなら、素直に南の森へ狩り場を変えましょう。そちらの方が安全に稼げます。

 ここから西へと延びる山脈沿いは探索されていませんので、よほどの自信が無い限り入ることはお勧めできません。

 出現する魔物に関する情報はほぼゼロですが、オーガーを斃せる冒険者が行方不明になったと言えば、その脅威度は理解できるのではないでしょうか。

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 ふむ。オークのエリア以降は当分踏み込まない方が良さそうだな。

 それ以降のページはエリアごとに良く生えている薬草などの説明があるな。

 あ、オークの氾濫に関する説明が。


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【オークの氾濫】


 東の森では数年に1度、オークの氾濫が起きます。

 討伐されなかったオークが集団になって巣を作り、勢力を拡大、街道周辺まで姿を現すようになるのがそれです。

 この時期には街道側の森でも危険ですので、ルーキーは掲示板に貼り出される注意情報を良く確認し、その兆候を見逃さないようにしましょう。

 また、森の外縁部でオークを見かけた場合には、必ずギルドへ報告しましょう。それが自分たちの命を守ることになります。

 オークが討伐されていれば氾濫は起きませんが、オークはその運搬の困難さからあまり人気がありません。マジックバッグを持っている冒険者には是非討伐を頑張ってもらいたいところです。

 オークの氾濫がいよいよとなると、冒険者ギルド主催での討伐が行われます。その際は、オークの運搬に対して補助がありますので、オークを斃せるだけの実力を持つ冒険者は参加をお勧めします。実力さえあれば、かなりの稼ぎが見込めることでしょう。

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 ディオラさんの説明と同じような内容だな。――というか、これってもしかしてディオラさんあたりが書いてる? 説明文がこの街を前提にしてる上、なんとも手作り感溢れる冊子だし。変に難しく書いて無くて、解りやすくて良いんだが。

 他に気になる箇所は――あ、グレート・サラマンダーが……


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【ノーリア川】


 ラファンの町の東を流れる川。

 東の森はこの川の側まで続いています。

 ラファンの街の東門から出て半日ほど歩くと、この川の側に作られたサールスタットの街へと辿り着きます。

 川幅、水深共にあり、歩いて渡ることは困難ですので、サールスタットの渡しを利用しましょう。

 泳いで渡ることはお勧めしません。運が悪いと魔物に襲われる可能性があります。

 この川を上流に向かって1日ほど歩くと、川幅が狭くなり清流へと変わります。

 このあたりにはグレート・サラマンダーが生息しています。

 グレート・サラマンダーは食材として珍重されますので、捕獲する自信があれば討伐に赴くのも良いでしょう。動物ですので、さほど危険はありません。

 ただし、斃した後は即座に凍らせなければ買い取りはできませんので、それが可能な魔法使い、もしくは斃した状態のまま運搬可能なマジックバッグが必要です。

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 往復で2日以上か。

 これで大山椒魚1匹あたり金貨20枚から、なんだよな? オークの方が稼げるな。

 他の目的でもないと行く意味が無いな、これは。

 清流って書いてあるし、美味い川魚でも釣れるだろうか?

 サールスタットで食べた川魚は控えめに言ってクソだったが、山女魚やまめとかあゆみたいな魚でも釣れれば、塩焼きで食べても美味いかもしれない。

 残念ながら、さっき読んだ資料に魚に関する情報は載っていなかったが。

「ナオ。俺は読み終わったんだが、お前は?」

 そんなことを考えていると、冊子をテーブルに置いたトーヤがそう声を掛けてきた。

「俺は、『南の森』と『薬草・その他』はまだだな。それ以外は概ね読んだが」

「そうか。どうする? そろそろ昼だと思うが……」

「どうするかなぁ。あいつらはそろそろ戻っていると思うか?」

 昼食に関して特にどうするとも決めてはいなかったが、帰っているようならアエラさんの店に食べに行くのも良いだろう。

「半日もあれば注文は終わってそうだが……家、だからなぁ」

「そうだよなぁ」

 日本であれば、家を建てる打ち合わせが半日程度で終わるわけがない。

 だが、この世界では、詳細は大工にお任せなのだ。長々と相談する内容は無いかもしれない。

「……取りあえず、一度戻ってみるか。ここで考えていても仕方ないし」

「ああ。居なければ2人で食べに行くことにしよう」

 俺たちはそう言って頷き合い、資料をテーブルの上に並べ直して、ギルドを後にした。

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